はじめに |
天然に存在する有香物質を原料から、抽出、濃縮、搾油、蒸留などの分離操作により採取したものが天然香料です。植物から製造したものを植物性香料、動物から採取したものを動物性香料と呼びます。 |
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植物性香料(植物精油) |
植物性香料は、植物の枝葉、根茎、木皮、樹幹、果実、花、つぼみ、樹脂などから得られる植物精油が主体です。植物精油は一般に水よりの軽く、テルペン化合物を主成分とする揮発性の油で、なたね油ややし油などの油脂類とは性質が全く異なっているので、植物精油(アロマオイル、エッセンシャルオイル)と呼び、区別されています。全ての植物は精油を含んでいるので、その数は膨大なものになります。
植物精油は植物性香料の最も代表的なものですが、不揮発性ないし、難揮発性の樹脂状分泌物であるオレオレジン(合成樹脂)、バルサム、ガム、樹脂も重要です。これら4種の樹脂状物質は厳重な定義が困難ですが、しばしば精油と共存しており、両者は密接な関係があります。
今日香料工業ではしばしばレジノイド及びオレオレジンと称されるものが使用されています。レジノイドはある種の植物の乾燥物、バルサム、ガム、樹脂あるいはシベットなどの動物性香料をアルコールなどで溶剤抽出して得た有香物質の濃縮物で、可溶性樹脂を含有し、香粧品用調合香料に保留剤として用いられるものの総称です。一方オレオレジンは植物の根茎、皮、葉、果実、種子などからレジノイドと同様に溶剤抽出して得られたものをいい、食品香料に用いられる場合が多く、含油樹脂のオレオレジンと混同されるおそれがあります。香辛料の溶剤抽出物もオレオレジンと称しています。
なお、花から溶剤抽出法で得られる抽出物はオレオレジン、レジノイドと同様の物質ですが、樹脂分はほとんど存在せず、組成もかなり違うのでコンクリートと呼ばれています。 |
動物性香料 |
現在香料の原料として用いられる動物性香料はわずか4種類を数えるにすぎません。ムスク、シベット、カストリウム、アンバーグリースです。
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musk ムスク 麝香 |
香料の長い歴史を通して最も珍重されてきた動物性香料です。雄のジャコウジカの性器とへその間にある分泌腺から出る有香物質で、その主成分はムスコンです。
ジャコウジカは、中央アジア、チベット、雲南、アッサム、モンゴル、南シベリアに住む草食動物で、木の若芽を好み、反芻します。分泌されたジャコウは香嚢と呼ばれる袋の中にたまります。2才未満のシカでは不快な臭気を有する乳状物質が分泌されるにすぎませんが、2才を越えるとジャコウが成育し始めます。成長するに従って、その量が増大し、特に交尾期は多くなります。10才程度の雄から約50g程度のジャコウを採取することができます。香嚢の中にある黒ずんだ赤褐色の粒状物質が天然ジャコウで、低温では固いが温めると柔らかくなり、アルコールにも水にもよく溶けます。乾燥した香嚢を木箱に入れて販売する場合と、粒状ジャコウとして販売する場合とがあり、高価な原料です。
ジャコウは高級香料の保留剤として多く用いられ、その芳香は調香にとって不可欠なものとして珍重されています。漢方薬としての需要も多く、興奮剤、強精剤として使用されています。最近、中国の四川省や陜西省でジャコウジカの飼育に成功し、飼育場では生きたままのシからジャコウを取り出すことに成功しています。 |
ambergris アンバーグリス 竜涎香 |
竜涎香はマッコウクジラの腸内に生ずる病的生産物で、一種の結石です。生因は明らかではありませんが、竜涎香の中にイカのくちばしやあごの骨など夾雑物があるので、クジラがイカを多食した後、不消化物が胃腸を刺激して生ずるという説もあります。
竜涎香は無光沢なロウ状のかたまりで、色は黄色味を帯びた灰色、灰色、黒色などのものがあります。それぞれgolden、grey、black等の等級がつけられており、黄色がかった灰色のものが最高級品です。他の動物性香料と違い、排泄物臭や刺激臭がなく、温和な乳香様のバルサム臭があります。海上を浮遊しているものや海岸に打ち上げられたものが発見されています。捕獲したマッコウクジラの腹中より取り出して乾燥したものは黒くて柔らかく、重さは通常1kgから100kgぐらいあります。その色合いと性状から「灰色のコハク」、すなわち「アンバーグリス」という名がつけられました。
竜涎香の多くは、アフリカ、インド、日本、スマトラ、ニュージーランド、ブラジルなどの海上で発見されています。捕鯨国日本及び旧ソビエトが最大の産地です。天然の精製をしない竜涎香は決してよい匂いとはいえず、長期間海上を漂流した夾雑物のないものが珍重されます。乾燥後、小片にして乳糖を加え、アルコールに浸して浸出濾過した浸液を香料の原料に使用し、調香において優れた保留剤です。 |
参考資料 「香料の化学」、「香料の実際知識」 |