米化学会 C&EN 2008年11月17日
不確実性を作り出だす
科学を操作し、規制政策に影響を与えるために
産業側によって用いられる戦術を垣間見せる本

情報源:Chemical & Engineering News, November 17, 2008
Manufacturing Uncertainty
Book provides glimpse of tactics used by industry
to manipulate science and influence regulatory policy
Reviewed by Britt E. Erickson
http://cen.acs.org/articles/86/i46/Manufacturing-Uncertainty.html

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2009年7月30日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/research/c&en/081117_cen_manufacturing_uncertainty.html


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Doubt Is Their Product: How Industry’s Assault on Science Threatens Your Health, by David Michaels, Oxford University Press, 2008, 400 pages, $27.95 (ISBN: 978?0-19?530067?3)
 消費者自由センター、大気浄化推進基金、国際毒物学薬理学規制協会、水質協議会のような名前を聞くと、あなたはこれらの団体は公衆の健康と環境を守ろうと努めている団体であると考えるかもしれない。よく考えてくださいとジョージ・ワシントン大学公衆衛生健康サービス学部の疫学者で、『疑いが彼らの製品である:産業側の攻撃がいかにあなたの健康を脅かすか』の著者であるデービッド・マイケルズ(訳注1)は言う。

 これらの団体や他の同様な多くの隠れ蓑団体(front groups)は産業側から金をもらい、科学的議論に不確実性を作り出すことを唯一の目的として存在しているとマイケルズは断言する。彼の著書の中でマイケルズはそのような製品防衛団体(product defense groups)が広くはびこっていることを明らかにしている。彼はまた彼らの背後にいるいくつかの黒幕会社は1950年代の初期にタバコ産業を守った会社と同じであることを指摘している。

 この本は、利益を守るために製品の公衆健康・環境規制を遅らせるために、アメリカ企業によって用いられた戦術の衝撃的な描写である。時にはいささか圧倒的であるが、公衆の健康と環境の保護に関心のある人には必読の書である。

 公益団体のような名前をもった隠れ蓑団体の創設に加えて、産業側は彼らの製品を守るために、様々なシンクタンクやコンサルタント会社を雇うという長い歴史がある。巨大タバコ会社のために不確実性を作り出した経験を積んで、ケムリスク(Chem Risk)、ワインバーグ・グループ(Weinberg Group)、エクスポーネント社(Exponent Inc.)、その他のコンサルタント会社は現在、ベンゼン、ベリリウム、クロム、MTBE(メチルターシャリーブチルエーテル )、過塩素酸塩(perchlorate)、フタル酸エステル、そして事実上、今日世間を騒がすニュースに出てくる全ての有害化学物質の製造者の利益のために、今日規制当局と戦っているとマイケルズは書いている。

 彼が”科学のエンロン化”と呼ぶ中で、マイケルズは製品防衛産業がいかに規制を食い止め、傷害と疾病に関する訴訟に勝つのに役立ったかの多くの事例を提供している。彼は、製品防衛会社により実施された科学的研究は、”アーサー・アンダーソン会計事務所がエンロン社のために(両社が破綻するまで)行った会計処理のようである”と現在はすでに消滅したエネルギー会社エンロンとの類似性を指摘した。”彼らは規律のルールで演じたように見えるが、彼らの目的は会社のために規制を阻止し、製造物責任の緩和をもたらすことである”。

 エクスポーネント社(Exponent Inc.)は、この本の中で再三再四、出てくる会社のひとつである。マイケルズは、同社が1960年代に衝突事故に関わる訴訟で自動車産業を弁護し助けたことに始まり、娯楽施設における乗り物の事故、学校のソーダー水販売機の問題、及び、悪臭のするガソリン添加物 MTBE、一般的に使用される除草剤アトラジン、ロケット燃料の汚染として最もよく知られている過塩素酸塩などのいくつかの化学物質に関わる問題について産業側を助けてきた。個々の化学物質の問題について、エクスポーネント社は暴露のリスクを軽視したと彼は述べている。

デュポンを弁護 2003年、ワインバーグ・グループは、化学会社デュポンが、ウェストバージニア州パーカーズバーグの同社ワシントン・ワークス工場の近くで飲料水供給系をPFOAで汚染した後、PFOAの追加的訴訟と規制を回避するために同社を支援した。
 ”もうひとつの重要な会社はワインバーグ・グループである”とマイケルズは書いている。2003年、同グループは、焦げ付き防止コーティングのテフロン製造助剤であるパーフルオロオクタン酸(PFOA)に関連する集団訴訟と規制を回避するために化学会社デュポンを支援したと彼は言う。同時に、米食品医薬品局(FDA)がエフェドラ(麻黄)の体重減量剤を禁止しようと試みた時に、同社がそのダイエット・サプリメント製造者を弁護していたと彼は指摘する。

 マイケルズが挙げる事例の多さはに目がくらくらし、それらを追いかけるのに苦労するが、しかし彼の人を楽しませる軽妙な文体が読者をひきつける。この本は、特定の広報会社やコンサルタント会社についてのスクープを探す人々にとっては座右の書としての価値がある。マイケルズはまた、読者にメディアと民主主義センター(Center for Media & Democracy)のウェブサイトを紹介しているが、それはペテン組織を追跡するのに非常に貴重な−もちろんタダではないが−ツールである。

 この組織が監視するグループのひとつは消費者自由センター(Center for Consumer Freedom)であり、”同センターは、脂肪摂取と肥満を関係付ける研究を攻撃するために、食品レストラン産業から資金を得ている”とマイケルズは書いている。同センターは魚に含まれる水銀は妊婦にも安全であるとするフィッシュ・スキャンと称するキャンペーンのアイディアを推進したと彼は付け加えている。

 この本の中でマイケルズは、そのような団体はどのようにして彼らが注意深く準備した研究を用いて、ピアレビューされた科学的文献にケチをつけるかを明らかにした。なんといっても、研究というものは、もしそれが科学的ピアレビューに関連した黄金の承認印がなければ、しばしば、法又は規制の社会では高い価値は得られないないと彼は書いている。

 例えば、”コンサルティングの疫学者が農薬アトラジンを製造したシンジェンタ社の工場で前立腺がんの高い発症率を見つけたとき、エクスポーネント社の科学者らはアトラジンと前立腺がんとの間には関係がないという研究を作り出した”とマイケルズは書いている。

 もうひとつの例では、産業団体である国際カーボン・ブラック協会で働いているある科学者が、多くの新たなナノテク製品の出発物質であるカーボン・ブラックが発がん性物質であるかどうかを検討しようとしていた世界保健機関(WHO)国際がん研究機関(IARC)の委員会に3つの論文を提出した時のことである。3つの全ての論文はすぐにピアレビューにかけられ、『Occupational & Environmental Medicine』誌に発表されたとマイケルズは指摘する。それらは全てカーボン・ブラックと肺がんとの関係に異議をさしはさむものであった。

 ある場合には、そのような団体は、注意深く選択された会社の利益に合致する考えを持つピアレビュー者を擁する密かに産業界から資金の出ている団体自身のジャーナルを立ち上げた。平均的な人たちにとっては、これらの虚構のジャーナルは独立した偏向のない科学的情報源であるかのように見える。彼らは多くの記者、判事、陪審員、議員をだましてきた。”さらに、科学者のある人々や間違いなく多くの科学者ではない人々・・・には、これらの論文のどこが悪いのかわからない”と彼は言い、彼は正直な科学者や規制官によるこの嘆かわしい問題についての憤りが欠如していることがわかったと付け加えている。

 マイケルズがこの本で示している二つの事例には次の二つを含む。ひとつは室内空気汚染は不適切な換気によるものでタバコの副流煙によるものではないと人々を説得するために、タバコ産業によって設立され資金の出たジャーナル『Indoor & Built Environment』である。もうひとつは『Regulatory Toxicology & Pharmacology』であり、マイケルズが”産業側グループやコンサルタント会社で働く科学者らによって支配されている国際毒物学薬理学規制協会(International Society for Regulatory Toxicology & Pharmacology)”と呼んでいるものである。

 しかし、マイケルズが指摘するように、産業側によって用いられる最もけしからぬ戦術は多分、よく尊敬されている科学者に対する嫌がらせである。産業側が”健全な科学(sound science)”と呼ぶところのものを推進しつつ、製品防衛産業と彼らに資金提供する会社は、例えば名声ある医学協会に選出されるべき人々を含んで、著名な研究者らを攻撃してきたと彼は言う。彼らは、彼らの会社の利益に反するどのような科学も”ガラクタ科学”とラベルをはり、誰がジャンク科学者であるかを示すためにウェブサイトを立ち上げた(junkscience.com/roster)と彼は書いている。このサイトは、大気汚染や地球温暖化からダイエット剤や乳房移植にいたるまで様々な問題を研究している広範な科学者らをリストしている。

 マイケルズは、健全な科学(sound science)と、彼が言うところの”科学風(sounds like science)”との違いを知っている一人である。クリントン政権下でエネルギー省の環境安全健康の副長官を勤めた彼は、産業側により用いられた業界の策略の多くを直接目にしてきた。本の中で、彼はエネルギー省の労働者のために許容暴露レベルを低くするためにベリリウム産業との長期にわたる戦いにいかに耐えたかという話を紹介している。

 その歴史は興味深く背景説明も適切であるが、マイケルズは大分以前に起きた出来事に多くのスペースを割きすぎている。ベリリウムの話に加えて、タバコ、鉛、塩ビ、アスベスト、クロム、発がん性染料、その他多数の化学物質を防衛するために、彼は産業側による様々な企てについて読むのに疲れてしまうほどの記事を提供している。マイクロウェーブ・ポップコーン産業の労働者に発症した深刻な肺疾患である”ポップコーン肺”に関連する人造バター風味用のジアセチルのようないくつかの事例を除いて、彼が詳細に議論する問題の大部分は古いニュースである。

 1950年代及びその後10年間にタバコ産業により用いられれた戦術は現在でも生きており通用する。マイケルズはブッシュ政権中に起きた問題の多くの事例を提供しているが、彼はそれらについては簡単にしか述べていない。現状問題についてもっと強調し、歴史の部分は少なくするとこの本の改善となる。

 マイケルズは製品防衛グループの仕事は現在は歴史上のどの時代よりも蔓延していると強調している。”私は、ジョージ W. ブッシュ大統領の政権下で、かつてないほどに企業権益が上から下までうまく連邦政府に潜り込み、政府の科学政策を彼らの望むように作り上げることに成功した信じる”と彼は書いている。

 もっとバランスをとるために、マイケルズはまた、環境及び公衆健康団体もまた政策決定に影響を与えるためのゲームに役割を果たし始めたことを指摘すべきであった。マイケルズの名誉のために言うが、彼は環境活動家のある人々が食品放射線処理に関し予防原則を言い過ぎるとしかっている。予防原則は製品が害を及ぼさないことを政府に証明する責任を産業側に課している。しかしそれは環境活動家が政策に影響を及ぼそうとどのように試みたかについてマイケルズが示した唯一の事例である。この本の大部分は産業の腐敗した側を示す事例に費やされている。

 マイケルズが雄弁に述べているように、現状のアメリカの規制の制度は公衆の健康と環境を守るということについては明らかに崩壊している。政策立案者はしばしば、産業側グループと環境活動家の双方が彼らを揺さぶろうとするので、科学についてしばしば混乱している。

 政府機関がその仕事を成し遂げなければ、その仕事は法廷に持ち込まれる。もし、それが集団訴訟にならなければ、タバコ、アスベスト、その他多くの物質は恐らく今日まで、まだ議論がなされていたであろう。我々がこの役割を演じるために司法制度が必要であるということは不幸なことであるが、マイケルズはそれを次のように書いている。”訴訟の仕事は今後何年も残業をしてでも働かなければならないということになるであろう。もし規制制度が急進的に再構築されたり強化されたりするのでなければ、責任ある企業の行動を確実にするためにニンジンとムチの両方とも必要ないであろう”。

 結論としてマイケルズは現状の規制制度を改善するための12の方法を示唆している。彼の提案は、科学的完全性、利益相反及び後援者関与の開示、及び説明責任と責任に対して目を向けている。規制機関の産業側との関わり方や彼らが科学を用いるやり方もまた徹底的に見直されるべきであると彼は書いている。

 マイケルズの本からのメッセージは明確である。規制機関は、公衆健康と環境を保護するためには絶対的な科学的確実性を待つべきではないということである。そうではなくて彼らは、”入手可能な最良の科学を用い”、”存在しない又は存在することができない確実性を要求すべきではない”ということである。マイケルズは強調する。”確実性を待っていると永久に待つことになる”。



訳注1:The Project on Scientific Knowledge and Public Policy (SKAPP)
訳注:企業の不正・科学者の不正に関連する記事




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