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![]() Kala Patthar登頂日:2016-04-15 写真:Mt. Everest at Kala Patthar(標高5,550m)山頂から 奥にエヴェレスト峰(標高8.848m)、右手前にヌプツェ峰(標高7,861m)を望む 左手前に流れ出ている氷河の曲がり角付近がエヴェレスト・ベースキャンプ |
Essay New! ”超然と自我” 2016.5 “天空の旅枕” 2015.5 “旅の徒然に” 2014.4 “旅で想うこと” 2013.5 |
Art Gallery 2019.05 |
Travelling Site | ||
Himalaya Everest Trekking (2016) New! |
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**ヒマラヤ・トレッキング:エヴェレスト山域** 昨年から始めた単独”ヒマラヤ・トレッキング”、昨年はネパール大地震のため断念したエヴェレスト山域に再び挑戦してみた。 最大の課題は”高山病”であった。体力的にはある程度鍛えたので自信はあったが、高度だけは経験がなく、やってみなければ分からない世界である。今回の最高度が5,600mであり、過去の最高度が4,000mぐらいであったので、やはり常に不安に苛まれた。 結果的にはうまくアジャストできて、高山病にならずに済んだが、同時期に挑戦された日本人と韓国人の2名が高山病で亡くなられた。 やはり”ラッキー”であったと言わざるを得ない。 *カラパタール(5550m)頂上にて:4月15日 |
Himalaya Annapurna Trekking (2015) |
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**ヒマラヤ・トレッキング:アンナプルナ** 今回の旅のテーマは、”アジアの少数民族”から離れて、”ヒマラヤ・トレッキング”を試みた。 当初は、前半が”アンナプルナ西部山域”、そして後半に”エベレスト山域”の単独トレッキングを計画していた。 しかしながら、前半の計画を実行中に”ネパール地震”に遭遇してしまった。地震被害の大きい後半の”エベレスト山域”は入山規制がかかり、計画を断念せざるを得なかった。 その代替案として、急遽”アンナプルナ東部山域”に 計画変更し実行した。おかげで、アンナプルナ全域をトレックすることができた。 *アンナプルナIII峰(7,555m)に向かうヤクの群れ |
Vietnum・Laos 少数民族の旅 (2014) |
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**少数民族の永遠の楽園** 少数民族は迫害を受けながら山奥へと逃げ込み、彼らの現在の棲み処とした。そこは標高2000m級の山々に囲まれた山中で、斜面に水田を造り稲作を行い現在の棚田を築き上げた。その棚田自体が自然の堅固な要塞となり、長い間民族文化を育む永遠の楽園を築き上げた。 それらの少数民族地域に対し、後から勝手に国境を定めて民族部落を分断してしまった。中国、ベトナム、ラオス、タイ、ミャンマーにまたがるこの一帯は、少数民族の永遠の楽園である。この地域の少数民族の人々は実に生き生きとしていて幸せそうだ! |
China 貴州省 少数民族−3 (2013) |
**まだ残っていた民俗文化** 貴州省にはついに3度も訪れてしまった。この省は中国の中の最貧省とのことであるが、最も各民族の自立性が高いように感じられ、惹きつけられる。 出発前にはある程度の”落胆”も覚悟して訪れてみたが、どっこい、まだまだ魅力的な部落がいっぱいだ。 今回の探訪では、主に省の西南部の山の中に踏み入り、ミャオ(苗)族、水族、瑶族、布依族の人たちにめぐり会えた。 この地域は素朴で穏やかな人々の生活が営まれ、ちょうど60年前の幼少期を思い起こさせてくれる。この文化もあとどのくらい続くのであろうか? |
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China 雲南省 少数民族の旅-2 (2011) |
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**マイ・ラスト・センチメンタル・ジャーニー** 2006年に続き雲南省には2度目の探訪で、今回は省の南部の山岳地帯のハニ族、イ族、ワ族、タイ族などの少数民族部落を訪れてみた。今回もまた「ノスタルジーの体感」を求め、15日間で1500qの移動をしながらの旅となった。西の果てのミャンマー国境の山奥まで入り込み民俗文化を探し求めたが、この辺境の地まで近代文明の波は押し寄せており、私の求めるノスタルジーの体感はもはや幻かと思えた。山奥の少数民族でさえ、独自の大切な民俗文化よりも文明から得られる利便性に軸足を移しつつあるようだ。 |
China 貴州省 少数民族の旅−2 (2009) |
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**ノスタルジー探訪の旅** 貴州省は2007年に続き2度目の訪問となった。 今回は特に貴州省の南部山岳地帯に入り込み、トン族、苗族の部落を訪れ、21世紀に残されている独自の民族文化を彼らの生活の中で共に感じ、自らの日本における幼少期の体験を呼び覚ます「ノスタルジア探訪の旅」と位置づけてみた。 古い文化に関し、私にとって欧米のものはどこか借り物的な違和感があるが、東南アジア、特に中国南部の民族文化は非常に親近感が持てて、もしやここが日本文化のルーツではないかと思えて来る。 |
China 貴州省 少数民族の旅−1 (2007) |
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**少数民族の集う貴州省の旅** 中国貴州省は隣りの雲南省と同様に少数民族の自治権が認められた省であり、今なお民族独自の文化を育んでいる。貴州省の西部地域に暮らすプイ族と、東部に暮らすミャオ(苗)族、トウチャ(土家)族、トン族などが主な少数民族になるが、今回は東部地域だけを訪れることにした。 中国の少数民族は、ヨーロッパの中世都市国家がそうであったように、自民族の独自文化を強調することが自民族のアイデンティティ確立に不可欠であったのであろう。中世の独自の街並みや民族衣装、家屋などが一体となって今なお美しく息づいている。 |
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China 雲南省 少数民族の旅-1 (2006) |
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中国雲南省は西をチベット、南をミャンマー、ラオス、ベトナムと国境を接している。比較的高地で山岳少数民族がたくさん暮らしている。それぞれの民族は今なお自治県の中で昔の暮らしと文化を守りながら生活しているが、中国経済の発展とともに人々の流動性が増してきた今日、古き良き文化もどこまで維持できるのやら? 今回は初めての中国旅行であり、事情がよく判らないので、麗江、大理、昆明と都市部を基地に旅行した。 |
Myanmar パゴダの国の旅 (2004) |
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ミャンマーと云う国名からは軍事政権などの暗いイメージが先行しているが、現実のミャンマーは竹山道夫の「ビルマの竪琴」に著された小乗仏教の穏やかな国だ。国中どこに行っても出家した若者の修行僧の托鉢に出逢える。小乗仏教では「出家して厳しい修行を積んだ人のみが悟りを開き救われる」との事だ。今なお国中どこでも朝な夕なに托鉢が行われ、托鉢を恵む人々が日常の中に息づいている敬虔な仏教国である。 ビルマの象徴である中世の”パゴダ”は、国中どこでも見られるが、中部のバガンにたくさん保存されている。 |
Laos ひねもすの旅 (2002) |
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日本以上に80%超の国土が山地で占められているラオスは、ベトナム戦争時には共産ゲリラの後方基地として北ベトナムを支援し、そのため、ベトナムの2倍以上の空爆を受けたと言われている。しかし、その事実はあまり知られていない。国土の大半が山岳地帯で占められているため、主要交通手段はメコン川などの河川交通に頼っている。道なき山間の”川下り”は、旅人にとっては格好の旅の醍醐味でもある。一日100km近くのボート移動や、”ひねもすのたりのたりかな!”とトラックのチューブに乗った川下りは、ここでしか味わえない最高の贅沢かもしれない。 |
Cambodiaの旅(2001) | Southern Indiaの旅(2000) | |
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最新更新日:2019-05-06 |