レイチェル・ニュース #824
2005年8月18日
産業界のやり方−疑念を作り出すことで
政府の規制をやめさせる その1

ピーター・モンターギュ
Rachel's Environment & Health News
#824 -- Part 1: Ending Government Regulation by Manufacturing Doubt, August 18, 2005
by Peter Montague
http://www.rachel.org/?q=en/node/6429

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2005年9月28日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/rachel/rachel_05/rehw_824.html

(2005年8月18日発行)
ピーター・モンターギュ( Peter Montague )

 30年前、科学者らは野生生物の中で先天性欠損症や同性に対する異常な振る舞いが見られることについて報告を始めたが、それらについて彼らは説明がつかなかった(Rachel's #146, #26)。1890年代後半までに、五大湖の化学汚染に関する専門家、テオ・コルボーンはあるパターンをそこに存在すると感じ、そのことを議論するために1991年7月に科学会議を開催することに尽力した。その成果がホルモンかく乱化学物質に関する"ウイング"スプレッド声明であり、それは下記で始まる:

 ”我々は次のことを確信する:”

 ”環境に放出された非常に多くの人工化学物質は、いくらかの天然の化学物質とともに、人間を含む動物の内分泌(ホルモン)系をかく乱する可能性を持っている。・・・多くの野生生物の個体群が既にこれらの化合物によって影響を受けている(Rachel's #263)。”

 5年後に、コルボーンは生態学者ピート・マイヤーズとジャーナリストであるダイアン・ダマノスキーと一緒に、低濃度の産業化学物質が野生生物のホルモンをかく乱することがあり、ヒトに対しても十分に可能性があるという考えを広く普及させた。彼らの著作『失われし未来』はニューヨーク・タイムズ紙の科学記者ジーナ・コラタに衝撃を与えた。この本を検証してコラータは、野生生物とヒトの成長及び行動を制御するホルモンを産業化学物質がかく乱し、先天性欠損症、性的発達障害、乳がん、前立腺がん、そして注意欠陥障害や低IQ、暴力的行動などの精神的傷害すら増加させるという主要な仮説をあざ笑った。

 コラタは”この本が警告する事実は注意深い研究によって反駁された”と述べたが、彼女はひとつの研究すら証拠として引用しなかった。公平に見て、コラタ女史は単にホルモンかく乱に関する化学産業側の見解を反映したに過ぎなかった。産業側は非常に危機感を持った。もしホルモンかく乱の理論が真実なら、化学産業は公衆の健康と自然環境に対する脅威として見なされることになるからである。

 その後10年経過した現在、ホルモンかく乱に関する論争は終わったように見える。ウォールストリート・ジャーナルは今年の夏、低濃度の産業化学物質は他の疾病とともに小児がんと脳障害の増加に関連性があるということを認めた。

 2005年7月25日付けウォールストリート・ジャーナル一面の記事の最初の部分は次のように述べている:

 ”長年、科学者らはいくつかのがんと小児期の脳障害の発症率の増加を説明するために苦心してきた。現代生活の何かが、乳がんや前立腺がんから自閉症や学習障害まで、ある疾病の一様な増加の原因となっていた。”

 ”現在ひとつの疑いが厳密に検証されている。非常に低濃度で環境中に広がっているある種の産業化学物質である。増大する動物実験研究が、通常は生物学的には意味がないと仮定されるある化学物質のほんのわずかな痕跡ですら、新生児の遺伝子活動や脳の発達のようなプロセスに影響を与えることができる。”

 ”特に顕著な発見:ある物質は、高い濃度の曝露では影響がないのに、非常に低い濃度での曝露で影響を及ぼすように見える。これは500年前にスイスのパラケルススによって唱えられた毒物学の法則:毒は用量次第−に挑戦するものである[1] [See Rachel's #754, #755.] 。

 ウォールストリート・ジャーナルは多くの科学者が現在、個別では些細な濃度の化学物質がいくつか集まると有意な影響を与えるということを認めるようになったと指摘している。

 このジャーナルは次のように説明している:単一のホルモンかく乱化学物質への低レベル曝露による損傷は”通常は小さい”と欧州連合(EU)でホルモンかく乱化学物質に関する科学的研究を指揮しているアンドレアス・コルテンカンプは述べた。しかし、低レベルでも多くの化学物質に同時に曝露するとヒトのホルモン系に”非常に大きそうな”累積的影響を及ぼすとコルテンカンプはジャーナルに述べた。

 これらのことが事実なら、化学産業界は現在、公衆の健康と自然環境に対する大きな脅威であるとして広く認識されていると言っても差し支えないであろう。このことは不快な金銭的責任問題を産業側にもたらす。

 当然、自己の存立を図るために産業側は防衛的反応を展開している。もちろん、産業側はこれらの問題を少なくともテオ・コルボーンが研究した程度には研究している。産業側科学者と弁護士は、ウオールストリート・ジャーナルの一面に出るよりずっと前にその真実を知っていた。それはまさにタバコ産業界が肺がんについて公的に認めるより少なくとも50年前にタバコについての真実を知っていたのと同様である。

 化学産業界の対応は手が込んでおり非常に巧妙で、政府が産業側を効果的に規制することは不可能となるようにした。その策略は正に成功した。

 かつては、例えば1975年頃は、政府の科学者が科学的論文を検証し、証拠の重みを勘案し、DDTは恐らくわが国の国章であるハクトウワシのような野生生物に深刻な被害を与えると結論付けたので、DDTのような化学物質は禁止することができた。

 今日、そのような根拠で化学物質を禁止することは不可能である。それは過去20年間に成立した一連の法や規制が政府の規制官が満たすべき科学的”証明”の基準を変えてしまったからである。

 政府の規制をやめさせるための産業界の主な策略は不確実性と疑いを作り出すことである。”例えば、いくつかの研究がある会社が労働者をある化学物質に危険なレベルで曝露させているということを示したなら、それらの研究での疑いを消すために、よくあることは会社が自分たちの研究者を雇うことである”とScientific American(科学的アメリカ人)にデービッド・ミカエルスは書いている[2]。

 徐々にアメリカの規制システムは作り出された疑いにより無力化されている。そのシステムは、有害であることが証明されるまでは、誰でも(合法的である限り)望むことは何をしてもよいということが前提である。有害が証明されるまでは何をしてもよい。もし私があなたの町に引越し、小さな工場を構え、明るい青い煙を空に吐き出し始めたとしても、誰かが私の操業を問題にする前にその青い煙が有害であるかどうか証明するのはあなたの勝手である。

 一度、有害性の疑惑があがれば、その有害性を証明しなくてはならないのはやはり政府と公衆である。もしひとつの研究が青い煙は子どもたちに喘息を引き起こすということを示せば、政府は青い煙に関する全ての研究の検証を始め、最終的には証拠の重みを勘案するだろう。(もし政府が青い煙を規制する措置をとろうとすれば、我々青い煙を出している者は裁判に持ち込むことができるが、それはこの物語の後での話となる。)

 もし、うまいやり方があるとすれば、証拠の重みを変えるために以前の青い煙の研究の信用を傷つけることが青い煙を出している者として利益になることである。青い煙の研究を疑わせることで規制官は翻弄される。”一方で青い煙は有害であることを示す研究があり、他方でこれらの研究には青い煙協会から疑問が投げられている。この科学的な論争が解決するまで、我々は措置をとることができない”。これが現在の規制システムがどのように機能するかということを示している。

”疑いこそが我々の成果だ”。

 不確実性により無力化される規制システムに疑いを持ち込むことの威力を見つけ出したのはタバコ産業であった。1969年、ブラウン&ウイリアムソン(現在はR.J.レイノルズが所有)の重役が実際にメモの中でこの策略を述べていた。”疑いは我々の成果である。それは一般大衆の心の中にある一連の真実を打ち負かすための最良の方法であるからである[2] 。”

 疑いを作り出すことは非常に容易であることが判明している。ほとんど50年間使用されてきた強力な除草剤アトラジンを例にとろう。推定8,000万ポンド(約36,000トン)のアトラジンが毎年アメリカで散布されている。ある環境ではそれは残留して毒性を数十年間も保持している。

 アトラジンの当初の懸念はがんであった。アトラジンはラットの実験でがんを明らかに引き起こす。またルイジアナのアトラジン工場の労働者には前立腺がんの発症率が異常に高かった。しかし毎年アメリカにおいてアトラジンで数億ドル(数百億円)の売り上げがあるスイスの会社シジェンタはこれらの事実に疑いを投げかけることに成功し、規制官を無力化した。シジェンタはアトラジンは人間には存在しない生物学的メカニズムを通じてラットに影響を与えていると主張し、彼らの労働者に前立腺がんの高い発症率があるのは会社が特別に用心して労働者のがんを監視しているからであると述べている。

 一方、長年、証拠が積み重なり、アトラジンはカエルの性ホルモンをかく乱し、オスを雌雄の両性器を持つふたなりにすることを示した。そうならないことを証明するためにシジェンタはタイロン B.ヘイズという名前の生物学者でありカリフォルニア大学バークレー校の生物学教授を雇い入れた。しかしヘイズ教授の実験はシジェンタにとってまずい結果となり、アトラジンはオスのカエをル明らかにメス化することを示した。曝露していないカエルに比べてアトラジンに曝露したオスのカエルは、より小さな声箱(larynxes)と通常の10分の1のレベルの雄性ホルモン(テストステロン)を持ち、またオスとメスの特徴を兼ね備えたふたなりであった。シジェンタはヘイズ教授がその研究成果を発表する許可を与えそうになかっので、彼はより広い種類のカエルで独自の実験を行いその結果を名声あるジャーナル(ネイチャー及びアメリカ科学アカデミー論文集)に発表した。”我々はこれらの動物は化学的に去勢されていることを示した”とヘイズ教授は述べた。三カ国の独立系研究者らの他の4つのグループも同様な結論に達した[3]。

 シジェンタはヘイズ教授の研究について疑義を作り出すことでこの問題を解決した。彼らはこの研究を再現するために科学者らを雇ったが、彼らはずさんな仕事をし、ヘイズが達したのと同じ結論を得ることができなかった。EPA外部専門家委員会はシジェンタ研究の中に多くの欠陥と間違いを見出した。少なくともこれらの研究中2つで、”非曝露”グループのカエルがアトラジンに曝露していた。驚くに当らないが、これらの研究では”曝露”カエルと”非曝露”カエルとの間に有意な差を見出さなかった。もうひとつの研究では、明らかに不適切な管理の結果、80〜90%のカエルが死んだので、なんら結論を得なかった。ヘイズ教授がこの状況をまとめているように、シジェンタの科学者らがしたことは、”意図的に欠陥を持ち人を誤らせる多くの研究を生み出し、証拠の重みを変えた”ことである[3]。

 このようにひとつの科学研究に疑惑を与えることは容易である。単にその結果が再現されないよう十分ずさんな手法を用いてその研究を再現することを試みること−である。”一方で有害性を示す研究があり、他方である科学者らはこれらの結果を再現することができない”。そこで規制官は無力化される。

 デービッド・ミカエルはテキサスの記者に述べたように、”危険な製品と汚染物質を製造している企業等は、方程式に作り出された不確実性を加えることで、規制のプロセスが進展することを本質的に止めることができる”[4] 。

(次回に続く)
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[1] Peter Waldman, "Common Industrial Chemicals in Tiny Doses Raise Health Issue," Wall Street Journal July 25, 2005, pg. 1.

[2] David Michaels, "Doubt is Their Product," Scientific American Vol. 292, No. 6 (June 1, 2005), pgs. 96-101.

[3] Rick Weiss, "'Data Quality' Law is Nemesis of Regulation," Washington Post August 26, 2004.

[4] Jeff Nesmith, "New product for U.S. industry: 'manufactured doubt'," Austin (Tex.) Statesman June 26, 2005.


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