ホンモノ |
〜 Museo Nacional de Antropologia, Ciudad de Mexico |
僕が世界三大博物館を選ぶとしたら、ここだけは絶対に外さない。メキシコシティ観光のハイライト、国立人類学博物館だ。実際に来てみて納得したのだが、なるほど、ここは歴史博物館でもなければ考古学博物館でもない。まさに「人類学」博物館だ。 アメリカ大陸に人類が渡ってきた頃から始まり、オルメカ、テオティワカン、トルテカ、マヤ、アステカと、メソアメリカを色彩どった珠玉の古代文明の数々が、膨大な遺品とともに紹介されている。それだけではない。現代に生きる多様な先住民族の風俗や文化も詳細に展示しており、人間とは何かについて多面的に考えさせられるのだ。 自分の興味と感心に照らし合わせて冷静に判断を下すならば、すべてを見て回るには一日では到底足りない。しかし、今回のツアーで許されているのは2時間弱。とすれば、相当にポイントを絞らなければならない。 「人生で再び訪れる日があることを信じよう。残りはその時のために取っておく」 そうと決まれば向かう先はひとつだ。 しかし、オルメカの巨石人頭像がさっそく僕たちの足を止める。古代のメキシコにはいなかったはずのネグロイドに似た厚い唇が特徴的な風貌をしており、出自の不明さからこれもオーパーツとして名高い。展示されている個体は高さ4mはあろうかという巨大さで、彫り出した後どうやって運んだのかも謎のままだ。ビジャエルモッサのラ・ベンタ野外博物館に行かなければ見れないと思っていたので、これは嬉しい。 テオティワカン室には実物大のケツァルコアトル神殿があった。往時の色彩が復元されているというが、しょせんレプリカ。横目で見て通り過ぎようと思ったが、近づいてサイズを確認したくなり、つい立ち止まってしまう。 アステカ室も通り過ぎるわけにはいかない。中でも太陽の石は見逃せない。巨大な円盤に当時の宇宙観や時間感を表すという複雑な模様が彫り込まれており、曼荼羅のような意匠が神秘的な雰囲気を醸し出している。他にも神話に出てくる神様の彫像などがバリエーション豊かに並べられており、見ていて飽きることがない。というか、いつまでも見ていたい。 いかん、こんなことでは時間切れになってしまう。駆け足になりながら先を急ぐ。 ようやく目的のマヤ室に辿り着く。その一角に趣の異なるエリアがあった。ガラス越しに深く穿たれた穴の中央に大きな石棺が置かれている。光量を落とした明かりが朱に塗られた壁に反射し、中に横たわる人物を幻想的に照らし出している。パレンケで発見された墓室のレプリカだ。模型のはずなのに、見ていると吸い込まれそうになる。 「ちょっと、何やってるの。本当に見るべきはこっちでしょうが」 袋小路になっている展示スペースから妻が呼んだ。そちらには小物しかないだろうと高を括っていた僕は、近づいてそれを目にした瞬間、固まって動けなくなった。 中空を見上げる虚ろな視線。緑色に鈍く斑に輝く肌。紛れもない。これこそ、生きているうちに一度は見たいと子供の頃から思い願っていた一品、パカル王の翡翠の仮面だ。これを見るためなら、これまでの旅程すべてを引き換えにしても惜しくはないとさえ思っていた。それが今、目の前にある。旅の最後にようやく巡り合えたのだ。 「ホンモノ……」 そう呟いたきり、二の句が出てこなかった。あまりの感動に包まれると、人は喜びよりも戸惑いが先に立つものなのだということを、僕はこの時初めて知った。 |
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驚異のメキシコ |
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