異形の空間〜Templo Mayor, Ciudad de Mexico
 
異形の空間
〜 Templo Mayor, Ciudad de Mexico
 

   最初は目の錯覚かと思った。次に空間が歪んでいるのではないかと疑った。しかし、SFでもあるまいし、現実にそんなことが起こり得るはずがない。
 道路が、石畳で舗装してあるにもかかわらず凸凹と波打っている。その両脇に並ぶ石造りの重厚な建物も、見てそれとわかるほどに傾いている。しかも、その方向が一様ではない。こんなことは近代建築の常識ではまずありえない。まるで空間自体が四次元怪獣ブルトンに支配され、捻じ曲げられているかのようだ。日本なら丸の内や霞が関に匹敵する国の心臓部とも言えるエリアが、こんな景観を呈しているとは。
「この辺りはもともと湖だったところを埋め立てているので、今でも地盤沈下が続いているんです。大地震も何度かありましたし、そのたびに少しずつ傾いてきているんでしょうね」
 おいおい、そんなあっさりと片づけてしまっていいのか。倒壊や崩落の心配はないのか。しかし、行き交う人々は道路の起伏など意識することもなく、すたすたと先を急いでいる。
 国立人類学博物館と並ぶメキシコシティ観光の白眉、かつてのアステカの都テノチティトランの遺跡であるテンプロ・マヨールは、この不思議な界隈の一角にある。ソカロの近くにあることは知っていたが、まさかソカロに面しているとは思わなかった。
「え? ここがそうなの? こんな街のド真ん中に?」
「はい。そちらです」
 遺跡の入口に往時を復元した大きな模型があった。周囲を湖に取り囲まれた島の上に都市が築かれている。いや、湖の上に都市が浮かんでいると言う方が正しいか。いずれにせよ、現在2000万人超が住むというメキシコシティは、当時はほぼ全域が水中にあったのだ。これでは地盤が不安定でない方がおかしい。
 しかし、この湖が全部埋め立てられたのか。人口増に伴って少しずつ陸地を拡げていったのだろうが、それならなぜ、最初から周囲の沿岸に植民しなかったのだろう。自然条件的に不利な土地をあえて選ぶなんて、どんな理由と必然性があったのだろう。
 現在地上に現れている遺跡自体はせいぜい100m四方で、さほど広くはない。しかし、カテドラルや国立宮殿の下にも眠っていることは確実なので、実際には相当の規模だったと推定される。当時はピラミッド型の神殿がいくつも林立していたとのことだが、植民地時代に徹底的に破壊され、今では基壇だけが残っている。その合間を縫うように一本道の見学路が整備されており、来訪者はそれに沿って進んでいく。
 ここでは、王が代替わりするたびに古いピラミッドを覆うように新しいピラミッドを増築していったらしい。確かに、石をバウムクーヘンのように層状に重ねた構造が、そこかしこに見て取れる。
 柵を隔てたすぐ向こうには現在の街並が拡がっていた。何百年もの年代を隔てた建造物が同じ空間に連続しているのだ。古代文明の遺跡ならこれまでにいくつも訪れているが、たいてい郊外の荒れ地にあるので、こんなシチュエーションは珍しい。自分がいつの時代にいるのか、わからなくなってくる。
 それにしても、異形なものが次々と出てくる国だ。マヤのデザインセンスだけでも充分に奇特なのに、首都の中心部にすらこのような場所があるとは。
 人種的には我々モンゴロイドとさほど変わらない人たちのはずなのに、どういう頭の中身をしているのだろう。
 

   
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驚異のメキシコ
 

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