古都にシュールレアリズムを見る〜Campeche
 
古都にシュールレアリズムを見る
〜 Campeche
 

   日が暮れる頃、カンペチェに着いた。本日の宿泊地だが、旅程の都合上そうなっただけで特にこれといった見どころはないとのこと。しかし、まだ時間も早いため、夜の街を探検に行くことにした。ガイドブックの簡単な地図を頼りにまずはソカロを目指す。
「道路が石畳なんだね。なんか風情があるな」
「建物も石造りだよ。植民地時代の面影が残る古都って感じじゃないの」
 夜になって気温が落ち着いてきたので、メキシコ湾からの海風が心地よい。マヤ語で「蛇とダニの地」を意味するのが名前の由来というが、そのイメージとは裏腹に湿度が高くなく過ごしやすい。常春のリゾートと言ってもいい快適さだ。進出してきたスペイン人が最初に要塞を築いたのがここだったというのも頷ける。
 ガイドブックにも載っていない大きな教会を通り過ぎ、1kmほど歩いただろうか、広場が見えてきた。二本の鐘楼がランドマークのように暗闇に屹立している。ソカロだ。区画の造りがメリダそっくりで、スペインの植民地建設が場所によらず同じ方法論に基づいていたことがわかる。しかし、人通りはほとんどない。メリダは建国記念祭のためコンサートやら屋台やらで賑わっていたが、ここではその気配はみじんも感じられない。
 しかし、少し先のエリアから何やら光が漏れてくる。それは近づくに連れてさらに明るくなり、機械の回転音らしきものも聞こえ始めた。
「あれって、どっからどう見てもメリーゴーランドだよね」
「こっちはどう見てもコーヒーカップとしか思えないけど」
「うわ、射的もあるぞ。今どき鄙びた温泉宿でもなかなか見かけないんじゃないか」
 そう、それは遊園地としか言いようのない場所だった。しかし、あまりにショボく、浅草の花やしきの足元にも及ばない。昔デパートの屋上にあった子供ランドに毛が生えた程度と言えば想像できるだろうか。まさかこんなものが忽然と現れるとは。
 周囲と隔てる柵がなく、通りすがりの誰もが敷地に立ち入れるのもまた不思議な感覚だ。実際、野犬が迷い込んでいて、どれに乗ろうかと悩むように辺りをうろついている。
「シュールだね」
「まだ頭の中がうまく整理できないんだけど、ロートレアモンの言う『解剖台の上のミシンとこうもり傘』って、こんな感じなのかな」
「意味わかんない」
 思いもよらないところに思いもよらないものがある。日常的な認識の範囲を逸脱した光景を表すのに「想定外」といったありきたりな言葉では生ぬるい。これをシュールレアリズムと言わずして何をそれと言うか。
 道路を挟んだ向かいにはテント倉庫のような建物があった。ホームセンターなのだろう、中に入ると生活雑貨が至る所にうず高く積まれている。ある一角では、誰が買うのかと心配になるほどのバケツが天井近くまで重なり、しかも一山いくらで売られている。
「ここまでくるとモダンアートにしか見えない」
 展示会に既製品の便器を出品したというマルセル・デュシャンを彷彿とさせる。
 見どころがないなんてとんでもない。確かに遺跡はないが、古都らしい街並にシュールな日常が重なり、そこかしこに新鮮な発見がある。ちなみに、帰りがけに買った自動販売機が缶コーラの形をしていたことも申し添えておく。おそるべし、カンペチェ。
 

   
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驚異のメキシコ
 

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