mistake 3 後
「待ってー、ロザリア」
アンジェリークは、先に占いの館を出てしまったロザリアを慌てて追いかけた。
「…アンジェリーク。私、この前のあなたの気持ちが良く判ったわ。ライバルがあなたならともかく、ジュリアス様なら…ちょっと自信無いもの」
貴族出身で、気品があり、美しく、教養もある。自分の理想そのものだ。
「弱気になってるなんて、ロザリアらしくないじゃない。私に言ってくれたでしょ。直接訊いてみれば?って…」
今度は私が励ます番だとばかりにアンジェリークは言う。
「でも…」
悩むロザリアは、何だかとても可愛い。
「ついて行ってあげるから」
告白に付き合う親友のようだ。
「…どこに行くのだ?」
突然背後から男の人の声がして、アンジェリークは驚いて振り向いた。
「あっ、クラヴィス様。こんにちわ」
闇の守護聖は、その力の性質からか余り気配を感じさせない。
「ああ。…もう夕方だがな」
少し眼を細めて笑うクラヴィスにドキッとする。
「あ、あの、お散歩ですか?」
アンジェリークは、胸のドキドキが聞こえないように大き目の声で尋ねた。
「…まあ、そんなところだ。お前たちは何処へ行くつもりだったのだ?」
クラヴィスは、女王候補二人を交互に見た。
「オスカー様にお聞きしたいことがあるんです。ね、ロザリア?」
「え、ええ。まあ…」
まだ迷っているような返事だ。
「そうか。それならば、共に来るとよい。これから、ジュリアスの邸に行くところだ」
「え?」
クラヴィスの意外な答えに、二人は耳を疑った。
散歩をしているだけでもかなり珍しいのに、よりによってジュリアスの邸に行くところとは…。
二人の反応に、クラヴィスは溜息のような笑を零した。
「…そんなに意外か?」
「あっ、いえ…」
「とんでもありませんわ」
慌てて否定する二人は可愛らしい。
クラヴィスは、意味ありげにジュリアスの邸を見つめて呟いた。
「面白そうなので、放っておいたのだが…そろそろそういうわけにもいかなくなったようだ」
「ジュリアス様、水でもお持ちしましょう」
ジュリアスの寝室に入るなり、オスカーはキッチンへと向かった。
『いつも見慣れているはずなのに、何故今日に限ってあんなに無防備に見えるんだ!今日の俺はどうかしている…』
あの蒼い瞳を見ると、思わず頬に手を掛けそうになる。そして美しい髪に触れていたいと…。
「いかん、いかん。ジュリアス様は体調が悪いのだ。ただ、それだけのことだ」
無理やり自分を納得させて、ジュリアスの待つ寝室へと戻った。
「ジュリアス様、お待たせしました」
水の入ったコップを持って、オスカーは寝室を見回した。ジュリアスはちょうど正装を脱ぐところだった。
「オスカー。すまぬが灯りを小さくしてくれぬか」
「はっ、はい」
女性と二人きりの時に良く言われる台詞に、ドキッとする。女性ならこの後に大抵…。
「…手伝ってくれぬか。服に髪が絡まったようだ」
予想通りの展開に、オスカーは覚悟を決めた。
もし誘われているのなら、素直に乗ってみよう!
ジュリアスの背後に回り、衣服に絡まった髪の毛を解こうとそっと髪に触れた。
「!」
思っていた以上に柔らかい髪の毛に驚き、オスカーは思わず手を引いた。柔らかい髪は、オスカーの爪に引っ掛かってしまう。
「…あまり乱暴にするな」
「申し訳ありません」
仕草の一つが、言葉の一つが、誘っているようにしか思えない。
髪の毛を解き終えたオスカーは、怒られることを覚悟で問い掛けた。
「…ジュリアス様。失礼を承知で申し上げます。今日の貴方の言動はいつもと違うように思われます。まるで…女性に誘われているような…そんな感じです」
「そう…思うか?」
オスカーを振り返ったジュリアスは魅惑的な瞳で微笑し、ゆっくりとオスカーの頬に手を伸ばした。
「ならば…誘われてみるか?」
オスカーは思いがけない言葉に一瞬目を見開いた。頬に当てられた手に触れ、夢ではないことを確かめるようにその甲にキスをした。
「お望みとあらば…」
女王候補の二人と闇の守護聖の一行は、ようやく目的地に辿り着いた。
「…日が暮れてしまったようだ。馬車で来れば良かったかもしれぬ…」
ぼんやりと空を眺めるクラヴィスは、相変わらずのようだ。
「オスカー様は、ジュリアス様のお邸に行かれてたんですよね。こんな時間だったら、もうお帰りになられたんじゃないですか?」
アンジェリークの質問に、クラヴィスは首を横に振った。
「オスカーの気配はこの邸からする。まだ帰ってはいないようだ。参ろう」
三人は、ジュリアスの家の従者に案内されて、奥の寝室の方へと足を運んだ。
バタンッ。
突然、大きな音がして寝室の扉が大きく開かれた。
「!」
今、まさにジュリアスの唇に触れようとする瞬間だったオスカーは、その姿勢のまま顔だけ扉の方へ向けた。
「オスカー様…」
少女二人のショックを受けた顔…。
ハッと我に返ったオスカーは慌ててジュリアスから離れた。
「あっ、えっと、これはつまり…」
どうやって言い訳すれば信じてもらえるのかを必死で考えてあたふたしてるオスカーは、なかなか見ものだ。
「オスカー、気にすることは無い。お前のせいではないからな」
「クッ、クラヴィス様!」
少女の横にいた守護聖にまた驚く。この邸の部屋に一番似合わない人物だったからだ。
目を丸くするオスカーを気にせず、クラヴィスは室内へと入った。薄明かりでも、クラヴィスにはよく見えるらしい。
「ジュリアス…。やはりお前はつかれているのだな」
「…何の用だ。疲れているのが判っているのなら出て行って貰おう」
不機嫌そうな顔をするジュリアスを見て、クラヴィスはフッと笑った。
「…言葉というのは難しいものだ。私は、"憑かれている"と言っているのだ。お前が自覚しないからいつまでも体調がよくならぬのだ」
「…言ってる意味が判らぬ」
ジュリアスはじっとクラヴィスを見る。
「…いつものお前なら近寄らせもしないはずなのだがな。まあ、よい。言っても判らぬのなら仕方あるまい」
クラヴィスは、長い指先を揃えてジュリアスの額に当てた。
「何を…!」
クラヴィスの指先から僅かに淡い光が発せられた。
「…っ!」
ジュリアスの身体は力が抜けたように傾いた。
「危ない!」
さっとジュリアスを支えたオスカーは、クラヴィスを見上げた。
「どういうことですか?」
「…お前がジュリアスに対して抱いた気持ちは、女性に対するものと同様ではなかったか?」
「…そ、それは…」
女王候補二人の前で認めるのは、これからのことを考えるとあまり好ましくない。オスカーは、答えに窮してしまった。
「その者に憑いていたのは、女性だからな」
「え?」
オスカーだけでなく、女王候補の二人も驚いた。
「ジュリアス様、大丈夫なんですか?」
「…ああ、別に悪いものではないのだ。ただ、ずっと連れていると、憑かれやすくなるのでな。黒のサクリアのいい餌食だ」
「…クラヴィス様、面白がってません?」
とんでもないことを言うアンジェリークに、ロザリアは驚いて脇を突っついた。
「…確かに、面白いものを見せてもらったな」
クラヴィスは、オスカーを見て含み笑いをした。
「クラヴィス様!」
きつい口調で言うオスカーの腕の中で、ジュリアスが身じろぎした。
「…大きな声を出すな。頭が痛い」
「ジュリアス様!気が付かれましたか?」
覗きこんだジュリアスの瞳は、意志の強い聡明な色に戻っていた。
「オスカーか。…ここは…私の寝室。ん?そなた達、何故ここにいるのだ?」
「…目が覚めたようだな。では帰るとしよう」
ジュリアスの質問には答えずに、クラヴィスはくるりと背を向けた。どうやら、質問に答えることが面倒らしい。
「それじゃ、私達も失礼します。おやすみなさい」
ここは逃げるが勝ち。三人は早々と退散した。
「オスカー、この今の状況を説明しろ」
「…と、申されましても…」
どう説明すればいいんだ…。
オスカーは、言い訳を考えるだけで気が遠くなるように感じた…。
FIN
1999.8.22発行”mistake”より