MISTRAL

Little Angel


 暖かい陽射しがピンク色のカーテンを擦り抜けて、少女の眠るベッドへと朝の訪れを報せる。
「…う…ん」
 身動ぎしながら金の髪の少女は枕元の時計を布団の中に引きずり込んだ。
 …一瞬の間。
「きゃー、もう8時!」
 いきなりベッドの上に起き上がり、アンジェリークは真っ青になった。
 学生でも遅刻の時間。聖殿では執務が始まる時間である。
「目覚まし止めちゃってるし…なんで起きられなかったんだろうー」
 慌てて顔を洗って髪を梳いて…はたと気が付いた。
 ハンガーに掛けられた服は、デート用に用意したお気に入りのワンピース。夕べ、デート服のコーディネートをしようと色々と引っ張りだしてきて疲れてしまい、結局白いワンピースにしたのだ。ベルトと靴と鞄を赤にしてカーディガンは淡いピンク。
「デート!今日、クラヴィス様とデートなのにどうしよー。今日は待ち合わせが不思議の国『pays demerveilles(ペイ・ド・メルヴェイユ)』の入り口だったし…、待ち合わせは9時だし…」
 慌てても時間が止まってくれる訳ではない。
「クラヴィス様が携帯電話持って下さればいいんだけど…」
 自分の遅刻を棚に上げてそんなことをいう。
「うん、今度お願いしてみよう!二台買うと安いから…って」
 時間に縛られるのが嫌いなクラヴィスがアンジェリークとの約束の時間には一度も遅れて来たことがない。携帯電話を買っても、きっと一方的にアンジェリークの方からかけることになるのだろう。私邸への電話はやはり夜には控えてしまう。クラヴィスも気を遣って掛けて来ない。夜、声が聴きたい時、掛けてみたいと思うのは我が儘だろうか…。
「…って考えてる場合じゃないわね。急いで着替えないと…。せめて9時半には着きますように…」
 アンジェリークは慌てて着替え始めた。

 クラヴィスは『pays de merveilles』に向かう馬車の中でふと隣りを見た。いつもなら迎えに行って、話をしながら目的地に向かうのだ。最近、二人で馬車に乗ることが多かった為か、自然に隣りを人一人分空けてしまっている。それに気付き、微笑する。
「…迎えに行った方が良かったかもしれぬな」
 遅刻すると決まってる訳ではないが、目的地まで30分の道程。瞑想することも出来ない騒がしさと中途半端な時間は、余り好きではないようだ。
「…静かに走る直通の乗り物でも作らせるか…」
 クラヴィスは冗談とも本気ともつかないことを呟いた。
 上空は美観が損なわれるからと反対されそうだが地下になら…。
 守護聖がプロデュースするアトラクションがあるのだから、そこへ赴く為の特別ルートを作ってもいいのではないだろうか?
「…悪くないかもしれぬ」

 馬車は程なく不思議の国『pays de merveilles』に着いた。約束の時間、9時に5分ほど早い。
「…まだのようだな。まあ、そのうち来るであろう」
 クラヴィスは木陰にあるベンチに座り、本を拡げた。
 サングラスを外して、外の眩しさに眉を寄せる。
 今日は朝から快晴である。春の終わり、夏の前という中途半端だが行楽にはもってこいの日だ。周りに目を向けると、家族連れもかなり来ている。人込みの嫌いなクラヴィスとの待ち合わせ場所にしては不適切な場所なのだが、彼女が望むのだから仕方ない。
 クラヴィスは軽く息を吐いて、サングラスを掛け直した。やはり眩しいらしい。
 今日はどんな服で来るのだろうか?
 口にはあまり出さないが、クラヴィスは毎日彼女の微妙な変化を楽しんでいた。風が吹いて髪が絡まってしまってたとか、自分のプレゼントしたアクセサリーを付けているとか…。
 触れた時、キスした時の反応も愛らしく、困らせたくなるのを抑えるのは労を要する。それでも思わず困らせてしまい、”意地悪”と言われる訳なのだが、それが聴きたくてやってるのかもしれない…。
 クラヴィスは本に目を戻した。と同時に視界に入るものがあった。
「?」
 何か動いていたように思い、視線を下げる。その先にいたのは…。
「…子供?」
 クラヴィスのズボンの裾を持ち、頑張って立ち上がろうとしている。
 なす術もなくじっと成り行きを見守っていると、ようやく立ち上がり、クラヴィスの顔を見て満面の笑みを見せた。
 癖のある金色の髪に白い肌。まだ掴まらないと立てないところを見ると、1歳前後だろうか。
 クラヴィスは、周りを見渡した。が、子供を探してる様子の人は見当たらない。
「…さて、どうしたものか」
 放っておく訳にもいかず、かといってどうしたら良いのかも分からない。ただ子供を見つめたまま考え込んでいた。
 子供は、ベンチの端とクラヴィスのズボンとを持ち、フラフラしながらも立って歩こうとしている。おむつをしている為か、お尻が重くてバランスを保つのがやっとだ。それでも必死に努力する姿は健気で愛らしい。片足を上げて一歩踏み出そうとして…身体が傾いだ。
 トサッ。
 クラヴィスの膝から本が落ち、手は小さな天使の頭を咄嗟に庇っていた。
 ペタンと座り込んで、びっくりしたようにクラヴィスを見る大きな瞳は翠色だった。彼女と…アンジェリークと同じ色…。
「…まるで彼女の子供の頃を見ているようだな」
 誰に言うでもなく呟いて、微笑する。すると、手の中の天使も釣られたように笑った。
 その笑顔もどことなく似てるようで…。
「クラヴィス様!」
 突然名を呼ばれて顔を上げる。そこには、肩で息をしたアンジェリークが立っていた。
「すいません、遅くなっちゃって…」
 走ってきたらしく、髪がいつもよりふわふわしている。
「…いや、それは構わぬ。それより少し座ったらどうだ?その状態で話し続けると倒れるぞ」
「はい」
 アンジェリークは乱れた息を整えながらクラヴィスに近付き、やっと見慣れないものを発見した。
「あの、えっと…その赤ちゃんは?」
「…私にも良く分からぬのだ。気付いたらここにいた。周りに保護者がいないか探したのだが、開園と同時にほとんどが入園したようだ。一人で歩けるとも思えぬので、連れてきた者がいるはずなのだが…」
 クラヴィスは、赤ちゃんを抱き上げてベンチに座らせた。
「どうしたんでしょうね。こんなに可愛いのに」
 アンジェリークは、赤ちゃんを覗き込んだ。目が合った小さな天使は、にこっと笑う。
「マー」
 小さな天使はアンジェリークの顔を見て、一生懸命話をしようとする。手を上下に振って、とても楽しそうに…。ただ言葉として聞き取れるのは”マー”だけで、あとは何を言ってるのかさっぱり分からない。
「…どうやら、お前はこの子の母親に似ているらしい」
「え?クラヴィス様、この子の言ってること分かるんですか?」
「…そうではないが…」
 言って、クラヴィスはクスッと笑う。
「この子を見ていると、お前の子供時代が想像出来る気がしてな」
「そうですか?私、こんなに可愛かったかな?」
 アンジェリークは赤ちゃんをじっと見つめて首を傾げる。癖のある金髪に翠の瞳は確かに同じだ。
「?」
 赤ちゃんもアンジェリークの真似をして首を傾げる。
「可愛い〜」
 アンジェリークは思わず赤ちゃんを抱き締めた。
「クラヴィス様。絶対にこの子の保護者見付けてあげましょう!きっと心配して探し回ってると思いますから…」
「…そうだな」
 クラヴィスは、使命に燃える少女を優しい目で見つめた。


「え?迷子センターに連れて行くんですか?」
 アンジェリークは、てっきり赤ちゃんを連れてパーク内を探し歩くのだと思っていたので、入園してまっすぐに迷子センターに向かうクラヴィスに驚いた。
「保護者が迷子を探すのは普通、迷子センターであろう。しかも、まだ言葉も話せない子供だ。保護者の特徴も何も分からぬのに、パーク内を探し歩くだけ労力の無駄だ」
「そう言われればそうですけど…」
 使命感に燃えてただけに、正論を言われてショックを受ける。
「着いたぞ」
 迷子センターは、パーク内の中央と9つの空間のそれぞれにあり、全部で10つ。中央は、どこで迷子になったか分からない子供を預かっている。二人が訪れたのは、この中央の迷子センターだった。
 自動ドアの前に立ち、中へと入る。
「こんにちわ。あ、これはクラヴィス様。どうなさいましたか?」
 いつもは座ったまま応対する受付嬢が、サッと席を立つ。守護聖の顔を知ってる者はみな同じ反応を示すだろう。
「あの、この子の保護者探してあげたいんですけど…」
 アンジェリークが、クラヴィスの後ろから赤ちゃんを抱いたまま覗いた。その姿は、本当の親子のようだ。
「??えっと、失礼ですけど、あなたがお母さんでは…?」
「ち、違いますっ!」
 アンジェリークは赤くなって慌てて否定したが、クラヴィスはそんなアンジェリークの様子を楽しんでいるように口許を綻ばせる。
「…あまりからかうな。彼女が母親ならここに来る必要はあるまい」
「失礼しました。あまりにも雰囲気が似ていらっしゃるので。では、手続きを致しますので、こちらへどうぞ」
 受付嬢に案内されたのは、床に白いシーツが敷かれた撮影所。
「このカメラの前に、迷子のお子さんを座らせて下さい。このパーク内はかなり広いですので、迷子の方の写真を撮って電送するのです。どこのセンターからでも素早く照会出来るようにしてある訳です。服装や特徴だけでは分かりませんからね。誘拐防止の為に、引き取られる時には身分証明も必要ですが」
 説明を受けながら、アンジェリークは赤ちゃんをシーツの上に座らせた。アンジェリークが離れると、嬉しそうに這って来る。振り向くと、ニコッと笑って止まる。…どうやら、遊んで貰ってると思っているようだ。
「クラヴィス様、どうしましょう〜?」
 アンジェリークが困って、クラヴィスに助けを求める。クラヴィスはシーツの上の追っかけっこを楽しそうに見ていたが、助けを求められて口を開いた。
「子供の顔が写れば良いのであろう?お前が抱いていてやれば良い。カメラの中心を子供の顔にすれば良いだけだ」
「そうですね。ここに連れて来られる迷子のお子さんは、泣いていらっしゃることが多いですからね。係員があやして抱き上げることもありますし。だから正直言って、小さいのに泣きもせず楽しそうなその子と彼女は本当の親子のように見えたんですよ」
 受付嬢はニッコリ笑ってそう言った。

「…クラヴィス様。この子、保護者が来るまでずっとここに置いておくんですか?」
 アンジェリークは、”かわいそう…”と目で訴えている。クラヴィスは、軽く溜め息を付いた。
「…お前には適わぬな」
 クラヴィスはそう言うと、受付カウンターの方へと向かった。受付嬢と話をして、小さな通信機のような物を受け取り、ベビーカーを引いて帰って来た。
「連れ出しても良いと許可が出た。保護者が見付かると、連絡をくれるそうだ」
「ほんとですか?良かったね〜」
 後半部は当然、腕の中にいる小さな天使に向けての言葉。本当にこの赤ちゃんのことを気に入ってるらしい。
 彼女が喜んでいるのならそれも良いか…。
 クラヴィスはこの日初めて、赤ちゃん付デートを経験したのである。


「クラヴィス様、何か周りの視線を感じるんですけど…」
 アンジェリークはベビーカーを押しながら、横を歩くクラヴィスを見上げた。クラヴィスは特に気にした風もなく答える。
「私達が子供を連れているからであろう。それに、その子はお前に似ているからな」
「あのー、それってもしかして…」
「…家族連れだと思われているであろうな。私達を知ってる者も知らない者も…」
「…どうしよう、誤解されてるかも」
 アンジェリークは口許に手を当てて、困ったように立ち止まる。
「お前が気にすることはない。どうせ小言を言われるのは私だ」
 クラヴィスはアンジェリークの頭に軽く手を乗せた。柔らかい金の髪を撫でる。
「…ごめんなさい。そこまで考えてなくて」
「いずれ分かることだ。お前は、小さな命を預かっているのだということを自覚していれば良い」
「はい。分かりました」
 やっといつもの笑顔が戻ってくる。
「…それより、どこへ行くのだ?行く場所がかなり限られると思うが…」
「そうですね。とりあえず何か飲みません?喉が渇いちゃいました」
「そうだな」

 三人は近くのオープンカフェに入った。店内でなく、屋根のある屋外の方へ案内して貰う。万が一泣き出した時に、店外へ連れて出やすい様にである。
「クラヴィス様はコーヒですよね?私はアイスティーのミルクで…この子、どうしましょう?」
 アンジェリークは、ベビーカーの中で自分の前掛けを引っ張っている赤ちゃんを覗き込む。
「マー」
 目の前にアンジェリークの顔を見付けると、両手を上下に振って喜ぶ。
「まだご機嫌のようね。哺乳瓶があればいいんだけど…」
「…そのベビーカーに、色々揃っているはずだが?」
「え?そうなんですか?それなら、温めのホットミルクを作って貰えばいいかも…。すいませーん!」
 アンジェリークはウェイトレスを呼んで、メニューを伝えた。
「畏まりました。少々お待ち下さい」
 ウェイトレスはにこやかな営業スマイルを残して去っていった。
「良かった。ミルク持って来て貰えるみたい」
 嬉しそうに赤ちゃんの頭を撫でているアンジェリークを見つめながら、クラヴィスはフッと笑った。
「クラヴィス様?今笑いました?」
 殆ど声を立ててないのに、アンジェリークは気付いた様だ。
「…ああ、大したことではない」
 理由を言おうとしないクラヴィスに、アンジェリークはムッとする。
「もう、気になるじゃないですかー。言って下さい!」
「いや…、お前も子供の前では母親の様に見えると、そう思ったのでな」
「クラヴィス様から見れば、私、子供ですものね。でも今のままの私でいいって言って下さるし…」
 そう言ってアンジェリークは、ベビーカーから赤ちゃんを抱き上げて膝の上に座らせた。
「…私がクラヴィス様の赤ちゃんを産む頃には、きっといいお母さんになれると思います」
 照れた様に笑う少女が、眩しい程綺麗に見える。クラヴィスは思わずアンジェリークの金の髪に触れた。
「…お前の子供ならさぞ愛らしいであろうな」
 真顔でそう言われて、アンジェリークはだんだん顔が熱くなるのを感じた。
「も、もう、クラヴィス様ったら…」
 顔を上げていられないくらい恥ずかしくなって、赤ちゃんの前掛けで顔を隠そうとする。
「…今はお前だけで充分だ」
 顔を隠そうと前掛けを持った手を、クラヴィスは長い指先で包み込んで引き寄せた。
「?」
 驚いて顔を上げたアンジェリークの頬に、サッとキスをする。
 アンジェリークは習慣で、思わず周りを伺った。
 幸い、こちらを見ている者は見当たらない。…が、もしかしたら気付かないふりをしてるのかもしれない。
『クラヴィスさまっ』
 ”外ではキスしないって約束じゃないですか”と目で訴えている少女が可愛い。
「…お前が女王候補の頃の話であろう?今は気にする必要はないと思うが…?」
 もともと周りを気にしないクラヴィスに何を言っても無駄の様だ。
「お待たせしました」
 ちょうど良いタイミングで飲み物が運ばれてきた。
 アンジェリークは、哺乳瓶に入れて貰ったミルクを赤ちゃんの口に含ませる。
「あ、飲んでる〜、可愛い」
「お前に付き合って、お腹が空いたのであろう」
「付き合ってって、そんなことないわよねー」
 クラヴィスにでなく、赤ちゃんに同意を求める。
 見ているだけで微笑ましい光景だ。将来の光景を垣間見ているようで、温かい気持ちになる。
 ピー、ピー。
 小さな電子音が響き、クラヴィスがジャケットの胸ポケットから通信機を取り出した。
「…母親が見付かった様だ。中央の迷子センターで待っている」
「ほんとですか?良かったねー、ママ見付かったんだって」
 アンジェリークは、哺乳瓶を外して、赤ちゃんを抱き抱える。
「?」
 不思議そうな顔をするクラヴィスに、アンジェリークはにっこり笑う。
「ミルク飲む時にね、一緒に空気も飲み込んじゃうんです。だから”げっぷ”をさせてあげないと、ミルク吐いちゃうって母が言ってました」
 そう言って、赤ちゃんの背中を擦っている様子は代理とはいえ母の顔である。
「私がしばらく抱いたまま連れて行きますので、クラヴィス様はベビーカーをお願いしますね」
「…わかった」



 中央の迷子センターでは、金色の髪をした女性が待っていた。
 シャーッ。
 透明な自動ドアが開いて、アンジェリークとクラヴィスに抱かれた赤ちゃんが入った途端にその女性が駆け寄ってくる。
「アリス!」
 アリスと呼ばれた赤ちゃんは、女の人の顔を見て嬉しそうに手足をバタバタさせた。
「マー」
 手を伸ばして抱っこをせがむ。
「良かった…無事で」
 ホッとした様に抱き締める彼女に、アンジェリークも胸を撫で下ろす。
「マー、マー」
 アリスは、母親の心配はよそにして、自分の大冒険を話している様だ。
「…迎えに来て下さって良かったです。アリスちゃんは、人見知りしないんですね。私も、クラ…彼も泣かれなかったんですよ」
 アンジェリークは、守護聖の名前を口にするのを避けた。名前しか知らない守護聖が目の前にいると、大抵の者は畏まってしまう。
「貴女は…似てるんです。私の母が幼い頃に別れた姉に…。私より若い…なんて、あるはずないんですけどね」
 そう言って笑った顔は、アンジェリークが笑った時の印象と重なる。
 クラヴィスは、彼女とアリスを見比べて微笑した。
「…もう、その手を離さぬことだ。遠く離れると、二度と会えぬ事もある」
「??」
 横で聞いていたアンジェリークは、不思議そうな顔でクラヴィスを見上げる。
「はい。本当に有り難うございました」
 アリスを抱いたまま深くお辞儀をする姿を認め、クラヴィスはアンジェリークの腰に手を添えて退室を促した。


「アリスちゃん、可愛かったですねー。私も赤ちゃん、欲しくなっちゃいました」
 何気なくそう言ってクラヴィスを見上げ、驚いた様な表情にハッと我に返る。
「あ、えっと、そうじゃなくって、もちろんこれから先に結婚してからなんですけど…」
 クラヴィスの視線を感じ、アンジェリークは恥ずかしさでだんだん顔が赤くなる。
「…そうだな。お前に良く似た可愛い娘であろうな」
 赤くなる様子が可愛くて、クラヴィスは自然にアンジェリークの肩を抱き寄せた。
「え?何で女の子って思われるんですか?」
 腕の中で自分を見上げる少女は、まだ何も知らない小さな天使と同じ瞳をしている。
「…何となく…な。そんな気がしただけだ」
「そうですか?…そういえば、さっきクラヴィス様、謎掛けのようなことおっしゃってましたけど、どういう意味なんでしょう?」
 全く気付いていない少女に説明するべきかどうか、一瞬クラヴィスは迷った。
「…彼女は、お前と血の連なるもの。おそらく姪であろう」
「え?私の妹、あんなに大きくないですよー」
「…姪は、アリスの母親の方だ」
 クラヴィスは、少女の頭にポンと手を乗せた。
「?え?えーっ!」
 派手に驚かれて、クラヴィスは戸惑った。
「…気付かなかったのか?」
「だって、歳が…。今は、外界と時間が同じ筈だし…」
「どうやって来たのかは分からぬが、アリスを追って彼女も来たのだろうな」
「あ、それで『遠く離れると二度と会えない』なんておっしゃったんですね。あー、それならもっとアリスちゃんと遊んでおけば良かった〜。姪の子供なんて、もう二度と見れないかも」
 やたらと残念がるアンジェリークに、クラヴィスは簡単そうに答えた。
「女王に時間の流れを変えて貰えば良い。聖地はもともと外界と異なる時間構成だからな」
「なんかそれってズルいですー」
「…では長生きするしかないだろうな」
 クラヴィスは、一言一言に反応する少女を面白がってる様だ。
「はい。もちろん、クラヴィス様も、ですよ?好き嫌い言わないで何でも食べれる様になって下さいね?」
「…やぶへびだったか…」
 クラヴィスは小声で呟やく。
「…クラヴィス様、聞こえましたよ?」
 悪戯を叱る様な顔でじっと見つめる少女の唇を自分の唇でそっと塞いだ。
「…お前の口移しでなら、食べれるやもしれぬ」
 冗談半分の顔で微笑まれ、アンジェリークは真っ赤になる。
「もう、クラヴィス様ったら、そんなこと言って…」
 クラヴィスは、俯いた少女を抱き締めて、耳元に唇を寄せた。
「…今晩、試してみてはどうだ?」
 どうやら本気らしい。口移しだけで終わるとは思えないのだが…。
「…明日はお仕事なんですから、朝帰りはダメですからね」
 クラヴィスに耳許で甘く囁かれたら断れないのを知っていて、言うのだ。彼は…。
「…フッ。覚えておこう」
 クラヴィスは優しく微笑んだ。

『いつか産まれてくる私たちの赤ちゃんへ。
あなたのパパは優しくて綺麗でちょっぴり意地悪です。
でも私をとっても大切にしてくれるの。
あなたも早く会いに来てね。
            …My Little Angel』
                                     Fin
1000hit記念クラリモ♪