エゾシカの  2000/10/01〜2000/10/31

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2000/10/31

夢の再会

 最近ユニークな夢を見ていない事に気付き、先日偶々寝床に置いていた鰹節を枕元に置いた儘寝てみた処、非常に後味の悪い夢(而も内容が思い出せない為余計に気色悪い)を見てしまった。此が関係するのかしないのか判らぬが、昨晩非常に印象的な夢を見ることとなった。

 確か其れ以前のシーンとは何の脈絡も無かったと思う。唐突に私は過去に非常に仲の良かった人物の部屋に一人で居た。程無く其処に部屋の主が現れ、取り敢えず挨拶をしながらも驚き戸惑う二人。正に2000/05/25で触れた「あした」の世界に予告無しにいきなり放り込まれたかの如き状況であった。私は頭の中で状況を把握する以前に、3年振りの再会にあたり先ず何を話せば良いのかを一生懸命考えたのだが、皮肉な事に其れが原因でばちっと目が覚めてしまったのである。

 「何であそこで目が覚めたのだ。無念過ぎる」「どうせ夢なんだから構わぬだろうが」「夢の中だからこそ、自分の望ましいストーリーを進行させていくべきだったのでは無いか」「後で虚しさが募るだけであろう」「かといって現実で会える訳でも無し、夢により気持ちを多少なりとも昇華させる事が出来れば良いのではないか」等々、自己の中で激しい問答が為されるなどで只管心が乱されてしまった一日であった。

 其れにしても、斯様な感情が未だに存在することについて、私の心の中に存在する他人の存在の大きさや自分自身の他人を思う気持ちの深さを再認識する一方で、過去の感傷に浸ってしまう事及び感傷に浸る事に平気で甘んじてしまう自分自身の弱さだの卑怯さだのを垣間見て、途轍も無く嫌になったりするのである。


2000/10/30

眼鏡の功罪

 先週東京にて新調した眼鏡(2000/10/21参照)が此の週末に手許に到着し、今日初めて職場で使用することとなった。つい先日迄0.5以下だった矯正視力が、今度の眼鏡で一挙に1.0程度になったということで、或る程度距離のあるものを目にする際には、まるで別世界を見ているかの様にくっきりと見えるのである。

 職場からの帰宅途中に高所から夜景が美しく見えるスポットが存在するのだが、此から見た夜景は正に別世界であった。視力0.5の世界ではチープな世界でしか無く、人々に「此は詰まらぬ」と吹聴しては同意を得ていた名古屋の夜景が、実は十分見るに耐え得る物だということが判明したのだ。

 其の一方で残念な事に、世界が見え過ぎて生活に支障すら来たし兼ねぬ事象が存在するのに気付いた。高所からふと下を見た途端、余りにはっきりくっきりと地面との距離感を感じてしまい、只でさえ高所恐怖症の私は、従来慣れていた筈の高さにも可成りの抵抗を覚えるようになってしまったでは無いか。


2000/10/29

スーツの存在

 先月に発生した中部地区の水害(2000/09/11参照)の際、スーツが濡れ濡れになった為に翌日クリーニングに出したのだが、偶々其の数日前にもスーツだの礼服だの制服だのをクリーニングに出していたばかりであり、水害翌日時点で私が着用することの出来るフォーマルな衣服は僅か1着となっていたのである。

 此処で若し再び大雨が降って電車がストップし、職場と寓居の間を股下浸水しながら徒歩で帰宅するなどして残り1着のスーツが駄目になったとしたら、翌朝の出勤の際の服装は一体どうすべきかを、極一般的な会社を想定して想像してみた。因みに寓居の近隣には知人の類は一人も存在しない為、スーツを他人から借用する事は不可能である。

 誰でも考え得るのが私服であろう。とはいえ私はスーツに準ずる様な立派な私服を保有していない。抑も夏服としては、上がTシャツ若しくはポロシャツ、下がジーンズパンツ若しくは短パンという事で、一般的に服装が自由で無い会社に於いては、職場の方々は怒ったり呆れたりで良い顔をしない事が容易に予想される。

 職場の方々が良い顔をしないというのであれば、服装で笑いを取って良い顔をさせてみればどうか。例えば馬の着包みを身に纏って出社してみる。此では周囲が笑い過ぎて仕事にならぬ。コスプレはどうか。私自身アニメ界やキャラクター界に噸と疎い為、笑いを取るための衣装選びが非常に困難である。誰もが容易に思いつく女装については、通常の男性が一生に経験すると思われる平均女装回数を上回る分位は既に経験させられており、もう辟易している。となると残るは全裸。幾ら職場で笑いを取ろうが、其れ以前に職場に入れぬばかりか電車にも乗れぬ。

 結局最も賢明な方法としては、予め電話で職場に事情を説明して出社時刻を多少遅らせてでも、クリーニングに出していた服を受け取りに行ったり近所のスーツ量販店にて安価なレディメイド品を選んで即裾上げの上購入したり、という事になるのでは無かろうか。

 しかし其れにしても、取り急ぎ始業時刻に間に合うように出社しようが私服であれば幾ら事情を説明しても怒られ、逆に多少始業時刻に遅れてもスーツ着用だったら予め事情を説明の上何とか許諾されるとは。スーツとは一般的なビジネスマンにとって「此が無ければ出社出来ない」程重要アイテムなのであろうか。だとすれば「通勤手当」などと同様「被服手当」の様な物が存在して然るべきだと思うのだが。


2000/10/28

布団乾燥機

 2000/10/21でも述べた通り、東京にて布団乾燥機なる文明の利器を購入し、梱包を東京の電気街から名古屋の寓居迄持ち運んで帰ってきたのだが、早速布団乾燥機を使おうとして困った事に気付いたのである。

 寓居の寝床はベッド兼ソファとなっており、テレヴィを観ながら適度にいちゃついている内にスムーズな流れでプレイを開始する事が出来る、などというのは全く関係ないばかりか左様な行為に及んだ事すら断じて無い。ベッド兼ソファとなっているが為に、布団乾燥機使用中には室内に於いてくつろぐ場所が存在しないのだ。机はあれど椅子が無い。床に座ろうとしてもフローリングの上に敷く座布団すら此の部屋には無い。土曜の夜という、精神も落ち着き「エゾシカの嘶き」執筆だの「EZOSHIKA PADDOCK」での競馬予想だのに最も身の入る時間帯に、肝心の肉体を落ち着かせる場所が存在しない。困窮した挙げ句、取り敢えず室内で時間を潰す事の出来る入浴や洗濯を心持ちゆっくりめに行ってからは最寄りのコンヴィニ(といっても自転車で5分程度という不便な場所なのだが)に意味も無く向かって意味も無く店内を徘徊し、寓居に戻ってからは取り敢えずゴミ箱を椅子代わりにしてテレヴィを観賞していたのだ。

 結局左様な不安定な体勢に辟易し、布団乾燥機のスウィッチを早めに切り上げてベッド兼ソファでくつろぐ事にした。平日の出社前にスウィッチを入れておけば時間的に全く問題なく布団乾燥が出来るのに気付いたのは、布団の暖かみに身を委ねて暫く経ってからの事であった。


2000/10/27

批判の論拠

 参議院議員選挙に非拘束名簿式比例代表制を導入する事を主眼とした公職選挙法改正案が可決、成立した。内容を大まかに述べれば、参議院比例区の選挙に於いて、現行では有権者が政党名を投票した上で、予め政党から提出されていた名簿の上位から其の得票数に応じて各政党に議席が割り振られるという制度になっているものを、次回の参院選からは、有権者が政党名若しくは政党に属する立候補者の個人名を投票した上で、此の獲得票数を全て政党に帰属させ、予め政党から提出されていた名簿の中の個人得票数の多い候補者から順に議席が割り振られるという制度に変更するというものである。

 立法の趣旨は他でもない、政党名を投票するという現行の制度では思うように票数を獲得出来ぬ政党が、有権者が挙って投票してくれるような知名度の高い候補者を擁立する事により、一挙に政党の獲得票数を増加させるという点に在るのだが、当然の如く野党は猛反発し、審議拒否、議長調停斡旋拒否等を行うなどしている内に気がつけば一部の政党の下心が丸見えの法案が通っていたという次第。

 処で、多数の報道等に於いて本法案に対する批判が為されていたのだが、中には批判する側の意識を疑うような批判が少なからず存在していた。「特定の人物に投票した票が投票者の意思に拘わらず他の候補者に横流しとなる」という事で、投票者の意思を蔑ろにしている点を批判したり、或る政党の下心丸見えの嫌らしさを批判したりというのは十分理解出来よう。私が問題にしたいのは「特定の政党がタレント候補者を擁立する事により得票数を激増させてしまう」「参院選がタレント候補者の争奪戦に成り兼ねぬ」などといった論調による批判である。

 政党がタレント候補者を擁立したとして、其れにより得票数が激増するのは一体誰の所為なのだ。こんなもの政党の所為ではなく「有名だから投票する」「タレント性が好き(五輪金メダル選手のコーチ、カリスマスポーツ選手、等々)だから投票する」といった有権者の所為ではないか。縦令有権者側が「此の人ならタレント性を活かして政治の世界でも何かユニークな事をやってくれそう」という信念を持って投票したとしても、其の投票行動の結果により特定の政党を潤す事となり其れがひいては我々の生活に支障が生じ兼ねないという点を懸念するので在れば、批判されるべきは政党ではなく左様な候補に投票した有権者なのである。上記の懸念を抱くにあたって、何故真っ先に斯様な有権者を批判せず放っておくのか、理解に苦しむのだ。

 誤解無き様断っておくが、私は所謂タレント議員の全てを否定するものではないし、ましてやタレント議員の集票力に期待をかけて擁立する政党を肯定するものでもない。只明らかに主張出来ることは、如何に政策無き候補者、資質無き候補者が擁立されようが、結局其れを当選させるかさせないのかを決定出来るのは当該政党でも他党でも況やマスコミでもなく、我々有権者でしか無いという事なのである。


2000/10/26

シカ科の時代

 先日札幌市内をエゾシカが駆け巡ったという話題を別にしても、此処一年程度に於ける偶蹄目シカ科の露出活動には目覚ましい物がある。「エゾシカの嘶き」で採り上げたものを挙げれば、JR北海道のエゾシカ公園開園キャンペーン(1999/06/25参照)、穴吹工務店のTVCMで踊るしかさん(1999/09/29参照)、立て続けのJR時刻表の表紙写真(2000/08/01参照)。「CMにお気に入りの獣が出ない」と嘆いていた(1999/05/22参照)時期とはえらい違いである。

 そして最近の自動車業界に一体何が起こったのかと思わせる事象を目の当たりにした。昨年のトヨタ自動車に続き、今年は日産自動車のTVCMでエゾシカが活躍している事は2000/9/22で述べた通り。処が先日ボルボのTVCMに於いて同じ偶蹄目シカ科に属するトナカイが出演していたのだ。同業種に於いて同じグループに属する者同士が別々の企業のTVCMに出演して活躍するというケースは、最近のパソコンCM界に於けるSMAP(日本IBMの香取慎吾と富士通の木村拓哉)に続く快挙と言えよう。国内大手2社を押さえた上海外進出まで果たしたシカ科、本田技研工業にノロが、三菱自動車工業にシフゾウが、マツダにワピチが、スバル自動車にキョンが、それぞれ登場する日もそう遠くは無いものと推測されよう。逆に言えば此位の活躍度を見せて初めて「シカ科がSMAPの人気を超えた」と名実共に胸を張って主張する事が出来ると言えよう。


2000/10/25

三びきのくま

 別に邪悪な心を持たずとも、他人の不幸に対して悲しむ以前に笑うケースが存在する。斯様な感情は、他人を困らせる事に快感を覚える位の年齢辺り(小学校低学年辺りか)から身につくものであろうと思っていたのだが、最近になって過去を振り返るにもう少し前の汚れを知らぬ頃から左様な事象があった事に気付いた。

 「三びきのくま」の物語を知らぬ人はそう多く居まい。少女が森に散歩に行って迷い込んだは広い家。卓上にあった大皿・中皿・小皿のスープを次々と啜ってみては、最も適温に感じた小皿のスープを飲み干してしまうわ、大・中・小と揃った椅子に次々と座ってみて、最も座り心地の良かった小椅子に座っている内に壊してしまうわ、そこらの空き巣も顔負けの狼藉を重ねた挙げ句、疲れてしまって大・中・小それぞれのベッドを試しては最も寝心地の良かったベッドで眠りに就いてしまう。

 其処に帰ってきたは父母息子の三匹の熊。此の際「熊の数え方は『匹』では無く『頭』」というツッコミは無しにして話を進めると、小皿のスープは子熊のもの。自分の分だけ空っぽになった皿を見ては落胆しさめざめと涙する。そして自分のだけ壊された椅子を見てははらはらと涙する。そして最後には寝室に向かい、自分の寝床に誰かが居るのを見ては号泣するといったストーリーなのだが、「誰だ、儂のスープを啜った奴は」「誰なの、私のスープを啜ったのは」という父母の言葉に続き、「誰だい、僕のスープを啜って全部飲んじゃったのは…(涙)」という此の健気な子熊の台詞が、どういう訳か非常にユーモラスに思えたものだった。別に子熊に対して「ざまあ見ろ」だの「間抜けな姿やのう」だのといった感情を持って笑った訳では決して無い。其の証拠に私は此の天真爛漫に振る舞った挙げ句何事も無く逃げ去る少女を心底憎み、何時か子熊の仇を取ってやるわいと意気込んでいた位である。

 確かに不幸に対して発せられた笑いではあるが、決して嘲りの笑いとも言えぬ。此を喩えるなら、第三者から見ればそうくよくよする程の事でも無い様な知人の悩み事に対して相談に乗る際に、此方が笑い飛ばす事により「そんな事、何でもないんだよ。安心しなよ」といった安心感や労りを表現するのと同種の笑いでは無かろうか。だとすれば此の場面で私は初対面の子熊に対して安心感や労りなどという精神的な繋がりを求めようとしていた事になろう。ひょっとすると此が自分でも気付かぬ私の内なる獣愛の源流となっているのかも知れぬと考えると幼少期に接する文学作品と雖も決して侮れぬ。子育てに迷い悩む世の親達は、先ず手近な文学作品として「エゾシカの嘶き」辺りを子供の幼少期に読み聴かせるのも良かろう。


2000/10/24

極私的京都名所

 京都在住時には「京都で余り知られていない名所を教えてくれ」との相談を受ける機会が多かったのだが、其の際には神社仏閣の類でも自然の風景でもヤブイヌの居る京都市動物園でも無く、インクラインと疏水記念館を推挙していた。前者については知名度が非常に低い上に観光客がわざわざ足を運んで観るような物では無く、後者に至っては土木事業の内容を紹介するといった、何処にでも在るような小さな展示館に過ぎぬ。

 詳細については観光ガイドブック等に譲るとして掻い摘んで言うと、19世紀後半、琵琶湖の水を、水に恵まれぬ京都市内に引き込み、此を運河として用いると共に水車を用いて紡績を興そうという動きがあり、山中に疏水を通して市内に水を引き入れるといった事業がなされた。

 と言葉で述べれば簡単な事なのだが、後に此の疏水が果たした役割が只ならぬものであるのだ。琵琶湖から市内に至る内、百人一首でも詠われた逢坂関の隘路を過ぎ市街の貯水池に入るところで水路に高低差が出来るのだが、此の高低差を用いて日本初の水力発電が行われ、日本初の電車(後の京都市電)の電力供給源となったのであった。

 又、当然ながら運河として用いられる事により物流も行われた。此処で問題となるのが先述の高低差。此では船が水流に乗って低位置から高位置に移動することは不可能である。其の為に此の勾配区間をケーブルカーの様な台車で結び、船毎ケーブルカーの台車に載せて上下を行き来する「インクライン」というユニークな方法が採られたのであった。勿論言う迄もなく疏水は上水道としても用いられ、日本初の急速濾過装置を採用した蹴上浄水場は今尚京都の水源として活躍している。

 此処まで書けば、琵琶湖疏水の魅力は「スケールの大きな自然を人間が近代技術を駆使して巧みに用い、街を発展させているという点」と思われるかも知れぬ。処が疏水の本領は此処から発揮される。東山山麓に於ける、琵琶湖疏水及び其処から分かれて南禅寺〜哲学の小径〜銀閣寺方面の散策路脇に流れる白川疏水が持つ、風景と一体化した美しさ、何時からでも其処に存在しているかのように思えながら其程の自己主張を感じさせぬ趣深さは他の地区にもそうそう存在するまい。更に極めつけは南禅寺境内に存在する疏水橋。純和風の寺の脇を、純西洋建築の煉瓦橋を通じて疏水が流れているのである。言葉にすれば極めてアンバランスに思える此の光景、処がどうして此が全く違和感無いばかりか、「古来から現代に通じる普遍的な美」という点に於いて、両者は見事に共通項を持ち双方の魅力を高め合うのである。

 即ち、琵琶湖疏水の真の魅力とは、人間が己の生活向上の為に造った人工物であるにも拘わらず、広範な範囲に亘って既に存在する風景に媚びることなく、其れでいて風景に溶け込み調和を図っている点なのである。此の魅力もさることながら左様な人工物の創造過程を是非とも理解して頂きたいという一心で、私は冒頭に述べた「名所」を推挙する次第なのである。

 京都在住の頃辺りからか、京都市内に近代を標榜する建造物が建ち並んだり高層化が進められたりする度に、既存の京都に相克するのか、既存の京都に媚びるのかという二元論に基づいて「京都らしい町並みとは何か」が論じられていたように思える。百年も前の先人達は、此の二元論から見事に脱出して京都を一層魅力的な街にしたのだが…。


2000/10/23

腕時計

 基本的に睡眠中も、時には入浴中も腕時計を着用している。決して几帳面という性格では無い筈なのに、時間に対して異常に偏執している部分があるようである。思うに、旅行等に於いて公共交通機関を頻繁に用いる機会が多々存在した事が、其の原因の一つではないかと推測している。

 処で、初めて腕時計を手にしたのは小学校高学年の頃、当時教えを乞うていたピアノ講師から頂いたのが最初であった。今はどうか知らぬが当時は左様な物を所持している小学生など存在しないというか抑もそんな必要など無かった為、ミッキーマウスをあしらった其の腕時計は殆ど家庭に於いて置き時計として用いられていた。結局其の時計は、中学入学祝いとして腕時計を祖父だったか父だったかから貰う事により、妹へのお下がりとなってしまったのだ。

 其の入学祝いの時計は短命であった。中学1年の頃、クラス内に於いて流行していた盗難に遭い、最後まで現れなかったのである。中学時代は教室に時計が在る訳でも無く、腕時計は必需品であった。困った挙げ句に実家の店舗内に存在した、電池が切れたら使い捨てになるかの様な1個1000円程度の腕時計を取り寄せる事となった。しかし此は流石に安物らしい時計であった。ちょっと暴れたり喧嘩したりした程度でも表面のガラスや液晶が割れたり竜頭が外れたりですぐ使い物にならなくなり、其の都度実家から取り寄せる事となったのである。

 此では堪らんと父から腕時計をとりあえず借り、学生時代に誰からだったか入学祝いとして腕時計を頂き、就職の際には就職祝いとして腕時計を頂いて現在に至っている。

 此処まで振り返って恐るべき事実に気付いたのだ。半生の内相当長きに亘り肌身離さず着用してきたアイテムであるにも拘わらず、嘗て自らの意思で購入どころか選択したものすら存在しないのである。自分の事ながら全く以て信じ難い。


2000/10/22

性交渉

 日常頻繁に用いられる言葉の一つに「性交渉」なる語がある。何度か述べている通り、私は実態を矮小化、時には糊塗すらし兼ねぬ言い回しが嫌いな為、此の語を耳にする度に「はっきりと『性行為』とか『セックス』とか言わんかい。何でわざわざビジネスシーン等で用いられる『交渉』なる語を用いて当該行為を不必要に高尚なものにしようとするんや」等と感じていたのである。しかし最近此の単語が只単に実態を覆い隠す言い換え語ではなく趣深い比喩ではないかと感じられる様になってきたのだ。

 「だいたい『交渉』って何やねん」という怒りが、其の語の比喩の素晴らしさを発見する発端であった。よくよく考えてみれば、前戯の際に相手方の肉体を嘗めたり啄んだり囓ったり突いたり擦ったり撫でたりする度に、相手は一つ一つの行為に応じて肉声若しくは肉体が何等かの反応を示すことになる。そして其の反応を見ながら改めて嘗めたり啄んだり囓ったり突いたり擦ったり撫でたりするという、此の一連の行為其の物が正に「当方は斯様な条件を提示するが如何」「其れでも満足出来ぬ条件ではないが、当方に更に有利な条件は提示できないものか」「では此の条件で手を打とうではないか」等という日常ビジネスシーン等で用いられる交渉と酷似しているでは無いか。

 更に言えば斯様な行動だけではなく、性行為の最中に実際に交渉を行う場面すら存在するではないか。「ほれほれどやわしの味は」「ああっ!いいっ!」「何処がええのや言うてみい」「…」「黙ってたらわからんやろが。何なら止めよか?」「嫌っ!止めないで!」「ほなどこがええねん」「(小声で)お…こ」「何やて?全然聞こえへんがな。はっきり言わな止めるで」「ああっ!私のおまんこ!」等という会話なんぞ、其の儘ビジネスシーンに応用すべき優れた交渉術と言えよう。

 と、性行為を「交渉」に準えた比喩に感動しつつ念の為広辞苑で「交渉」を調べてみた。「1.相手と取り決めるために話し合うこと。かけあい。談判」という上記の意味と共に、「2.かかりあい。関係」という意味が存在した。若し「性交渉」なる語の「交渉」が2の意味であれば、此は優れた比喩でも何でもなく、肉体を貪り食らう行為を「関係」なる語に置き換えた、実態を矮小化する言い回しに過ぎぬでは無いか。折角上記の如く分析に骨を折ったのが、単なる徒労に終わり兼ねぬ。


2000/10/21

東京にて

 眼鏡の新調及びパソコン関連機器の物色、あわよくば購入の為、東京に行く事となった。名古屋なる街、「おトク」という言葉に過敏に反応する事を美徳としている(2000/06/17参照)割には、高額商品を大量に仕入れる事により安価な価格で販売する店舗が極めて不足しているように思われる。具体的には、首都圏のみならず地方都市にも進出しているような「メガネスーパー」だの「ヨドバシカメラ」だのといった店舗が、どういう訳か名古屋には見当たらぬ。尤も前者については私の調査不足なのかも知れぬが、少なくとも名古屋駅近辺には存在しない。要は「高いものは高い」のである。そんな訳で、交通費(此を如何に安く済ませるかにも拠るが)をプラスしても東京で購入する方が安くつくケースが存在するのだ。

 さて、東京では此等以外にも目的があった。私が日々楽しませて頂いている、関東在住のサイトの運営者に9月の北海道旅行の際の土産をお渡しする事となり、私が東京に行く此の機会に時間を割いてお会い頂ける下さるという事で、先日のオフ会(2000/09/02参照)以来の再会となった次第。処が楽しい話を次から次へと伺っている内に、時間というのは全く気付かぬ内に過ぎてしまい、肝心の北海道土産を渡さぬ儘予定の時刻を迎えようとしていたのだ。慌てて土産をお渡しすると共に、先方からもお礼の品を頂いたのだが、其れに纏わる会話が出来ず終いとなってしまったのだ。そういえば先日の東京出張の際(2000/10/02参照)にも、古巣の職場にご挨拶に伺った際に話に興じ過ぎた挙げ句、予定の列車を乗り過ごしてしまったばかりではないか。

 其の後私の方は予定通り眼鏡を新調した後電気街に向かい、パソコン関連機器を物色した挙げ句、気がつけば布団乾燥機を購入していたのだ。其れにしても「旅の恥は掻き捨て」とは良く言ったもので、ちゃきちゃきの江戸っ子時代にも行う事の無かった値切り交渉を、高々数千円の布団乾燥機の為に店員に挑み、見事に成功したのであった。

 以上、本来の意味に於ける「日記」(2000/04/05参照)と化してしまったのだが、私としてはサイト運営者との時を忘れる位楽しかった一時を、具体的内容を公開しないまでも何等かの形で留めておきたかった為、敢えて斯様な形式でしたためた次第。


2000/10/20

応援団

 東京での所用を翌日に控えて早々と床に就こうとしていた処、深夜番組を観ている内に丑の刻を過ぎた頃から映画「嗚呼!!花の応援団」が放映されているのに気付いた。ストーリー、役者、カメラワークの何れをとってもわざわざ深夜に時間を割いて観るべきものではないと思いつつ、主人公・青田赤道に扮する俳優の役所の嵌り具合に感心したり、登場人物達の関西弁のど下手さに怒り狂ったり、抑も十年以上も前の漫画を数年前に映画化してヒットしたのであろうかなどと気にしたりしながら、自らの学生時代の応援団生活を思い起こしつつ、結局最後まで見届ける事となった。

 大学入学当初、所謂サークル活動に参加しようと思い、中学・高校と続けてきたトランペットを取るか、興味を抱きつつも此迄楽しむことの出来なかった旅行を取るかで迷っていた。前者については入部の際に試験が課せられるとの事で、どう考えても私の腕では何ともならぬと感じて早々に諦めた。其処で後者を取るべく或るサークルの部室に足を運んだ処、偶々何かの集会の為に全員出払っており、私はすごすごと引き上げざるを得なかったのだ。

 其の直後の事であったか、応援団に入団しているという知人から話を聞くに連れ、「おお、此処なら腕前をさほど気にせずに心置き無くトランペットを演奏出来るではないか。第一自分自身、自校の高校野球予選応援に参加する度に血が騒いでいたではないか」と思い、気がつけば団室を訪れ、練習を見学し、「また来てくれ」という先輩に対し其の場で入団の意思表明をし、其の儘夜の宴席に於いて歓迎コンパを開いて頂いたのであった。

 其れにしても今から思えば驚き呆れる(誤解無き様に断っておくが、此処では決してマイナスの意味で用いていない)事を只管一生懸命やっていたものである。様々な絵や文字の刺繍の施された学ランをOBから頂く為の儀式に始まり、校内に於ける学ラン着用(而も当時は坊主頭を強制されていた高校の卒業直後であり、坊主頭に学ランということで周囲の違和感も一入であったものと思われる)、早朝から入団勧誘ビラのガリ版を刷って登校時刻に校門で配布したり其れに併せて只管入団勧誘の宣伝をがなり立てたり講義直前に各教室を訪れて教壇で自己紹介や勧誘を行ったりしたりといった情宣活動、非常に特徴のある「電話番」(2000/05/26参照)、そして連日繰り広げられる想像を絶するコンパ、そして其の結果としての度重なる嘔吐や気絶、等々枚挙に遑が無い。

 基本的に私は自らの欲望や目的とは異なる事を強制される事に抵抗を覚えるものであり、而も此の性質は当時の方がより顕著であった。にも拘わらず何故斯様な仕来り等に対して一生懸命に取り組んでいたのであろうか。思い返すに「打算無き直向きさ」、換言すれば「一生懸命馬鹿をやる事(此処で言う「馬鹿」は決して知能レヴェルの評価では無く「無益」などという意味である)」に多大な魅力を感じ取っていたのであろう。別に自らの利害とは関係の無い、一生懸命になったところで特段周囲からの見返りなど無い様な行為に対して直向きになっている行為、またそういった行為に打ち込んでいる人達が、自らにとっては非常に心地良いものであったのである。抑も言ってみれば「応援」そのものが「打算無き直向きさ」とは言えまいか。

 さて、そういった活動を楽しみながらも結局は大学中退の準備の為に僅か1ヶ月で休団、そして中退及び他学部への再入学が正式に決定して退団という事になった。再入学決定の報告の際に応援団への参加を問われ、「これから自分は勉強に注力していきたいので、応援団活動は此で辞めさせて頂きます」と宣言したのだが、此の宣言に違うことなく、其の後勉強系サークル以外には参加せずに学生生活を終えた事が、応援団での活動のみならず休団中に於いても面倒を見て下さった上、退団の際にも暖かく送って下さった先輩方に対するせめてもの恩誼だと勝手に思い込みつつ今に至っている。


2000/10/19

風呂

 半生の内の相当長期間に亘り入浴の際には共同浴場を利用してきた。中学・高校時代の寮生活に於ける共同浴場生活に始まり、学生時代の銭湯通い、そして社会人になってからも大阪在住時代の半年を除けば常に共同浴場を使用していた。更に言えば其の大阪在住時代に於いては屡々職場に泊まり込む日々が続いていた為、結局は共同浴場を使わねばならぬ事になっていたのだ。

 とはいえ左様な入浴生活に不自由していたのかというと決してそうでは無い。学生時代に於いては4年半もの間簡易浴槽付きの住処で生活していたにも拘わらず「斯様な風呂では入浴の満足感が得られぬばかりか却って不快感すら感じ兼ねぬ」と判断した上で銭湯に通う位であった。

 何と言っても日常生活に於いて最も開放感を味わう事が出来る場であるのが良い。思いっ切り天井の高い空間は只其れだけで開放的であり、過度に広い湯船に浸かって重力と浮力との狭間で手足を心地良く弛める事により肉体的にも精神的にもくつろぐことが出来よう。更に脱衣場の広さは湯と汗で濡れた身体をタオルのみに頼る事無く乾燥させるのにも十分であり、忙しなく身体を拭い着衣に急かねばならぬ必要も無い。此等のメリット、家庭の風呂ではそうそう味わえるものでも無かろう。

 処が此の7月より浴槽付きの住居で生活する事になり、斯様なメリットを感じる事無く日々を送っているのだ。従って、日々の入浴ライフに何等かのアドヴァンテージを見出すべく、逆に家庭の風呂でしか味わえぬ工夫を施した上で入浴ライフを多少なりとも向上させようとしている。別に大した工夫でも何でも無く、只単に好みの入浴剤を愉しむというだけなのだが。

 実際其の程度の事なら今日日の銭湯でも提供しているサーヴィスである。只銭湯の場合、其の広さが災いして入浴剤の香りが楽しめぬのだ。家庭の風呂を味わった経験がさほど無い私にとっては銭湯のメリットを散々享受する一方で、入浴剤の香りに包まれて湯船に浸かる行為が家庭の風呂のみに許された「禁断の愉しみ」であるかの様に感じられ、幾ばくかの憧れすら抱いていたのだ。

 そんな訳で日々入浴剤の香りを体中に感じつつ入浴ライフを送っているのだが、矢張り銭湯の総合的メリットにはなかなか敵わないのか、そろそろ私の中に銭湯欲がむらむらと湧きつつあるようである。


2000/10/18

毛色

 基本的に毛髪を含め体毛は黒色なのだが、時として毛髪の色が薄くなる時がある。「薄くなる」といってもなかなか色具合が伝わらぬので一般の読者の方々にも遍く理解できる様に馬の毛色に喩えてみると、黒鹿毛、時として鹿毛あたりまで薄くなるのだ。此は芦毛馬の様に白髪の量が多い為に生じる現象ではなく、気合いを入れてドライヤーを使いまくった直後だとかの様に毛髪の水分量が少なくなった時、日射しの強い屋外に出て日光の照射を強く受けた時等に左様な現象が生じる事が経験則上判明している。

 若し私が競走馬になったとしたら、一体どういった毛色で登録される事になるのであろうか。基本的には日本人の大半が青毛(極稀に存在する馬の毛色に造詣の無い方々の誤解を未然に防止する為に一々断っておくが、「青毛」とは「青い毛」では無く「黒い毛」の事である)、一部の古馬を中心として若干芦毛が存在するという事になろうが、私の場合には黒色の体毛の一部に褐色が見られる為「青鹿毛」という事で登録されるのでは無かろうか。

 偶々今週号の「競馬ブック」に於いて、全身此黒色であるにも拘わらず、眼の周囲や尻尾等に僅かに混在が認められる白色の体毛の為に「芦毛」で登録されている稀有な馬を発見し、思わず左様な事に思索を耽らせた次第。


2000/10/17

続・公衆の場に於ける放尿

 2000/10/03に於いて放尿に係る重要問題を提起し仮説をも立てておきながら極最近になって其の仮説が必ずしも盤石の物では無い事が判明した後、コアな読者の方から画期的な説を呈示される事となった。

 曰く、「隣の人の尿音を耳にして『早くしないと先を越される』という緊張感が尿道の収縮を生み、排尿が困難となる」との事である。仰せの通り此も亦重要な尿道収縮要因の一つである。而も、此の説の優秀な点は只単に尿道収縮要因の一つに留まるだけでは無いのだ。恰も天動説を信奉していた私の眼前に突き付けられた反証となった「他人の放尿時に隣に並んで放尿する分には尿道収縮現象は必ずしも起こり得ない」という事実にも矛盾しないのである。

 個々人の排尿時間に有意差が見られないという前提に於いては、先人Aの放尿開始後に来た人間Bは、Aの放尿行動に拘わらず、陰茎の撤収がAより遅くて当然なのである。処がAにとってはそうは行かぬ。抜かれるという危険性を常に孕んだ儘放尿行為を継続せねばならぬ。否、既に放尿体勢に入っている場合は尿が尿管壁を押し広げる尿圧の為すが儘に放尿を継続すれば良い。問題は陰茎を露出したものの未だ尿道から尿が迸らないタイミングである。此の場合にBが来ようものなら其の時点でBとの戦いのみならず勝負の緊張による尿道の収縮と戦わねばならないのだ。

 仮説が現象と矛盾しない上、従来の反証に対しても十二分に堪えうるという此の明快な理論、学界に於いて「放尿賞」なる褒賞が存在するのであれば一も二も無く推挙すべきものと考える。

 斯くして私も放尿生活に悩む日々からも解放された。日々心置きなく公衆の場に於ける放尿を精一杯楽しめる事であろう。


2000/10/16

海への憧れ

 2000/09/27の中で、海に対して或る種の憧れを昔から抱いている旨述べた。勿論海自体の持つ魅力として、海の広大さや底知れぬ色、絶え間なく波の奏でる単調ながらも心地良い音楽等が挙げられようが、私の場合には、幼少の頃より海というものを全く意識せぬ環境で只管過ごしてきた事が此の遠因の一つとして挙げられよう。

 生誕以来産まれ育った街は、瀬戸内海にも日本海にも接している兵庫県にありながら、其の実両方の海から全く離れた山間部に位置していた為に、実生活に於いて海を意識することは全くと言って良いほど無かったのだ。年に一度位家族で遠出を楽しむ機会も無くは無かったものの、父が極度の登山好き且つ川魚獲り好きという事で、海に行く機会もそうそう存在しなかった。

 大学時代には京都市内で生活する事になったのだが、これとて海とは全く懸け離れた街、抑も「海」と言えば隣県の琵琶湖を想像し兼ねぬ土地であり、日常生活に於いて海を意識する機会なぞ殆ど無かったのだ。

 そんな訳で、此の頃より本格的に取り組んでいた旅行に於いては必ずと言って良い程「海の見える風景」を交える事により、日常得る事の出来ない物を精一杯感じ取ろうとしていたのだ。社会人になってから数年間も毎年夏になれば瀬戸内海の人気の無い島で海を見ながら数日間何もせずに過ごす事にしていた。

 しかし斯様な楽しみを度々味わうことに拠る弊害が生じることに気付いた。山間部に旅行する機会が非常に少ない為、私の頭の中にある日本地図には海岸線しか存在しなくなってしまい、山間部の地理関係が今一つ掴めないのだ。従って、国内旅行が好きな割には温泉だとか登山だとか草原だとかについては噸と疎くなってしまった。

 先月の北海道旅行の際に、道北の内陸部を車で回っている内にサロベツ原野の素晴らしさに目を奪われ、其の事実をひしひしと感じることになった。此処数年北海道を訪れる度に着々と実現させている「自らの運転による北海道一周」、若干見直しの必要があるのかも知れぬ。


2000/10/15

ヴィ

 2000/02/26で述べた通り、「エゾシカの嘶き」執筆にあたっては外来語を可能な限り原音に忠実に表記する様努めている。此について「ヴィデオ」なる表記がエロティックであるとの指摘を受ける事となった。当初は其の指摘をされた方がエロティシズムに対して極めてセンシティヴな所為で左様に感じ取られたのでは無いかとも思ったのだが、よくよく考えてみると此の表記のエロティシズムは至極ユニヴァーサルなものである事に気付いたのだ。

 「ヴィ」という表記から連想される発音を想像してみよう。上の歯で優しく下唇内部をタッチし、唇を半開きの状況で軽く横に引っ張って、其の体勢で発音した際に、ヴィブラートと共に微妙に粘膜や唾液の擦れ合う音が聞こえるのである。此即ち日常生活に於いて感じることの出来る最もプリミティヴなエロティシズムでは無かろうか。此のユニヴァーサルな事実を解明する切っ掛けを与えて下さったディスカヴァラーに只管感謝。


2000/10/14

食性一致

 日本の事を全く知らぬ外国人がいきなり「日本の食文化」について研究し論文をしたためる事になった場合、「箸文化」だの「懐石料理」だのといった特徴に加え、「食性一致」なる特徴を採り上げるのでは無かろうか。

 論文はこういう書き出しから始まる。「日本に於いては食欲と性欲とを同時に満たすべく食卓に工夫が為されている」そして具体例として先ず女体盛りが採り上げられる事になろう。「女体を食器に見立てて其の上にさもエロティックに生の食材を盛りつけ、其の食材を取り分ける際に箸で女体をつついてみたり、最後には『若布酒』と称して股間と太股との間の窪みに酒を満たしてゆらゆら揺れる陰毛を愛でつつ顔を寄せて酒を啜りながらちろちろれろれろとクレヴァスやクリトリスに舌や唇を這わせる。視覚のみならず、箸という器具を用いたり、食材を介して女体を弄くり回したりするという能動的な面からも、食欲に加え性欲を満たす事に長けた方法である」というような記載になるのであろうか。確かに海外の焼き物や揚げ物ではこうは行かぬ。女体盛りの度に体中が火傷だらけになってしまう。尤も蝋の代わりに食材を用いる事により、其れは其れで別の愉しみがあるのだと主張する向きも存在するであろうが。

 そして現代に脈々と流れる「食性一致」の例として、「ノーパン喫茶」「覗き喫茶」「トップレス牛丼」「ノーパンしゃぶしゃぶ」等が時代の流れに即して紹介されるのであろう。特にノーパンしゃぶしゃぶに至っては、「日本の政治を司る官僚達が頻繁に愉しむ位、上流社会に息づいた高級料理であり、其の高貴さは中国の宮廷料理に遜色しない」などとべた褒めになる事請け合いである。

 自分達だけではなかなか気付くことのない己の良き文化。そのくせして私自身、上記の何れをも嗜んだことが無いのだ。此では非国民呼ばわりされてもおかしくないでは無いか。


2000/10/13

続・スランプ

 新年度や春の盛り上がりが一頻り済んだ頃に罹患する「五月病」なる流行病が存在するとすれば、夏の開放感や爽快感が一頻り済んだ後に「九月病」や「十月病」なる流行病が存在するのでは無かろうか。

 実は私自身どうやら中学時代辺りから此の患者ではないかと思われる節があり、当時より勉学や部活や私生活に於いて充実した夏を迎えた後、気分を秋モードに切り替えた途端、突然万事に不調の波が押し寄せるのである。とりわけ精神的な部分についての不調の波は酷く、当時記していた日記に於いても、秋のものなんぞとてもでないが読むに堪えぬ位辛い辛いものである。尤も此を冬になって改めて読み返せば「おお!おれって何て暗い事書いてたんや!わっはっはっ!」と笑い飛ばせるようになるのが不思議なのだが。

 爽やかな秋晴れ、スポーツだの読書だの食欲だの性欲だのに最も適した季節とされる秋。にも拘わらず何故此程迄に陰々滅々として日々を過ごさねばならなかったのであろうか。

 振り返るに、私にとって「夏」という季節は、何事にも夢中になる季節であったように思える。中学時代には、早朝から狂ったように読書に燃えていた。今から振り返れば私が所謂純文学に好んで触れていた時期は後にも先にも中学時代の毎夏位である。高校時代には、部活の夏合宿だとかサークルの設立活動だとかに精を出していた。1999/11/23でも触れたが、骨に罅の入った状態で走り回ったりしたのも此の時期にあたる。大学時代は長期の夏休みを利用して、金の続く限り旅行に出掛けていた。極端な話、此の時期の数多の経験が今の私の一部を形成していると言っても過言では無かろう。

 斯様な直向きさ、一生懸命さが突然失われた途端、突然気分がふっと沈んでしまうのであろう。その所為か私にとっては夏と秋とで時の流れが全く異なるのである。

 そんな訳で、現在2000/10/07で触れた様なスランプに陥っているのであろう、と結論づけようとしてはたと気付いた。社会人になってから、夏だからといって何かにつけて夢中になった経験なんてあったのだろうか。少なくとも今夏は無かったのでは無いか。其れでは今のスランプの原因は、一体何処にあるのだ。


2000/10/12

圏外駅

 斯様なローカルCMを採り上げても仕方無いと思いながらも採り上げることにするのだが、NTTドコモ東海の企業CMに於いて、ローカルの第三セクター鉄道のローカルな駅での一齣が描かれている。たった一人の乗客である一人旅の若者が或る無人駅で下車して携帯電話で通話しようとした処に、携帯電話を手にして通話中の行商のおばちゃんが列車に乗り込もうとする。此程までのローカルな駅に於いても携帯電話が利用出来る事を映像でアピールした上で、NTTドコモ東海の営業エリア内に存在する駅1113箇所のうち、1107箇所で携帯電話が繋がるという事を画面の文字でアピールしている。

 こうなると非常に興味が湧くのが残りの6駅。映像に登場したローカル駅以上に携帯電話会社から蔑ろにされる程ローカルな駅というものが存在するという事であり、其れ等6駅が一体どれ程迄にローカルな駅なのかが気になって仕方が無いのだ。とはいえNTTドコモ東海に「携帯電話の使えぬ6駅は何処何処か」などと問い合わせた処で左様なマイナス情報を好んで開示してくれるとはとても思えぬ。斯様な場合には「携帯電話の使える1107駅は何処何処か」と問い合わせた方が先方も心地良かろう。しかし此にも難点があり、一々1107駅を教えて頂くのは先方のみならず当方にとっても多大な負担を感じる事となる。まあ時刻表と首っ引きで推測してみるのも暇潰しとして悪くは無かろう。


2000/10/11

連繋プレイ

 先日珍しく名古屋の繁華街近くで酒宴やカラオケに興じていた帰りの事、一行は道に迷い、所謂風俗街らしき地域に足を踏み入れることとなった。

 ソープランドの看板を右に流して歩いていた処、其の隣に小洒落た日本料理店を目にして大層違和感を覚えたのだが、程なく違和感の根元が単なる「風俗街に佇む日本料理店」とは異なる所にある事に気付いたのだ。
 生け垣の中に佇む和風造りの建物の入り口に据え付けられた看板。「日本料理 タチソウ」。日本料理店に「タチソウ」。「多馳走」だの「太刀荘」だのの表記であれば兎も角、わざわざ「勃ちそう」を想起させる為の片仮名表記である。料理店で「勃ちそう」とは此如何。

 而も「勃ちそう」の隣にソープランド。食事で一息ついて「勃ちそう」になったら隣のソープランドへ、ソープランドで勃起を鎮めたら再び「勃ちそう」になる迄食事に舌鼓を打つ。食欲と性欲は紙一重なる古来よりの真理を地で行くかの如きロケーション。

 其れにしても、ソープランドと「タチソウ」、何れが先に彼の地に店を構えたのであろうか。ソープランドが先であれば、一発抜く前の景気付けを食事で行わせるべく「タチソウ」が出店したのであろう。「タチソウ」が先であれば、ソープランド側が其の地を、飲食の客達を引き寄せる為の絶好のロケーションと考えて出店したのであろう。否実は左様な相乗効果を狙った人物が両方の店舗を出店しているのかも知れぬ。何れにせよ絶好の連繋プレイに暫し心を奪われた次第。未だに場所が思い出せぬのが唯一の心残りなのだが。


2000/10/10

アナウンス

 乗馬倶楽部に通っている間(2000/10/08参照)に偶々同方向の地に於いて全世界的イヴェントが開催されており、往復の列車は異常な程の混み具合であった。通常滅多に混雑せぬ路線にうじゃうじゃと人間が溢れ返れば、其れだけ人間の流動がスムーズに行かずに列車の運行に遅れが生じることになる。そんな訳で乗馬倶楽部の帰りの事、駅のホームに於いて列車の遅れを知らせるアナウンスがあった。遅れ自体は当初より予測できたので別段驚かなかったのだが、其のアナウンスに驚かされる事となってしまった。

 「○時○分発の△△行き列車はロップンエンで××駅を発車しております。今暫くお待ち下さい」。ロップンエンだそうである。どうやら通貨の単位だとか類人猿に次ぐサルのカテゴリーだとかとは一切関係無く、「6分遅れ」を意味する「6分延」という専門用語らしいのだが、一般人に対するアナウンスで左様な専門用語を用いられても当惑するばかりではないか。

 駅や車内でのアナウンスには他にも「何でわざわざそんな言葉で放送するねん」と思ってしまうようなケースが時として存在する。例えば「○○駅構内でカセンシショウが発生したため、現在△△線はヨクシ中です」というアナウンス。「カセン」は「下線」「河川」ではなく「架線」。時として「ガセン」などというマニアックな言葉が用いられる事すらある。「シショウ」は「死傷」ではなく「支障」。要は線路の上の電線にビニール等が付着して送電が困難になったりするケース等が該当するのであろうが、そんなものを「カセンシショウ」などと言われても、事象が理解出来ぬ以前に日本語が理解出来ぬ。況や「ヨクシ」。此が「抑止」という言葉である事を受け容れるのが大変なばかりか、此の場合に於いては「列車が足止めを食らっている」という意味で用いられることを受け容れる事も其れに負けず劣らず困難ではないかと思われる。

 アナウンスの目的が「一般人に対して誤解無き様事実を正確かつ明快に伝達する」事にあるとすれば、幾ら社内的に用いられている用語であろうが「誤解無き様」「明快に」という点に於いて著しく目的を逸脱した表現であると言えまいか。大体飛行機なんぞ、本来接客行為を行わない操縦士ですら、フライトの挨拶や状況に応じた案内等のアナウンスを明快な用語で行っているのだ。

 大体、上記の様なアナウンスを聞かされたりすると、列車の遅れに対する怒り以上に、客に事象を説明するにあたり客の理解出来ぬ表現を用いることにより恰も客を愚弄しているかの如きアナウンスに対する怒りが沸々と込み上げてくるのである。


2000/10/09

写真

 此処暫く、ひょっとしたら春先の競馬観戦以降ではないかと思うのだが、所謂銀塩写真を全く撮影していないのでは無かろうか。抑も旅行時や外出時に銀塩カメラを持ち歩かぬ機会が少なからず存在している。

 江戸っ子になり立ての頃の事、写真に凝っていた時期があった。元々中学以来長きに亘りマニュアル一眼レフを弄くっていたのだが、知人が凝ったオートフォーカス一眼レフを用いているのを頻繁に目の当たりにするに連れ幾分の羨望を抱くと共に、旅先の風景や当時私の趣味となりつつあった獣を撮影する度に己の技術では相当な物足りなさを感じつつあった為、本腰を入れて写真に取り組むべくカメラを購入し、撮影技術に纏わる書物を読み漁っては休日の度に彼方此方に出掛けて不必要とも思える程大量の写真を撮影していたのだ。

 写真撮影に於いて大きな転機の切っ掛けが訪れたのは2年前の事であった。職場忘年会の幹事及び司会を担当する羽目になった私は、其のイヴェントに於いてパソコン及びデジタル写真データを使用しようと考え、後者の為にわざわざデジカメを購入する事となった。若しスキャナの価格が現在の価格水準(当時の2割程度)であれば、当時デジカメを購入する代わりにスキャナを購入していたであろうに。

 さて、職場忘年会の為だけに多額の出費をする程私は金回りが良い訳では無い。当然初期投資額を回収すべく、様々な機会にデジカメを用いる事になった。従来銀塩写真を用いていた場に於いて、デジカメを併用して撮影を行う機会が増えてきたのだ。しかし当時はデジカメ写真なんぞ画質面に於いては銀塩写真に大きく劣る物であり、少なくとも私が使用する分にはデジカメ写真が銀塩写真に取って代わるなどと考えもせず、飽くまで「デジカメ写真は写真に非ず、パソコンの壁紙やサイトの素材等電子データとして用いるための物」という認識を抱いていたに過ぎない。

 処が両者を併用していると否が応でもメリット、デメリットを比較してしまうことになるのだ。旅先等で使用する際には銀塩カメラに交換レンズとフィルムを持参するだけで十分に嵩張る所にデジカメが加わる。こうなると嵩張る主要因となっている前者をデメリットと感じる事となってしまう。

 費用面に於いても大きな差が生じているのだ。前者は現像及びプリント代が馬鹿にならぬ。とりわけ凝った写真を撮影しようとリヴァーサルフィルムなんぞを用いた場合には、1回の旅行での写真関連費用が優に1万円を超えるケースすら存在する。然るにデジカメの場合はパソコン上で写真を楽しむ範囲で有れば此の手の費用が発生しない。

 更に言えば、撮影後の写真をサイト上で公開する場合の手間についても、前者が写真をプリントした後で更にスキャナを通す必要がある一方、後者はコード一本で済むのだ。此は手間の問題と言うよりは時間の問題である。

 そんな訳で、銀塩カメラの代わりにデジカメを使用する、其れ以前に銀塩カメラの代わりにデジカメを持ち歩く、といった機会が徐々に増えつつあるようなのである。

 「画質の美しさ」という銀塩写真の唯一に近いアドヴァンテージを少しでも短縮するかの如く、此処数日の検討を経て本日新しいデジカメを購入した。利便性を追求する事によって、江戸っ子時代に熱を入れた趣味が己の中で変容しつつある事に、単なる感傷とも異なる、言ってみれば自己の変態に対する寂しさをひしひしと感じているのだが。


2000/10/08

乗馬ライセンス

 勘の良い読者の方々は既に戸惑いを感じてらっしゃる事と思われるのだが、此の三連休を前にして何時もの如く「旅欲の行方」なるタイトルの文章を終ぞ執筆する事無く休暇に突入した。

 体育の日を絡めた此の三連休、別に旅行に宛う積もりが全く無かった訳ではない。北陸だの東北だの淡路島だの、挙げ句の果てには私が一口馬主としてお世話になっている法人の企画したツアーに参加すべく、先月足を運んだばかりの北海道に向かうなどという己の経済事情を全く無視した暴挙すらちらちらと脳裏に浮かんだりもしたのだ。しかし結局此の3日間を旅行以外の趣味に費やす事にした為に彼や此やと旅先に悩んだり悩むこと自体を愉しんだりする必要も無くなった次第。

 そんな訳で、乗馬ライセンス取得を目指すべく今日からの3日間、比較的近場の乗馬倶楽部に通う事にしたのだ。此処数日、風邪で体調を崩した挙げ句に昨日は会社を休むといった状況であったにも拘わらず、不思議な事に風邪も何とか快癒の方向に向かい、日中好天の下馬達と戯れつつ無事一日目のレッスンを終えたのであった。

 処で乗馬倶楽部に付き物の入会勧誘を受けつつはっと気付いたのだが、一体私は乗馬ライセンスを取得したとして其れをどうする積もりなのであろうか。嘗て乗馬マニアの後輩に乗馬ライセンス取得のメリットを尋ねた処、「乗馬ライセンスを取得したら『乗馬ライセンスを持っている』というメリットがある位です」などという禅問答の様な回答を受けた事があった。要はライセンスの有無によって乗馬行為自体が制限されたり等が在る訳でなく、乗馬界に於いて「此の人は通常人よりは馬心に長けている」と其のライセンスの級数に応じて認識される程度のものであるようである。只単に己が馬心に長ける為、長けていると周囲に認識させる為だけに、大枚を叩いてライセンスの取得に励む。一見馬鹿馬鹿しいようで、金暇掛けて苦労して取得する事により、己の馬心に誇りを持ち馬心を更に強固なものにする事が期待されよう。資格のための資格、時として其れも亦良し。


2000/10/07

スランプ

 「エゾシカの嘶き」も執筆開始以来1年半経つのだが、其の間には時として暫くの間文章が書けなくなる事態が発生したりもした。其の理由を大別してみることにする。

 ・物理面(パソコンの故障、出先での通信環境の不備、多忙、等)
 ・肉体面(病、睡眠不足、等)
 ・精神面(極度の落ち込み、極度の怒り、無気力、等)
 ・文才過多
  ・発表したくて堪らぬ文章があるのだが、公開出来ぬ(例:2000/01/26
  ・ネタは浮かぶのだが、文章化しようとするとキリが無い(例:1999/07/01

 上記理由については「ネタを思いつき文章をしたためる能力」其の物が低下したり失われたりする訳では無いので、此等の障壁が取り払われた際に一気に数日間の遅れを取り戻す事が可能となる。私にとって問題なのは以下の様なケースである。

 ・文才過少
  ・ネタが全く浮かばぬ
  ・ネタは浮かぶのだが、文章化しようとしても名文にならない

 此等は即ち、「ネタを思いつき文章をしたためる能力自体の低下」による執筆不能であり、何等かの切っ掛けにより其の能力を補完せずしては文章が書けぬばかりではなく、文章が書けぬ期間に生じた執筆の遅れを回復することすら困難となるのだ。

 前置きが長くなったが、此処暫く「ネタは浮かぶのだが、文章化しようとしても名文にならない」という事態に陥っており、文章をしたためるにしても過去ネタの続編だの学生時代等に感じていた事だのといった、比較的手の着け易いものを発表する機会が少なからず存在する。其の一方で私のネタ帳には次から次へと数行書きかけた儘の文章が遺されていたり、ネタにすべきトピックスが数十個溜まっていたりしており、何れも作品となるべく何度も練り上げられた挙げ句、結局未完の儘放置されたり書かれた物が一から消去されたりしているのだ。よく漫画等に於いて、スランプに陥った作家が原稿用紙に数行筆を入れてはくしゃくしゃに丸めて捨てるのを繰り返した挙げ句頭を掻き毟る光景が描かれているが、今の私は此をパソコンで行っているようなものである。

 とまあ此だけでは単なる「スランプの言い訳」に過ぎぬ。現在眠っているネタの幾つかを以下に公開することで、「言い訳」を「期待心向上」に変えようと試みる事にする。

 写真/極私的京都名所/「本物志向」ブーム/海/夏/時計/アルバイト


2000/10/06

検索エンジン・4

 2000/09/12に続き、今回は「エゾシカの嘶き」についての9月トータルでのアクセス状況を分析してみる。とはいえ曜日別だの時間別だののアクセス実績なんぞは前回とほぼ変わらぬ結果である為に今回は特に触れずに、検索エンジンを用いて「エゾシカの嘶き」に到達した幸運の持ち主の方々が一体何を調べようとして此処に辿り着いたのかに焦点を絞ってみる事にする。

 9月は従来にはさほど見られなかった検索語がトップに立ったようである。嘗て首位に立った「アダルトヴィデオ」や「陰核」を押し退けてトップの座を奪ったのは「肛門写真」「女体盛り」の2語であった。しかし毎回不思議に思うのだが、仮に肛門写真を求めて検索エンジンを用いた処で、ヒットするサイトは幾らでもある筈であり、其の中から至極真っ当なタイトルである「エゾシカの嘶き」を選択するとは一体どういう事なのか。と此処まで書いて念の為「goo」で「肛門写真」を検索してみた処該当サイトは4件しか無いではないか!而も其の内1件は掲示板サイト、1件は「山羊の肛門写真集」なるサイトであり、「エゾシカの嘶き」を訪れるのは極必然の事となろう。

 折角の序でに「山羊の肛門写真集」なるサイトを覗いてみる。「ヤギさん天国」なる山羊の肛門写真集の宣伝ページなのだが、惹句が凄まじい。いきなり「男なら誰しも動物園で山羊の肛門を見てムラムラッとした経験があるハズ」と言われても私はムラムラッとした経験が無いばかりか、山羊の肛門のイメージすら想起出来ぬ位記憶に残っていないのである。暫し読み進めれば「表紙をめくるとのっけからこれ羊肛のアップ、アップ、アップの連続」との事。「羊肛」なる熟語は生まれて此の方初めて目にした。「ちょっと山羊の肛門にうるさい貴方もこれなら十分満足」。山羊の肛門には全くうるさくない私なんぞは「十分満足」を通り越して最早「至福」だの「法悦」だのといったレヴェルに到達してしまうのであろうか。「愛羊新社刊 7800円」出版社名にも驚いたが、価格にも大層驚かされた。

 気付けば当初の目的を大きく逸脱した文章と化してしまったが、最早「エゾシカの嘶き」のアクセス分析どころではない位の衝撃を受けてしまった為止むを得まい。


2000/10/05

簿記検定

 過去に苦杯を嘗めた事のある資格試験の一つである簿記検定の受験要項を目にしつつ、若し此が簿記検定ではなく勃起検定であればさぞかし楽ではないかと思いつつ、出題範囲を想定してみる。

 4級(入門編):フランス書院文庫、グラヴィアアイドル水着写真
 3級(必須基本知識):古典エロ文学、「水戸黄門」由美かおるの入浴シーン
 2級(商業高校レヴェル):英語エロ文学、KONISHIKIの全裸ヌード
 1級(税理士等の登竜門):日本国憲法、人体解剖図
 (何れも電卓以外の器具の使用不可)

 此では地道に簿記検定の勉強に励んだ方が早そうである。


2000/10/04

続・風俗広告

 2000/08/27に於いて私が珍しく所謂下ネタに取り組んだものの、如何せん左様な方面への造詣の極めて浅い私の猿知恵により満足のいかぬ結果に終わった考察について、風俗ネタに於いては他の追随を許さぬサル似の知人(1999/06/04参照)に相談してみた処、其れらしき回答を頂く事が出来た。

 彼曰く「原則として店側も彼女達も商品たる顔を露出したい、但し彼氏や家族等近い人間には決してばれたくない。其処で口だけを隠して『確かにあいつに似ているが…まさか、別人だろう』と近い人間に思わせたり、いざという時に『これは似ているが私ではない』と言い切ったりするのではないか」との事であった。

 要旨は「口という部位は赤の他人にとってはさほど注目を惹かぬ為に隠しても広告効果及び商品価値はそう損なわれぬ一方、親しい人間にとっては印象に残る器官の一つであり、此を隠すことにより本人特定が非常に困難になる」という事になろうか。此は此で納得のいく説明である。

 更に私は或る重大な人間の本能を想い出したのだ。テレヴィ番組の街頭インタヴュー等に於いて唐突に街頭の人間にマイクを突きつけた際、突きつけられた側ががテレヴィに映っている事を気まずく思う時に「えっ、ウッソー!」「あら、テレヴィ回ってるの!?」等というリアクションと共に顔を隠す光景が頻繁に観られるのだが、こういった場合得てして顔全体を隠すのではなく口或いは口鼻を隠しているではないか。事は風俗広告に限定された話では無かったのだ。


2000/10/03

公衆の場に於ける放尿

 少なくとも男性の場合、公衆便所の様に複数の人間が並立して放尿する場に於いて、直隣に他人が存在すると放尿直前に一時的に放尿能力が減退する人々が存在する。斯く言う私も此の種の人間である。

 最初に其の事実を感じ取った時、理由を色々と考えてみた処、1.隣の人間に放尿シーンを覗かれるのではないか、2.両手両足が一時的に塞がっている放尿時に突然隣の人間から攻撃を受けるのではないか、3.仕切を隔てて互いに無言で陰茎を露出させつつ其の先端から液体を噴出させている光景は冷静に考えてみれば或る意味恐怖ではないのか、等々、恐怖感による陰茎及び尿道の萎縮の所為では無かろうかと思われた。

 しかし長きに亘り放尿生活を続けておきながら、先日になって初めて此等の仮説を覆す重大な事実に気付いたのだ。即ち、自らが放尿体勢にある時に他人が隣に来た場合には確かに放尿能力が減退するものの、逆に他人が既に放尿体勢に入っている時に自分が隣に来るケースに於いては、己の放尿能力が減退する事はさほど多くないのだ。此は私が放尿生活を送る中で長年培われてきた常識を一挙に崩壊させるものであり、天動説を信じていた人達の眼前に呈示された地動説の証左と等価値のものであると言っても過言では無かろう。

 こうなると新たな仮説を検討せねばおちおち人前で放尿も出来ぬ。当分は放尿生活に悩みつつ日々を過ごすことになるのであろう。


2000/10/02

神保町

 ちゃきちゃきの江戸っ子時代に頻繁に足を運んでいた街の一つに神保町(東京都千代田区)がある。2000/01/28で触れた通り、書物を漁る愉しみを感じる為に此の界隈の書店を利用していたのだ。

 或る意味に於いては非常に不便な街であった。当時の寓居から神保町に向かう際の都営三田駅に於ける乗換が殊の外厄介な事も其の一因として挙げられるのだが、其れ以前に神保町界隈には書店以外に私が何等かの用を済ませるスポットが全く無いのである。私がスキーやゴルフを多少なりとも嗜むのであれば、書店街を過ぎた処に何故か存在しているスキー・ゴルフ用品街を眺める事も出来たのであろうが、私にとっては何れも店を眺めて悦ぶ程の趣味には程遠いレヴェルであり、殆ど足を運ぶに至っていない。従って神保町の書店を巡るという事になれば其れこそ「今日は只管書物を貪るぞ」という堅固な決意の下足を運ぶ事になり、此即ち其れだけ書物漁りに没頭出来るという優れた街だと言えるのである。

 さて本日、九段下(東京都千代田区)への出張の折り、僅かな時間を利用して隣町の神保町に足を運んでみた。今回の目的は書物漁りでもましてやスキー・ゴルフ用品漁りでも無い。

 先日他のサイトのトップページに、当該サイト運営者の歓喜の声と共に掲載された「金玉堂」なる看板の写真。斯様な激烈な店舗及び格調高き看板が、私が神保町界隈に於いて最も良く利用していた「書泉グランデ」及び「三省堂書店」の正に中間の位置に存在していたのだ。にも拘わらず、私は左様な看板に終ぞ気付く事無くちゃきちゃきの江戸っ子生活を終えてしまったのである。此の無念さを胸に抱きつつ、いわば「ちゃきちゃきの江戸っ子生活の総決算」なる意識で、デジカメ持参で当該看板を聢と見届けようとしたのだ。

 「金玉堂」の店舗は予想以上に狭く、看板は予想以上に高い位置にあった。確かに此ではなかなか気付くまい。其れ以上に、神保町という街が私の注意力や其の手の看板に対する好奇心を以てしても左様な看板を意識させぬ位、私を書物漁りに専念させていた街なのであろうと感心した次第。


2000/10/01

間の抜けた映像

 此処1〜2年位の事ではないかと思うのだが、テレヴィやヴィデオ等に於いて、通常の映像の中に突然急激なスローモーションを採り入れる事により映像を見る側に不思議な感覚を抱かせる手法が目に付くようになってきた。

 従来、此の手の映像技術を用いた場合には、スローモーションの場面では、フィルムの或るコマから次のコマへの時間的間隔が長くなってしまい、恰もパラパラ漫画をゆっくりと観ているかの如く非常に間の抜けた動きになるのが常であった。処が最近では、フィルム1秒間あたりのコマ数を従来のものより格段に増やす事により、スローモーションの場合でも或るコマから次のコマへの時間的間隔が人間の動体視力を欺ける程短くなったようである。こういった技術を用いて先述の手法を映像に取り入れる事により、映像を見る側は極々自然に周囲の時間軸が変化したかのような不思議な感覚を抱く事になるのである。

 そんな映像が流行する中、驚き呆れるTVCMを目の当たりにした。恐らく中京地区のローカルCMだと思われるのだが、世の流行に乗ろうとしたのであろう、CMの最後のシーンで突然スローモーションになるのだが、其のスローモーションが、其れこそパラパラ漫画の如く非常に間の抜けた映像なのである。「うわっ、従来型のフィルムを使って此の手法を用いても間抜けに見えるだけやんけ!ひょっとしたら此はおれの目の錯覚なのか!?」と驚いた直後、御丁寧にも其の疑念を振り払うかの如く別ヴァージョンのCMが流れた。言う迄もなくラストはパラパラ漫画の世界である。

 企業側はフィルムの適性なんぞ気にせずに安価な従来型のものを採用したのであろうが、其の結果、己の映像の不細工さにも気付かずに「うちの会社は最新のトレンドに則ったCMを流しています」と裸の王様の如く胸を張っているかの様に見えてしまう。CMのメッセージだのターゲットだのを論じる以前に、観ていて痛々しさすら感じられるのだ。


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