現場日記10【自転車】
自転車で毎朝通勤する。ニッカボッカか七分に、夏は頭にタオル、秋からはハンチングを被る。畑路を通り、丘を下り、住宅街を通る。丘を上り、また畑をゆき、住宅街になる。畑はトウモロコシとジャガイモが終わった。次はまたキャベツとレタスか。ネギとニンジンのこともある。季節は滞らない。職場へは10数分で着く。決まった時間に決まった角を曲がり、遅滞なく自転車を走らせる。いつもの場所でいつもの婆さんに会う。杖をついて時折息をつきながら歩いてくる。突き当たりのブロック塀に坐っていることもある。じっと堆積したものに耐え、それを静かにやり過ごしてまた歩き出す。朝ごとに何度かすれ違っている。そのうちこちらから会釈するようになった。照れくさいかすかな曖昧な挨拶。何度目かに婆さんが気づいて、紙のような表情がやわらかい布になりこちらを注視している。ますます照れくさい。今朝は会わないでくれとも思う。そのうち不意打ちのように路地角で会う。
「おはようございます」
声に出ると婆さん笑ってオレはくにゃくにゃしながら自転車をこぐ。
2000/08/30
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