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作品

Shuhei Yamamoto

闇の人・光の人

闇の人・光の人のイメージ

日差しの柔らかい日だった。十数人の乗客を乗せた二両編成のローカル線は、平凡な日常そのもののように、いつもと同じ時刻にいつもと同じ場所を走っていた。
高村浩はその運転席に座っていた。右側はゆるやかな丘陵、左側は田圃が続き、その向こうには、線路と平行して県道が走っていた。高村は「信号よし」と指さし確認をしてから時計を見た。次の駅まであと一分。時刻表通りだった。
ここからレールは右方向へカーブしてゆく。いつもと一緒だ。高村はかすかに微笑を浮かべた。しかし次の瞬間、彼は急ブレーキをかけた。

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かじか(陶器村シリーズVol.1)

かじかのイメージ

コトリ、という音が玄関の方から聞こえた。父が母の墓にお参りに行く時間だった。朝六時になると父は必ず出かけた。寒い日も暑い日も、雨の降る日も風の強い日も、夜遅くまで接待をしたときも、その習慣を欠かすことはなかった。麻美は今日もその音で目を覚ました。二階の窓から下を見ると、父が自転車に乗って出かける姿が見えた。昨夜、麻美は父に、今付き合っている梶田のことを話した。
「お父さんに会いたいって言ってるのよ」

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蒼い滝(陶器村シリーズVol.2)

蒼い滝のイメージ

七月の中旬になっても梅雨が明けず、目の前を流れる川の水かさも随分増えていた。橋の手前に立ち、麻美は叔母を待っていた。
ここは二年前、叔母が手を振って迎えてくれた場所だった。あの時、麻美は、自分の中にあるパズルをどう組み合わせていいかわからず、叔母に会いに来たのだった。
「迷ったときは半歩前よ」というのが叔母のアドバイスだった。その言葉通り、麻美は半歩前に踏み出した。

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エフ

エフのイメージ

梅の香りが桜の香りに変わる頃、中学の同窓会が行われた。父親の仕事の関係で、卒業前にこの山沿いの町を離れた僕にとっては、十五年ぶりの訪問だった。同窓会が二、三年毎に行われていたのは、送られてくる葉書で知ってはいたが、わざわざ遠くから駆けつけることはなかった。
旅館の駐車場に車を置いて、温泉街を迂回するように歩くと、スカイラインへと続く大きな道路に出た。暖かな陽射しに、薄手のセーターでも汗ばむほどだった。
そこから会場までは、さらに十分程かかった。

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ガラスの器

ガラスの器のイメージ

エレベーターの扉が開くと、暖かい光に包まれた清潔なフロアーが目に入った。左手に催し会場を案内するポスターが貼ってあった。「全国ガラス工芸展」という文字が書かれていた。
亜美は、高まる期待に胸をふくらませ、会場の方へ歩いていった。都心で一人暮らしをしながらグラフィックデザインの仕事をしている彼女は、アイデアに行き詰まると、美術館へ行ったり、様々な展覧会に赴くのを習慣にしていた。
会場にはすでに多くの客が詰めかけていた。

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川原にて

川原にてのイメージ

校門の前で彼女は僕を待っていた。焦げ茶色のコートにすっぽりと身を包み、編み目の大きなマフラーをぐるぐる巻きにして、目と鼻だけを見せていた。
「遅かったね」
「ごめん、ごめん。担任に教室の掃除をやらされたんだ」
「陽が沈んじゃったじゃない」
「寒かっただろ」
「寒いのは平気よ。でも陽が沈む前に行きたかったの」
「行きたかったって何処へ」
「川原」

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一瞬の光

一瞬の光のイメージ

バスの窓から、雨に煙る島が見えた。重く垂れ込めた雲のせいで、鉛色の海の中に埋もれているかのようだった。桟橋が近づくと、胸が急に縮むような痛みを感じた。
バスは祐子一人を降ろしただけだった。海の匂いが漂っていた。目の前に海があるって言いねっと、学生の頃、友人に言われたことがあったが、祐子はむしろこの匂いが嫌いだった。
「おとうさんがちょっとおかしんよ。ねえ、祐子ちゃん、一度見に来てくれへん?」
峰子から電話があったのは一週間ほど前だった。

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クリムソンレッドの記憶

クリムソンレッドの記憶のイメージ

「少し太ったんじゃないか」
山崎が美穂を見ながら言った。
「幸せ太りですよ」
着物の帯留めを気にしながら彼女は笑っていった。
ホテルのロビーには春の日差しが差し込んでいて暖かく、山崎と向かい合いながら、ふと眠くなりそうになった。
「お店の方はどうだ」
「来月、新しい店を百貨店に入れるんです。今はそれで忙しくて」

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黄色い部屋

黄色い部屋のイメージ

納戸のドアを開くと、淀んだ空気と薄暗い明かりの中に祖母の姿が見えた。布団を首のところまでかぶり、目を閉じて口を少し開けていた。中へ入ろうかためらっていると、祖母はうっすらと目を開けた。
「浩一か」
しわがれた声がそうささやいた。浩一は右手にチョコレートの箱を持ち、それがつぶれかけるほど強く握っていた。
「お帰り。今帰ったんか」
浩一はゆっくりと祖母の枕元へ近づいていった。

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