被団協新聞

非核水夫の海上通信【2010年】

このコラムは、川崎哲氏(ピースボート地球大学)によるもので、
「被団協」新聞に2004年6月から掲載されています☆☆

2010年12月 被団協新聞12月号

報復ではなく平和を/被害者の訴え

 11月、広島のノーベル平和賞サミットに参加した。呼びかけ人のゴルバチョフ氏は欠席したが、ダライラマ法王、デクラーク元南ア大統領、エルバラダイ元IAEA事務局長、地雷廃絶のジョディ・ウィリアムズ氏など錚々たる顔ぶれが揃った。
 最終宣言で核兵器禁止条約に向けた力強いアピールが出されたことが、最大の成果だ。
 印象に残ったのは2日目にデクラーク元大統領とイランのシリン・エバディ氏が論争した場面である。核兵器と通常兵器は区別すべきだ、核は廃絶すべきだがテロを抑える軍事力が必要だからだとデクラーク氏が主張したのに対し、エバディ氏は「暴力では解決しない。テロの根源に対処すべきだ」と反論した。
 核の惨害を体験した被爆者が報復ではなく和解と平和を訴えている姿に共感したと、受賞者らは口々に語った。最終日、平和公園でダライラマ法王とウィリアムズ氏は語った。「行動するのは普通の人々だ」
川崎哲(ピースボート)

2010年11月 被団協新聞11月号

モンゴル/一国非核地帯

 10月、モンゴルのウランバートルで「東北アジアの核の脅威を絶つ」という国際NGO会議が開かれた。同国の外務省が後援した。
 モンゴルは、ロシアと中国という2つの核大国に挟まれ、自らは一国非核地帯を宣言している。その地位は現在は国連決議で認められているが、今後は中ロと3カ国条約を結ぶことをめざしている。
 「核兵器をもつことがモンゴルの安全保障につながるとは考えない」。会議冒頭に挨拶したツォグトバタル外務副大臣は明確に述べた。モンゴルにとっては「核の傘も必要ない」と、ミャグマル元防衛大学長は語った。
 一方中国の参加者からは、アメリカの強大な通常戦力に対抗して核兵器を考えるのはいわば当然であり「核兵器だけなくす」という議論はフェアでない、という率直な意見も聞かれた。
 核が国を安全にするという考え方はいまだ根強い。そこから脱却するための理念と現実策の両方が必要だ。

2010年10月 被団協新聞10月号

日独外相論説/具体的行動提起なし

 岡田外相とウェスターウェレ独外相は9月4日、ウォールストリートジャーナル紙に「核なき世界への道徳的挑戦」という共同論説を寄せた。「核軍縮は人類が国境や世代をこえた責任の意識をもつことができるかという問題だ」とする論説は、65年前の広島・長崎を想起しつつ、地雷やクラスター爆弾禁止の成功例に触れ「国際人道法」の重要性をとく。
 理念やよし。だが論説は、肝心の行動提起をしていない。核軍縮の第一歩としての核兵器の役割の限定については「議論の用意がある」という慎重な言葉づかいにとどまった。
 北朝鮮やイランには、核開発を国際社会が許さないということ知らしむべし、という。だが、その傍からインドを核保有国として特例扱いにする交渉をしているのだから、説得力に欠ける。
 国際人道法に触れながら「核兵器禁止条約」の目標に言及していないのは奇異ですらある。修辞に負けない具体的行動を求めたい。

2010年9月 被団協新聞9月号

証言の翻訳/世界中で軍縮教育を

 国連事務総長として初めて広島平和祈念式典に出席した潘基文氏は、こう訴えた。「学校で軍縮教育を進めよう。例えば被爆者の証言を世界の主要な言語に翻訳することだ」。
 これに先立つ6月、私達は北欧で国連軍縮部の政務職員らを「ヒバクシャ証言の航海」に招いた。初めて証言を聞いたという職員は、被爆者と船で数日過ごす中、国連に何ができるか真剣に相談してきた。「証言の翻訳」はそこから生まれた構想である。市民の協力でぜひ実現させたい。「私達は本質的な真実を伝えなければならない。地位と名誉は、核兵器を持つ者にではなく、拒む者に与えられるのだと」。
 潘氏の出身国である韓国では、原爆投下で自国が解放されたとの見方も根強い。だが潘氏が長崎の爆心地で語った言葉には、国際関係をこえた人間の視点が貫かれている。「このような惨害を、いかなる場所のいかなる人々にも二度ともたらしてはならない」。

2010年8月 被団協新聞8月号

核拡散助長/日印原子力協力の危険

 日本とインドの間で原子力協力の協定を結ぶための交渉が、6月に東京で始まった。
 インドは、NPT非加盟の核保有国で、核兵器開発を続けている。このようなインドに原子力の協力をすることは、核拡散を助長しNPT体制の根幹を損なう。国際的批判にもかかわらず08年にインドとの協定をごり押しで確立させた米国は、その実行段階に入り、日本企業の参加を強く求めてきた。日本の産業界も、政府に「解禁」を要請した。原発輸出を成長戦略とみる菅首相は、交渉開始を決断した。「もはや日本だけが反対してもしょうがない」と岡田外相は開き直った。
 経済にはモラルが必要だ。かつて米ソ冷戦は、核の遺産を今日に残した。今日の無責任な原発ビジネスは、次世代に何を残すのか。被爆国・日本は、核兵器につながる国際ビジネスを認めないという規範を示し、交渉力を発揮すべきだ。核兵器開発の凍結が、最低限の条件である。
川崎哲(ピースボート)

2010年7月 被団協新聞7月号

核兵器の非人道性/スイスが提案

 NPT再検討会議の最終文書の一節に「核兵器の使用がもたらす破滅的な人道上の結果に対する深い憂慮」という言葉が盛り込まれた。その節は続けて、「国際人道法の遵守」を各国に求めた。
 この一節が設けられたのはスイスの努力によるものだ。スイス政府は米モントレー研究所と共に「核兵器の非正統化」と題する研究報告をNPT会議中に発表した。核兵器の非人道的性に着目し、核抑止論を批判している。スイスは国際人道法の観点から核兵器禁止条約への支持を表明した。
 会議筋によると、スイスがこの文言を最終文書に入れる提案をしたときに、英仏が反対。スウェーデン、ノルウェー、メキシコ、チリ、南アフリカなどが残すべきと主張した。米ロ中、そして日本は黙っていたという。
 会議冒頭日本は、核の惨禍の実相を継承することが「人類に対するわが国の責任」と演説している。日本こそ、核の非合法化を主導すべきでないのか。
川崎哲(ピースボート)

2010年6月 被団協新聞6月号

核軍縮は最重要課題/潘基文の演説

 NPT再検討会議直前にニューヨークのリバーサイド教会で開かれたNGO集会で、潘基文国連事務総長が力強い演説を行った。
 「核軍縮は私の最重要課題だ」と彼は語り、「核兵器禁止条約の締結」の必要性を訴えた。そして「地平線上には核のない世界が見える。そして目の前には今、それを実現する皆さんが集まっている」と、世界から集まった約千人の市民・活動家らを激励した。
 一年半前、彼が国連内のシンポジウムで「核兵器禁止条約」を含む核軍縮提案を発表したとき、私は会場でそれを聴いていた。その内容は画期的で後の国際論議に大きな影響をもたらすものとなったが、そのときの話しぶりは淡々とした外交官風であった。しかし今回は、熱の入りようがまるで違った。
 その力に押されるかのように、NPT会議ではスイスやオーストリアらが核兵器禁止条約への支持表明を次々と行い、会議全体の空気を変えている。
川崎哲(ピースボート)

2010年5月 被団協新聞5月号

日豪政府の鈍い提言

 3月、日豪政府がNPT再検討会議に向けた政策パッケージを発表した。計16項目を読んで残ったのは、どんよりとした気分だ。鈍い刃物というべきか、核保有国に軍縮を求める鋭さに欠ける。冒頭で2000年NPT会議での「核廃絶への明確な約束」を再確認してはいる。だが具体的な中身がない。
 両政府による有識者委員会(ICNND)の提言を参考にしたはずなのに、同委員会のもっとも重要な提言を採用していない。それは、核以外の脅威には核の役割を認めないとする「唯一の役割」政策だ。一般論として核の役割を縮小するとは書いてあるが、具体的な限定策を避けたのだ。
 岡田外相は核の役割限定に積極的だったのに、なぜ後退したのか。日豪の官僚の抵抗か、米国の立場を「慮った」事なかれ主義か。
 それでいてイランへの牽制や原子力の促進には熱心だ。軍縮の機運に水を差すもので、被爆国としては情けない内容だ。
川崎哲(ピースボート)

2010年4月 被団協新聞4月号

米国の核軍縮

 日本政府がようやく「核密約」を認めた。核持ち込みに関しては日米の解釈の不一致が放置されてきたという。国民を半世紀にわたりだましてきたのだ。
 ではこれからどうするのか。核搭載艦船の寄港・通過は問題ないという米側の解釈にあわせて、非核2・5原則にしてしまえという主張もある。しかし首相と外相は、寄港・通過も認めないという三原則の堅持を明言した。
 91年に米ロは戦術核撤去を宣言し、米国は以来艦船に核を載せていない。だからもう持ち込みはないというのが外相の説明だ。実態としてはそうだとしても「本当か」と心配する声も出るだろう。そこで、どうするか。
 非核三原則を法制化し、疑わしい場合は米国に問いただすことを政府に義務付けるのが一法だ。もう一つは「戦術核は撤去し再搭載しません」という国際的表明を米国にさせることだ。軍縮を「後戻りさせない」(不可逆)ことを国際ルールにすべきである。
川崎哲(ピースボート)

2010年3月 被団協新聞3月号

核軍縮の埋め合わせ

 07年1月のウォールストリートジャーナルで「核なき世界」への先陣を切ったキッシンジャーら「四賢人」。今度は1月、「核は減らすが核抑止力は維持する。だから核兵器研究の予算を増額せよ」と同紙に寄稿した。
 米NGOのカバッソ氏は2月の長崎集会で、米10年度予算に64億ドルが核兵器の維持にあてられているとし、「さらに危険なこと」として、通常兵器の攻撃能力強化が進められていると指摘した。ロシアは米国との軍事力均衡を求めるから、これは米ロ核削減交渉をも妨げている。核を減らす分を何で「埋め合わせ」するのか、それが軍備拡張なら、結局事態は悪化する。カバッソ氏はそう強調した。
 日本の政治家の中には、核軍縮するなら日本独自の敵基地攻撃力を、との声もある。一方ドイツの新連立政権は「通常兵器が核放棄の代替手段となってはいけない」との政策を発表している。核を減らすとき、憲法9条の真価が試される。
川崎哲(ピースボート)

2010年2月 被団協新聞2月号

新態勢策定は3月

 米オバマ政権の核態勢見直し(NPR)が大詰めを迎えている。核戦略を定めた機密文書で、もともと昨年末に議会に報告の予定だったが、今年2月に遅れ、さらに遅れて3月1日報告予定だ。
 昨年末のニューヨークタイムズ等の報道によれば、NPRは「核テロ防止」を新戦略の中心に置こうとしている。しかし策定過程では二つの点で意見が分かれているという。一つは、新型核兵器の開発を進めるかどうか。もう一つは、核の先制不使用など、核の役割を限定する措置をとるかどうかである。
 日豪核委員会(ICNND)は12月に発表した報告書で、核保有国は先制不使用に向け、まずは核の役割を核抑止に限定すべきと提言した。とくに米国にNPRでこれを宣言するよう求めている。報告書発表のため来日したエバンズ議長は「米国に働きかけるために日本の政府と市民の役割は大きい。ここ数カ月がきわめて重要だ」と語った。
川崎哲(ピースボート)

2010年1月 被団協新聞1月号

平和に生きる権利

 第2回「ヒバクシャ地球一周」でペルーの貧民区ビジャ・エルサルバドルを訪れた。40年前に、土地なき民が砂漠に自らの力でつくりあげた町だ。87年に国連で「平和の使者の町」と認定された。
 ここで広島の被爆者で作家の大野允子さんが話をした。原爆投下のときの証言よりも、その後聞き取った「原爆で娘を失った家族」の話が中心であった。  そのあと、かつて吹き荒れたテロの被害者の話を聞いた。「センデロ・ルミノソ」は都市リーダーを狙った暴力をくり返し、住民にも「殺さなければ殺す」と迫った。仲間の体にダイナマイトが巻き付けられて殺されたという人の話を聞いた。
 米国による原爆投下とテロ集団の攻撃とは性格が完全に異なる。それでも残された者の苦しみは共通であると、二つの話を聞いて感じた。恐怖で支配するために暴力を用いることをテロと呼ぶなら、それによって踏みにじられるのは人間が平和に生きる権利だ。
川崎哲(ピースボート)