自分史上、最も危険な街 |
〜 Zona Rosa, Ciudad de Mexico |
「中東を旅することが多い」と言うと、「大丈夫ですか」「危なくないの」「チャレンジャーですね」などとあちこちから呆れられる。しかし、実際に行ってみると、安全上問題がある国はほとんどなく、夜間も普通に出歩ける場合が多い。聞いた話だが、中東は「政情は不安だが治安は安定している」。いささか逆説的な表現だが、デモや政変が頻繁に起こる割には、市民生活の秩序は意外と保たれているのだ。 治安に関するイメージという点では中南米もまた悪名高い。しかし、現実はどうなのか。中東のように偏見に過ぎないのか。それとも本当にヤバいのか。ここまでの旅程では危険を感じることはなかったが、訪れた街が単に田舎だっただけという可能性もある。 ホテルはソナ・ロッサと呼ばれる中心街の一角にあった。洒落たブティックや雑貨屋などが並んでいて、東京で言えば青山か六本木といったところ。夕食まで小一時間空いたので、周辺を散歩してみることにした。 ホテルを出て歩き始めるとすぐ、何か只ならぬ雰囲気を察知した。異様に張り詰めた空気が漂っている。皮膚感覚が「気をつけろ」と呼びかけてくる。まずい。これはホンモノだ。 「危ないね」 「やっぱり。この街、なんかおかしいよね」 狙われている獲物のような気分だった。こんな気配は今までに感じたことがない。土産物でも物色しようと思っていたが、早めに切り上げた方が賢明かもしれない。 とはいえ繁華街には違いない。車や人の往来もそれなりに多く、高級そうなブティックやレストランが並んでいて、シックな中にもきらびやかなムードを醸し出している。すれ違う女性のファッションも、これまでに訪れた街と比べてどことなく垢抜けている。 そうかと思うと路上に屋台が出ている。焼き鳥だ。日本の商店街の軒先で売っているのと変わらない。何人かが列になって待っていて、香ばしい煙が漂ってくる。思い切り庶民的な光景だ。このコントラストはいかにも中南米らしい。 ときどき気になった店を覗いてみる。テキーラ入りのチョコレートボンボンや幼虫入りのテキーラなど、メキシコらしいお土産がないわけではないが、今ひとつ決め手に欠ける。 そんなウインドーショッピングでやや緊張感がほぐれてきたと思っていた矢先、僕たちは再びこの街の現実を目の前に突き付けられることとなった。 肩からマシンガンを下げた男が路上に立っていた。警備員だろうか、防弾チョッキらしき厚手のベストも着込んでいる。傍らの建物は銀行のようだ。 「私兵だよね。この国は軍や警察でもないのに、街中で銃を所持してもいいんだ」 「ていうか、銃を持った私兵を雇わないと対抗できないほど、敵は強いんだ」 エルサレムの繁華街で自動小銃を担いだ兵士を見かけたが、その時は特に意識することはなかった。少なくとも自分に銃口が向くことはないだろうという、一種の信頼感があった。しかし、今は違う。ちょっとでも怪しげな挙動をしようものなら問答無用で撃たれそうだ。当然、強盗側も銃を持っているだろう。そして、その矛先が旅行者に向かない保証もまた、どこにもないのだ。 「今まで旅行してきたところが安全地帯ばかりだったってことを、改めて実感したよ」 「お土産なら空港でも買えるよね」 そして、僕たちはどちらから言い出すでもなく、そそくさと帰路に着いた。 |
Back ← |
→ Next |
驚異のメキシコ |
(C)1999 K.Chiba & N.Yanata All Rights Reserved |