斧窪御前山梁川駅より斧窪御前山

上野原から大月までの中央本線沿いには「御前山」と名のつく山が地図上で4つある(「御前」と名のつくものまで含めると6つ)。そのうち鶴島御前山にはガイドマップに朱線が引かれ案内の記事もそこここに出ているのでよく歩かれるものと思うが、ほかの3つは駅から近いものの人の訪れはかなり少ないはずで、ひと気のない山頂でお茶でも飲んでこようと思ったときにはうってつけだろう。
そのなかのひとつである斧窪御前山は下り列車の車窓から梁川駅の前後でよく目立つ三角錐で、以前から気にはなっていた。春浅い日曜に朝寝坊し、短めの歩行時間で済みそうなのを考えているうち、この小さな山を思い出した。山頂を越えていく踏み跡があるものの、その先がどこに行くのか不明だというネット上でみつけた先行者の記録も出かけるモチベーションを上げてくれる。よしそれでは行って確かめてみよう。そういえば鶴島御前山にでかけたのも寝坊した日だった。御前山と名のつく山は朝に弱い人間にはよい山だ。


梁川駅に着いたのは昼過ぎだった。すぐ脇の国道20号がうるさく、線路下をくぐって駅の裏手に出る。これは自転車がすれ違うのがやっとというくらいのトンネルで、頭をかがめないと通れないものだ。線路に沿って斧窪御前山めざして行くと、今度は車がくぐれるトンネルが左手に出てくるのでこれをくぐり返す。すぐ右手に上がっていく道路に入り、民家を右手に見送ると、左手下に中央本線がトンネルに吸い込まれていく。このあたり、左手彼方に秋山山稜の矢平山が円錐形で美しい。振り返れば綱ノ上御前山が大きく見える。さらに進むと左手に下る道があるがこれはやり過ごし、右手に狭い畑を見てこれを回り込むと御前山への標識がある。ここが登山口だ。
急坂を細かくジグザグを切って上がっていく。国道からのエンジン音がとぎれることなく聞こえてくるが、周囲はコナラの林で心地よい。里近いのに植林がまったくなく、日が回って明るい。峠道でもないのに明瞭な踏み跡をいぶかっていると簡素な朱塗りの鳥居が現れ、納得する。その鳥居をくぐって続く登路は直登になり、短いものの急坂なので汗がどんどん出てくる。傾斜が緩み、鳥居から10分ほどで山頂に着く。
ここは500メートルを少々超す程度の高さだが、周囲の眺めは想像以上によい。正面の扇山がなんと言っても大きい。左手に見える百蔵山が低く貧弱に見えるほどだ。そのさらに左手彼方には雁ヶ腹摺山黒岳から滝子山、本日行く予定だったお坊山の双耳峰がシルエットになっている。扇山の右手には笹尾根から奥高尾に続く稜線が遠い。その手前には能岳や聖武連山が霞む。
山頂から扇山を見上げる
山頂から扇山を見上げる
扇山を見上げる視線を180度回転させると逆光の倉岳山で、こちらもまた大きい。ここからだと鋭角的な面影はなく、頭が平らで鈍重に見える。右手には高畑山大桑山と続き、左手には矢平山を従えている。しかし見ていていちばん感心するのはその左手、綱ノ上御前山が西方への稜線を伸ばして小さいわりには複雑そうな山体を見せつけている姿だ。あの稜線も歩くには良さそうだが、どこから取り付くものやら…
この季節は冬枯れで木の葉が邪魔せず、地面に腰を下ろしてもこれらの山々が見えるのが嬉しい。中央自動車から響いてくるエンジン音が騒がしいが、うるさいというほどでもない。「釜」窪御前山という山名標識がかかっている木の下にシートを引き、湯を沸かして食事休憩とした。


2時もだいぶまわったころに山頂を出発し、登ってきたのとは反対側の、中央自動車道側へ下る踏み跡に入る。こちらはややヤブが多い。細いものながら倒木もある。背丈以上の笹が両側にまばらに立ち並ぶが、見通しもあり、腕力で分けると言うほどのものではない。もっとも雨のときは鬱陶しいだろう。
御前山から急降下する踏み跡は徐々に左へと進路を変え、西方にあるちょっとしたコブに向かっていく。稜線沿いだった踏み跡は山腹を行くようになるが、途中で斜面が崩れているのと倒木とで通れない。山腹道を諦めて稜線通しに行くと、踏み跡が現れ、高圧線巡視路のNo.3とNo.4とを示す標柱に出くわす。右に行けば斜面を下ってNo.3へと向かうが、そちらに入り込むとどうやら扇山を登らさせられるような調子だ。さきほどの山腹道はこれに合流するのだろうか。ここはまっすぐNo.4へ向かう稜線沿いをたどることにする。
高圧線鉄塔の建ち並ぶ尾根筋
高圧線鉄塔の建ち並ぶ尾根筋
ここから道が格段によくなった。No.4の高圧線鉄塔が建っている場所でルートは左に直角に曲がる。さらに次々と鉄塔が現れ、開けた場所からは右手に鳥沢の集落、左手には枝越しに御前山の丸くこんもりとした姿が望める。正面には倉岳山、足下は落ち葉が積もった幅広の道で、本日歩いていて一番気楽なところだ。
高圧線が上空で東西南北に交差しているところを通り過ぎ、このまま中央本線のトンネルの上を越えて国道に下り立たせられるのかと思っていると、巡視路は稜線を外れて左手へと下り出す。ここは季節によっては落ち葉で道筋が隠されていてわかりにくいかもしれない。目を凝らして、巡視路の急坂を補強するときによく使われている黒い樹脂製の階段を見分け、ようやく安心した。
下っていく先に国道20号が見えてきたので終点は近いかと思えたが、下り立った先は中央本線の線路脇だが山側で、車道は線路の向こう側だ。山腹にはなんの工事だかわからないがジュラルミン製の階段や足場が組まれている。ここで山頂から一時間弱ほど経過していた。どのようにして車道に出るのかわからなかったので、目の前の小さな沢を渡り、工事現場のなかを通らさせてもらうことにした。本日は日曜なので休みなのか、作業員の姿はない。とはいえこのあたりがじつのところ本日いちばん緊張したところだった。平日だと通れるものなのかどうか。この足場は工事後はどうなるのだろう。撤去されたら東京電力の巡視員はどうやって山を下りるのだろう。


10分ほどで工事現場を通り抜け、出た先は墓地だった。ここで行き止まりになっている細幅の簡易舗装道を行くと、御前山の登山口に戻った。短いものだが、終わってみれば面白い山歩きだった。矢平山や綱ノ上御前山を眺めつつ、のんびり梁川駅に戻った。
2006/03/05

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