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「少し太ったんじゃないか」
山崎が美穂を見ながら言った。
「幸せ太りですよ」
着物の帯留めを気にしながら彼女は笑っていった。
ホテルのロビーには春の日差しが差し込んでいて暖かく、山崎と向かい合いながら、ふと眠くなりそうになった。
「お店の方はどうだ」
「来月、新しい店を百貨店に入れるんです。今はそれで忙しくて」
「結構なことじゃないか。しかし、君も、証券会社にいる頃と変わらないな」
「何がですか」
「相変わらずきれいだなと思ってさ」
美穂は山崎を意地悪そうな目で見返してやった。
彼は証券会社で直接の上司ではなかったが、彼女が窓口を担当している頃、いろいろとアドバイスをくれた。難しい客のさばき方、何も知らない素人への説明の仕方など。この人私に気があるのかしらと思ったこともあるが、そう言う関係にはならなかった。
「君がやめてから、佐々木君と前村君もやめたよ。君より年が上だったから焦ったんだろうな」
「話は聞いてます。二人とも優秀な方だったのに。残念ですね」
山崎は煙草を取り出そうとしてやめた。美穂はどうぞといったが彼は首を振った。
「着物に臭いがつくといけないからね。それにしても君の結婚式は豪華だったな。さすがは陶器会社の御曹司だ。知事の名前まで載っていて驚いたよ」
「名前だけですよ。秘書がかわりに来るんですから。私の方は、今日みたいにこぢんまりとした結婚式を望んでたんですけどね。義父がほとんど取り仕切っていたものですから」
「でも、うまくいってるんだろ」
「だから、幸せ太りだって言ったでしょ」
山崎はグラスの水に少し口をつけて微笑んだ。少しやくざっぽい微笑みだ。確かに引きつけられるところがある。若い子にも人気があった。だから部署が違ってもいろんな子から結婚式に招待されるんだろうと美穂は思った。
「そろそろ帰ります。明日からまたハードスケジュールですので」
「やあ、引き止めて悪かったね。店ができたら一度見せてもらいに行くよ」
「招待状送りますわ。住所変わってませんよね」
「ああ、変わってない」
山崎は伝票を持って立ち上がった。美穂は、ごちそうさまですと言って、先に出口の扉近くまで行った。右手の柱が大きな鏡になっていて全身が映し出された。確かに太ったなと思う。しかし、ちょうどいいくらいだ。前は少しやせすぎだった。帯に手をやり、胸元を確かめ、それから顔をゆっくりと見た。一瞬氷の刃で刺されたような気持ちになった。顔から血の気が引いていくのがわかった。
鏡に影が映っていたのだ。過去のおぞましい影が。額から目尻にかけて、薄く、しかしはっきりとそれは見えた。あわててコンパクトを取り出してのぞいたが、そこには映っていなかった。もう一度鏡を見ると、影は消えていた。額に冷や汗が浮かんでいた。
「どうかしたのか」
山崎が近づいてきていった。
「今頃になって酔いが回ってきたみたいで」
「大丈夫か。もう少し座っているか」
「いいえ」
美穂はハンカチで額を拭きながら言った。
「もう落ち着いてきました」
「外に出て風に当たろう。こういう所は空気が悪い」
山崎は美穂の背中に手を回して支えるようにした。美穂は玄関を出てすぐ近くに止まっているタクシーに手を上げて乗り込んだ。
「じゃあ元気で。どんな店ができるか楽しみにしてるよ」
「山崎さんもあまり無理をなされないように」
「僕はマイペースだから大丈夫さ」
「それじゃあ」
美穂は頭を下げた。山崎はずっと彼女に手を振り続けていた。

美穂には、昔、額から目尻にかけて赤っぽい痣があった。生まれつきそうだったみたいだが、物心ついた頃からずっと気にしていた。中学生の頃が一番ひどく目立っ
ていた。だからといっていじめにあったりしたことはなかったし、仲の良い友達も何人かいた。しかし、ある時、親しい友人が「美穂ちゃんに痣のこと言っちゃだめよ」と好意を持っている男子に言っているのをこっそり聞いて以来、誰に対してもまっすぐに心を開けなくなった。笑ってはいてもどこかでさめている自分がいた。修学旅行の写真を見てもわかる。自分はなるべく隅の方に立っていた。痣の目立たない左の顔をカメラに向けていた。
どうしようもない怒りがわいてきて部屋に閉じこもったきり出て行かない日もあった。鏡をいくつか割ったり、母親に泣いて訴えたこともあった。
しかし、高校生になったとき、突然それが消えていったのだった。自分でも気づかないうちにだった。ある朝目を覚まして鏡を見たら、いつもある痣が全くなくなっていたのだった。
最初は喜びよりも喪失感に近いものを感じた。しかし、自分の心を縛り付けていたものから解放され、美穂は積極的になっていった。元々顔の作りはいい方だった。ボーイフレンドも何人かでき、グループで旅行に行ったりもした。初体験も高三の時にすませた。大学に入ってからは、派手な格好をするようになった。ますます行動的になり、世界が自分に対してすべてを開いてくれているような気がした。
大手の証券会社に就職し、窓口で営業の仕事をした。まだネットトレードなどない時代だった。仕事は楽しかった。そして、陶器会社の社長と知り合ったのも、彼が顧客としてきた��らだった。ある日、社長の代わりに今の夫が来た。少し日焼けした整った顔に浮かべる商売人らしい笑顔が好ましく感じられた。話し声はよく通り、耳に心地よかった。彼の方からアプローチをしてきてつきあうようになった。
妹が一人いたが、まだ高校生で、会社の方はいずれ彼が任されることになっていた。格式の高い家庭かと思えばそうでもなく、義父も義母もざっくばらんで、あまり細かいことに口出しをしない人だった。美穂は迷わずプロポーズを受け入れた。惜しまれながら会社を辞め、彼の仕事を手伝うようになった。
子供はもう少ししてから作ろうと二人で決めた。海外旅行も年に一度は行った。景気はあまり良くなかったが、古くからの顧客がついていて、店の営業自体はそれほど悪くなかった。
夫が専務になったのを記念にもう一店舗作りたいと義父が言っていたが、そこに新店のデパートから話が来た。この地域に進出するのは初めてで、地元のいい店をテナントとして入れたいと考えているらしかった。店の設計から品揃えまで美穂に携わるように夫は言った。美穂としても胸が躍った。自分が最初に作る店として、女性らしいきめ細かさを表現したかった。それを義父に言うと、励ましの言葉をくれた。
工事は着々と進み、一週間前に夫と二人で現場に行ってきたばかりだった。ヘルメットをかぶって二人で建物の中を歩いた。まだむき出しの柱がいくつか立っているだけで、床もコンクリートのままだったが、美穂は夫に図面を見せてもらいながら、そこに自分の店を想像した。開店まであと一ヶ月、あじさいの花が咲く頃にはオープンする予定だった。

家に戻り、着替えをすませると、美穂はソファに横になった。夫も両親も出かけていていなかった。手鏡を取って顔を眺めてみる。化粧を落としてもまだまだつやのある二十代の肌だった。赤い痣など全く見えない。あれはいったい何だったのだろうと美穂は思った。アルコールのせいではないはずだった。酒には強い方だったし、顔が赤くなるほど飲んでも今まで痣が浮かんで見えることなどなかった。ホテルの柱に映ったものは全くの錯覚だったのだろうか。
美穂は気持ちを振り切れないでいた。あの時、柱の鏡を見て、右の口元にあるはずのほくろが左にあった。そうだ、鏡の中にもう一つの鏡が映っていたのだ。きっと近くに同じような柱の鏡があり、そこに映っているのを見たからいつもと逆に見えたのだ。
美穂は立ち上がって鏡台の前に立った。手鏡を上からかざし、おそるおそる鏡の中の鏡を見た。悪夢がよみがえってきた。夕方見たときよりももっとくっきりと痣が見えた。悪意を込めて何者かが笑っている形にさえ見えた。美穂は手鏡を落としその場に倒れ込んだ。

夕食後、片付けをしていると夫が近づいてきた。
「随分疲れた顔してるじゃないか。手伝おうか」
「ううん、大丈夫。久しぶりに友達に会ってはしゃいだからだわ」
「顔色が悪いよ」
顔色と言われて、美穂はきっと夫をにらんだ。
「何だ、気に触ることでも言ったか」
「ごめんなさい。私どうかしてるわ」
「何かいやなことでもあったのか」
「何でもないの、きっと仕事のことが気にかかってるから余計に疲れたのよ。今日は早く休むわ」
夫は腕をまくって食器を拭いてくれた。男にしては優しげな大きな瞳をしている。母親にだった。慣れない手つきで手伝ってくれている夫を見て、心の中にあるわだかまりが薄れていった。
もう見ないようにしよう。そう美穂は思った。普通なら見えないのだから。そのうちに自分でも忘れてしまうかもしれない。
美穂は洗剤をスポンジにつけて、力を込めて食器を洗った。油汚れがすっと消えていった。まるで先ほど鏡に映った赤い痣を消すように、美穂はさらに力を込めて洗った。

一週間後、店の内装がほぼ出来たということで、夫と二人で見に行くことになった。日差しはもう夏に近かったが、車窓から吹き込んでくる風はまだ春だった。
県庁の前の大通りを下ってゆくと、駅が見えてきた。その隣に、広い壁のように立ちふさがって見えるのが、新しくできるデパートだった。大きな垂れ幕が降りていて、五月二十一日オープン予定と書かれていた。
駅の地下駐車場に車を入れ、エレベーターで一階まで上がった。夫はネクタイを確かめるように首もとに手をあてた。結婚した頃と比べると随分風格が出てきたように思った。
美穂は髪を後ろでまとめ、前髪を少し額に垂らしていた。紺のスーツを着ているので一見秘書風に見える。夫は時々美穂を振り返りながら階段を上っていった。
デパートの裏口で名刺を警備委員に見せると、電話で誰かと話していたが、すぐに入店用のバッチを渡してくれた。
店舗は三階にあった。コンクリートの臭いがたちこめる階段を上り、扉を開けて売り場の中に入っていくと、まぶしい光が二人を迎えた。通路には象牙色のタイルが敷き詰められていて、所々では、すでに什器が設置してある売り場もあった。
通路を左に曲がり、角地に向かって行くと、美穂たちの店のスペースが見えてきた。床はフローリングにしてあった。奥行きが狭く横に長い作りになっている。図面でみた時のような息苦しさは感じなかった。壁面は高くまで商品が並べられるようになっていた。右端と左端に柱があり、中央の壁際にはすでにレジ台がおかれていた。
「結構広いわね」
「そうだな。でも商品を並べると、ちょっと窮屈に感じるかもしれないな」
「前の方を低くすればいいわ。その方が、お客様も入りやすいし、壁側の商品に迫力が加わるわ」
美穂は通路から中に入り、壁面まで進んでみた。器がそこに並んでいる様を想像してみる。スポットライトの数を増やした方がいいかもしれない。そんなことを考えながら夫の方を振り向くと、腕を組んで難しそうな顔をしていた。
「どうかしたの?何か問題でも?」
「うーん。やっぱり狭いよ。実は昨日親父が見てきて言ってたんだ。なんとかしないとな」
「このままでいいわ。それに、今から面積を増やしてもらうことなんか出来ないでしょ」
「それはそうだよ。だから、何とかして広く見せかける工夫をしないといけないんだ」
「どうやって?」
「親父が言うには、壁面に鏡を入れたらどうかって言うんだ。奥行きが出て、広く感じられるだろうって」
「鏡なんていやよ!」
美穂はぞっとするような胸騒ぎを感じた。
「まあ、落ち着いて考えてみろよ」
「私は反対だわ。鏡なんかがあったら商品の良さが死んじゃうわ。それに、この店は私に任せてくれるって言ったじゃない」
「そりゃそうだけど、親父も失敗はしたくないんだ」
「私がやると失敗するって言うの?」
「そんなこと言ってないじゃないか。ただ、君にはまだこういうことはよくわかってないんだ。家だって、カーテンや家具を入れてみないとわからない部分があるじゃないか」
「とにかく鏡はやめて。化粧品売り場じゃあるまいし。お義父さまもどうかしてるわ」
美穂は握りしめた拳に冷や汗が浮かんでくるのを感じた。壁の鏡と柱の鏡、その間に自分が立ったなら、あの悪夢がよみがえるに違いなかった。
「どうした。顔色が良くないな」
「あなたが変な事言うからよ。とにかく、お義父さまが何て言おうと私は反対ですから」
美穂は夫に背中を向け、出口に向かって歩き出した。その時業者が二人大きな鏡を抱えて曲がり角から現れた。おびただしい輝きを放ち、映る者すべてを吸い込んでしまいそうな鏡だった。美穂は思わず目を伏せた。その隣を男たちは黙って進んでいく。彼らの行く先を見ると自分の店とは違う方向だった。締め付けられていた胸に鼓動が戻った。
また冷や汗をかいている。気にしないようにしようと思えば思うほど気になってしまう。この頃その頻度が高くなったような気がする。何をしていても落ち着かないし、常に頭の中に赤い痣の記憶がこびりついて離れない。夢の中ではその赤が鮮血のように濃く現れて、はっと目を覚ましてしまうことさえあった。このままではノイローゼになってしまいそうだった。美穂はこの場で声を出して叫びたくなった。
「美穂、怒らないでくれ。俺だってお前の考えを大切にしたい。特にこの店には今までと違う視点を入れたいんだ。だから、鏡のことも親父に相談する。確かにお前の言うとおり、商品の見栄えも良くないし」
美穂は必死に話しかける夫の声を遠くで聞いているような気がした。
「親父だって、お前の感性を見とめてる。必ず説得してみせるよ」
美穂は夫の腕の中に入り背中に手を回した。
「おい、こんなとこで」
夫がとまどうのもかまわず、美穂は自分の頬を夫の胸に押し当てていた。大きくてがっしりした胸だ。心が安らいでゆくのがわかる。
「さあ、もう帰ろう。夕方から別の商談が入ってるし」
「ごめんなさい。私きっと緊張してるんだわ。仕事を任されて嬉しいけど、そのプレッシャーに押しつぶされそうになってるんだわ」
「お前一人で悩むことないよ」
夫はそう言って、美穂の背中をさすってくれた。出入りする業者が、迷惑そうな目で見ているのもかまわず、美穂は夫の胸から離れようとしなかった。

山間の道はまっすぐに伸びていた。車の窓から入り込んでくる風が少し冷たくなった。美穂はハンドルを右に切ってスカイラインへと続く道を上っていった。木立の中に集落が見えた。陶器村だった。ここへ美穂は何度も足を運び、新しい店の一角を飾るにふさわしい器の作家を捜したのだった。今日はその作家に納品してもらう商品の確認をしにきたのだった。
砂利道に入り、駐車スペースに車を止め、美穂は作家のアトリエへと向かっていった。その時激しい頭痛が美穂を襲った。鉄のかたまりで殴られたような痛みだった。うずくまって目を閉じたまま動くことさえ出来なかった。次第に意識が薄れてゆき、美穂はその場に倒れた。

気がついたときは病院のベッドの上だった。夫が頬をゆるめてこちらを見ていた。隣には義母と義父もいた。
「先生が、お客さんを送ろうとして玄関を開けたときに、君が倒れているのを見つけたらしい」
「私、どれくらい意識を失ってたのかしら」
「丸一日眠り続けてたよ。検査もしたけど特に異常はないらしい。疲れがたまってたんだよ」
「そう、丸一日も……」
美穂は身体を動かそうとしたが、夫が止めた。
「二、三日は安静にしておいた方がいい。念のために詳しい検査をするって医者が言ってたよ」
「でも店のことが気にかかるわ」
「美穂さん、心配しなくていいわよ」
義母が身体を乗り出していった。
「後は商品を並べるだけなんだから」
隣で義父が優しい笑みを浮かべながら頷いていた。
「美穂さんのおかげで今までにない店が出来そうだよ」
「お義父さん」
美穂は気にかかっていたことを尋ねた。「壁側に鏡を使うっていう件はどうなったんですか」
「あれはやめたよ。君のいうとおりだ。売り場の奥行き感よりも器そのものの方が大切だからね」
「よかった」
「安心したかい?」
夫が手を握ってくれた。美穂はその手を握りかえした。愛情が伝わってきた。優しい家族に包まれている自分が幸せだった。
結局身体に異常は見つからず、美穂は三日後に退院した。しばらくは家でゆっくりした方がいいという夫の意見もあって、彼女は外へ出ずに、招待状の宛名書きをやった。本格的なオープンの前に内覧会をやるのだった。もちろん山崎にも来てもらうつもりだった。

内覧会には、店の通路に入りきらないほどの客があふれていた。美保は義母と共に着物姿で頭を下げて回った。店の作りも並んでいる器も美穂の考えていたとおりになった。夫も義父も仕上がりに満足しているようだった。
昼過ぎに山崎がスーツ姿で現れた。さっそく美穂があいさつに行くと、山崎は右手を上げて白い歯を見せた。
「盛況じゃないか。僕は器のことはよくわからないけど、商売はきっとうまくいくと思うよ」
「ありがとうございます」
「少しやせたんじゃないか」
「さすがに気も張っていましたし、いろいろと忙しかったものですから」
「怪我でもしたのか」
「えっ?」
「額が少し腫れてるようだけど」
「そうですか?」
美穂は手で触ってみた。特に熱っぽくもなかったし、腫れてる様子もない。手鏡を取り出してみたが、これといった変化はなかった。
「光の加減かな。いや、大丈夫ならいいよ」
山崎はそう言うと、夫の方へ歩いていった。
美穂は義母に一言言ってトイレへ向かった。幸い誰も入っていなかった。ハンカチを軽く水で濡らして、額に当ててみた。すると、触れたところから白い壁がはがれるようにして赤い痣が現れた。子供の頃にあったのと同じ形、同じ色だった。コンパクトを取り出してファンデーションを塗っても全く隠せなかった。
何年も前に急に消えてなくなったものが、今目の前に平然と存在していた。美穂は愕然とすると共に、ここ一、二ヶ月の不安感が消えてゆくのを感じた。これほどはっきり見えるのなら、もう心配する必要がなくなったからだった。
「美穂さん、お客様よ」
外から義母の声が聞こえた。
「今行きます」
美穂はコンパクトをしまった。額の痣を見て、誰もがどこかで頭を打ったのではないかと心配するだろう。しばらくの間は。やがて痣であることを知り、見て見ぬふりをするに違いない。美穂はそんなことを思いながら店に向かって歩いていった。
夫の顔が見えた。山崎と談笑している。二人が同時に美穂を見て微笑んだ。
美穂は二人に向かって近づいていった。額の痣はもう二人に見えているに違いない。だが二人とも表情を変えない。
子供の頃の記憶がよみがえってきた。誰も表に出して言うことはなかった。自然に振る舞っているかのようだった。しかし奥底には、秘められた同情や軽蔑があることを彼女は知っていた。そう言う日々がまた始まるのだ。
店内は笑い声と活気にあふれている。美穂はそれを冷めた目で見ていた。

(了)

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