MISTRAL

With You
〜ずっと貴方の傍に居たいから〜


空から白いものがちらちらと舞ってきた。白くて冷たい…雪。
 聖地に四季が出来て、2度目の冬が訪れていた。

 金の髪の少女アンジェリークは、先日こっそり降りた下界で見た一枚のポスターがずっと頭から離れないでいた。お菓子屋の店先に貼られたポスター。そこにはこう書かれていた。
『大好きなあの人に心を込めて。2月14日は愛を誓う日』
 バレンタインデーとよばれるその日は、女性から男性にチョコなどのプレゼントを渡して愛の告白をするらしい。その地方独特の風習なのだが、”大好きな人にプレゼントする”というのは、いつでも楽しいものだ。いつも貰うばかりのアンジェリークは、この機会に是非何かプレゼントしたいといろいろ考えているのだが…。
「クラヴィス様って、必要なものは全部お持ちだと思うし…。チョコはあまりお好きじゃないと思うし。どうしようかな」
 特に物に拘らないし、執着もしない。衣装を換える時も、アンジェリークとロザリアに任せきりだった。
「プレゼントする相手がお父さんなら、ネクタイとか靴下が定番なんだけど。身に付ける物…かな−。バスローブとかナイトガウン?うーん、…なんかちょっと恥ずかしいかも」
 アンジェリークは思わず頬を赤らめた。男の人が女の子に服のプレゼントする気持ちがちょこっとだけ分かったような気がする。
「どーしよー、ほんとにー」
 アンジェリークは部屋のベッドの上に、身を投げ出した。スプリングが大きく跳ねて身体が揺れる。
「いっそのこと、私にリボンをかけて…」
 考えに行き詰まり、思わずそう口にして…耳まで真っ赤になった。いくらなんでも、そんなに積極的に迫って彼が喜ぶとは思えない。
「あーあ。何かお洒落なものとかないかなー」
 声に出して大きく溜め息を付いた。
 ピンポーン。
 軽やかな音がする。部屋のチャイムだ。
「あれ?今日、誰かと約束してたかな?」
 不思議に思いながら扉を開けると、そこにはきちんとお忍び外出用の服を着たロザリアが立っていた。
「あれ?ロザリア?」
 きょとんとしたアンジェリークに、ロザリアは大きな溜め息を付く。
「やっぱり忘れてる…。今日は私のショッピングに付き合う約束でしょ?ほんっとアンタって子は…。待ち合わせ場所でなくてこちらに来てみて正解だったわ」
「あーっっ!!」
 派手に大声を出して、ロザリアに顔をしかめられる。
「ごめーん。すぐ用意するから。5分だけ待ってて」
 アンジェリークは慌てて身支度を整える。メイクはもともと口紅しかしない方だが時間がないので色付リップのみ。まだ10代の為、女王候補でなくなった今でも十分高校生で通じる。
「ロザリアー、お待たせ」
 アンジェリークは、裾にレースのフリルの付いた真っ白なスカートに、瞳の色と同じ翠色のセーターを着て出て来た。ざっくり編みのセーターを着た姿は年相応で可愛い印象を受ける。手に持った白いコートもよく似合いそうだ。
「あ、ロザリアのコートも白だったの?私、変えた方が…」
 再び部屋の中へ入ろうとするアンジェリークを、ロザリアは反射的に引き止めた。
「いいわよ、別に。例え同じデザインでも、私とアナタじゃ同じ物に見えないから」
 センスの事か雰囲気の事かは分からないが、褒めてる訳ではないらしい。
「もう、相変わらず口が悪いんだから…」
 部屋の外でコートを着て並んでみて、アンジェリークはちょっと溜め息を付いた。ロザリアの言うのも一理ある…かも。背がスラリと高く見えるデザインのコートを着たロザリアは、大人っぽい感じを受ける。一方、アンジェリークは、袖に付いたファーとか腰に結ばれた茶色のポンポン付きの紐とかどちらかというと可愛い感じ。無理して大人になる必要はないけど、なんで自分の周りってこんな人ばかりなのかしら。
 もしかして、歳ごまかしてたりして…。
 思わず疑いのまなざしで見てしまう。
「?何よ??」
「何でもない…」
 そんなことある訳ない…。


 こっそり宮殿を抜け出したロザリアとアンジェリークは、聖地に作ったテーマパーク”pays de merveilles(不思議の国)”に続く道を歩いていた。
「ね、どこ行くの?」
「この前、オリヴィエのプロデュースしてる宝石店で素敵なブローチ見付けたの。買おうかと思ったんだけど、一応アナタにも見て貰ってからにしようと思って」
 ロザリアの意外な台詞に、アンジェリークはクスッと笑う。
「何よ?」
 アンジェリークが笑ったのに気付き、ロザリアは怪訝な顔をする。
「…ロザリア、可愛い」
「あ、あんたに言われたくないわよっ…」
 言われ慣れない事を言われたロザリアはサッと頬を染めた。どんなに気位が高くて優秀な女王でも、中身は普通の女の子なのだ。アンジェリークは、そんなロザリアを見てちょっと安心した。


 二人は『Nostalgie』と看板が下がっている店の扉を開けて中に入った。
「いらっしゃいませ」
 上品な初老の紳士が笑顔で迎えてくれる。
 琥珀色の照明を使った店内は、アンティークな内装で統一されていた。店内にいると、時間と切り離された空間にいるようで心地がいい。
「とても素敵なお店ね。オリヴィエ様の趣味?」
「色々なテーマのお店を作ってるようね。ここはどちらかというとアンティークなアクセサリーを置いてあるの。ゆっくり見て回れるように、店内の3分の1のスペースにカフェが設けてあるから後で行きましょう」
 買おうかどうか迷った客が、カフェで休憩した後に購入を決める事も多い。かなり売り上げに貢献しているカフェだ。使われている食器もアンティーク調で、物によったらかなり高い。
 扉を押して出るまでは、現実を忘れる不思議な雰囲気を持った店。それが『Nostalgie』のテーマらしい。
「ロザリア、現実逃避しに来てたりして…」
「…失礼な事言うわね。ここのロイヤルミルクティーも美味しいのよ」
 ここでのティー・タイムは貴婦人の時間が過ごせるに違いない。大貴族出身のロザリアがこの店を気に入ってるのも頷ける。
「ねぇ、それでブローチは?」
 やっと本題に入ってくれて、ロザリアはホッとする。
「ちょっと奥の方に展示してあるの」
 そう言って、広い店内を迷う事なく奥へと進む。
「これよ」
 ガラスのケースに一つだけ展示してあるブローチは、薔薇をモチーフにして作られた18金製のものだった。花びらの部分がピジョンブラッドと呼ばれる真っ赤なルビーで作られている。
「綺麗…。ロザリアなら絶対に似合うと思う」
 アンジェリークが嬉しそうに言う。
「この花びらね、幾つもの石の組み合わせでなくて1つの石を削って加工してあるそうなの。そんなことが出来る職人って少ないらしくて、このブローチも1点ものなの。安い買い物じゃないから、ちょっと迷ってしまって」
 普段使いのアクセサリーの値段より桁が2つ多い。
「ロザリアは、このブローチに似合うドレス一杯持ってるじゃない。買って損はないと思う!ただ…」
 アンジェリークは何気なく言って、口ごもる。
「ただ…何よ?」
「…う−ん、なんて言うか…」
 言いにくそうにしてるアンジェリークに、ロザリアはイライラする。
 どうも言わないと解放してくれない雰囲気だ。アンジェリークは、ロザリアに小さく手招きして耳を借りる。
「なんか、オスカー様っぽくない?」
 ロザリアの顔が一気に赤くなる。
「そ、そんな訳ないでしょっ」
 そう言ってるが、そう思っていたというのは明らかだ。だからロザリアは…。
「今度、ロザリアが即位して二周年の記念式典やるじゃない?その時に付けたらどうかな」
「…そうね。ドレスも新調しないと」
「オーダーメイドするのよね。あ、オスカー様に靴選びに付き合って貰うとか…」
「ちょっと、それは無理よ」
「え?オリヴィエ様にはよくショッピングに付き合って貰ってるのに?」
「…そういえばそうね。…訊いてみるわ。あなたもクラヴィスとドレス選びとかするの?」
「うーん、普段着のショッピングは一緒に行かないけど、ドレスは時々付き合って貰うかも〜。クラヴィス様のスーツも一緒に新調するから」
 式典などがあると、女王はジュリアスが、補佐官はクラヴィスがエスコートすることになっている。公式の場で二人が並ぶことが多い為、二人はさりげなくコーディネイトすることにしていた。
「クラヴィス様は何でもいいっておっしゃるけど、気に入らない服だと着ないみたいなのよね。だから、私のドレスに合わせたスーツをデザインして貰って…結構大変なの」
 アンジェリークは、軽く溜め息をつく。背の高い彼に似合う服が、既製品ではなかなか見付からないのだ。背丈は合っても腰回りが大きかったり、その逆だったり…。探し回るより、作った方が早い!ということで毎回デザイナーと打ち合わせをする。その時彼はというと、殆どの場合、少し離れた所で本を捲っていたりするのだが。
「…意外ね。ファッションに拘らないと思ってたわ」
「うーん、私も良く分からないんだけど…何となくそんな気がする」
「そう。じゃあ、私これ買うことにするわ。ありがとう。率直な意見を聞けて良かったわ」
 ロザリアは上品な微笑みを残して、カウンターの方へと歩いて行った。


「ねぇ、ロザリア。私、クラヴィス様に何かプレゼントしたいんだけど…何にしたらいいと思う?」
 二人は『Nostalgie』内のカフェで、紅茶を飲んでいた。アンジェリークはキャラメルティー、ロザリアはロイヤルミルクティーだ。
「プレゼント?…ああ、もしかしてバレンタインデーの…とか?」
「え?知ってるの?」
「…まぁ、チョコとかお菓子とかを儀礼的に贈るっていうのは感心しないけど、プレゼントをする気持ちっていうのは大事だと思うわね」
「うん。それでね、クラヴィス様はお菓子ってあんまりお好きじゃないのよね、たぶん。私の作った物は食べてくれるけど。それで、何か違う物を考えてるんだけど…」
 アンジェリークは、紅茶を継ぎ足したカップに砂糖を入れていて…途中で手が止っていた。
「…今、2杯目よ」
「ありがと」
 どうやら、何杯入れたのか分からなくなったらしい。付き合いの長いロザリアはフォローも早い。
「そうね。日用品は、使用人が買い揃えているし。となると、やはり身に付ける物ね。ファッション性のある服とかアクセサリー…」
「服…って、いつもデザイナーさんにお任せしてるからなー。それに、もし合うサイズがあっても私達が普段着てる服より1桁か2桁高そう…」
「となると、アクセサリーね。ちょうどいいじゃない。ここは宝石店だもの。ここで探せばいいわ」
「でも、ここってアンティークなものだけでしょ?アンティークなものってクラヴィス様には派手だと思う。それに…」
 そこで切り、ロザリアの方に身を乗り出して小声で続ける。
「彼って、前の持ち主のこと視えちゃったりするかも…」
 …確かにあり得る話だ。
「心配しなくても、最新のデザインのコーナーもあるわよ。オリヴィエがそこを逃す訳がないわ。選ぶのなら、出ましょ」
 ロザリアはそう言ってカップを置いた。


 『Nostalgie』のエントランスから右手奥にそのコーナーはあった。アンティークとは異なった趣のためか別枠扱いされており、他とは区切られていた。
「…やっぱりクラヴィス様には、アメジストがいいかなー」
 幾つか並んでるカラーストーンの中でも、やはりいつも身に付けている種類の宝石に目がいく。
「そうね。一番似合うわね。それに…」
「それに?」
「クラヴィスがアメジスト以外の宝石を付けてると、目立つわよ」
「…あ、そうかも」
 オリヴィエやオスカー、そしてリュミエール辺りも即座に気付くだろう。そして、その入手経路を色々想像するに違いない。それはクラヴィスにとってあまり良いこととは思えない。
「じゃあ、目立たないデザインのを選ばないとね。タイピンとかカフスは付けないし…ピアスとか」
 アンジェリークの目は控え目なデザインのアメジストのピアスを探す。
「これなんかどう?」
 ロザリアの指差したピアスは、8ミリ位のボール型のアメジストが付いた物だった。アメジストに取り付けられた金具から、もう一つ石がぶら下がっている。どうやら小さなダイヤモンドらしい。留め金具は18金で、良く見ると羽根の様にも見える。
「あ、なんかいい感じ。でも可愛すぎる…かな?」
「少しくらい可愛い方がいいんじゃない?普段、無表情なんだから…」
「え〜、そう?いつも笑ってる気がするけど??」
 さりげなく惚気られて、ロザリアは溜め息を付いた。
「…普段の彼は、あなたといる時とは別人のようよ。まあ、執務は前より少しやってくれてるみたいだけど」
「そうなのかな〜」
 うーん…。
 悩み始めたアンジェリークの背中を、ロザリアはポンと押した。
「どうするの?買うの?買わないの?」
「あ、うん。買ってくる〜」



 二週間後の日の曜日。
 アンジェリークは、久し振りのデートにルンルン気分だ。
 デート…といっても今日は、クラヴィスの私邸に行くだけののんびりデート。屋根のあるテラスでお茶を飲んで、広い敷地内を散歩して、空の雲見ながらお話して…。そんな事でも、好きな人と一緒なら楽しい。
 クラヴィスの私邸の玄関に立ったアンジェリークは、一度自分の姿をチェックしてみた。
 ベビーピンクのノースリーブワンピースに、白いジャケット。それに赤いポーチと靴。全体的に見ると、ロマンチック風お嬢様。
「…靴、ミュールにすれば良かったかな〜」
 敷地内の散歩…といっても、そんなに長距離歩くわけではない。履いて来たパンプスより、ミュールの方が華奢に見える。
 今更悩んでも遅いのだが、一瞬考えてしまうのはやはり綺麗に見られたいから。
 カチャ。
 突然扉が開いて、アンジェリークは息が止りそうな程驚いた。
「…いつまでそうしているのだ?」
 扉から出てきたのは当然ながら、この屋敷の主。
「あ、えっと、おはようございます!クラヴィス様」
 アンジェリークは慌てて笑顔で見上げる。一体何時から見ていたのだろう…。
「…おはよう」
 つられて、取りあえずクラヴィスも挨拶を返す。
「あ、あの…いつから…?」
 恥ずかしいけど、気になってつい尋ねてしまう。
「ああ…、お前がここに着いた時から…か」
『最初っからじゃない〜っ!』
 アンジェリークの顔が真っ赤になる。
「意地悪」
 拗ねた様な口振りに、クラヴィスはクスリと笑う。
「…たまたま玄関が見える部屋にいたのだ。扉の前で上を見たり下を見たりしているお前を見てるのが面白くてな…つい」
 なかなか家に入ろうとしないアンジェリークを、クラヴィスは両手で抱き抱えた。
「…我慢出来ずに迎えに来た」
 耳許でそう囁かれると、抗議の言葉が出てこない。アンジェリークの行動パターンを熟知していての言動だ。ほんと彼には適わない。
「…会いたいならもっと早く出て来て下さい」
 拗ね方さえも可愛くて、クラヴィスは少女の頬にキスをする。
「…分かった」
『…と言ってもまたきっと同じような意地悪をするんだわ、もう』
 アンジェリークは、これ以上言うとキスの次に進んでしまいそうなので黙っておく事にした。今日は、プレゼントを渡そうと思ってデート場所を彼の屋敷にしたのだ。一番の目的を果たさなければ…。


「…外は、寒くなかったか?」
 クラヴィスは部屋の前でアンジェリークを降ろして、ドアを開けた。
 その部屋はさっきクラヴィスがいたという部屋らしく、コーヒーカップと本が置かれていた。
 さっき”たまたま”と言ったが、”わざわざ”玄関の見える部屋で待っていたのではないだろうか…?。
「今日は、暖かかったんです。それで、コート着て来なかったんですけど…寒くなったら、何か着る物貸して下さいね」
 ニコッと笑って見上げるアンジェリークに、一瞬クラヴィスは言葉を失う。
 陽が落ちるまでいるということ…なの…か?
 この少女は時々無意識に誘う様な事を言う。本人が気が付いていないのがかなり問題なのだが…。
「…ああ」
 やっとそれだけ言うと、少女の金の髪をそっと撫でる。
「??」
 何でそんなことするの?と目で訴えている様だ。
 無邪気な天使の笑顔…。初めて結ばれた朝も、天使の輝きは一切失われていなかった。
「…クラヴィス様?」
 じっと見つめられる事に耐えられなくなったのか、アンジェリークが声を掛ける。
「…何でもない。何か飲み物を用意させよう。冷たい物の方が良いか?」
「んーと、そうですね。この部屋、暖かいし。じゃあ、アイスティーをお願いします」
「わかった」
 クラヴィスは、部屋を出て使用人に指示をするとすぐに戻ってきた。
「…今日は…何か込み入った話でもあるのか?」
 デートの場所を、即座に私邸と提案した少女には何か理由があるとクラヴィスは踏んでいた。
「話って訳じゃないんですけど…やっぱり分かります?」
「…お前ほど分かりやすい者はいないと思うが…?」
 クラヴィスは微笑して続きを促す。
「ほんとクラヴィス様って、何でもお見通しなのね」
 アンジェリークは諦めて、ポシェットの中から小箱を取り出した。
「はい、プレゼント!」
 銀色のパッケージに包まれた小箱をクラヴィスに差し出して、アンジェリークはにっこりと微笑んだ。
「…?私の誕生日は過ぎた筈だが…」
 クラヴィスは僅かに首を傾げる。
「分かってます。それにクリスマスも過ぎてます。だからこれは、バレンタインのプレゼントなの」
「…バレンタイン?」
 クラヴィスは聞き慣れない言葉なのか、不思議そうな顔をする。
「女の子がね、男の人に、その…告白が出来る日で…」
 どうやって説明しようかと、しどろもどろしているアンジェリークを見て、クラヴィスはクスリと笑った。差し出された小箱を受け取り、そのままアンジェリークの手首を掴んで引き寄せる。
「キャッ」
 アンジェリークはクラヴィスの胸に抱き留められた。
「…2月14日も過ぎていると思うが…?」
 耳許で聞こえる彼の声…。低くて良く響いて優しくて…。
「…って、え?クラヴィス様、バレンタインってご存じなんですか?」
 アンジェリークは慌ててクラヴィスを見上げる。
 クラヴィスは答える代わりに微笑する。
「…ほんとは先週にお会いしたかったんです。でも、クラヴィス様が急に仕事で出張されてたからお会い出来なくて。何も今出張にならなくてもいいのに…」
 拗ねてしまった少女の金の髪を撫でて、クラヴィスはソファに座った。
「開けても良いのか?」
「あ、はい!」
 アンジェリークはパタパタとクラヴィスの側まで歩いて、正面のソファに座った。
「ロザリアと二人で選んだんです。気に入って頂けるといいんですけど」
 カサカサと包装紙を開き、白い箱を取り出す。その箱の中には深い紫色のベルベット地の箱が入っていた。
「…これは…」
 天然石にしては珍しい位深い紫色をしたアメジストのピアス。ボール型のアメジストの側に寄り添う小さなダイヤ。どんな方向に傾けても決して離れることはない。
「どうですか?可愛いでしょ?」
 アンジェリークはクラヴィスの隣りに座り直してニコニコ笑っている。
 …いつも隣りにいるダイヤ…か。
 クラヴィスは静かに微笑み、左耳に付けていたピアスを外した。
「…付けて貰えるか?」
「え?」
 そんな事を言われるとは思ってもみなかったのか、目を丸くしてプレゼントしたピアスとクラヴィスの顔を見比べる。
「でも、人に付けて貰うのって痛くありません?」
「…大丈夫だ」
 クラヴィスはそう言って、小箱を差し出した。アンジェリークは仕方なく左耳に付ける方のピアスを取る。
「じっとしてて下さいね。差しちゃうかもしれないから…」
 アンジェリークは、横向きのまま少し屈むクラヴィスに手を伸ばした。
 黒髪がサラサラと流れて耳を隠す。アンジェリークは慌てて流れてきた髪をクラヴィスの耳に掛けようとして、サッと手を引っ込めた。
「?」
 クラヴィスは不思議そうな顔をして、目だけでアンジェリークの様子を伺う。アンジェリークは何故か赤くなっていた。
『びっくりした〜。クラヴィス様の髪って見た目より柔らかい〜』
 考えてみると今まで意識して触ったことがなかったのだ。改めて美しい黒髪を見ていると、肌を滑る感触を思い出してしまい、耳まで真っ赤になる。くすぐったさに身を捩る度、楽しそうに見下ろしてキスをして…。
「や、やっぱり自分で付けて下さい〜」
 平静を保てなくなったアンジェリークは、とうとう音をあげた。大好きな人と向き合ってるのだけでも赤面ものなのに、髪を掻き上げて耳に触るなんてとんでもない!心臓が飛び出しそうな程ドキドキしてるのに、そんなことをしたらほんとに心臓が止まるかも…。
 アンジェリークは俯いて、ピアスをクラヴィスに差し出した。
 クラヴィスは軽く溜め息を付き、ピアスを受け取る。
「…似合うか?」
 いきなり顔を覗き込まれて、アンジェリークの胸がドキンと高鳴った。本当に心臓に悪い。
「似合います。…けど、わざと私がドキドキする様にしてません?」
「…そんなつもりはないが。ドキドキしてるのか?」
 クラヴィスの長い指先が少女の左胸に触れるのが躊躇なく自然だったので、アンジェリークはキスの次に進んでいることにすぐには気付かなかった。
「…クラヴィス様?」
「本当の様だな…」
 クラヴィスは右手をアンジェリークの胸に置いたまま、左手で顎を上向かせた。美しい瞳が近付いて…軽いキス。
 クラヴィスの左耳のアメジストとダイヤが僅かに揺れて、美しい微笑みに彩りを添える。
「…あの、触ってますけど…?」
 ようやく気付いたアンジェリークは、自分の胸に置かれた手をじっと見つめた。
「…バレンタインとは愛を確認し合う日…ではないのか?」
「確かにそれもあると思いますけど…」
 クラヴィスはソファの背に片手を付いて、アンジェリークがソファに倒れ込むように体重を掛ける。
「…でも、バレンタインは過ぎてるんですってば〜」
「バレンタインの贈り物を貰った今日が私にとってはバレンタインだと思うが?」
 ある意味正当な理由かもしれない。
 一瞬考えるが、今は朝で、しかももうすぐ飲み物が運ばれてくる筈なのだ。いくら彼の私邸で、使用人はそろって口が堅いとはいえ、人には見られたくない。
「もう、まだ朝なんですよ?それに飲み物ももうすぐ来るんですからー」
 アンジェリークはあくまで抵抗する。クラヴィスにとってはそんな抵抗でさえ可愛く見えるのに…。
「…気にせずとも良い。飲み物が来るのは2時間後だ」
 クラヴィスは悪戯っぽい顔で笑う。
「…!」
 もう諦めるしかない様だ。アンジェリークは、両手をクラヴィスの首に回して耳許に囁いた。
「…その代わり、カーテンは閉めて下さいね」
 クラヴィスは答える代わりに少女の額にキスをした。

                                                                        Fin

                               2002.3.21


コメント


出来れば2月中にバレンタインのお話をアップしたかったのですが…すいません無理でした(^^ゞ
 コメントはたぶん後で読んでくださる事と信じて(笑)本でいう”あとがき”のようなコメントにします。

 このお話を書いたきっかけは勿論”バレンタイン”です。ウチのリモージュはいつもプレゼント貰ってばかりだったんで…ね。あと、人にアクセサリー付けて貰うのって凄くドキドキしませんか?それが、ネックレスでもイヤリングでも…。それがカップルなら楽しいだろうなーって思ってたんですが、リモージュちゃんは耐えられなかったようですね。あの美しい人をあんな間近で見たら、息をするのも忘れそう…。

 しかしウチのクラ様って、リモージュと結ばれてから甘いったら…(^^ゞしかも、口も達者になってしまってほんとにクラ様??と思われるかもしれませんね。ウチのは、リモージュと両想いになったときから無敵です(笑)もともと頭のいい人だし。

 アクセサリーのこと。智希さんに掲示板でも言われましたが、アクセサリーを探すの好きです。デザインは…実はあんまりよく分からないので、毎回カタログとにらめっこしてアレンジしてますが宝石っていうか石を探すのは好き。パワーストーンは特に好きなんです。今回のデザインはカタログに実在しませんけど、ボール型の石と同じとこから金具でダイヤとか付いてたら可愛いなってvそれにクラ様とリモージュみたいだし。実は、アンジェはそれに気付いてないんですが(笑)クラ様は気付いたので、わりといつも付けてそうです。

 お店のイメージのこと。これは掲示板にも書きましたが、別に某ドラマに出たケーキ屋の”アンティー○”ではありません。あ、もしかして、店内にカフェ作ったからそう思われたのかしら。宝石店のイメージは、普通の宝石店の照明がセピア色っぽいといいな〜と思ったからです。ロザリアの好きそうなアクセサリーって、アンティークっぽい気がして。カフェの方はどちらかというと、以前行ったことのある静かなケーキ屋。ここはもうなくなったんですが、入ると外の喧騒から離れて時間を忘れる場所でした。で、ケーキなどのデザートも選べるし、お茶もティーカップまでも選ばせてくれるところだったの。あんなところがあってもいいかなって思ったのです〜。
 実は、ホワイトデーも考えてます。遅くなるとは思いますが…。それとセットのお話です。