MISTRAL

Diamond Dust


 白き極光の惑星。
 風花の町。
 常に重い雲が垂れ込めるこの星は雪が消えることがない。
「さっぶー。さっきの”流れゆく砂の惑星”とは大違いや。はよ宿取って風呂でも入らんと凍えてまうで」
 緑色の波打つ長髪を後ろで一つに束ねた青年、チャーリーは両肩を抱いて身を震わせた。鼻の先に引っ掛かけたサングラスが吐いた息で曇る。
「僕もその意見に賛成だね。ブーツの中まで砂だらけだ。これで歩くことほど気持ちの悪いことはないよ」
 不快な顔をしてセイランはその美しい眉を寄せる。ボブカットの鮮やかな青い髪がさらりと揺れた。
「そうですね。金の宝玉を手に入れる方法も分かったことですし。今日はもう休みましょう」
 茶色の髪の新宇宙の女王、アンジェリークは仲間たちの体調を気遣ってそう言った。
 エルンストの親友ロキシーの石化を解除する方法。金、銀、緑の宝玉を手に入れること。
 そのうちの一つ。銀の宝玉を手に入れたアンジェリークたちは次の宝玉探しの為にこの街を訪れていた。
「賛成〜。もう、みんなアンジェちゃんのその言葉を待ってたのよね。そうと決まったら、宿屋へレッツゴー!」
 金髪にピンクと緑の派手なメッシュの入った守護聖が先頭を行く。
「もう、オリヴィエ様元気ですね」
 途端に元気になるオリヴィエにアンジェリークは、くすくすと笑う。
「私にとってはこの位の寒さ、寒いうちに入んないんだけどさ。シャワー浴びたかったのよねー。砂の惑星って、風が強くてさ。髪の毛はパサパサになるし、お肌にも悪くて」
「私としては一刻も早く次の宝玉を探しに行きたいところなのですが…仕方ありませんね。皆さんの意見に従います。誰しも休息は必要ですからね」
 エルンストは眼鏡の縁を押し上げた。
「すいません、エルンストさん。ロキシーさんを早く元に戻してあげないといけないんですけど…」
「あっ、いえ、アンジェリーク。そういう意味で言ったのではありません。すみません。私はどうも少し言葉が足りないようで…」
 慌てて否定するエルンストの肩を、オスカーがポンと叩いた。
「ま、ともかく休憩だ。ロキシーは必ず助ける。そして陛下もな」
 どこからくるのか分からないこの自信は、みんなの気持ちを穏やかにした。


 風花の街も他の二つの街と同じく、オーロラを見に来た観光客で賑わっている。当然宿屋もほぼ満室だ。総勢一七名での宿泊はかなり困難である。
「ほんまか?あちゃー、そら困ったな。用意出来るんは、五部屋やて。どないする?皆さん」
 独特な喋り方をする”商人さん”ことチャーリーはカウンターからロビーに集まるアンジェリークたちに呼び掛けた。
「俺はコイツと一緒の部屋でもいいぜ?」
 銀色の髪に青緑色の瞳の青年がスッと少女の肩に手を掛ける。
「ちょっと、アリオスってば」
 いきなり肩に手を置かれたアンジェリークは、驚いてアリオスを見た。意地悪そうな微笑みで、からかってるのだと分かる。
「男女一室というわけにはいかぬ。だが他に空いてる所もないとなると、ここに泊まるしかないようだ。アンジェリークが一室使い、あとの一六名が四室使うこととしよう」
 道徳を重んじる光の守護聖ジュリアスは、ちらりとアリオスを睨む。アリオスが軽く両手を上げ、肩を竦めてみせた。
「そうと決まれば、部屋割りや。これは重大な問題やで。俺一人では決められへん。みんなこのテーブルに集まってや」
 いつの間にかロビーのテーブルを一つ占拠したチャーリーがアミダクジの用意を始めていた。
「クジ…ですか。でもこのメンバーでクジなんて…」
 南国の王太子ティムカが心配そうに眉を寄せる。メンバー内の誰もが仲が良い訳ではないと知っての言葉である。
「まあねー。ちょっとチャレンジャーかなーとは思うけど、たまにはいいんじゃない?」
 享楽主義のオリヴィエはチャーリーの提案に賛同してソファに腰を掛けた。
「さすがオリヴィエ様!話が分かるなー。そしたらここに一本線入れて貰えます?ほら他の皆さんも!」
 チャーリーに急かされて、一同が動いた。渋々の者もいれば楽しそうな者もいる。皇帝との戦いを控えているとは思えないほど明るい雰囲気だ。
『チャーリーさんのお陰ね。あっ、そうだ。皆さんが部屋割り決めている間に道具屋さんに行ってこようかしら。ハーブティー売ってるのここだけだし…』
 アンジェリークがこっそりと出口に向かったのに気付いたアリオスが、すっと扉の前に立った。
「どこ行くんだ?」
「アリオス。えっと、道具屋さんで買い物してこようと思って。皆さんお疲れだし…。心配しないで。すぐに帰って来るから」
 にっこり笑うアンジェリークに、アリオスは呆れたように言った。
「あのな、疲れてるのはお前もだろ?それに黙って出て行くとみんなが心配する。こういうのはちゃんと言った方がいいんだ」
 驚いて見上げると、アリオスはもうロビーに集まる仲間の方を向いていた。
「おいみんな。ちょっとコイツと道具屋まで買物に行ってくる。俺の部屋は残ったクジで適当に決めててくれ。ほら行くぞ」
 仲間たちが顔を上げるのとほぼ同時にアリオスはアンジェリークの背を押して宿を出た。

「良かったのかしら…」
 返事を待たずに宿を出たのを気にしてアンジェリークは呟いた。
「…お前が言えるセリフじゃねーだろ?黙って出ようとしてたくせに」
 アリオスは、右手で前髪を掻き上げて頭を抱える。
「ごめんなさい」
「俺に謝ってもしょうがないだろ?ったく、気を遣ってんのか遣ってねーのか…」
 口ではそう言うが優しい眼で笑う姿に、ドキッとする。
「あっ、あのっ、早く行かないと道具屋さん閉まっちゃうわ」
「?ああ、そうだったな。何を買いに行くつもりなんだ?」
「えっと、ハーブティーとピザとバスケットかしら」
 指を折って数えるアンジェリークを見て、アリオスは大きな溜め息をついた。
「…お前一人で行って、そんなに沢山持てる訳ねーだろー。ったく、世話の焼ける女だな…」
「ごめんなさい…」
「あー、もう謝んなって。その為に俺がついてきたんだろ?」
 先に立って歩いていたアリオスが振り返った。揺れた銀髪が夕日に反射してキラキラと輝く。その顔があまりに綺麗で…。
「どうした?ボケッとして」
「あ?ううん、何でもない。ただアリオスって、綺麗な顔してたんだなって改めて思っちゃって」
「綺麗な顔?俺が?」
「うん。だってそうやって光を浴びてるのすごく似合ってるし、さっきみたいに笑ってるの素敵だもの」
 一瞬、驚いた顔をしたアリオスは再び前髪を掻き上げた。どうやら右手で前髪を掻き上げるのはこの青年の癖らしい。
「アリオス?私、何か変なこと言ったかしら?」
 覗き込む少女の顔が、過去の思い出とオーバーラップする。
 …エリス…
「いや…。昔、お前と同じようなことを言ったヤツがいたなと思ってな。…全く、どうしてそんなに似てるんだか…」
「え?そうなの?じゃ、その人とっても見る目あったのね」
 アンジェリークが嬉しそうに笑う。
 深い緑色の瞳…。
 アリオスはアンジェリークにもう一人の少女の顔を重ねて見ていることに気が付き、苦笑した。
「…あいにく俺に光は似合わねーよ。光ってのはお前のようなヤツに似合うもんだ」
 呟くような声にアンジェリークは目を丸くする。
「え?」
 うまく聞き取れなかったようだ。
「何でもねーよ。ほら行くぞ」
「もうっ、待って!アリオス」
 少女は先に歩き出したアリオスの後を追いかけていった。


「すっかり日が暮れちゃったわね。皆さん心配してるかしら」
 道具屋の帰り道。ハーブティーのパックをたくさん抱えたアンジェリークは隣に立つ青年を見上げた。
「大丈夫だろ。街の中だし、俺が一緒だからな。それとも俺が守ってやるっていうんじゃ、頼りねーか?」
「そっ、そんな。戦闘の時いつも真っ先に戦ってくれて、感謝してるの。危ない時にはいつのまにか私の前に立ってくれて…。私って、戦い方下手なんだなって実感しちゃって…」
 だんだん自分が情けなくなって、少女は俯く。
「…いいよ」
「?」
「お前はそのまんまでいい。戦い方がうまくても何の自慢にもならねーよ」
 アリオスの言葉に彼の過去が垣間見える。
「ね、ちょっと丘の上に行ってみない?私、まだゆっくりオーロラ見たことなくて…」
 アンジェリークはアリオスの腕を掴んで見上げた。
「…仕方ねーな」
「良かったv」


 極光の惑星の特色の一つ。オーロラは、昼夜を問わずその上空に美しい光のカーテンを作っていた。
「…やっぱり夜の方が綺麗だな」
「ほんとね。ずっと戦ってばかりで、空を見上げてる余裕がなかったの。…付き合ってくれてありがとう」
 空を見て嬉しそうに微笑む少女は、昼間の顔と少し違って見えた。
「…お前、疲れてるんだろ?どうしてそうやって笑っていられるんだ」
「…仲間がいるから」
 アンジェリークは、真っ直にアリオスの瞳を見て答えた。意志の強い目をして。
「…私、戦い方が下手だから皆さんに迷惑をかけてしまうの。でも何も言わずに庇ってくれる。だからせめて私は笑ってようと思って。笑顔って元気を運んでくれるから」
「!」
 驚いた目をしたアリオスは、次の瞬間クッと短く笑った。
「強いな、お前は。戦い方じゃない。芯の強さってヤツだ。みんなそんなお前を支えてる。いい仲間たちだよ。だがな…」
「え?」
 突然肩を抱き寄せられたアンジェリークは、驚いたようにアリオスを見上げた。青緑色の瞳が、優しい色で微笑む。
「時には休むことも必要なんだぜ?元気なお前を見てみんな安心はする。でもその反面、この辛い状況で笑っていられるお前が無理をしてるんじゃないかって心配もするんだ」
「アリオス…」
 意外な優しさに触れ、アンジェリークの胸がドキンと鳴った。
「ありがとう。優しいのね」
「…そんなんじゃねーよ。ただいつもみたいに元気じゃなきゃ、調子狂うんだよ」
 からかうような口調に戻ってアリオスは笑う。
「ひっどーい。せっかく誉めたのに」
 アンジェリークが軽く頬を膨らませる。
「そうそう、その顔の方がいいぜ。いつもよりブスだけど」
「信じらんなーい!そういう言い方する?フツー」
 アンジェリークが拳を作って殴りかかろうとするのをアリオスは笑いながら軽くかわす。
「おっと、早く帰らねーとな。遅くなるとまたあのジュリアスとやらに睨まれる」
 アンジェリークは一足先に走り始めたアリオスを追い掛けた。
「待ってよ、アリオスってば」


 宿屋では、部屋割りを決められた仲間たちが不思議な取り合わせで立っていた。
「部屋割り、決まったんですか?」
 明るく尋ねるアンジェリークに、仲間たちは静まり返ったままだ。
「おい、俺の部屋は決まったのか?」
 アリオスの言葉に、恐る恐るルヴァが答える。
「はあ、一応二つ目の部屋に決まりました。えーと、他は私とオスカー、リュミエールです」
 あまり仲がいいとは言えない組み合わせだ。
「あのー、他には…」
 尋くのはちょっと怖い気がする…。
 最初に口を開いたのは、光の守護聖ジュリアスだった。
「私が一つ目の部屋で、あとの三人はクラヴィス、エルンスト、メルだ」
 クラヴィスと一緒というのが気に入らないのか、どこか不機嫌そうだ。
「俺んとこは、ゼフェル様、ヴィクトールさん、ティムカちゃんや」
 不思議な取り合わせに、発案者のチャーリーでさえ複雑な顔をする。
「私のところは、ランディとマルセル、セイランだよー」
 嬉しそうなのはオリヴィエだけのようだ。同室だと言われた三人は嫌な予感に襲われる。
「…みんなクジ運悪いんとちゃう?これなら、みんな好きな部屋に泊まってもろた方が…」
 言い掛けたチャーリーの言葉を、ジュリアスが遮った。
「良い。みんなあの時反対しなかったのだ。部屋割りはこの通りに行う。何時に戻ろうと構わぬが、必ず各自の部屋で寝るように!」
 ツルの一声で、半数以上の者が肩を落とした。


 コンコン。
 軽くノックする音で、アリオスは視線を上げた。誰もいなくなった部屋で少し眠っていたらしい。
「開いてるぜ」
 扉を開けて入ってきたのは茶色の髪の少女だった。
「どうした?眠れないのか?」
「そうじゃないけど…。さっき荷物持ってもらったのにお礼言ってなかったから。ありがとう」
「いいって、そんなこと。そこ、寒いだろ?入れよ。今、誰もいねえから」
「え?でも…」
 躊躇するアンジェリークにアリオスは続けて言う。
「寒いんだよ。扉閉めて、こっちに来いったら。暖炉の側はぬくもるぜ」
「あっ、じゃ、ちょっとだけ」
 扉を閉めると、途端に部屋の中が暖かくなる。
「ほんと。外って、すごく寒かったのね」
「今夜も冷えるみてーだしな。ほら、雪が降ってきたぜ」
 アリオスは、暗い空を見上げた。ちらりちらりと降る雪が、部屋の明かりで良く見える。
「私も見たい!」
 元気な声で言う少女に面喰らいながらも、アリオスは笑って窓の側を譲った。
「雪、好きなのか?」
「ええ。大好き」
 微笑む少女が眩しい。
 雪明かりのせいかもしれない…。
「…確かに綺麗だよな。真っ白で汚れがなくて…。お前に似てるかもな」
 俺には眩しすぎる。
「私って、冷たい?」
 きょとんとして尋ねる少女に、アリオスは笑いだした。
「…お前って、ヘンなとこボケてんな。面白いヤツ」
「ねえ、アリオス…」
 アンジェリークは雪の降る空を見上げた。
「皇帝を倒して平和になったら、一緒に雪だるま作りたいな」
「雪だるま?ったく、ガキじゃあるまいし…」
「ね?いいでしょ?」
「そうだな…」
 アリオスもアンジェリークと同じ空を見た。
 空から降る雪。それよりも遥か上空の宇宙を見通すように…。
 皇帝を倒せたら…な。
 白い雪が降り積もる。
 各自が色々な思いを胸に、風花の街の夜は静かに深まっていった。

                     Fin

          (2000.1.9発行)Snow Timeより