Our Stolen Future (OSF)による解説
歪められた科学:OSHA の六価クロムム基準強化を
覆そうとする産業界のキャンペーン


Environmental Health, 23 February 2006 掲載論文を
Our Stolen Future (OSF) が解説したものです

情報源:Our Stolen Future New Science, February 2006
Selected science: an industry campaign to undermine an OSHA hexavalent chromium standard
http://www.ourstolenfuture.org/Industry/2006/2006-0223michaelsetal.html

オリジナル論文:Environmental Health, 23 February 2006
Selected science: an industry campaign to undermine an OSHA hexavalent chromium standard
David Michaels, Celeste Monforton and Peter Lurie

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2006年2月28日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/research/osf/06_02_osf_hexavalent_chromium.html


 2001年、PBS制作のドキュメンタリー”Trade Secrets”で、ジャーナリスト、ビル・モイヤーは、塩化ビニルに関連する健康リスクを隠すというビニル産業界による数十年間のごまかしを曝露した。その証拠は、数十年前からの企業の悪事に関わるものであり骨の折れる法的開示手続きを経て入手できたものなので、明白であったが古かった。

 モイヤーのイタビューを受けた産業側の広報担当は誤りがあったことは認めたが、彼らは今や”レスポンシブル・ケア”の新しい時代に入ったと述べた。彼らの業界団体はその名前を Manufacturing Chemists' Association から Chemical Manufacturers Association へ、さらに American Chemistry Council に変えていた。彼らはそれらのやり方は過去のことだと断言した。疑問が残ったが、反論するには確固とした証拠がなかった。

 しかし、”Trade Secrets”以来、名前の変更、見せかけの改心とうわべだけのやり方の変更にもかかわらず、化学案業界の内部は科学を歪め、公衆健康基準をくつがえすための努力を続けていることを示す一連の事例が出現している。
 この何度も再発する科学の不正はウォールストリートジャーナルの注目するところとなった。そして2006年2月に、アメリカ化学会の出版部門、Environmental Science and Technology が、かつてはタバコ産業界を防衛したことのある”製品防衛”コンサルタント会社が、今日までにフタル酸エステル類、ビスフェノールA、テフロン化学物などの化学物質についても同じことをしていることを示す内部文書を曝露した。(訳注

訳注:ES&T 2006年2月22日/ワインバーグ社 デュポンに問題解決の指南を提案(当研究会訳)

 ここでは、2006年2月末が設定期限の公衆健康基準を後退させるために、クロム産業の御用学者がいかに科学的欺瞞に関与したかを正確に示すことによって世に警告を与えるマイケルズらの論文を紹介する。

何をしたか?

 マイケルズらは、2006年2月28日が期限の六価クロムムへの職業曝露に関する労働安全衛生局(OSHA)による規制見直しのベースとなった公開記録や科学的出版物を検証した。この期限は、ワシントンを拠点とするNGO パブリック・シチズンと、オイル・ケミカル・アトミック国際労働組合(CAWI Union)によるOSHAへの異議申し立てに対する米控訴裁判所の決定によって設定されたものである。この2つの団体は現在の六価クロムムの許容値 52μg/m3 を 0.25μg/m3 に引き下げるよう申し立てていた。

 文書を検証している間に、マイケルズらはインターネット検索で、産業的危険(ハザード)の評価を秘密で会社に提供している産業界関連の非営利団体である産業健康財団(Industrial Health Foundation)の破産に関連する公聴会に関する通知書を発見した。マイケルズらは破産処理法廷における書類を入手し、またさらに、破産手続きを行っている組織からも書類を入手した。

 収集した資料により、彼らはクロム産業界内のグループと産業界が雇った”製品防衛”コンサルタント会社が、どのようにしてパブリック・シチズンと OCAWI 労組にが提案した基準を攻撃したかを解明することができた。

何が分かったか?

背景:”法廷の決定よりはるかに前に、クロム産業界はOSHA基準の強化を支える科学的証拠を攻撃する取組を開始していた。”そのために、彼らは二つの”製品防衛”コンサルタント会社、ケムリスク(ChemRisk)とエクスポーネント(Exponent)を雇い、そのことを秘密にするために業界の弁護士を通じて金を払った。基準の強化に抵抗する関係者らによって用いられた戦術は、タバコ産業界が喫煙に対する公衆健康のための措置と戦うために用いた手法と非常に類似していた。それらには、EPAの研究の有効性に挑む、クロムに関するEPAの大きな研究の再評価に基づく一連の報告書の作成が含まれていた。最終的には批判の大部分はOSHAによって否定された。

 2004年、OSHAは追加の科学的証拠の提出を要求する発表を行い、3ヶ月間のパブリック・コメントの後、11日間の公聴会を開催した。この手続きの間、産業界代表は新たな疫学的データについては何も述べなかった。公聴会後のコメント期間は2005年4月まで延長された。

 このコメント期間終了の直前、産業側のひとつの研究がジャーナル『労働環境医療(Occupational and Environmental Medicine (JOEM))』に掲載された。それは2004年4月に提出されていたものである。それは、まさにOSHAが要求していた情報、すなわち特に労働者のコホートを取り扱った調査であるにもかかわらず、産業界はそれをOSHAに提出しなかった。この調査は、わずかな肺がん症例しか含まず、また肺がんのような疾病のための追跡期間が比較的短かったので、証拠能力として弱いものであった。マイケルズらによれば、”彼らは六価クロムム曝露に関するデータを収集したにもかかわらず、論文の中では何も発表しなかった。その論文は、”肺がんリスクが高まる証拠はない”と”暫定的な結論”を出した。

 特殊鋼産業協会及びプラスチック産業協会を含むいくつかの業界団体から出ている産業界代表は、この調査に基づき、公聴会後のコメント期間に、OSHAにコメントを提出したが、そのコメントでは彼らはデータと分析について知っていたことを確認したが、そのデータは公開しなかった。マイケルズらが観察するように、”産業側は、このうわさの資料に関し、実際の調査データは提供せずに、そのような資料があることのみ記録に残すことに成功した。”

隠されたデータ:マイケルズらの破産にかかわる書類調査の中で、彼らは産業側と契約したエンバイロン(Environ)が実施した未発表の調査結果を発見したが、それは六価クロムム曝露を削減するために産業施設内の雇用労働者を検査したものであった。

 この調査で得られたデータは、一切、OSHAに報告されなかった。この調査は、施設では低曝露であったと想定できるにもかかわらず、肺がんのリスクが著しく高まることを示していた。マイケルズらは、これらのデータの分析で、最も曝露の低いグループに比べて年間曝露が最も高いグループの労働者らは約20倍、肺がんになりやすいということを発見した。最も重要なことは、中間レベル(1.2 μg/m3 〜 5.8 μg/m3)で曝露したグループの肺がんリスクは、ほとんど5倍、高められたということである。

 未公開の最終報告書は、この研究の強い点のひとつを次のように強調している。”4つの施設を含めることによりコホートサイズは統計的能力が強化されるが、前の調査では一般的に欠如しているとされた。”

 公表された2つの施設は、上述の『労働環境医療(JOEM)』に発表さた調査対象であった。マイケルズらによれば、”彼らのスポンサー(産業界)に結果をとりあえず提出した後、著者らはドイツとアメリカの結果を明らかに分離した。調査提案の中で統合されたコホートの強さを繰り返し強調していたにもかかわらずである。”
 ドイツのコホートの分析は発表用に分離して、後から提出された。それは曝露が最も高いグループでも、わずか2倍しかリスクは高まらないと報告している。

 本質において、全体の調査グループを二つに分離し、それらを分離した研究として発表することで、彼らは中間レベルで曝露したグループの著しく高められたリスクを見えなくした。これはOSHAの現在の規制にとって極めて重大である。すなわち、上述したように、統合されたコホートでは、1.2μg/m3 〜 5.8μg/m3 の範囲で曝露した人々はリスクがほとんど5倍高まった。これは現状の許容値である 52μg/m3 よりはるかに低い値である。それはまた、OSHAの提案している許容値 1μg/m3 に非常に近い。そのリスクを新たな健康基準に反映するということは、許容値を現状よりはるかに低くすることであり、それを守るためには非常に大きなコストがかかる。ロサンゼルス・タイムズによるインタビューを受けた産業界の消息筋によれば、現在の提案を満たそうとすると、ビジネスに破産をもたらし、金属処理産業は年間3億8,000万ドル(約420億円)のコストがかかるとしている。

何を意味するか?

 未公開の調査は、OSHAの現在の提案である 1μg/m3 ですら、十分とはいえないということを明らかにした。

 しかし、この論文が広範に示唆することは、これからも続く化学産業界による公衆健康科学の歪曲という懸念である。反論はあるとしても、”レスポンシブル・ケア”は標準の慣行ではなく、歴史的でもない。

 マイケルズらが指摘しているように、”EPAやFDAを含むアメリカの多くの規制機関は、規制の決定にあたり、調査研究のスポンサーによって提出された未公開の調査研究に非常に依存している。”そのプロセスは、アトラジン、ビスフェノールA、及びテフロン関連化学物質の事例やこの事例で示されたように、科学的に妥当性を欠く措置に対し非常に無防備であり、会社、業界団体、”製品防衛”コンサルタントらがデータを隠し、データをわざと誤り伝え、あるいはデータを無視する明らかな事例がある。

マイケルズらは下記を勧告している:
  • 科学的分析及び報告を記録として提出する団体は、資金提供者のオリジナルの資金源を含んで、その研究の真の資金提供者を明らかにすべきである。
  • 法規制作成プロセスに関与する団体は、関連する全てのデータを、それらがピアレビューを受けたかどうかに関係なく、公共の記録として提出したことを証明することが求められるべきである。
 これらの提案は確かに、現在壊されてしまったシステムを修復するための小さな一歩であろう。不幸なことに、鉛、タバコ、ビニル、そして現在、アトラジン、ビスフェノールA、PFOA、そしてカドミウムの経験は、公衆の健康リスクを覆い隠そうとする会社が今後も出てくるであろうことを示している。公共のためにはシステムを大きく変えることが求められる。


訳注:
2月28日付ワシントンポストによれば、OSHAは2006年2月28日、新たな職場での空気中の六価クロムムの許容濃度を 5μg/m3 として発表した。これは2004年にOSHAが提案した 1μg/m3 より大幅に後退した。産業界のキャンペーンの成果!パブリック・シチズンら NGOs はこの値を不服とし、"We'll see you back in court. That's our reaction to this." と述べている。
Washington Post, February 28, 2006 / OSHA Sets Limit on Workplace Chromium
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/02/27/AR2006022701507.html



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