聖書の福音

神の愛


 聖書の福音書の中で、神様がイエス様を愛していると言われたことが2回書かれてあります。1度目は、イエス様がバプテスマを受けられたときに、
「あなたは、わたしの愛する子、わたしはあなたを喜ぶ。」(ルカの福音書3章22節)
と言われ、2度目は、イエス様が山の上で栄光の姿に変わられたときに
「これは、わたしの愛する子、わたしはこれを喜ぶ。」(マタイの福音書17章5節)
と言われました。


 イエス様は神様のただ1人の子であり、最も愛されたお方でした。しかし、神様はその愛するイエス様を私たちに与えてくださいました。
「 神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」(ヨハネの福音書3章16節)
 人が自分の好意や愛情を表現する手段の一つに贈り物をすることがあります。そして、その贈り物の価値は、ある程度、好意や愛情の大きさを表します。神様はその最愛の1人子を私たちにお与え下さいました。それほどに私たちを愛してくださったのです。 近所の子供の命が危ないからといって、自分の子供の命を身代わりにする親はまずいないでしょう。 神様の私達に対する愛は決して小さなものではなく、これ以上考えられないほどの大きな愛なのです。

 また、イエス様が十字架にかけられたとき、

「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか。」(マルコの福音書15章34節)
と叫ばれました。イエス様は、神様が自分のことをどれほど愛しておられるかよく分かっておられました。それゆえ、その神様から捨てられ、裁かれることはとてつもない悲しみであり、苦しみであったのです。そして、その悲しみ、苦しみは他でもない、私達のためであり、神様の私達に対する愛の現れでした。

神様のイエス様に対する愛の大きさを知れば知るほど、私達に対する神様の愛の大きさが教えられます。これほどの愛を私達に注いでくださったお方に対して、私達はどう応えなければならないでしょうか。どうか、一日も早くイエス様を信じて従われますように。


「神は、すべての人が救われて、真理を知るようになるのを望んでおられます。」(テモテへの手紙2章4節)