ことばに関する本棚

作成日:1998-05-09
最終更新日:

私が影響を受けたことばの本を示す。ほぼ読んだ時代順(昔から今までの順)である。

中学・高校時代

北杜夫:どくとるマンボウ青春記 (中公文庫)

どこまでがホラでどこまで本当なのかわからない書き方にしびれた。 北杜夫の著書はその後も折を見て手に入れている。なかでも好きなのは「なまけもの論(新潮文庫、「あくびノオト」所収)」。

田崎清忠:私の英語史(NHKブックスジュニア)

えらそうな題名からは想像できない真剣な本。英語の苦手な私を今も激励してくれる。

岡田光雄:人をおこらせる 立腹パズル(岡田光雄)(ワニの豆本)

日本語の面白さを教えてくれた本。もう今手元にないのが惜しい。回文(パリンドローム)とか、並び替え(アナグラム)をこの本で知った。
今でも覚えているのは、字面が反対なのに意味がほとんど同じという例の組である。 これは別のページに「メビウスのことば」として設けたので、 そちらを参照されたい。

井上ひさし:私家版日本語文法

井上ひさしの過剰な言説にはいつも笑ってしまう。 ある商社で、昼時の社内放送に「お食事券のない方は」と流れて社員が顔面蒼白になったことが書かれている。 オクシモロン(撞着語法)なることばをここで初めて知った。例が思い出せないのが残念。

旺文社編:国語の書取りと読み方

高校の国語の時間で使った。どういうわけか、今でも手許にある。

私がもっている初版第 22 刷に誤植を発見した。 p.202 上段「当時者」は誤り、「当事者」が正しい。

同音異義の項は今でも参考になる。しかし、「内臓」と「内蔵」、「符号」と「符合」は 載っていない。

ちなみに、高校 2 年のときの国語の先生は、「刺激」はだめで、「刺戟」でないといけない、ということを 言われていた。これに似た問題として、「障害」と「障碍」がある。わたしはどちらでもいいのではないかと 思っている。

大学時代

鈴木志郎康:プアプア詩

プアプア詩とは鈴木さんが書いていた詩のスタイルの一時期を指している。過激な詩に痺れた。 あるときなど、ある先輩のピアノのフリー伴奏でプアプア詩を絶叫していた。 なお、鈴木さんが書いた詩論「極私的現代詩入門」は今でも大事にもっている。 「極私的」なることばは鈴木さんが最初に使ったのではないかな。後に筒井康隆や原田力男(零の会主宰者)も使っている。

筒井康隆:狂気の沙汰も金次第

諺をちょっくら替えておちょくる手法はここの「狂気講」で現われている。例「命短し、たすきに長し」。 ただし初めてかどうかはわからない。ちなみにビックリハウスの教訓カレンダーは、1976年10月に始まっている。

糸井重里:ヘンタイよいこ新聞

もちろん、ふる氏に教えられた本。未だによくわからない謎の本。「ブレネリ」には笑った。

筒井康隆:言語姦覚

いろいろな論考が載っている。血液型の話はあまり好きではないが、それ以外は彼一流の筆の冴えがある。 私が好きなのは、意味はわからないのにポルノのように感じられる文章を作る、という一編である。 (2011-05-02)

社会人、独身時代

筒井康隆:乱調文学大辞典

ふる氏に教えてもらった。 スカイラークの説明に「美空ひばり」とあるのに感心したとふる氏がいっていたのを思い出す。 これを突き詰めれば、外来語排斥・日本語使用運動になるのでしょうか。

プラトン:対話篇2000-08-08

私の部屋のどこかに、会社に入ってすぐの頃、会社から離れたくていろいろなことをした、と書いた。 その中には哲学の本を読んでみるというのもあった。選んだのはプラトンの著作集と岩波講座「哲学」だった。

この著作集、とくに対話篇にはいたく感動して、自分があたかもソクラテスになったかのようにある方を相手に やり込めようとしたことがあった。しかし、その方はなかなか頭が切れる方だったのでソクラテスのようにうまくは いかなかった。それ以来、対話篇への興味が薄らいでしまった。

今でもたまに「饗宴」だけは読む。アルキビアデスがソクラテスを讃える個所が好きだ。

赤瀬川原平:超芸術トマソン

この本にはびっくりした。私は高所恐怖症なので表紙のあの写真がこわくてみられない。 ことばに関する本としていれるのは場違いかもしれないが、 ちゃんと「ウヤマタイプ」というのがある。

糸井重里:萬流コピー塾

わたし自身はコピーの効用を信じたくない。 しかし、ことばの力が商品と分かち難いということがこのシリーズからはっきりわかる。 投稿者の力と糸井さんの技とがあいまって、本当におかしい。このコピー塾はシリーズで出ている。 最後の巻(85点の言葉という本)に、 コピーとは少し違う観点で募集された「本当にありそうな諺を作る」というのがあった。 ことわざらしく作るという難しくみえる作業を、 けっこう投稿者の方々は軽くのけてやっているように見えた。うらやましい。

谷川俊太郎:ことばあそびうた

日本語にも音そのものを楽しむことができることに気付いた。私は最初合唱曲として聞いた。このときはこの詩ならだれが曲を付けても傑作になるに違いないと思った。作曲者の方、ごめんなさい。そのあと、あるとき、ある師匠と飲んでこの詩を「よっぱらって」放吟したことがある。

ラブレー:ガルガンチュアとパンタグリュエル物語

ある翻訳上達法の本(翻訳上達法、河野一郎著)を読んでいたら、渡辺一夫さんの訳がいいから、ということで挙げられていたのがこの本。 ガルガンチュア物語出だしのスカトロのところはなんとも楽しい。岩波書店から出ている。 その後、宮下史郎さんが新訳を出した。こちらは未読。

清水義範:国語入試問題必勝法

飛ぶ鳥を落とす勢いの清水さんのあまりにも有名な一篇。 現役の筑波大学付属駒場高校の国語の先生にこの小説のことを聞いてみたら「面白いですねえ」とのことであった。 ちなみにわたしは名古屋の人間ではないが、名古屋に頻繁に行く時期があった。 そのときはみそカツも食ったし、みそ煮込みうどんもひいはあいいながら食したし、 大エビフライも食べた。ついでに、すがきやのラーメンも食べた(あのだしは何なのだろう?)。 一体に名古屋の人は大きいのが好きなようである。大エビフライしかり、大名古屋ビルヂングしかり。 名古屋駅発着のバスには、ふつうの左回り、右回りのほかに大左回り、大右回りがある。

宝島編集部(編):VOW シリーズ

社会人になってからも、学生時代のたまり場にしばしば通っていた。そのたまり場にあったのがこの本。 本当に楽しませてもらっている。もっともビックリハウスの一部をもとにしただけだという厳しい声もある。 VOW 自身はというと、 ビックリハウスをはじめ、トマソン、コピー塾など、 すべてを包含した「面白いものは何でもあり」を標傍している。

初代VOWに変読のコーナーがある。「植木等」を「うえきなど」とよむ類のコーナーで、みうらじゅんが仕切っている。 その後大判の「VOW MEGA-MIX」が出て変読ベスト100が公表された。ところが大判の「VOW MEGA-MIX」は絶版になり、 他のVOWと同じ版型で出たときにはこの変読ベスト100はなかった。どこかの筋からかクレームがついたのだろうか。

なお、VOWシリーズには「VOW暦'93」という珍品もある。

本多勝一:日本語の作文技術

日本語を明解に書く方法を示している。惜しむらくは、この人の名を聞くだけで反発、無視する人が多く、 そのためこの本の主張が知られないことだ。この本にしても取り上げる例文が実際その通りだから無理もないのだけれど (ここは呉智英に同意する)。本多さん自身はある場所で「わけのわからない外来語を使うのをやめ、 日本語を使おうとしているのだからこの意味では右翼である」といっている。

中村明:日本語の文体

いろいろな作家の文例を取り上げて楽しい。同じ筆者の「悪文」も参考になる。

田中克彦:国家語をこえて

この本を手に取った理由ははっきりしない。 エスペラントへのあこがれを持たせてくれた本である(あこがれだけではいけないことを暗にこの本ではいっているのだけれど)。 なんでも、田中さんは「新明解国語辞典」より過激なところのある「三省堂国語辞典」を愛用しているという。

筒井康隆:レトリック騒動

筒井さんの作品にはことばを題材にしたものが多い。これは私がもっとも好きな作品の一つである。 レトリックの足場が揺らぐ面白さがある。 導入部を除いてすべての句を同じ文字数の短文にしてあって美しい。 もう一つ、「残像に口紅を」も好きな作品だ。

清水義範:ことばの国

この短編集にある最後の二篇(続きものである)では、外来語が使えなくなったときの日本語、さらに漢語さえ使えなくなった日本語の行く末が描かれている。今手元にないのが残念。

別役実:当世病気道楽

虚実の入り交じった解説が楽しい。この本に、国立がんセンターの医師のある悩みが紹介されている。 これが本当のことであるかのようにある新聞で紹介されていたので、私はびっくりした。 どんな悩みか、という問いにはまあ実物をみてください。他の別役さんの本もお勧めです。

国広哲弥:日本語誤用・慣用小事典(正・続)

日本語の誤用をあげつらう本は数あるが、この本は嫌みなところがほとんどなく、 日本語をいっしょに考えるいい手引きになってくれる。 正編のほうの表紙に、「おざなり」と「なおざり」の区別がわかるようなイラストがつけられている。 この南伸坊さんのイラストに、買ってから2年も気が付かなかったのだから間抜けである。 もっともその間カバーをしていたからかもしれない。

萩原朔美監修:ビックリハウス驚愕大全

ビックリハウスにあこがれつつハウサーとなれなかった自分を慰めるための格好の一冊。 我が師匠ふる氏の「ごきぶりいかがですか」ももちろん集録されている。 ちなみに私が最も衝撃を受けたのは「ロミ山田」だった。

川崎洋:かがやく日本語の悪態

Z会国語問題集で知った詩人川崎さんの本なので買った。 食い足りない面があったのは、既にいくつかの例について知っていたからだろう。 もともと日本語には悪態が少ないのかもしれない。 川崎さんの本には他に方言を主に扱った「ごてる・いぎる・びびる」がある。これは何度も読んだ。

この本とは関係ないが、日本には女性の局部を表現する言葉が他の西洋語の数倍はあるという。 その出典は忘れたが、最後に「日本人はエッチなのか」と結んでいたのが忘れられない。 なお、女性の局部を表現する言葉についての例を2点。

赤瀬川原平:新解さんの謎

友人S氏の紹介により知った。彼は火炎瓶の数え方を気に入っていた。 「新明解」に目をつけた人は他にもいただろう(呉智英、えのきどいちろう)が、こなす量が半端ではない。 ともあれ、わたしも辞書を読んでみて思いが満たされなかったところがある。 おいおいこのまりんきょの部屋で公開することにしよう。

鈴木マキコ:新解さんの読み方

本屋で日本語のところを見ていたらあった。赤瀬川本とは違う視点による辞典の読み方。 辞典に感情移入しているところと、その移入している自分をみつめるところ(性別、学歴他)の読み応えがある。

辻由美:翻訳史のプロムナード

今はない雑誌「よむ」の書評にあった。エピソードもおもしろいが、 「日本は翻訳大国では決してない」という主張が今でもひっかかっている。

ウンベルト・エーコ:ウンベルト・エーコの文体練習

筒井康隆「本の森の狩人」で知った。まだ全部は読んではいない。今気に入っているのは「ノニータ」。 土屋さんの本と合わせて読むとなおおかしい。これはどちらかがもう一方を引用している、という意味ではありません。

国広哲弥:理想の国語辞典

日本語の意味論を詳しく追求した読み応えのある本。昔、英和辞典にはたくさん語法の説明があるのに なぜ国語辞典にはないのだろう、と思った素朴な疑問が、この理想の国語辞典例をみればなるほどと納得できる。 しかし、こういう辞書を作るのはしんどいだろうなとも思う。

森田良行:日本語をみがく小辞典<動詞篇><名詞篇><形容詞・副詞篇>

<動詞篇>は、日本語には複合動詞が多い理由、似た動詞の使い分けなどが載っていて、 便利だ。 「メビウスのことば」にも少し引用させてもらった。

最近<名詞篇><形容詞・副詞篇>も合わせて手に入れた。 通読してみて、必要以上に日本語を礼讃するのが気になった。 外国語にもいろいろな表現があるかもしれないのに。 それから、方言への言及が全くないことに少しがっかりした。 共通語にはぴったりの語彙がなくても、方言にならあるかもしれないというのに。

社会人、結婚後の時代

郡司利男:ことば遊び12講

英語を中心としたことば遊びの数々がのせられている。日本語のことば遊びについても触れられている。 この本のおかげで永年の謎が解けた例がありました。

田中克彦:クレオール語と日本語

私には言語学の勘がないことがつくづくわかった。 妙な感想だが、この本で取り上げられているクリオール語や トク・ピジン語の導入過程を試してみて、そう思った。

遥洋子:東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ

この本を今つれあいが読んでいる。読み終えた後が心配だ。と記したが、特に変わってはいないようだった。

清水義範:日本語必笑講座(講談社)

題名の通り、十分笑いました。ただ、中小企業診断士になるための勉強をしている身として、 官庁ことばの例が挙げられているのは 「面白うてやがて悲しき」の世界だった。

イアン・アーシー:怪しい日本語研究室(毎日新聞社)

アーシーさんは、先の清水さんの本で、対談の相手となっている。 この対談で取り上げられたアーシーさんの「政・官・財(おえらがた)の日本語塾」が気になった。 だからこのアーシーさんの本を買った。3割くらいはおかしい。7割はおかしくないかというと そういうことはなくて、私の感受性が鈍くなっただけのことだろう。

中小企業診断士を受けられる方は、 この本を参考にしておえらがたの日本語を身につける練習をするのがいいだろう。

野矢茂樹:論理トレーニング (産業図書)

同じ著者の「論理トレーニング 101 題」の前に出た教科書。 教科書と言っても堅苦しくはない。 しかし、電車の中で流し読みできるほどできるほどやわな本でもない。 私は結局流し読みをしているが、たまには自宅でゆっくり考えたいとも思う。 特に、途中の演習問題は答がないものが大部分だから、それらの答を考えることは いい練習になるだろう。

「101題」も含めて、脚注が多い。しかも、著者の本音が見え隠れする。これが楽しい。 このような饒舌な様式は、著者特有のものか、野矢さんの時代の人たちに共通して見られるものか、 興味があるところだ。

野矢茂樹:論理トレーニング 101 題 (産業図書)

同じ著者の「論理トレーニング」の後に出た、全編解答つきの演習書。 立ち読み中、最初の2題が、全くわからなかった。これに打ちのめされて、買った。 電車の中で真剣になって読んでいる。 でも、まだまだ読みが甘いのだった。

この本で取り上げられている例文も楽しい。また、例文の中には著者自身の見解が 表明してあるものもある(例:「買ってはいけない」など)。これも楽しい。

加賀野井秀一:日本語の復権 (講談社現代新書)

私が普段漠然として思っていたことをずばり指摘された。この書で指摘された 「甘やかされた」日本語を私は使っている。どのようにして、 力強い日本語を駆使できるようになるのだろうか、 否、駆使できるようにするか、これは私の大きな問題である。

千野栄一:外国語上達法 (岩波新書)

この本を買ったのはつれあいである。広島の実家においてあったのを、 わたしがむりやり奪って読んでいた。そんなとき、千野先生が亡くなったと知った。 偶然というものを感じた。

わたしはこの本にあることをほとんど実践していない。 したがって日本語以外の外国語はエスペラントも含めてものになっていない。 悲しいことである。従ってこの本で得たことは、 挿話として触れられているささいなことである。たとえば、56ページ 「言語によってはフランス語の話しことばのように千語で90%を超すものもあれば、 日本語のように一万語で90%に達するような言語もある」というところなど。 つれあいにこれを話すと、なるほどと思うのだそうだ。 フランス語の gagner という動詞に多くの意味があること、 日本語の「宿題」を意味するフランス語は、「義務」を表す名詞と同じ devoir であること、 などなど。

雑学研究会・編:ことばのおもしろ博学 (永岡書店)

こうした雑学本は、駅の売店で買って時間をつぶすものだが、こういうのが好きだ。

少し思っていることを書く。

p.144 「病気と貧困は裏腹であり」これを誤用という指摘は正しい。しかし、 「病気と貧困は相関関係にある」と言い直すのでは、意味はその通りなのだが、 味が出ない。裏、の字を取って「病気と貧困は表裏の関係にある」ならば、 原文の雰囲気が出ると思うが、どうか。

加納喜光:違いがわかる漢字辞典―見る・観る・視る・診る−−何をミル? (KKベストセラーズ、ワニ文庫)

異字同訓と、異義同音漢語について、解説された本。かなりの言葉で解説がされているので便利である。 ここに書かれていない異義同音漢語について述べる。(2009-10-24)

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