エゾシカの  2000/01/01〜2000/01/31

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2000/01/31

続・獣愛

 昨日(2000/01/30)での私の発言の中で、一部の方からお叱りの言葉を頂きかねない表現があったので、ここでお詫びこそしないが釈明させていただく。「海外の『獣愛』サイトが、私の志す方向と異なる、肉体面での愛に基づく」とのくだり、獣との肉体的な交わりを私が一切否定しているかのように解釈されかねないのだが、決してそういう訳ではない。ここで言う「肉体面での愛」というのは、獣の舌、鼻、髭、性欲、肉棒若しくは肉襞等を自らの快楽の性具として用いるのみに供する事であり、お互いの深遠なる愛情の結果として肉体を重ねること自体は別に私の志す方向と全く異なっているという訳ではないのである。誤解を招く前に言っておくが、私は「究極の獣愛は肉体を重ねることである」と主張しているわけでも断じてない。飽くまで「それも獣愛の一形態として認める」と述べているに留まるのである。勿論私自身は獣と肉体を重ねた事はない。

 さて、岩手県遠野地方に伝わる民話で有名なものの一つに「オシラサマ」という話がある。今も尚1月には民家で「オシラサマ」なる神を祀る風習が遠野地方に限らず根付いている。この話、掻い摘んで言えば、父と娘と白馬とで暮らしていた一家で、娘と馬が恋仲に落ち毎夜床を共にしているうちに、或る日遂に夫婦の契りを交わすことになる。嫉妬に怒り狂った父は馬を追い出して木に括り付けてしまう。娘は父に馬の居場所を尋ね、父がその木のところに娘を連れて行くと、馬は既に事切れており、娘はひたすら泣き喚く。その光景を見て父は一層逆上し、遂に馬の首を切り落としてしまう。するとその瞬間、馬と娘は一緒に天に昇っていくのである。そして馬と娘の一対の人形を2人の代わりに祀る風習が生まれたようである。

 一人の馬を愛し、いつまでも一緒にいたいという強い気持ちが2人を共に天に運ばせた。この2人の間に肉体関係があったとして、この獣愛を誰がどうして「単なる肉体的な愛」として責められようか。

 しかしそれにしても、遠野の博物館で初めてこの話に触れた時、「父と娘との関係は」とか「馬と娘とはどんな格好でやったんやろか」とか「処女やったやろうけど無事入ったんかな」とか、一瞬ではあったが余計な想像をしてしまった。要らぬ知恵が付いてしまうと、民話一つ楽しむのにも純粋に楽しめなくなる。いと哀し。


2000/01/30

獣愛

 「EZOSHIKA TOWN」を他の検索エンジン等に登録する際の紹介文を自分で書くとき、「世界初の獣愛サイト」と書く場合が多い。しかしまだまだ獣愛を説くには私の資質及び当サイトの力不足のせいか、なかなか登録して頂けない検索エンジンもあるようである。

 それはさておき、「獣愛」という言葉、てっきり私の造語だと思っており、それ故「EZOSHIKA TOWN」を「世界初の獣愛サイト」と標榜していたのだが、実は方々で日常的に用いられている言葉であるということが判明した。偶々検索エンジンで「獣愛」を当たってみたところ、いろんなサイトが出るわ出るわ。そしてその内容は「動物が可愛くて堪らない」というものから獣姦に至るまで様々である。獣愛サイトから更に別の獣愛サイトへのリンクも張られており、日本のみならず世界中で獣愛がホットに語られているのである。

 どちらかというと日本における「獣愛」サイトが精神面での愛に基づくものであり、海外の「獣愛」サイトが、私の志す方向と異なる、肉体面での愛に基づく傾向にある。民族性の差かとも思ったのだが、只単に、日本においては、精神面でのものを「獣愛」、肉体的なものを「獣姦」と区別しているため、獣愛サイトが必然的に精神的なものになっていくのであろう。

 それにしても海外の獣愛サイト(我々が俗に「獣姦」と指すもの)の記述は凄い。いざという時の為に先日購入したばかりの翻訳ソフトを初めて活用して目を通してみた。「ダニエルによる犬と一緒のセックス案内書」というタイトルのその文章、まず我々が彼等に対して性の生き物であることを伝えねばならない事から始まり、彼等の前で裸でいること、彼等の目線で生活すること、自らの自然の匂いを嗅がせるようシャワーや香水の類を避けること、一緒に遊ぶことといったことから、彼等の前で自慰を見せつけること、放尿することを薦めている。後は実際の行為として、舐めることから肛門性交に至るまで様々な楽しみ方を説き、最後は感染の恐れのある病気について述べるといった内容になっている。

 しかし最近の翻訳ソフト、これくらいの猥語は平然と翻訳するということに驚いた。恐らく昨今の翻訳ソフト需要の大半が「海外エロサイトの解読」であるため、こういった方面に力点が置かれたソフトを開発せねばならぬのであろう。ソフトウェア開発者の何かしらやるせない心境、若しくは嬉々として業務に邁進する光景の何れかが推測されよう。


2000/01/29

続・嫉妬

 今日の「どうぶつ奇想天外!」に、2000/01/14で触れた、かつて私に嫉妬の炎を燃え上がらせたオッサンと馬とが登場していた。いきなり映し出されたのは、正に私が嫉妬を覚えた時と同じ光景、即ちオッサンと彼女とが添い寝をし、ずれた掛け布団を彼女が口で位置を直すというシーンであった。ここまでは確かに前回同様心の中でめらめらと嫉妬の炎を感じていた。

 しかしそのシーンの後、オッサンが「これは『ラブラブ布団かけ』という名前の芸です」と紹介し、その他の芸を彼女が次々と披露するのを観て、嫉妬の炎が徐々に鎮火していくのが感じられた。

 彼女がオッサンと繰り広げる仲睦まじい光景は「芸」なのである。勿論芸をマスターするにあたり彼女とオッサンとの間に愛情があったであろう事は容易に想像される。しかし一緒に寝たり布団を修正したりするのはあくまで「ラブラブ布団かけ」なる芸を彼女が忠実に実行している以外の何物でもなく、決して彼女がオッサンとの添い寝自体を楽しんだり、オッサンが風邪をひかぬよう心遣いを見せたりしている訳ではないのである。

 2人の間の獣愛の程度が予想していたものとは異なっており、まだまだ私にも可能性が残されているのではないかと安心した次第。って何の可能性なのだ。


2000/01/28

書物の悦び

 インターネット本屋の隆盛を新聞報道等で目にするにつけ、私ならどういう場合にインターネットを通じて書物を買うのか余りイメージが湧かないことに気付く。定期購読している雑誌類、業務上必要な書物の購入を除き、私が書物を買う際には本屋の店頭で初めて目にしたものを衝動買いするケースが圧倒的に多いのである。漠然と趣味のコーナーを巡り、その分野についての自らの知的好奇心のベクトルと一致しており絶対値が自らのそれを上回っていると思しき書物を手に取り、暫し眺めた後購入若しくは非購入を決定する。最初からテーマ別に書物が分類してあれば事は簡単なのだが、新書や文庫、ムックの類などのように、ブランド別、著者別に分類してあれば、そういった書物を探索するのには当然時間がかかる。それはそれで亦良し。1時間くらい店内を歩き回ろうが宝探しゲームの愉しみを打ち消すには至らぬ。余り時間をかけたくない時には、神保町の「書泉グランデ」の様に、新書、文庫の類までテーマ別に配置してある本屋に足を向けることになる。

 斯様に、店頭で自ら書物を漁る行為そのものも書物に出会う楽しみの一つであるため、新聞等の新刊書評を観て即購入欲が湧くことは少なく、本屋の店頭で平積みを確認し、自分で手にしないと購入欲が今ひとつ起こらない。余りに書評で話題になりすぎる書物なんぞは、本屋で手にするのも気恥ずかしくて憚られ、結局1999/11/18のように、10年後に初めて手にするような事になってしまう。そんな人間に、タイトルや書評で書物を選んでインターネットで申し込み、数日後に入手するといった必然性はさほど感じられない。本当に「この書物が必要!」という場合は、職場の近くの丸善や八重洲ブックセンター、休日には買い物がてら隣県の八重洲ブックセンターに足を運べば何とかなる場合が多い。

 そういえば、近藤等則が或る雑誌で「良い書物を読むことは極上の女性を抱くのと同じ」という趣旨の発言をしていたのを学生時代に読んだことがある。「女性は金で買うより略奪する方が興奮する。従って私は気に入った書物は全て万引きで得ていた」という件には流石に承服しかねたものの、文章の趣旨には感心した覚えがある。ちょっと待てよ、私の書物の楽しみ方を当てはめて考えれば、私にも漁色家の素質があるということではないのか。見合いより恋愛の方が好きなことくらいは認めても良いのだが…。


2000/01/27

動物実験

 毎日覗いているサイトの一つで、動物実験についての熱い議論が繰り広げられている。動物実験に対して懐疑的な方の発言に対し、動物実験止むなしといった意見が展開される、といった遣り取りのラリーが続いているようである。

 しかしそれにしてもこの問題、常に「動物実験反対派vs賛成派」といった構図で議論されるのだが、この両者には本当に対立点があるのであろうかと思えるのである。即ち、「動物の命を奪うことは絶対に許せない。私は肉食も嗜まない」若しくは「動物なんぞは人間に殺されるためにいるようなものである。そこには生命の尊重など存在しない」などという極端な思想の持ち主を除き、反対派も賛成派も、数々の動物実験のうえで成り立っている社会において生きており、出来ることならそういった動物実験は最小限であって欲しい、という共通の認識を持っているのである。両者に差異があるとすれば、「最小限」の程度の差および現状認識の違いなのではなかろうか。

 肉食獣が草食獣を捕獲し、その生命を奪うことにより自らの生命を生き長らえさせているという解りやすい状況において、「これはいけないことである。草食獣が可哀相だ。肉食獣は生きてはならない」と唱える人がいるとすれば、それはそもそも食物連鎖という自然の摂理に対する認識が欠けていると詰られても仕方あるまい。肉食獣の立場を人間に置き換えれば事は同じでは無かろうか。そこで問題となるのは「人間が生きるためにどこまで他の動物の生命を奪うことが許されるのか」という程度論なのである。そして、それ以上に前提条件として重要なのは、「それでは現に人間はどの程度他の動物の生命を奪っているのか」を論じる事なのである。

 ところが現状では残念なことにこの部分について真剣に論じられる事が殆どないまま、程度論だけが論じられているように思える。その原因は、こういった動物実験を行っている法人や機関がそれについての情報を全くといって良いほど開示しないところにあるのではないか。

 半年程前、深夜に動物実験のドキュメンタリー番組が放映されており、動物実験に係わるあらゆる立場の人々の意見を紹介していた。その中で私が最も興味を抱いたのは、同じ「動物実験賛成派」とされる、実験器具メーカーと医学部付属病院の紹介であった。両者は根本において決定的に異なる部分がある。前者が「我々は世間から非難を浴びる事が多いが、我々のお陰でどれだけの人間の生命を救ってきたことか。何を恥じる必要があろうか」と主張して、「動物の頸部を一瞬で切断する器具は、大量の鮮血を入手するために必要なのだ」などと解説しながら取材を受けていたのに対し、後者は取材の最中に、彼等が正に行おうとしている動物実験がテーマだということに気づいた瞬間、一旦カメラを締め出して動物実験には全く触れずに取材に応じていた。イメージ的には後者の方がスマートに映るのであるが、私が納得できたのは前者の態度の方であった。

 彼等を含め、動物実験に携わっている人々に本当に求められているのは、動物実験の是非についての釈明などではなく、現状どういった事を行うために動物実験が必要であり、それがどういった内容で行われているのか、以前と比べて量的・質的にどう変化してきたのか、今後どう変化する見通しなのか等を正確に伝える事なのである。それが無いことには、我々が生きるために最小限と思われる動物実験の程度が全く解らないうえ、「他の生命を犠牲にして人間は生きている」という認識に基づく生命への尊敬・感謝の念すら感じることができないではないか。

 動物実験について今本当に必要な議論は、その是非論ではなく、「自らを隠してイメージを下げないようにするか、イメージダウンを覚悟で正確な情報をさらけ出すか」という情報開示の是非論なのである。


2000/01/26

躊躇

 先日中学・高校時代の先輩が逮捕されたことを受け、文章を何行かしたためていたところ、とてもではないが公開できないような内容になってしまい、結局白紙に戻してしまった。そして気を取り直して、長年愛用してきたクレジットカードを別のカードに切り替えようとしている話を書き進めていくうちに、これも何かと非常に差し障りのある文章になってしまった。

 元々思うが儘に文章を書き連ねていくことを目的としてこのページを開いているのだが、書くこと自体は何ら苦痛ではなく書いていて決して詰まらぬ文章ではないにも拘わらず、時として心に妙な制約がかかってしまい結局公開するのを躊躇った文章が少なからず存在する。そういった場合でも結局気分が改まった時に同一のテーマで書き直すというケースも多く、今回もいずれ時を改めて書くことになるのかも知れぬが。

 とどのつまり、どうやら今私は自分に関係のある集団や団体に対して言及する事により、余りにラディカル且つドラスティックな反応を得ることを非常に恐れている状態のようである。まあいつもの如くいずれ何とかなるであろうが。


2000/01/25

続・パソコンの修理にあたり

 2000/01/24で触れた、データのバックアップに関連して、常日頃から気になっている事がある。ソフトウェアやハードウェア(特にドライバ関連)に障害が起こり、アプリケーションが正常に立ち上がらなくなった場合に際して、ソフトウェアやハードウェアメーカーだとかパソコン雑誌のアドバイスコーナーだとかではさも当然かつ簡単であるかのように「ハードディスクを初期化してソフトを再インストールすれば良い」というアドバイスを与えている。いや確かにそれが唯一無二の解決方法に近いことは疑う余地がない。しかしそれがさも当然の解決法として、「どうせ再インストールすればいいのだから安心しなさい」的に用いられることが多いように思えるのである。とりわけ深刻な障害が目前で発生している訳ではない雑誌記事にその傾向が強いように思われる。

 一体どれだけ再インストールに手間と時間がかかるのかわかっているのだろうか。OSをインストールするのがまず大変である。私のように、外付けCD-ROMからインストールせねばならないノートパソコンの場合など、CD-ROMをOSを使う以前の段階でパソコンに認識させることから苦労が始まる。そこで時間を費やして、実際のインストール作業に小一時間近く。おっと、場合によってはその前にBIOSの組み込みが必要ではないか。

 そして、数百メガバイトもするofficeスィートと呼ばれるワープロ、表計算等のセットを組み込む。登録番号を打ち込んだりインストールする内容を事細かに指定したりなど、CD-ROMをセットすればインストールが始まるという世界ではない。従ってインストール中は長時間パソコンから離れるという訳にはいかぬのも、面倒くささに輪をかける。何種ものCD-ROMを取っ替え引っ替えして、これらの作業を繰り返す。オンラインソフトの類は、圧縮ソフトを解凍し、自らの手でファイルを適切な場所にコピーをしたりして組み込む必要がある。外部に接続する機器があれば、一つ一つについてドライバを組み込まねばならぬ。TA、スキャナ、複数のSCSIカード…。しかもドライバの組み込みにあたってはその都度機器の再起動を要する事が多い。ああ面倒。

 ファイルのインストールはこれで終わりかといえばそうではない。これらのファイルは公開直後にいともあっさりと「修正プログラム」なるものが頻繁に公開される。これらを個別にインストール。実際のソフトやプログラムの本数以上に、インストール作業が必要となる。

 作業はまだまだ終わらぬ。インターネット設定などにおいては、プロバイダの電話番号、メールアドレス、サーバー名等を一から手入力。インストールの方が時間はかかるが幾らか作業的に楽であることを痛感。更に以前と同等の環境に戻すのであれば、画面やFEP等のプロパティを変更せねばならない。場合によっては直接レジストリを編集する必要があるかもしれない。レジストリの編集など、下手をすればそれこそ再インストールの原因となる場合すらあるではないか。

 そしてデータファイルのバックアップをコピーして、「再インストール」というたった7文字の作業がやっと終了。ほぼまる1日以上、軽く費やしてしまうではないか。私も過去に何度か「再インストール」の憂き目に遭ったが、何度経験しても処理速度は上がらぬ。

 パソコン雑誌の記事を書くくらいの者なら再インストールにこれだけの作業、手間、時間がかかることは身を以て知っている筈。それが「再インストールすれば良い」とユーザーに無用の安心感を与えてしまって良いのであろうか。いや、よく考えてみれば、彼らはその作業に手間がかかることは重々承知しているが、彼らにとってこういった作業はきっと楽しいもの、無上の幸福を感じる行為であるに違いない。そうでないと嬉々として他人に勧めることはできないのではなかろうか。


2000/01/24

パソコンの修理にあたり

 昨年末あたりから愛用のノートパソコンのディスプレイの調子が悪い。寒さのせいか、朝一番で立ち上げようとすると決まって画面が真っ白になる。ディスプレイの角度を適当に変えているとそのうち直るのだが、そんな原始的且つ不確実なことを毎回毎回せねば使用できない状態は辛いため、暫くの間旧機種を用いることにして、当該機器を修理に出すことにした。

 修理に出すに当たってサポートセンターから念を押されたこととして、データ類のバックアップを必ず取っておくようにとの事であった。しかし冷静に考えてみよ。普段媒体としてフロッピーディスクドライブを頻用する他は、読み取り専用であるCD-ROMくらいしか用いない人間(恐らくそういう人が大半ではなかろうか)に対して、データだけでもフロッピー数百枚ものデータのバックアップをせよというのはあまりに酷ではなかろうか。偶々私は外付けHDDを持っているのだが、それとてほぼ満杯状態。結局外付けHDDを整理したうえで、データのバックアップを取ることにした。外付けHDDの整理から、バックアップに最低限必要なファイルを選定してコピーし終えるまで結局2時間。ほぼ日付が替わるくらいに帰宅してからこれらの作業だけで2時間費やすのはかなりきつい。

 パソコン雑誌等を見ても、「データのバックアップはこまめに取っておくように」と当然の如く述べられている。確かに自分のデータを守るのは自分しかいまい。しかし今回のケースは、自己防衛のためのデータ保存というよりは、メーカー側の保証において修理に出す必要があって生じたデータ保存である。若干費用がかかっても、若干データ保全の保証が弱くなっても、メーカー側でこの程度の事を行ってくれるなり、外部保存メディアの貸し出しなりをしてくれれば相当有り難いのだが。


2000/01/23

立食パーティー

 バイキング形式の立食パーティーに参加する度に目にする異常な光景。いや正確には私だけが異常だと感じているのかも知れぬが。暫しの歓談の最中に小テーブル毎に親しい間柄が生まれて来た時に、その光景を目にすることが出来る。

 会話が一段落した時「それでは食事を取ってきますね」と、グループの中で最も目下と思われる若しくは目下ぶろうとしている人物が中央のテーブルに盛られた食事を小皿にてんこ盛りに取ってきて、周囲の人達に分け与える。

 一体何のためのバイキング形式なのか。何のために1人分に相応しい小皿が配られるのか。食べたい人が食べたいだけ自由に取ってくれば良いではないか。会話に集中したければ会話に集中する、会話が一段落して何か口にしたくなれば自らの分だけ食事を取ってきて、そのついでに別の人との会話を楽しむなりすれば良いのである。大体、会話に集中している人の分の食べ物を取ってきたところで、手つかずになってしまう事の方がずっと多い。

 別にこれくらいの気遣いを見せることがそんなに苦痛という訳ではない。こういった行為の不合理さが堪らなく嫌なのである。それ以上に、それを不合理と感じつつもそういった風潮に逆らうこともできないでいる、というのが辛くて堪らないのだ。


2000/01/22

悪趣味

 大きな瘡蓋が出来た時だとか日焼けで皮が捲れかけた時など、なるだけ傷が付かぬよう、なるだけ大きく剥ぎ取れるよう、一生懸命剥いてそれを眺める。「おお、俺の体からこんなものが生成されたのか」と、人体の神秘に暫し感動する。そしてその感動を分かち合うために他の人にも見せようと思った瞬間「いやこれは余りに趣味が悪すぎるではないか」と察知し、既の所で思い留まるのだ。人によっては、長い乳毛が抜けたとき、大きな耳垢が取れたとき、太い大便を排出したとき等にも同様の感情を抱くようだが。

 さてこの度、「エゾシカの嘶き」1999年執筆分の全タイトル一覧を一つのファイルにまとめ、「おお、俺の頭からこんなものが生成されたのか」と思いつつにんまりしている。そしてそれだけでは飽き足らずに公開まですることになった。公開する分、瘡蓋や日焼けの皮のケースよりも悪趣味でたちが悪いような気がしてこないでもない。


2000/01/21

雪見

 昨日あたりから雪のために新幹線が遅れ気味らしい。そういった情報を頻りに耳にしているうちに、無性に雪見がしたくなってきた。

 雪見の醍醐味は雪そのものではない。勿論手つかずの雪自体見て美しいものであるには違いない。しかし「雪化粧」という言葉があるように、雪はあくまで化粧。化粧によって円やかになった風景を自らの眼と想像力とで楽しむのが良いのである。

 学生時代、網走湖畔で一泊した翌朝。網走湖およびその周辺には足跡一つない美しい雪景色。湖面も周囲の植物もひたすら真っ白である。手つかずの白の美しさを楽しむ一方で、湖の広大さ、周囲の自然の豊かさが、雪に覆われる事によって、穏やかな、ぼんやりした輪郭を以てより豊かに想像できたのである。

 雪の中、札幌駅から徒歩で足を運んだ中島公園。薄野を過ぎた辺りから目立った建物も少なくなり、視界に入る雪も増えてくる。そして園内の小川や池を除き真っ白な公園。園内に配置された築山や池などの高低が白いヴェールを纏うことにより、なだらかな造形美を為していた。

 ああ、書いていて雪見欲が一層高まってきた。そのうち気がつけば北海道に足を運んでいそうな気がする。


2000/01/20

挑戦

 タレントなどが従来自分達が活躍していたフィールドとは異なる分野に手を出そうとしたときに「○○、司会に初挑戦!」や「△△、遂に連続ドラマに挑戦!」など、「挑戦」という文字が宣伝文句に用いられる事が多い。

 未知の世界に手を出してどんな手腕を見せるのかが注目を集めることは事実である。しかしその一方で、「初めてなんだからどんな結果になるか判らないので、結果ではなく挑戦するという意気込みを買って欲しい」というメッセージが「挑戦」という言葉に込められてはいまいか、若しくは言葉の受け手がタレント側のそういう意思を期待していないか。そうでなければ只単に「初の司会」「初の連続ドラマ出演」で十分通用するではないか。

 タレントという枠を超越する分野に挑戦するのであれば、挑戦するという意気込みを買うことには吝かでない。しかしタレントという肩書きを利用して行う行為について「挑戦」を売り言葉にするのには些か違和感を覚えずにはおれない。苟も彼等はその活動に於いて生活の糧を得ようとしているうえ、その活動は或る意味ではメディアを通じて直接我々の娯楽欲に影響を及ぼすものですらあるのである。それが「どんな結果になるか判らないので、意気込みを買って欲しい」と言われても困るのである。「だったら最初からその分野に手を出さずに自分のテリトリーで頑張ってくれ。その分野で活躍している奴などお前でなくてもいくらでもいるのだ」と言いたくなってしまうのである。

 一般の世界で考えてみても同じ事が言えよう。定食屋に入って「今月から新メニューの天麩羅定食に挑戦します」などという貼り紙があったら「挑戦って…お前そんなんで客から金取るのかよ」と言いたくなるではないか。電車に乗って「○○電車は、無事故ゼロに挑戦します」などというアナウンスがあったら、「挑戦するくらいやったら即刻結果出さんかい。今までどれだけ事故起こしてたんや」と思ってしまうではないか。

 しかしそれにしても、「初挑戦」を行ったタレントで、結局その分野で成功を収めて活躍したケースって一体どれ位あるのであろうか。


2000/01/19

大学入試センター試験

 先日実施された大学入試センター試験の問題を一頻り読みながら、高校時代の受験勉強の事を想い出す。暗記物が不得意な一方で、暗記のための語呂合わせを作るのは大好きであった。化学の元素記号などは古来より用いられている「ふっくらブラジャー愛の跡」(ハロゲン)だけでは飽き足らず、「雄のセックスのテンポ」(酸素族)などのように覚えておいて損はない元素記号から、「スカトロは嫌!」(希土類)、「チンポずる剥けのハーフ」(チタン族)、「ヴァギナを匂った」(バナジウム族)等、過去の大学入試において名前すら出題されることのない様な元素に至るまで、一生懸命語呂合わせに取り込んでいたのであった。この趣味は社会人になっても、自宅の電話番号であった24-4601を他人に覚えてもらうために「妊娠しろ!と1発」と紹介するなど健在である。

 断るまでもないが、別に私が下ネタ好きというわけでは決してない。確かに下ネタが周囲に影響を及ぼすパワーは認めるが、だからといって所構わず猥語を叫んだり必然性無く局部を露出させて笑いを取ったりするのは、只単にパワーのある武器を見せびらかせているだけであり、何ら効果的な結果を産み出さない。子供が大声で叫んで周囲の関心を惹くのと大して変わらぬではないか。そういった下ネタを耳にしたり目にしたりする度に、その人の幼児性を感じて哀れにすら思ってしまうのだ。

 それでは私は何故結果的に下ネタとなる語呂合わせを作成することに楽しみを感じるのであろうか。与えられた記号や数字をもとにして意味のある文章を作成せねばならないという語呂合わせにつきものの規則が、詩人を刺激する韻(ライム)の法則のように、言葉遊び自体を一そう面白くするからである。無機的な記号が何時しか周囲に与える遷移エネルギーの大きい言葉を生成する。是れ亦楽しからん哉。

 化学と国語の問題を目にしながら、ふと思い考えてみた次第。


2000/01/18

けったいな趣味

 学生時代、上野発の夜行列車で青森に行く道中、同世代と思しき隣の人と話し込んでいた。最初は単なる旅行好き2名の会話であったのだが、どうもだんだんと会話の内容が特定の方向に偏っていっていることに気づいた。旅の話をしていたらどういう訳か献血の話題になり、「あの針を刺される瞬間が好きでたまらなく、100回以上献血をしている」というお話を伺った後、話題は時事問題に移り、当時世間を賑わせていた幼女連続殺人事件被疑者逮捕の話題で一頻り盛り上がったところで「私ならあの被疑者を死刑にしたくない。身動きがとれない状態にして、針でチクチクつついてやるのが良い」というご意見を拝聴した。そう、どんな話題でも針を刺す・刺される快感の話題に転じてしまうのである。

 今であれば、左様な趣味を持っている人と一晩隣同士で過ごす事に若干躊躇いを感じざるを得ない。しかし当時は「うわぁ、けったいな趣味を持ってはる人やなぁ」と思うくらいで特に不安もなく会話を楽しんでいた。前者の考えの方が自分にとって安全なのだろうが、後者の方が断然面白いではないか。何時の間にか包容力が乏しくなり狭隘な人間になってしまったものである。こうなってしまえば自ら率先して「けったいな趣味」を持つ以外に当時の感覚を覚醒させる方法はないのではなかろうか。さすがに針を趣味にする積もりはないのだが。


2000/01/17

若い

 自分で自分の事をわざわざ「若い」と宣言するのは、それこそ自分が年老いた証拠ではなかろうか。元日から始まった全日本空輸のTVCM、松坂大輔の起用、ナンセンスなストーリー展開、「ハンバーガー計画」なるものの新奇性および得体の知れ無さ等、話題性に事欠かないCMとなっている。私の職場でもこのTVCMを観て「ハンバーガー計画とは何ぞや」というテーマを考えに考える余り体調を崩してしまう人も出る始末である。

 このCMの最後には画面いっぱいに「ANAは若い!」と表示される。また、このCMと連動した形で元日の新聞紙面の全面広告において、「ハンバーガーは若者の象徴、ハンバーガー計画とは正にANAの若さを伝えたいものである」という趣旨の主張が為された。

 従来ビジネスマンをメインユーザーとし、ポケモンの威力で幼児層をコミュニケーションターゲットとすることによりファミリー利用の獲得に成功した全日本空輸が次に取り込みを狙うのが若年層となる事は至極判りやすい。

 そこで、若さの象徴として松坂大輔を起用したのにも肯ける。ハンバーガーを若者の象徴としたことも、一見時代錯誤的に見えながらも「流行を超えて若者の間に定着している食文化」と捉えれば、これも納得のいく選択である。しかし問題はここからである。「ANAは若い!」のコピーは余計ではないか。イメージ的には、厚化粧を行い派手な柄の衣装で身を纏い精一杯見た目年齢を下げようとしているオバハンや、ラジオ体操をした後にジョギングを嗜んでいるオッサンの科白とどうしても重なってしまうではないか。本当の若者が自分達を「若い」と主張している光景などいくら思い起こしても全く思い浮かばぬ。


2000/01/16

初詣

 決して信心深い方ではなく寧ろ宗教的なものを信じようという気すら起こらぬ。それでいて初詣という儀式には何かしら拘りを持とうとする意識が存在する。以前初詣を済まさぬまま「一体今年の初詣は何時になるのだろうか」と思いつつ11月まで来てしまい、何かしら落ち着かぬものを心中に感じたのがその原因であると思われる。

 意識しだしたのは1996年からか。その前年は仕事柄羽田空港に足を運ぶ機会が多かったこともあり、初詣は空港内にある羽田航空神社であった。1997年の正月は北海道で過ごして飛行機で帰ってきたため、初詣は必然的に前年に引き続き羽田航空神社となってしまった。1998年はまともな路線を歩み、金比羅神宮に足を運んだ。そして昨年は元日のうちに「三社詣」を行おうとし、博多の住吉大社(神道)、長崎の大浦天主堂(基督教)、同じく長崎の寺(仏教)という全て異なった宗派の施設を回ってきた。

 神道を好きになれず、学生時代は旅先に神社があっても訪れもせず、鳥居の下すら潜ることを潔しとしなかった私が、初詣として毎年神社を選んでいるのも奇妙な事である。そして今年は仏教回帰ということで長野の善光寺を選んだ次第である。まあその翌日松代の象山神社を訪れ、神道に係わってしまう結果となったのだが。あと一つで今年の「三社詣」も完成。今年は回教や拝火教あたりで決めてみたいとも思っている。

 しかし1月の「エゾシカの嘶き」を振り返るに、初日の出や初詣に拘る一方で、新年の挨拶を避けようとしたり年賀状の図案で「2000年」「辰年」への拘りを捨てるなど、複雑な心境の一端を垣間見せている。さながら思春期の少年のような心の動きが手に取るように感じられるではないか。私もまだまだ若いものである。


2000/01/15

大学入試

 初めて接した大学入試はマークシート方式であった。元々本番に決して強いタイプではない私は、平常心を保つ目的で試験会場前の廊下で知人と一踊りして最初の国語の試験に臨んだ。解答を終えた後に確認を行っていたところ、終了のベルが鳴る直前に1ヶ所だけ解答用紙にマークを塗り忘れていた事に気づいた。ベルが鳴り終わらないうちに塗ってしまえと思った矢先、試験監督者が「鉛筆を置いてください。鉛筆を置かない場合は不正行為とみなします」と大声で宣言した。恐らく刹那の間に1ヶ所だけ塗ることは可能だっただろう。しかし私はその声および「不正行為」というところにすっかり驚いてしまい、鉛筆を握ることはできなかった。

 果たして自己採点を行ったところ、その解答を塗っていれば正解となっていた。「ああこれでけで5.3点損したな」と若干落胆し、2次試験に臨み結果を待った。第一志望の学科は不合格となり、戯れに申請した第二志望の学科に合格していた。

 入学後、入試の時の点数を調べてみると、第一志望の学科には1000点満点で僅か4点足りなかった。即ち、マークシート試験の記入漏れすらなければ合格していたということである。その上、同じ学校の他の学部への編入を試みようとしたところ、その学部への転入に必要となる、入試時の点数が矢張り4点足りないとの事であった。その為その学部に進むために大学を中退し、改めて受験勉強をし再び1回生から入学するという余計な事を行ったのである。

 たった1問の記入ミスというポカでどれ程私の一生が変わってしまったことであろうか。もし記入ミスが無ければ、試験の雰囲気に多少慣れていて終了時にも解答する余裕があれば、学生生活の過ごし方も、社会に出る時期も、選択する職業も、更に言えば人間としての意識の持ち方すらも、今とは全く異なっていたであろう。誰もが受験生に対して何度となく口にする「記入漏れのないように」「一問一問を大切にせよ」という説教が、自らの一生を変えてしまうことと引き替えに痛烈に身に染みた出来事であった。


2000/01/14

嫉妬

 最近少し心配な事がある。先日妙な事でジェラシーというものを感じてしまったのである。昨年末に部屋でごろごろとTVを観ていたところ、馬と共に寝る人が紹介されていた。牝のポニーで、齢3歳位だろうか。身重の状態でありながらごろんと横になり人間と添い寝をし、布団がずれていたらわざわざ口で布団を持って位置を修正するなど、人馬の睦まじい光景が見られた。別にそのオッサンにも馬にも何の面識もないにも拘わらず、私は彼らに対して「楽しそうだな」「羨ましいな」という感情を遙かに凌駕した嫉妬の炎が心の中でめらめらと立ち上がっているのを感じ取ってしまった。

 これは些かまずいのではなかろうか。嫉妬の元は3歳の牝馬。人間で言えばまだ10代前半くらいだと思われる。このままだと世間から「ロリコン」のレッテルを貼られても文句は言えまい。


2000/01/13

自然の摂理

 獣の国の方々数名と職場で、富士サファリパークのライオンバスの魅力について熱く語り合っているうちに、話題は先日の「どうぶつ奇想天外スペシャル」へと移った。最近のジャイアントパンダの母親は子育てを好まず、出産直後に乳を求めようと必死になって母親の乳首に辿り着こうとしている赤子を全く無視したうえその場から立ち去るという行為を平気で行っている。中国だからいいものの、日本では彼女達は刑法218条・保護責任者遺棄に問われかねないではないか。

 そこで中国では、捨てられた赤子を飼育センターで育てる体制が整えられており、独力で餌を捜すことができるようになるまで人間が育てるのである。番組もこういった母親の行為をショッキングに捉え、「こんなに可愛い動物なんだから、人間が保護して絶滅から守ってあげないと…」という趣旨で特集を締めくくっており、今日の獣の国の方々との会話も、同様の結論を得た。

 しかし冷静になって考えてみると、本来種の保存を至上命題としている生物(人間はここでは議論の対象外とする)において、自らが子育てを拒むというのは、ひょっとすると自然の摂理が彼女達をそうさせているのではないかという気がしてならない。ジャイアントパンダの存在自体、自然の摂理の中においてはどうでも良いものかも知れぬ。だとすれば、それに人間が介入して繁殖しないものを繁殖させるというのは、或る意味において種を絶滅させるのと同様の行為を行っているのではなかろうか。

 しかしそう考えてみると、人間の存在は余りに空しくないか。となると強引にでも「自然の摂理の中で監視役を引き受けることを期待された生物」と人間の存在を肯定していくしかないのであろう。


2000/01/12

受験シーズンのCM

 富士急グループの人工ゲレンデ「スノータウン"yeti"」。昨秋オープンして以来、深夜帯のスポット広告が目立つ。しかしこの時期このコピーはあるまいに。「人生、滑りっぱなし」。繰り返す。「人生、滑りっぱなし」。この時期に行われる試験に人生を懸けかねない人達に対してこれは結構堪えるのではないか。験を担いだりジンクスを気にしたりは滅多にしない私ですら、もし受験生の立場であったとしたらこのTVCMは気にせざるを得ない。只単に「滑る」「落ちる」という単語だけだったらまだしも、「人生、滑りっぱなし」である。繰り返すが「人生、滑りっぱなし」である。

 最近の受験生はこんな事など私以上に気にしなくなってきているのか。少なくとも送り手の側には確信犯的な意識があるのだろうが。


2000/01/11

消費者金融

 一時あんなに派手に宣伝をしていた消費者金融の無人契約機のTVCMがすっかり鳴りを潜めてしまった。プロミスはヤリリンとクリリンとが「いらっしゃいましーん」を、アコムは宇宙人が「むじんくん」を、それぞれ相当しつこく連呼していた筈なのだが、数ヶ月くらい前からだったか、それぞれ江戸時代、近未来というセッティングで企業名だとかカードだとかを訴求するという、従来のイメージを完全に払拭するようなものに変わってしまっている。

 実際に消費者金融にお世話になる人は、金利だとか諸条件の比較を行い、実際には街角で店舗の看板等を見て金を借りようとするのではないか。そうすれば、無人契約機自体がその企業の一つの「売り」であった時代には、その存在を訴求することによって他者との差別化ができるようになるのだが、どこもかしこも無人契約機を導入するようになると、それぞれの名称の差違を訴求するよりは、金を借りようとするときに実際に判断基準となる看板(=企業名)をアピールした方が効果的である。

 と考えたりしたのだが、実際には「無人契約機のTVCMは消費者金融自体を煽りかねない」という理由でTVCMを拒否しているテレヴィ局に配慮しての結果なのかも知れない(例えば昔のヴァージョンのTVCMでも、ある局では「ラララむじんくん、ラララむじんくん、ララララ」という歌が、別の局では「ラララララララ、ラララララララ、ララララ」と吹き替えられるケースが存在した)。うむ、そんな気がしてきた。


2000/01/10

猫ぢゃ猫ぢゃ

 中学校に入り立ての頃、所謂純文学に凝っていた時期があった。昼間は学校、夜は寮生活における「学習時間」となっており、読書に充てる時間は早朝位しかなかったのだが、わざわざ他人より1時間早く起きて、芥川龍之介や夏目漱石など、子供でも名前くらいは知っている小説家の作品集を貪るように読んでいた。

 読んでいて不明な漢字や単語はその都度調べたりなどして済ませていたのだが、どうしても判らぬ、かといって等閑にできぬ単語に出くわしてしまった。夏目漱石「吾輩は猫である」のラストシーン。主人公の名無し猫が初めて酒を口にした時の気分。「猫ぢゃ猫ぢゃが踊りたくなる」。何ぢゃこの「猫ぢゃ猫ぢゃ」という踊りは。どんな踊りなのか何を調べてもとんと見当がつかぬ。あれこれ想像してみたり、「猫」と渾名されている知人に「君のイメージで猫ぢゃ猫ぢゃを踊り給へ」と言って何度か踊らせてみたが、所詮正解が判らぬうちは何の解決にもならぬ。そうこうしているうちに月日はひたすら流れたのだが、全く唐突に先日この疑問が浮かび上がり悩みに悩んだ。ホームページで情報収集に努めるも、めぼしき情報には巡り会えなかった。

 嗚呼、テレヴィに猫が登場したり近所の猫の鳴き声が耳に入るだけで、ひたすら悩みが増幅するではないか。


2000/01/09

犯罪防止広告

 数年前の事、駅頭で「ちかんは犯罪です」というポスターが目立つようになってひたすら驚いた。「犯罪」という文字に驚いた訳でもなければ、乗客を犯罪者扱いするかのような内容に驚いた訳でもない。ましてや「痴漢って犯罪だったのか!知らなかった(もしくは忘れていた)!」という驚きでも断じてない。「何でこんな当たり前の事を高い広告費をかけて宣伝せねばならないのか」という驚きをただただ感じたのであった。

 ポスターの対象は当然、毎日のように電車に乗る必要がある分別ある社会人である事に間違いなかろう。そんな彼らに対して今更「ちかんは犯罪です」。これにより「痴漢って犯罪だったのか!知らなかった!」という人達が痴漢行為を控えるようになって痴漢撲滅キャンペーンは成功、となるとでも思っているのだろうか。

 私は痴漢をした経験もされた経験も無いのだが、痴漢をする人にとってはその行為が違法性を有しているという事はほぼ共通の認識なのではなかろうか。「俺の指テクでどんな女性もたちどころに悦んでしまうから犯罪ではなく奉仕である」と言い切るような人は、最早痴漢というよりは宗教家の世界である。大抵の痴漢は「悪いとわかっているがばれなければ大丈夫」という認識の下、痴漢活動に励んでいると推測される。更には、そのばれるかばれないかのスリルこそが痴漢の醍醐味であるとして、スリル追求のために痴漢道を邁進する者も少なからず存在するようである。

 そんな輩共に「ちかんは犯罪です」などと言ってどのような痴漢防止が期待できよう。強いて言えば、今まで痴漢行為を楽しんだことのなかった人が痴漢と化すのを防いだり、被害者側にも「痴漢は犯罪」という意識を強く植え付け、痴漢を受けたときは堂々と訴え出るよう促したりという効果が無くはないのだろうが。しかし本当に必要なのは「痴漢をしてもばれるぞ」「ばれると怖い目に遭うぞ」という警告を痴漢及び痴漢予備軍に対して訴求する事ではなかろうか。

 因みに、そのポスターには「○月×日〜△月□日は痴漢防止強化週間です」とも書いてあった。こんなもの逆に「痴漢するんやったらこの期間を外したら成功しやすいでっせ」と言っているようなものではないか。だいたい、痴漢が犯罪であると主張しておきながら、一定の期間だけ取締を強化すればいい筈があるまい。こんなポスター、広告主が「痴漢対策に取り組んだ」という自己満足及び証拠造り以外の何物でもない。

 しかし残念なことにこの手の馬鹿馬鹿しい広告が今尚後を絶たない。更に哀しいことに、こういった分野の広告費はその性質上、我々の税金から捻出されているケースすら存在するのである。


2000/01/08

百人一首

 年始恒例の百人一首大会の報道を見て、中学時代の校内百人一首大会を思い出す。「古典に親しむ」というよりは寧ろ「古文の試験で高得点を稼ぐ」という趣旨で行われたのであろうその大会に備え、毎週のように百人一首のテストが放課後に行われた。一定の得点に満たなければ教師に何度となく殴られてさらに追試を受けねばならない。只でさえ暗記力が劣る私にとっては、「上の句を見て下の句を一字たりとも間違わずに書け」的な試験は非常に苦手であり、一度たりとも満点を取ることができなかった。まあ追試を一度も受けることがなかっただけ素晴らしい出来だったと自分では思っていたのだが。

 暗記は苦手であるが競技となると好結果を残したい。競技に向けて一言一句覚えることが無理かつ無駄だと思い、徹底的に決まり字(例えば、百人一首の中で上の句が「む」で始まるのは1首しかないため、読み手が「む」と言った瞬間に「きりたちのほるあきのゆふくれ」の札を取ることができる。この場合、「決まり字は『む』」と言う)を覚えた。そして大会当日、何とか決勝リーグまで進むことができた。

 決勝リーグでのライバルが、着手の割にはお手つきが異常に多いことに気づき、自分のわからない句が出てきたときには素早く着手するよりはライバルのお手つきを待つという戦いに心掛け、最終的には獲得枚数同数で、お手つきの数の少なさで私の優勝が決まった。

 どうやらこの一件を切っ掛けに、「目的に即した勉強法を行わねばならない」という当然といえば当然の信念を持ち始め、学校の受験勉強のあり方に疑問を抱き始めたような気がする。やがてその「疑問」は中高一貫教育の中で「不信」になり更に大きさを増すことになっていったのだが。ああこの問題に関するあの時期の事は二度と思い起こしたくもない。

 それにしてもたわいもない年中行事のニュースから斯様な過去を思い出すことになろうとは。


2000/01/07

年賀状・3

 今年に入って会った人に頂いた挨拶の言葉として、「おめでとうございます」「本年も宜しくお願いいたします」の次に多くの方々から頂いたのは、「何故鹿なのですか?」「今年は辰年ではないでしょうか?」であった。この尋常ならざる問い合わせ、私の年賀状に対しての言葉なのである。言うまでもなく、1999/11/19で触れたとおり、今年も例年に倣って「昨年のベストショット」として鹿の写真を年賀状用に選んだからである。

 まだあどけない純粋無垢な少女の横顔に輝く円らな瞳。友人達と集う中で彼女は何を目の当たりにして何を想っているのであろうか。ふと思索に耽る余裕が彼女にあるくらいの平和な小春日和の昼下がり。そんな光景が凝縮された1枚の写真。これをベストショットと言わずして何と言おうか。辰年を鹿年にしてでもこの写真は年賀状に載せなければならぬという強い決意の下、2000年という新たな年の年賀状にすることにした。

 1999/11/19では拘っていた「正月」「辰年」「2000年」という呪縛から抜け出すことにより、真のベストショットを世に問うことができた。その満足感が1年持続できるような年でありたいのだが。


2000/01/06

続・ブリリアントな朝

 昨日の妄想を反芻してみる。2000年1月1日を境に私はカンガルーになった。部屋で暫く鏡を眺めた後たまらなくなり浴室に向かう。そして全身を鏡に映して己のカンガルーぶりに酔い痴れる。存分にナルシシズムに浸った後、羽田空港に向かい初日の出を観ようとする。

 駅の改札は得意の跳躍で難なく突破できた。しかし改札、ホーム、車内での他人の視線に疲れ、席に座るのも困難を極める。しかし人混みの中で初日の出を観るのは楽である。尻尾一本で立ち上がれば背伸び以上の効果がある。おおこれは便利。

 今度は善光寺参りに一路長野へ。長野駅から善光寺までの2km近くの道のりもぴょんぴょん跳ねれば案外楽々である。そして寺で賽銭を投げ込もうと、CMのように腹のポケットから財布を取り出そうとして腹をまさぐる。ポケット、ポケット…。よく考えてみれば有袋類と雖も牡は子供を育てるわけではないので袋がある筈がないではないか!急に現実に戻ってしまった。


2000/01/05

ブリリアントな朝

 恐らく今年からオンエアされていると思われる三洋信販のCM。そもそもこの企業名や店舗など殆ど目に触れたことがないのだが、なかなか私の心をヒットするCMを作っているようだ。

 部屋で床から起きあがるカンガルー。そこに「ある朝目が覚めるとカンガルーになっていた」というショッキングなナレーション。昨日までは恐らく人間だったのであろう。ポケットに三洋信販のカードが入っている事に気づき、街に買い物に出て行く。また別ヴァージョンでは、カンガルーになって3日目、彼女に会ってショッピングをせがまれている。

 CM自体はカードのある生活の楽しさを訴求するものなのであろうが、そんな事私にとってはどうでも良い。「ある朝目が覚めるとカンガルーになっていた」生活の楽しさを感じさせるだけで十分である。ある朝気がつけばカンガルーになっていたらどうしようか。そういったブリリアントな妄想を抱かせるきっかけとして非常に有益なCMであった。


2000/01/04

祝日

 2000年を迎えて4日目、元日特別版を含め新聞各紙で大きく採り上げられているテーマとして、ITの見通し、2000年問題、祝日3連休化の3つが目立っていたような気がする。これに少し触発され、祝日法(国民の祝日に関する法律)を目にしてみる。

 目にして気づいたのが、私の持っている「模範六法」は1999年度版であり、先日施行されたばかりの「祝日3連休化」については全く反映されていないではないか。細かいことは気にせず条文を読む。

 第2条に各祝日の内容が述べられているのだが、改めて読んでみるとなかなか意外な発見があり面白い。「成人の日 一月十五日 おとなになつたことを自覚し、みずから生き抜こうとする青年を祝いはげます。」励ますのか!?そういえば過去に何度か成人式の日に「NHK 青春メッセージ」(昔の「青年の主張」)を傍聴に行ったことがあるが、強いて青年を励ました覚えはない。第一励まされた覚えもないが。「春分の日 春分日 自然をたたえ、生物をいつくしむ。」生物を慈しむ!上野動物園で猿山を見つめ、奈良公園で鹿と戯れ、北海道で馬と一つになる。これくらいの事は凡そ春分の日を過ごす全国民にとって最低限必要であろう。蛇足ではあるが、毎年3/20は上野動物園の開園記念日のため入場無料である。

 「こどもの日 五月五日 こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する。」少し後にある「母の日」なんていらんやんけ。「文化の日 十一月三日 自由と平和を愛し、文化をすすめる。」恐らく最も抽象的な祝日ではないかと思われる。結局何をすれば良いのだ。


2000/01/03

松本城

 松本城を訪れようとして驚愕の事実に気づいた。この城には学生時代に初めて訪れて以来、確か7回程足を運んでいるのだが、1人で訪れるのは今回が初めてなのである。元々私の場合、1998〜1999年の旅行のうち2/3が一人旅であるなど、複数で旅行に行く事はさほど多くない。然るに7回足を運んで7回とも同行者がいたのである。

 同じようなスポットが他にもないかと記憶を辿ってみたら、熊本城がそれに近いものであった。過去3回の来訪のうち、初回を除き同行者がいる。

 そういえば、私が最も好きな城は熊本城であり、熊本城を訪れる以前に最も好きだった城が松本城であった。そう考えると、どうやら私が好きな場所を四方八方で喧伝した結果、「なら行ってみよう」という心優しい人達が同行してくれた、というのが事の真相ではないかと思われる。うーん、確かにそんな気がしないでもない。


2000/01/02

好色市長

 偶々電車の乗り換えで下車した駅が長野県更埴市であることに気づいた。駅名と市名とが全く異なっており、気づかなかったのも無理がない。

 足で地を踏んだのは今日が初めてなのだが、この市には思い出がある。以前観光ポスター関連の仕事をしていた時、この更埴市、かなり積極的にポスターの仕事を私に与えてくれた。そこで請求書を作成する際、宛先は「更埴市長○○○○(様)」となるのだが、これをカタカナで作成するため、宛先は「コウショクシチョウ」となる。

 コウショクシチョウ。普通に仮名だけ読めば、大半の人は「好色市長」と思うのではなかろうか。私も大多数のうちの一人であり、当然の如く、市役所のエレベーターの中だとか廊下だとかで擦れ違いざまだとかに職員の乳や尻に軽く触れてはその都度「ええやないか、減るもんやなし」と下卑た笑みを浮かべるオッサン市長を想像しては心の中に湧き起こる笑いの渦を堰き止めるのに苦労したものだった。

 市名の由来は更級郡と埴科郡との部分統合に依るものなのだが、「さらしな」と「はにしな」で「さらはに」と読むとか、全く新しい市名を考えるとか、何か他に方法はなかったのだろうか。ここの市長が万が一セクハラ事件や不倫疑惑でも起こそうものなら、マスコミの採り上げ方が手に取るように想像できよう。信濃毎日新聞あたりは既に予定稿をしたためているのではなかろうか。


2000/01/01

長野にて

 別に何処にいようが構わなかったのだが、二千年代という新たな年を迎えるにあたって何らかの信念に基づいて新年を過ごしたかった。という訳で、1999/12/29で自ら提起した問題の答えを昨日やっと出すことができた。

 唐突であるが、新年早々長野にいる。元日の足・枕(=宿)はまず問題なく確保できることが経験則的に判っており、枕は前日確保し、足については、行きは当日の朝確保し、帰りは未だに確保していない。

 99年の掉尾を飾る旅行は饂飩旅行であった。となると、00年の最初の旅行は蕎麦旅行というのが当然の帰結となろう。最近JR東日本がやたらと蕎麦の存在をアピールしている新庄にするか、旧来より名声の高い長野にするか、郷土料理としての蕎麦の存在が大きい盛岡若しくは新潟にするかで迷った挙げ句、ここ半年以内に足を運んだことがなく(盛岡減点)、初詣の可能な場所が存在し(長野ポイントアップ)、宿がとりやすく(新幹線開業で湧く新庄減点)、しかもできればホテルサンルートチェーンが存在する場所(新庄減点)を絞り込んだ結果、長野になった次第である。

 初日の出を羽田空港で見届けた後、今年初めて口にする食物として蕎麦寿司を食べた後長野へ。昼食に蕎麦を食べ、善光寺で初詣を済ませ、夕食に蕎麦を食べる。何とも新年に相応しい旅行ではないか。

 とまあ、新年早々日記のような文章になってしまった。新年の挨拶だの決意や抱負だの、この日に特有の文章を敢えてここに公表するのに今ひとつ乗り気になれないため、敢えてこうした次第である。


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