褐色のマリア〜Basilica de Guadalupe, Ciudad de Mexico
 
褐色のマリア
〜 Basilica de Guadalupe, Ciudad de Mexico
 

   大航海時代、スペインが新大陸を目指した大きな動機のひとつに、先住民族に対するキリスト教の布教があった。侵略に当たり虐殺と掠奪の限りを尽くしたというその行動の是非はさておき、結果として今では中南米諸国の大部分がスペイン語を公用語とし、キリスト教、それもカトリックを主たる宗教としている。
「ここグアダルーペ寺院は、ラテンアメリカのカトリックの総本山として建てられました。だから、メキシコ国内だけでなく、中南米全体から信者がやって来ます」
 ガイドの説明に、おやっと思った。世界地図でラテンアメリカを見るかぎり、メキシコは北の外れに位置しており、中心はやはりブラジル辺りであるように思われる。だから、大陸を束ねる総本山的なものがあるとするならば、それはブラジルか、少なくとも南米のどこかにあるのだろうと思っていた。
「リオデジャネイロには、丘の上に大きなキリスト像があるけど」
「あれはあくまで観光名所であって、宗教施設ではないみたいですよ」
 そんなわけで、宗教的な権威の面からもメキシコは他の中南米諸国を指導する立場にあるらしく、肩書は同じ大司教でもヒエラルキー的には上なのだそうだ。
 大型バスが何台も停まっている駐車場から敷地に入ると、石造りの壮麗な建物が現れた。ゴシック様式だろうか、壁の煤けた感じがいかにも年代を感じさせる。
「旧寺院です。今では傾いてしまって危ないので、立ち入り禁止です」
 少し離れたところから見ると、なるほど建物全体が地面にめり込んでいるようで、確かに傾いている。もともと地盤が軟弱だった上に、何度も地震に見舞われたりしたためだろう。被写体としては大変にフォトジェニックだが、そんなに近寄らせてもらえない。もっとも、かなり引かないと全貌を画角に収めることができない大きさではあるのだが。
 隣接して建つ新しい聖堂はさらに巨大だった。教会というよりオリンピックスタジアムを思わせる。内部に足を踏み入れると、いったい何人収容できるのかというほど広大な空間が拡がっていて、解放感たっぷりの高い天井からは、諸外国から贈られたというシャンデリアの数々が鍾乳石のようにぶら下がっている。
「ここの祭壇に掲げられているマリア像は、黒髪に褐色の肌という出で立ちをしています。だから、ヨーロッパなどのものと違って、どこかエキゾチックな感じがします」
 ガイドの説明に妻が素早く反応した。
「マリアって有色人種だったの」
「いや、セム系のはずだから、本人は白人だったと思うけど」
 キリスト教の奇蹟によれば、その昔この地に現れたマリアが褐色の肌をしていたとされているが、もちろん伝説にすぎないだろう。先住民や混血の人々に対する配慮がありありだ。誰だって、自分たちと似た風貌をしているほど「オラが聖母」という親近感を抱きやすい。異教徒には詭弁としか思えないが、布教のための方便としては有効なのだ。
 寺院の出口には、そのマリアに因んだ各種グッズを売る店が軒を連ねていた。原色を派手に使ったカラフルな意匠が所狭しと並んでいる。仮にも経典の民である以上、本来なら偶像崇拝は禁止のはずなのだが。
 こうした融通無碍さはいかにも中南米らしい。でもまあ、いいか。それでみんなが幸せになれるのなら。言うだけ野暮というものだ。
 

   
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驚異のメキシコ
 

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