


対象と目的
発症より早期(3-6時間以内)の脳梗塞を対象とした最新治療です。治療開始が早ければ早いほど、よい結果が期待できます。
血栓を溶かす薬(ウロキナーゼ、tPA)を注入して、詰まった血管を再開通させて、脳梗塞に陥りつつある脳細胞を救おうとする治療です。
脳塞栓症およびアテローム血栓性梗塞は対象となりますが、ラクナ梗塞は対象となりません。
血栓溶解療法の分類
静脈内投与法
血栓溶解薬を点滴する方法(静脈内投与)です。
アメリカでは、新しいtPAという薬による静脈内投与の方法が、発症より3時間以内の患者さんに使うことが認められています。この治療方法は、偽薬を使った大規模な科学的な対照試験(The
NINDS study, N Engl J Med, 1995)で、有用性が証明されています。しかしこの薬を脳梗塞の治療に使うことは、日本ではまだ認められていません。一方、このtPAという薬は、発症早期の心筋梗塞の治療には、日本を含めて多くの国ですでに使われています。
日本では、10数年前からウロキナーゼという薬を脳梗塞の治療として使っています。それは、発症より3日以内の脳梗塞を対象として、1日1回少量ずつ、7日間点滴することです。しかしこの治療方法は、この薬本来の作用である血栓を溶かすことによって詰まった血管を再開通するのが目的でなく、梗塞に陥った脳の周囲の血液循環が少しでもよくなることを期待しているだけです。こんな方法が認められているのは日本だけで、治療効果も満足できるものではありません。
脳血管内治療による血栓溶解療法(動脈内投与法)
脳血管内治療の一つであり、脳血管撮影の手技を用いて、細いカテーテルを脳内の血管まで挿入して、直接詰まった血管の血栓内に薬を注入します。
この脳血管内治療は、静脈内投与法と比べて再開通率が高く、薬剤の投与量も少なくてすむ可能性があり、有用性が期待されています。しかし、現在までのところ実験的な治療の一つであり、日本や欧米諸国のどの国においても、未だ正式に認可された治療法ではありません。
しかし1999年2月に、偽薬を使った科学的な対照試験の最終結果が、はじめてアメリカの学会で公表され、12月にその結果が論文として発表されました。それによると、良好な経過をたどったのは、治療群で40%、偽薬群25%と有意な差がありました。一方出血例は、治療群で10.2%、偽薬群1.8%と有意な差がありましたが、死亡率は治療群で24%、偽薬群27%と差はありませんでした。今後はこの結果を踏まえて、さらにこの治療方法の研究が進むと思われます。
日本では、一部の(脳血管内治療を専門とする)脳神経外科医がこの治療方法に積極的に取り組んでいますので、施設によってはこの治療を受けることができます。但し、次に述べるような重大な合併症もありますので、よく説明を聞いて納得されてから治療を受けてください。
血栓溶解療法の実例(成功例)
血栓溶解療法にて出血を起こした例
血栓溶解療法の問題点および合併症
最大の問題点は、治療後におこる脳出血(出血性梗塞ともいいます)です。もし、すでに死んでしまった脳(完全に梗塞になってしまった脳)に血流を再開させると、血管が裂けて脳出血がおこり、脳にさらに重大なダメージを与えることもあります。わずかな出血なら何の症状も出ませんが、大出血をおこすと症状は余計に悪くなり、時に死に至ることもあります。
治療後に症状が悪くなるような脳出血の発生率は、薬の投与方法や種類によって異なりますが、だいたい5-15%だといわれています。
脳出血が起こりやすい場合
発症から、6時間以上過ぎている場合
高齢者(80歳以上)
治療前の意識の状態が悪い場合(昏睡など)
内頚動脈本幹の閉塞
CTにて極わずかでも梗塞を疑う異常が認められる場合
脳血流検査で高度の血流の低下を認めた場合
血栓溶解療法の最近の研究より
血栓溶解療法を成否の鍵を握るのは、できるだけ早く治療を始めること、そしてまだ生き返る可能性のある脳に対して治療することです。しかし、治療によって脳が生き返るかどうかということを、治療前に短時間で診断することは極めて困難なことです。最近の研究では、脳血流検査(SPECT,
スペクト)や最新のMRI検査であるDiffusion/Perfusion
MRI(ディフュージュン/パフュージュン MRI)がこの診断に有用であると報告されています。但し、これらの検査を緊急に行うことのできる施設は限られています。
脳血流検査では、病変部位の脳血流量が正常の約35%以上保たれている場合には治療可能ですが、35%以下の時には脳出血を起こす可能性が高いとされています。この研究では、作者らの愛媛大学グループが世界で初めてこの基準値を発表しました。(Stroke
1994, JCBFM 1999)
また、薬で溶けないような固い血栓で血管がつまっている場合には、バルーンカテーテルと呼ばれる風船付きの細い管を用いて、血管を再開通させることもあります。(Stroke
1998)
局所血栓溶解療法の臨床治験始まる!
このたび 厚生労働省より3ヵ年分の予算を受け、「超急性期脳硬塞に対する局所線溶療法の効果に関する臨床
研究」と題しました超急性期局所線溶療法多施設共同ランダム化比較試験を開始することとなりました。急性期局所線溶療法の有効性を検討する臨床治験です。世界に先駆けて、日本においてエビデンスを確立すべく行われる治験です。MELT
studyといいます。
対象は、発症より6時間以内に治療の開始でき、CTにて異常所見の出現していない脳塞栓症の中で、中大脳動脈主幹部の閉塞の方です。
治療方法は、無作為の振り分けで決まります。すなわち、局所血栓溶解療法か従来までの一般的治療か、自分で選択することはできません。この治験で、局所血栓溶解療法の有効性が科学的に証明されれば、この治療法が将来は正式に認可され、多くの人が恩恵を被ることができると考えられます。そのための大切な臨床治験です。
参加施設は、今のところ全国で91施設です。すべて脳梗塞の超急性期の治療に積極的に取り組んでいる施設です。
詳細はホームページでもご覧になることができます。(http://melt.umin.ac.jp/index.htm)

ヘパリンという血栓生成を予防する薬を点滴する治療法です。しかし、多くの臨床研究の結果をみると、ヘパリンの有用性はやや否定的です。
最近の発症より48時間以内の患者さんを対象とした国際研究(The
International Stroke Trial, Lancet 1997)では、ヘパリンは早期の再発は減らすが、脳内出血を起こす危険性が高いという結果が報告されました。特に、重症の脳梗塞(神経症状の重篤な場合、あるいはCTで広い範囲に脳梗塞が認められる場合)には、使用は避けるべきです。但し、この研究では脳梗塞の病型別に検討は行われていません。
ヘパリンの適応は、下記のような場合に限られると考えられています。
進行性に症状が悪化する場合や、TIA(一過性脳虚血発作)を何度も繰り返す場合
脳血管(頚動脈あるいは頭蓋内の動脈)に高度の狭窄がある場合
心源性脳塞栓症
椎骨脳底動脈系の脳梗塞
脳静脈洞、深部脳静脈の閉塞
最近の欧米では、低分子容量のヘパリン(low
molecular weight heparin, nadroparin)や、ヘパリノイド(low molecular weight
heparinoid, Org 10172)といった新しい薬の臨床試験が行われています。その結果の一つでは、生命および機能的な予後は良好であるとされています。
血液を固まらせる働きを持つ血小板の機能を抑制して、血栓生成を予防する薬を投与する治療法です。
経口薬(アスピリン、チクロピジン)の投与
最近の国際研究(The International
Stroke Trial, Lancet 1997)では、神経症状の回復、死亡率の軽減および再発の予防に有用であると報告されています。
但し、tPAによる血栓溶解療法の終了後24時間以内は、脳出血の危険率を高めるため、使用は避けるべきです。
点滴(オザグレルナトリウム)の投与
日本だけで使われている点滴薬です。約10年前に行われた日本の臨床試験(偽薬との対照試験)では、投与1か月後の運動障害の改善に有用であるという結果が得られました。しかし、長期的な効果は不明です。また、国際的基準に従った臨床試験は行われていません。
脳血栓症に対して、発症後2週間の間、毎日点滴をします。
輸液(点滴)によって、血液粘度を低下させ側副血行を介する血流を良くしようとする治療です。
低分子デキストランと呼ばれる点滴は、脳の血流を増やすことが証明されており、個々の患者さんではこの治療は効果があるように思えます。
しかし、大規模な国際研究(Scandinavian
Stroke Study, Stroke1989; Italian Acute Stroke Study, Lancet
1988)では有用性は否定されており、特に高齢者では心不全や脳浮腫の悪化などをきたすため注意が必要です。
日本で開発された抗血栓薬であるアルガトロバンを、発症より1週間点滴する治療法です。
発症より48時間以内の脳血栓症(アテローム血栓性脳梗塞)が、治療の対象とされています。ラクナ梗塞は適応外です。

比較的太い血管が詰まって広範囲に脳梗塞が広がった場合や、小脳の梗塞の場合には、脳の浮腫(はれ)の治療が重要となってきます。最悪の場合には脳浮腫によって死に至ることもあるからです。脳の浮腫のピークは発症から3-5日後です。
グリセオールあるいはマンニトールと呼ばれる点滴薬を、その症状の程度によって1日に数回投与します。
酸素の大量投与(Hyperventilation)も効果が確認されています。
ステロイドの効果は、いくつかの臨床試験で否定されており、感染の危険性を高めるため、使用はあまり勧められません。
-

脳保護剤が保険適応となる!
2001年6月、本邦で開発された脳保護剤が、脳梗塞急性期(発症より24時間以内)の脳梗塞に治療に、世界で初めて承認されました。これは、活性酸素(フリーラジカル)の消去剤であるエダラボン(商品名:ラジカット)です。傷害された脳細胞や脳血管から放出されるフリーラジカルを抑えて、脳梗塞の増悪を防ぐ作用があるとされています。
動物実験にてその効果が証明され、本邦において偽薬対照の二重盲検比較試験が行われました。その結果は、本薬を2週間投与した後の4週目では、全般的な神経症候の改善度が有意に高かったとされています。
しかし、国際的な評価基準に則った臨床治験は未だ行われていません。日本だけで認められる小規模な治験しか行われおらず、日本でしか使用できない薬です。今のところ、副作用は少なく、脳梗塞全般に使用できる薬剤として広く使われるようになっています。今後は、レベルの高いエビデンスを確立し、世界に通用するような薬剤となるべく、しっかりとした臨床治験を行ってほしいと思います。
動物実験では、虚血に陥った(脳梗塞になりかけた)脳を保護する薬剤は、たくさん確認されています。しかし、人の脳梗塞の治療においては、脳梗塞発症後、薬剤の投与までの時間が遅いためか、明らかな効果が証明された薬剤は今のところありません。ステロイドもバルビタール系薬剤も、いくつかの臨床試験で効果は否定されています。
カルシウム拮抗薬(nimodipine)は、くも膜下出血後の脳血管攣縮による脳梗塞には効果があると証明されています。(British
aneurysm nimodipine trial. BMJ:1989)
しかし、急性期脳梗塞にたいする効果は、多くは否定的です。(American
Nimodipine Study Group. Stroke:1992, etc.) 最近では、European
Phase III trial (1999)で、発症より6時間以内の脳梗塞に対する効果が否定されました。
Citicolineは、大量投与(2000mg/day)によって中等度から重症の脳梗塞に効果があるとされ、現在も臨床試験が続いています。
低体温療法(低脳温療法)
脳の温度を3-5度低くする軽度低体温療法は、まず脳梗塞の動物実験によって、神経細胞の保護効果が報告されました。
最近では、一部の病院おいて、人の脳梗塞に対しても実際にこの治療が行われ、有効例も報告も散見されます。そして、低体温を行う群と行わない群を無作為に分けて、この治療の有効性を科学的に確かめようとする臨床治験も始まりました。
この治療の問題点
対象は、意識の障害を伴う重症の脳梗塞に限られると考えられています。
発症より超早期(6時間以内)にはじめる必要があります。
低体温にすることによる全身的な合併症(肺炎などの感染症にかかりやすい等)をきたす頻度が高い。
低体温中は全身麻酔が必要であり、集中治療室で多くの薬剤と人手を要し医療費も高額となります。そのため人員及び設備の整った一部の病院でしか行えません。
動物実験では素晴しい効果の認められた低体温療法も、臨床応用には上記のような問題点を抱えています。そして、実際にこの治療による恩恵をうける人は、多くの脳梗塞患者の中でほんの一握りの方です。すなわち、この治療の対象となる患者数と高額な医療費等を考えると、一般的な治療となりうるかどうかは疑問です。
-
-