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作品

Tatsuhiko Yamato

マラッカの虹

マラッカの虹のイメージ

スコールだ。私はかの有名なサマーセット・モームの愛用していたラッフルズ・ホテルに面したビーチ・ロードにあるオフィスの窓から外をながめていた。私のオフィスは雑居ビルの 五階にあった。私の仕事は、東南アジア海外渡航者損害事務所の所長だった。所長と言ってもオフィスには私と秘書の女性が一人。近年とても数の増えた日本人の海外渡航者のトラブルを解決するコーディネイターの様な仕事をここ、シンガポールでしている。私の名はアリー・ヤマモト。父は日本人で母はプラナカンの混血児だった。

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Hamatown2038(Hamatown2038シリーズ)

2038のイメージ

俺は夢の中をさまよっていた。俺は小綺麗な新興住宅地の一角の庭の広い家に、両親と一緒にいる。俺は九、十歳の子供である。妹と二人でおもちゃの取り合いをしている。それをにこやかに見つめている両親。まだ若々しい両親だ。ところが突然父の顔が変わった。そのおもちゃをすぐに離しなさい、庭に放り投げるんだ、と血相を変えて父が駆け寄ってきた。おもちゃの取り合いに勝った俺は……

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リオから来た男(Hamatown2038シリーズ)

リオのイメージ

俺は腹が減っていた。時刻は午後1時2分。ダウンタウンを歩いて、なじみの中華レストランを目指していた。春の暖かい日だった。日差しもポカポカして気持ちがよい。 レストランに近づくとガシャーンガシャーンとものすごい音がして、店内から3人の男が突き飛ばされてきた。3人とも地面に倒れて、痛みにうめいている。店内ではまだ物を壊す音と人の叫ぶ声がしている。周りの路地から見物人も集まってきた。

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蛇のカルト(Hamatown2038シリーズ)

蛇のイメージ

俺の探偵事務所に初老の女性が訪れてきたのは、午前9時30分だった。初夏の陽ざしの気持ちの良い日だった。俺の事務所はHamatownのダウンタウンの非常に混雑した一角の15階建てのビルディングの7階の一室にあった。一室といっても、応接間と俺の個室の2部屋に仕切られている。 「ですから先程からお話ししているように、この仕事はお引き受けかねますよ」俺はこの婦人が来てから3杯目のコーヒーをすすった。「そうおっしゃらないでください。私はとにかく息子のことが……

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決着(Hamatown2038シリーズ)

決着のイメージ

その日は木枯らしの吹く寒い十一月の午後だった。俺は探偵事務所の個室で、机に両足を投げ出しながら、朝刊に目を通していた。大した記事は無かった。政府の経済政策と銃の規制法案が少し興味を引いた程度だった。俺は窓を開けた。探偵事務所のある七階からは、Hamatownの混雑したダウンタウンの様子が手に取る様に見えた。世界中のあちこちから集まった様々な民族がせめぎあい、生き馬の眼を抜く様に、必死に動き回っている。今日も朝鮮系の八百屋が、通りを挟んだ向かいのパキスタン系の八百屋と商売の事で激しく言い争っている。

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真夏の夜の狂奔(Hamatown2038シリーズ)

真夏のイメージ

ハマオは逃げていた。真夏のうだる様な夜の中を走っていた。右腕には弾丸が一発撃ちこまれていた。息をハーハー言わせながら狂ったように逃げていた。HAMATOWNの港の近くだった。ハマオは古い貨物列車の影にうずくまった。右腕が燃える様に痛かった。ハマオは全身から滝の様な汗を吹き出し、必死に痛みを堪えた。やがて周りに人影が居ない事を確かめて、固いアスファルトの上にへたり込んだ。高い湿気を帯びた真夏の夜でも、アスファルトはひんやりとしていて気持ちが良かった。しかし流れる汗と喘ぐ息は暫く止まらなかった。

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獅子と処女(Hamatown2038シリーズ)

獅子のイメージ

夢を見ていた。心地よい夢だった。俺の背中に二枚の大きな羽がつき、太古の大草原を飛ぶ夢だった。 俺は午前七時に目覚めた。ベッドの上で夢の余韻を暫く楽しんでいた。 やがて起き上がると、顔を洗い、簡単な朝食を作った。トーストとベーコンエッグとホットミルクにレタスとトマトのサラダだった。テレビをつけた。英語のチャンネル、北京語のチャンネル、ニッポン語のチャンネル……。どれもくだらなかった。まともなニュースは入って来ない。

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若き肉欲の果て

若きのイメージ

医療少年院・診察室 八月某日 昼
医師の前に男が座っている。男の目は虚ろである。ひどいショック状態にある。
医師「楽にしていいよ」
男「……」
医師「出生地、山形。一八才ね」
男は医師の話を聞いていない。心ここにあらずといった感じだ

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