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東仙波手前の小ピークから彼方に望む和名倉山山頂稜線

 
1 Jun 2026

前日に将監小屋まで入って幕営し、和名倉山を往復。


奥秩父縦走路を”山ノ神土”という地点で離れると途端に悪路に。ササの仮払いが不十分な山腹路を半時強も行くとようやく足元は落ち着くものの、シャクナゲのトンネルで枝に跳ね返されそうにもなる。花は盛りでよいのだけれど。

山ノ神土から山頂までの中間あたりにある東仙波というピーク前後は予想以上に眺めがよい。富士を背後に大菩薩嶺、遠く御坂の山々や毛無山までが続々と登場する。進行方向にひときわ大きいのは飛竜山。左手遠くには随分と遠くに浅間連峰が霞み、その手前には西上州の奇怪な峰々。その右手上空に左右に雄大な山稜を伸ばすのがあって、いったい何だろうと思えば和名倉山本峰だった。この近さにまで来てまだこの大きさ。改めてその規模感に驚く。

来し方を振り返れば奥秩父主脈が延び、彼方には甲武信ヶ岳が小さな三角錐を浮かべ、その左手に国師岳が大きな背を伸ばしている。富士を遠望し、雲取山と芋ノ木ドッケが眼前に並ぶ東仙波を後にすれば、進行方向右奥に武甲山を始めとする秩父の山まで指呼できる。

足元は岩稜もあり、そのせいでの好展望なのだが、広々とした笹原や、荒れ地に最初に侵入するというダケカンバとかが目立つのを見るにつけ、戦後の大規模伐採と山火事の跡がこうなったのだなと思いもする。

山頂はその大規模伐採が反対運動を受けて申し訳程度に残したコメツガの森。なので展望がなく、これを不服とする人も多いらしいが、これが本来の和名倉山の姿であると思えばかえって有り難いというもの。木々を眺めてコーヒーで一服。


しかし帰りはやって来た長々しい道のりをまた歩かなければならない。 昨日の日曜は三ノ瀬から日帰りする人が多かったようで、将監小屋で幕営ないし小屋泊まりに比べると泊まらないのが多数派のように思える。この日も山中で中高年三人のかたに出会ったがみな日帰りだった。健脚がうらやましい限り。

なお、将監小屋から山頂まで、スマホの電波が入ったのは東仙波だけだった。なのでアプリを使用した山座同定ができず、紙地図とコンパスを使って分かる限りの山名を確認した。


さて和名倉山往復後、というか復路のさなかから疲れすぎて下山する気が起きず、幕営で連泊。明日は台風で雨が降る予報のためさすがに泊まる人はほかに誰もおらず、夕方は鹿が小屋の近くでさかんに鳴きかわしていた。

夜は夜で目覚めてみると、りーん、りーんと熊鈴のような鐘の音そっくりの音が小屋の下方辺りで一定間隔で聞こえてくる。 まさか夜間登山かと思ったら誰も来ない。そもそも音が近づいてこない。じつに不気味。とうとう心霊現象を感知できるようになってしまったか。

誰かが昼のうちにどこかに風鈴でも取りつけたのか。しかし風鈴ならもっと乱れ打ちのように聞こえるはず。 鈴虫ではない。あれは震えるような音だが、いま聞こえているのはまさに小さな鐘のような澄んだ音。そもそも季節が違う。なお、耳鳴りでも疲労が原因の幻聴でもない。音が聞こえてくる方向はほぼ一定。

休止して、やっと終わったかと思うとまた聞こえだす。なんだか疲れてきた。しかし出所を確認しに行く気は起こらず、とにかくきっと何かの鳴き声なのだろうと思ううちどうでもよくなってきて、そのうちまた寝てしまった。(翌朝起きたら、音はもう聞こえなかった。)

 
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