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Hagi

萩の出てくる物語や短歌(和歌)などをご紹介しています。

萩

マメ科の落葉低木

〔別名〕鹿鳴草・秋知草・野守草・玉見草・庭見草など

〔花期〕7月〜9月  〔花言葉〕思案・内気・想い

秋の七草の一つ。主に紫色の小さな蝶の形をした花を長く伸ばした枝先に咲かせる。山上憶良の秋の七草の筆頭におかれ、『万葉集』では141首と最も多く歌われている。

 

<古典>


『枕草子』 第六十五段

…萩、いと色深う、枝たをやかに咲きたるが、朝露に濡れて、なよなよとひろごり伏したる。さを鹿のわきて立ち馴らすらむも、心ことなり。…

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萩と鹿の取り合わせは昔からあるようです。

『枕草子』 第百二十五段

九月ばかり、夜一夜降り明かしつる雨の、今朝はやみて、朝日いとけざやかにさしいでたるに、前栽の露こぼるばかりぬれかかりたるも、いと、をかし。透垣の羅文、軒の上に、かいたる蜘蛛の巣のこぼれ残りたるに、雨のかかりたるが、白き玉を貫きたるやうなるこそ、いみじうあはれにをかしけれ。
少し日たけぬれば、萩などの、いと重げなるに、露の落つるに、枝うち動きて、人も手触れぬに、ふと上ざまへ上がりたるも、いみじうをかし。といひたる事どもの、人の心には、つゆをかしからじと思ふこそ、またをかしけれ。


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こちらも萩の動きに注目しています。そういうことが、他の人にはおもしろくないんだろうと思うのが、またおもしろいと書いてあるのが、面白いです(笑)。

『徒然草』 第百三十九段

…秋の草は、荻、薄・桔梗・萩・女郎花・藤袴・紫苑・吾木香・刈萱・竜胆・菊。黄菊も。蔦・葛・朝顔。いづれも、いと高からず、さゝやかなる、 墻に繁からぬ、よし。…

『奥の細道』より 「市振」

今日は親知らず、子知らず、犬戻り、駒返しなど云、北国一の難所を越てつかれ侍れば、枕引よせて寝たるに、一間隔て面の方に、若き女の声二人ばかりときこゆ。年老たるおのこの声も交て物語するを聞けば、越後の国新潟と云所の遊女成し。伊勢参宮するとて、此関までおのこの送りて、明日は古郷に返す文したためて、はかなき言伝などしやる也。白波の寄する汀に身をはふらかし、あまのこの世をあさましう下りて、定めなき契、日々の業因いかにつたなしと、物いふをきくきく寝入りて、あした旅立つに、我々に向かひて、行方知らぬ旅路のうさ、あまり覚束つかなう悲しく侍れば、見えがくれにも御跡を慕ひしたひ侍らん。衣の上の御情に大慈の恵みを垂れて、結縁せさせ給へと泪を落とす。不便のことには侍れども、我々は所々にてとどまる方多し。只人の行にまかせて行べし。神明の加護かならず恙なかるべしと云捨て出つつ、哀さしばらくやまざりけらし。

  一家に 遊女も寝たり 萩と月

曾良にかたれば、書きとどめ侍る。

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芭蕉たちが市振という場所を通る場面です。難所を越えて疲れた芭蕉たちが休んでいると、一間を隔てた部屋で女の声がします。彼女たちは、新潟というところの遊女たちで、伊勢参宮をしているところでした。次の朝、彼女たちに道が不案内なので後をついてきてもいいですかと頼まれるのですが、あちこちに滞在することの多い芭蕉たちは断ることになってしまい、かわいそうな気持ちがしばらくおさまらなかったのでした。

……よいお話ですが、いろいろと虚構がまじっているそうです。

<短歌(和歌)>


秋風は 涼しくなりぬ 馬並めて いざ野に行かな 芽子(はぎ)が花見に (よみ人しらず/万葉集)

我が岡に さ雄鹿来鳴く 初萩の 花妻問ひに 来鳴くさ雄鹿 (大伴旅人/万葉集)   

秋はぎの 花をば雨に ぬらせども 君をばまして おしとこそおもへ (紀貫之/古今和歌集)

真萩散る 庭の秋風 身にしみて 夕日の影ぞ かべに消えゆく (永福門院/風雅集)

<俳句>


白露の こぼさぬ萩の うねりかな (芭蕉)

行く行くて 倒れ伏すとも 萩の原 (河合曾良)

しら萩は 咲くよりこぼす けしき哉 (蕪村)

首あげて 折々見るや 庭の萩 (正岡子規)

<小説>


芥川龍之介 「悠々荘」

十月のある午後、彼ら三人がたどりついたのが、悠々荘という建物だった。
いかにも瀟洒な建物を気に入った彼らは、門の中に入っていく。
そして、庭や建物の内部を見ながら、この別荘には誰がどんな風に住んでいたかを想像するのだった……。

するとT君は考え深そうに玄関前の萩に目をやった後、こう僕の言葉に反対した。
「いや、去年までは来ていたんだね。去年ちゃんと刈りこまなけりゃ、この萩はこうは咲くもんじゃない。」

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萩は放っておくと、伸び放題になりそうです。

有栖川有栖 「ミタテサツジン」(『壁抜け男の謎』収録) 角川書店

売れなくなった俳優一条真之介と元売れない芸人のへぼマネージャー。
彼らがたまたまやって来た長閑な島で、不思議な殺人事件が起こる。

島きっての分限者の3人娘が、次々に殺されたのだ。
しかも、有名な推理小説を真似て、遺体に様々な装飾が施されていた。

犯人は誰なのか?

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娘の名前は、花香、月菜、雪海、横溝正史『獄門島』を下敷きにした短編です。

霜島ケイ 「幻戯師」(『影喰らい』収録) 小学館キャンバス文庫

そこにあったのは、今は盛りと花咲き誇る枝を重く地にしなだれさせた、
――白萩だった。
人が手ずから植えたものではないだろう。ただ一本きり、人通りもあまりなさそうなこの場所で、凛と根を張り枝を伸ばした野生の木だ。
よく見れば、薄く青みをおびた白い花の中に、それだけ紫の花をつけた一枝が混じっている。

(p.205)

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今よりも妖怪たちが私たちの身近にいた明治時代を舞台にした短編です。

夢野久作 「雨ふり坊主」

お天気が続き田んぼが干上がってしまい、父親が困っているのを知った太郎は、自分が雨を降らしてあげると父に言った。以前運動会のときに、テルテル坊主を作っていい天気になったことがあるので、今度は雨ふり坊主に頼もうというのだ。

もし雨が降ったら、雨ふり坊主にご褒美をやるという約束を父とした太郎は、早速雨ふり坊主を作り、裏木戸の萩の枝にくくりつけたところ……。

萩の花が雨に濡れて一パイに咲いているばかりで、雨ふり坊主はどこかへ流れて行って見えなくなっていました。

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行事のたびに、テルテル坊主も、雨ふり坊主も大活躍をしそうですね。