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5月31日(土)
――ある男の話をしよう。(とある小説の登場人物である)
その男は、人よりずっと強い性欲を持ち、しかも、普通の行為では満足できない、特殊な性癖の持ち主だった。彼は、女に暴力を振るわれたり、酷い言葉で侮蔑されたりすることを好んだ。男が女を犯すようなやり方で、滅茶苦茶に犯されてしまいたいという欲望を常に秘めていた。
男は、表では非常に優秀な人間であり、社会的立場も高かった。支配する側の、侵略する側の人間だった。だから男は、表での被虐を肯んずることはなかった。しかし、夜だけは、己の欲望に忠実でありたかった。
今まで使ってきた女は、男を完全に満足させることはできなかった。だから男は、いつも物足りなさを覚えつつ、次々と女を使い潰していくという日々を過していた。
あるとき、男は、ようやく満足のいく女を手に入れることができた。その女は昼間、とても従順だった。寝床以外において、少しでも分をわきまえない振る舞いを見せることはなかった。そして、寝床において、女は暴君だった。体の上に跨ってきて、顔に向かって唾を吐きかけてきた。犬め、と罵られた。まるで踏み潰されるような犯され方だった。男の心に、強烈な快楽と、これはという満足を残した。
しかし男は、さらに強い快楽を求めた。この女が与えてくれる苦しみは、最高のものだった。では、この女を失ってしまう苦しみは、その上を行くのではないか、と思ったのだ。男は、ほとんど突発的に、その女を殺していた。
男は、部屋で一人、転げ回りながら笑った。涙が流れ続けていた。
男の話は、これで終わる。
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この俺YU-SHOWは、妹が好きだった。妹キャラというよりは、兄と妹というシチュエーションが生み出す、深い感慨や強烈な感情移入、いわゆる「萌え」と呼ばれるものが好きだった。こと、『同級生2』や『加奈』という作品を知って後、妹に対するこだわりは、生半なものではなくなっていた。萌えはすなわち、最も大きな快楽の一つだった。このような強い快楽を与えてくれるエロゲーを、俺は深く愛した。
『うちの妹のばあい』の妹は、そして、作中で繰り広げられる兄妹シチュエーションは、極上と言ってよいものだった。
萌えた。
萌えた。
萌えた。
――萌えた!
どうもツボをつかれたというべきか。かれこれ10年以上、萌えに親しんできた俺をして、極上と言わしめる素敵な妹ぶりであり、妹ゲーだった。加えて、ある種の狂気すら漂わす濃厚な萌えエロシーン。俺はきっと、この作品の名前を忘れることはないだろう。
――だから。
物足りない――などということは、決して、ないのだが――
『うちの妹のばあい』のメーカー、イージーオーは、いわゆる「寝取られ(NTR)」で有名であるという。俺は今まで、こちらの作品をプレイしたことはないので、具体的にどうなのかまでは知らない。俺が現時点でプレイしたのは、寝取られのない、(一部、ヒヤリとする場面があるが)ごく普通のハッピーエンドまでだった。
寝取られというシチュエーションは、本当に恐ろしかった。快楽を求めてエロゲーをプレイしているというのに、萌えという名の快楽が、心から嫌な気分とともに、ごっそりと奪われてしまうのである。萌えを愛する俺としては、とても許容できるものではなかった。
こちらのキャラ紹介。通称、「怖い人」。共通ルートにおけるこの男は、実にわかりやすく、そして不愉快な存在だった。分からない人を置き去りにする例えで申し訳ないが、『家族計画』の良太級といって差し支えないだろう。多少なりとも憎めない部分がある男とはいえ、本当に、萌えを楽しむためには、本当に不愉快で――
――むくり、と。
なにか、俺の中で。
俺の知らない、なにか、が――
快楽とは、萌えだけではなく――否、萌えに偏重しているからこそ――その反動――より強力な――人よりも――より深く――たとえば――あの男の――違う!
俺は考えを振り切った。
だが。
もう――道は開けてしまっていた。
自分にとって最高のものを、失う。
それは、どんな気持ちなのかと、俺は興味を持ち始めてしまっていたのだから。
表面への出方が違うだけで、俺の性癖もまた、特殊なのだった。