MISTRAL

Angel Night 2


「テーマパークを作りたいと思います。皆さんの意見を聞かせて下さい」
 守護聖全員を集めて、開口一番に女王ロザリアはそう言った。どの守護聖にも相談せず、いきなりの発言。九組の眼が驚きで丸くなる。楽しそうなのは、補佐官と女王の二人のようだ。
「…陛下。この神聖なる聖地にそのようなものをお作りになる意図が分かりません」
 初めに意見したのはやはり主座の守護聖ジュリアス。神にも等しいものが暮らす土地に娯楽施設など必要ないと抗議する。
「面白そうじゃねーか。俺は乗ったぜ」
 真っ先に賛同したのはゼフェル。テーマパークには色々な機械を導入することになると大張り切り。
「そのテーマパークって、もしかして私たち守護聖がそれぞれプロデュースする…って案が出てたりして」
 オリヴィエの台詞に、アンジェリークは嬉しそうに頷く。
「はい。良く分かりましたね、オリヴィエ。九つの異なる空間を皆さんに一人ずつ受け持って貰いたいと思います。皆さんがお忍びで行っても楽しめるような空間が出来ると素敵ですね」
「わぁ、面白そうですねー。じゃ、僕は植物園とか作っていいですか?」
 眼をキラキラさせるマルセルは、もう施設を提案している。
「そうですね、マルセル。子供たちがウサギなどの小動物と遊べる場所もあるとなお良いでしょう」
 ロザリアの言葉に、マルセルは大はしゃぎだ。
「楽しそうではあるんですけど、僕に施設の立案が出来るかどうか…」
 ランディが真剣な顔をする。
「あまり深く考えなくても大丈夫です。最終決定ではありません。ランディには、スポーツ関係の施設を作って頂きたいと思っています。如何ですか?」
 アンジェリークが翠の瞳を向けた。
「スポーツですか?良かった。それなら大丈夫です!任せて下さい」
 ランディは途端に元気になった。
「そーいうこと…か。それじゃ私はメイクアップショップとかエステサロンとか舶来物を取り扱ったお店とかファッションショーを行うステージとか色々作ってもいいって訳だ」
 次から次へと施設を提案するオリヴィエはさすがに頭の切替えが早い。面白そうなことはすぐに思い付く。
「そうです。さすがオリヴィエですね。他の皆さんにも協力して頂きたいのです。
 ジュリアスは乗馬コーナーや光を利用した建物。
 クラヴィスには占いの部屋やプラネタリウム。
 オスカーには剣術を競うアトラクションとカジノ。
 リュミエールには噴水や美術館。
 ゼフェルにはコンピューターゲームのコーナー。
 ルヴァにはコンピューターで閲覧出来る電脳図書館。
 ランディとマルセル、オリヴィエはさっきおっしゃってたもの。それらを主にして、皆さんがそれぞれ一日を過ごせるような空間を立案して下さい。一度に全てをオープンするという訳ではありませんが、今言った主なものの着工は来月を考えています。デザインその他の希望があれば早めに申し出て下さい」
 守護聖一人ずつを見て、ロザリアはそう告げた。
「陛下。なぜ、テーマパークを作る必要があるのかお答え頂けませんか?」
 ジュリアスは正当な理由を求める。
「それはね、テーマパークを作ったら、守護聖が聖地を抜け出す回数が減るんじゃないかなって」
 突然砕けた口調で喋るアンジェリークをロザリアが呆れたように見つめる。
「アンジェリーク!」
「ごめんなさい。なんか疲れちゃって」
 溜め息を付いて、女王ロザリアは姿勢を正した。
「このテーマパークは、聖地外の人間も受け入れます。ただし、パーク外の聖地へは私の許可が必要です。パーク内では身分証明書を常に携帯することを義務付けて、入退園はセキュリティーチェックを行います。先程おっしゃってた『テーマパークを作る必要性について』ですが、ここ聖地は今まであまりにも閉鎖されていました。女王や守護聖は神にも等しい存在と畏敬されていますが、時に反感を買うこともあります。それは、私たちが民衆から見えない存在ということが大きな原因です。私たちがどのような趣旨で民衆の生活をサポートしているのかを分かって貰う為には、文書などではなく何かの形で催し物を開催する方が良いのではないかと補佐官のアンジェリークと話し合ったのです」
 ロザリアは、補佐官という言葉に少しアクセントをおいて話す。
「一度だけの催し物だと人数の制限もありますし、日程の都合もあります。子供たちは参加出来ないということも考えられます。それで多くの人が楽しめるようなテーマパークを作りたいと思ったのです。私の考えは間違っていますか?」
 突然答えを求められて、ジュリアスは一瞬言葉を無くす。
「はっ、いえ。陛下に深いお考えがあるのでしたら、このジュリアスも喜んで協力致します」
 ロザリアは女王らしく威厳のある態度でゆっくり口を開いた。
「では光の守護聖ジュリアス。あなたをこのプロジェクトの責任者に任命します」
 ジュリアスは姿勢を正して、恭しく一礼した。
「はい。光の守護聖ジュリアス。確かに拝命致しました」

 アンジェリークは、隣りを歩く長身の美しい青年に寄り添うように歩いた。公認とはいえ、人前で手を繋いだり腕を組んだりするのはなるべく控えるようにしているのだ。クラヴィスもそれを分かっているのか、目立ち過ぎる行動は取らない。ただでさえ二メートル近い長身に、トップモデル並の美貌だ。立っているだけで人目を引く。特に翠の瞳を持つ天使。アンジェリークと一緒の時に見せる笑顔は極上で、日に日に遠巻きのギャラリーが増えている。
「キャッ!」
 周りを気にしすぎて躓くアンジェリークを、横からサッと支えるしなやかな腕。その仕草は澱みない美しさで、ギャラリーは溜め息を付く。プレイボーイと名高いオスカーよりもファンが多いかもしれない。
「ごめんなさい。私ったら」
 毎回のように支えて貰うアンジェリークはその度に自己嫌悪に陥る。
「慌てずとも、プラネタリウムは逃げぬ」
 何度ドジをしても気にした風もなく手を差し伸べる彼は、どこまで心が広いのだろう。
「有り難うございます」
 お礼を言った時に見せる彼の表情は和やかで幸せな気分にさせてくれる。さすがは安らぎを与える守護聖か。
「…ところで半年前には聞かなかったのだが、このテーマパークの発案者はお前ではないのか?」
「…分かります?」
 チラリと上目遣いで甘えて見せる。
「ああ。何の為なのか、お前の口から直接は聞いていないがな」
「一言で言うと、恋人達の為のデートスポットを増やしたかったってだけだったりして。でもゼフェル様の聖地脱出は減ったって噂だし。守護聖様方の休日の過ごし方に新しい場所が追加されたし。楽しいと思いません?」
「そうだな」
 余り外出することのないクラヴィスでさえ、顔を出すというこのテーマパークは成功したといえるだろう。
 不思議の国『pays de merveilles(ペイ・ド・メルヴェイユ)』
 このパークは、九つの空間と二つのアトラクションで構成されている。パーク内はもちろん自由に行き来出来る。どの空間にも属さない二つのアトラクションとは、中央に作られた巨大観覧車と九つ全てを通るジェットコースターだ。
 クラヴィスがプロデュースを任された空間のメインはプラネタリウム
”星月夜『nuit etoilee(ニュイ・エトワレ)』”
 深い藍色の壁の建物に銀色の半球が乗ったシンプルな物だ。外観に関して風変わりなところといえば、昼間溜めた太陽エネルギーで壁が星屑をちりばめたように光るといったとこだろう。ドーム状の天井が閉じている時も、その場所は照明を落としてロマンチックムード満点だ。恋人達が多いのは、九つの空間の中でも三本の指に入る。
「クラヴィス様。きっと凄い行列が出来てますよね。入れないかも…」
 心配する少女に、フッと笑みを見せる。
「席のことなら心配しなくとも良い」
「?」
 何故?と眼をパチクリさせるが、クラヴィスは黙って関係者通用口へと入っていく。ついていってはいけないと思い、立ち止まる少女を先に扉の中へと導いて静かに閉めた。
 一瞬真っ暗で何も見えない。不安に思いながら、アンジェリークはクラヴィスの服をそっと掴んだ。
「この奥だ」
 少女の不安を優しく包み込むようにふわりと肩を抱く。闇の中でも彼の側にいると実感して、穏やかな気持ちになる。
 次第に眼が慣れ、奥に繋がる通路が見えた。左右に幾つかの扉が見えるが、奥の扉だけは造りが違った。豪華という訳では無く、重厚な扉。例えていうなら重役室のようだ。
「もしかしてクラヴィス様のお部屋ですか?」
 アンジェリークの質問に微笑を返し、奥の扉へと促す。
 扉の上部に小さな石が嵌め込まれている。透明な半球の水晶が、覗き窓のように見える。
 ふとクラヴィスがその石を見上げた。
 カチャリ。
 錠が外れる音がした。
 クラヴィスの瞳が鍵になっているのだ。
 面倒なことが嫌いな彼らしい。
 アンジェリークはクスリと笑ってしまった。
「?」
 クラヴィスは、何故少女が笑うのかと不思議な顔をした。
 カチャリ。
 クラヴィスの背後で扉が閉まった。入室した時の施錠は自動らしい。
「楽しい事があったのか?」
「あ、いえ。鍵がクラヴィス様の瞳だなんて、なんかクラヴィス様らしくて」
 その事か…。
 クラヴィスはつられたように微笑した。
「別に鍵など必要ないと言ったのだが、セキュリティの問題がどうのと煩いので任せたのだ。ここは、瞑想する時などに使うだけなのだがな。防音になっておるので、一人になりたい時には丁度よい」
「プラネタリウムも見られるんですか?」
 少女の問いに、クラヴィスは黙って部屋の中央にある黒いローテーブルを指差した。
「その上にあるコントローラーを押すと、外のプラネタリウムと同じ映像とアナウンスが流れる。他にも色々出来るそうだ。便利なものだな」
「もう始まる頃ですか?」
 アンジェリークは笑顔でクラヴィスを見上げた。
「そうだな」
 そう言って、ローテーブルの側のソファに座る。幅が二メートル近くあるのは、長身のクラヴィスが横になれるように配慮してある為だろうか。
 クラヴィスのしなやかな左手が、サッとアンジェリークに差し延べられた。
 部屋の照明が次第に落ちていく。雄大なムード音楽が恋人達の時間を演出する。
 静かに流れるアナウンスの声…。
「クラヴィス様。アナウンスもなさればよかったのに。私、クラヴィス様のアナウンスなら毎日でも来ます」
 少女が翠の瞳をキラキラ輝かせる。
「…私がアナウンスすると皆寝てしまうのではないか?」
 クラヴィスが言うと冗談に聞こえないところが不思議だ。
「…そうかも」
 優しい声が眠りを誘うのは定石だが、クラヴィスの声は特別だ。優しく深みのある声に加えて、安らぎのサクリアが自然と人々をリラックスさせる。
「…わざわざ録音された声など聞かずとも…」
 クラヴィスはアンジェリークの耳に唇を寄せた。
「毎晩聞かせてやれるのだが」
 ドキンッ。
 心臓が飛び上がりそうな事を言うクラヴィスに少女は赤面した。
 天井に拡がる星空に甘い囁き。この中でなら言える気がする。
「あの…それじゃ、今晩お邪魔してもいいですか?」
 俯いて、遠慮がちに言う。女の子がこういう台詞を言うのにどれ程の勇気が必要だろう…。
 クラヴィスは一瞬驚いて、微笑を返した。
「…今夜は眠れぬな」
 星空を一筋の星が流れた…。