滝子山セーメーバン付近より滝子山(左奥)遠望

南大菩薩の滝子山は登路がいろいろ考えられるのだが、いまのところこの山だけを訪れるときは必ず渓相の楽しい大鹿沢コースを登りにとっている。とくに新緑の季節など、水流に若葉色が映えてとても爽快だ。雨中でも楽しく歩けるところである。5月半ばに訪れたときは、足下からは沢音が、頭上からは気の早いヒグラシがカナカナカナ….と泣くのが聞こえ、一人きりの静かな山旅の慰めになった。


笹子駅から一時間かけて車道と林道を歩き、ようやく山道に入る。そこから半時も過ぎると、植林も尽き、谷底遥か下にあった左手の沢が山道と同じ高さになって、水の流れが目に楽しく映るようになる。大鹿山の分岐から、沢は変化に富んでくる。落差20メートルくらいのよじれるように落ちる滝が現れたかと思えば、10メートルほどの左右に広がって落ちる滝が見え、さらにその上には落差は5メートルくらいだが一枚岩を滑るように落ちる滝が出現する。
谷を詰めるように登っていくと左手に大谷ヶ丸への細い道が分岐するところがある。そこからすぐで造林小屋に着く。以前はガラス戸越しに室内が見えたと思ったが、この日は青いシートに小屋ごとくるまれていて中の様子は分からなかった。昔と同じで登山道脇にはドラム缶風呂が設置してある。小型のガスボンベまであり、ここまで担ぎ上げたわけかと感嘆する。道はそこから谷を戻るように小さな尾根の張り出しを回り込み、斜面をちょっとからむように登ってカラマツらしき林の中を緩やかに登っていく。ここではもう沢音は聞こえないが、前方右手に目指す滝子山のピークが見えてくる。近いと見るか、遠いと見るか。
大鹿沢にて
大鹿沢にて
造林小屋から一時間ほどで小さな水たまりの鎮西ヶ池を経由して山頂に着く。登っている間は前後に誰もおらず、静かなものだったが、狭い山頂付近には10数名程度のハイカーが腰を下ろしていた。登山地図では駅から山頂まで4時間くらいかかるとなっているので、みな初狩からの比較的短時間で山頂に着くコースを選んだか、またはそもそももっと早く登りだしたのだろう。
滝子山はこの日が二度目だが、初めて山頂からの展望を得た。南方に鶴ヶ鳥屋三ツ峠を前衛にして富士山が豪勢なまでに大きい。山頂部の雪はかなり解けていて地肌が見え始めているのがわかる。左手前には御正体から丹沢の山々、扇山を始めとする中央線沿線の山々、妙に目立つ大岳山、大きく立ちはだかる雁ガ腹摺に黒岳、その左奧には奥秩父の山々。あれは甲武信か、金峰山の五丈岩も見える。そのさらに左手に見えるのは八ヶ岳だろうか?


20分ほど山座同定に耽ったあと、賑やかな山頂から初狩方面に向けて下り出した。急なところもあったが岩が出ているところがほとんどないためさっさと下ることができる。頂上から30分ほどの檜平で荷を下ろし、押し寄せる虫の大群に抗して休憩とした。眼前の富士に傘雲がかかるのを眺めながらお茶を飲んだ。それから一気に初狩まで歩き通し、夕方前のまだ空いている上り列車に乗って帰った。
1998/05/16

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