なるほど!ザ・ワールド |
〜 Teotihuacan |
メキシコシティから高速道路で1時間弱。半日で日帰り観光ができてしまうほどの近さにテオティワカンはある。古代遺跡というより郊外の公園にハイキングに行くようなもので、いささか拍子抜けの感が否めない。バスが着いたレストランの駐車場で出迎えてくれたのも、王や神官ではなく、くたびれたジャンパーを羽織ったオヤジだった。 土産物屋にでも連れて行かれるのかと思ったら、建物の軒先に案内された。傍らに大きな植物が生えている。アロエの親分のような剣先鋭い葉。リュウゼツランだ。 「メキシコの古代文明はリュウゼツランなしでは語れません」 オヤジが誇らしげに話し出す。それを現地ガイドが一行ずつ通訳してくれる。 「誰もがすぐ思いつくのはお酒ですね。ご存じですか」 「テキーラ」 「そう、私も大好きです。しかし、それだけではありません。たとえば、漉いて紙にすることができます」 そうなのか。日本でもゴウゾやミツマタから和紙を作っていたが、似たような文化があるのだろう。確かに、肉厚の葉は繊維分が多そうで、溶かして乾かせば薄く伸ばしても結構な強度が得られそうだ。 「また、こんなこともできます」 オヤジがリュウゼツランの葉の端をちぎると、するすると糸のように筋がほぐれていく。 「針はトゲを使います。昔の人はこれで衣服を縫っていたんですね」 他にも、茎からはサトウキビのような甘い樹液が採れ、煮詰めると砂糖になる、葉はそのまま葺いて建物の屋根にする、乾燥させて薄く削ぐとナイフになる、繊維を束ねればロープになる、樹液は泡立つので石鹸にもなるなど、次から次へとリュウゼツランの効用を紹介していく。立て板に水とはこのこと。流れるようにスムーズな説明だ。 「私は何度も日本のテレビに出たことがあります」 道理で。やけに場慣れしているとは思ったが、そういうことか。 「でも、私以上の人気者がいるので、今日は特別に呼んでおきました。カモン」 掛け声とともにロバを引き連れた青年が現れた。見たところ何の変哲もないが、大道芸か何かの達人なのだろうか。しかし、ロバをつないでいる紐をオヤジに手渡すと、そそくさと後ろに下がってしまった。 「こちらが世界各国のテレビに取材された人気者、ビールを飲むロバです」 僕たちが当惑している間に、オヤジはどこからかコロナビールの瓶を取り出し、ロバの口にくわえさせた。すると、ロバはさも慣れた様子で首を持ち上げ、ぐびぐびとビールを飲み始めたではないか。 呆気にとられる僕たちを意に介することもなく、ロバはあっという間に瓶を空にし、満足気にフンと鼻で息をした。酔った素振りもなく、涼しい顔だ。 後でガイドに聞いたところによると、定番の観光コースなのだそうだ。遺跡を見学した後はここに戻ってきて昼食なので、団体客向けの余興としてサービスしてくれているらしい。ということは、このロバ、相当な頻度で飲んでいるのではないか。なかなかの酒豪だ。 「では、ごゆっくり遺跡を楽しんできてください。お帰りにお待ちしています。ロバはいませんが、お食事とお土産を用意しておきますから」 |
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驚異のメキシコ |
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