「シーナの夏3」
 
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 あの日、私は何の気もなしに、3階奥の女子トイレに向かった。
 一番近かったってだけだったんだけど。
 
 入口を、一人の女生徒が塞いでた。
 ここのトイレは一番職員室から遠いし、端っこだから使う人も少ないんだよね。
 だから、すぐに意味がわかった。
「ナッツさん、すみません。今、使用中なんで他回ってもらえませんか」
 特に興味なんてなかったけど、そいつがニヤニヤと笑っていたから。
 その笑いがムカついて、私は無理に通ることにした。
「私がどこ使おうと勝手だろ。指図してんじゃねーよ」
 予想してなかった私の反撃に、そいつがは怯んであとずさった。
「あ…でも……」
 無視して私は、中に入った。
 
 中には5、6人の女子に囲まれているシーナがいた。
 全員ギョッとしたように私を見る。
「な、ナッツ…さん……」
 しかし、なんで同級生も私をさん付けで呼ぶんだろ。
 まるで年上みたいじゃない。やあねぇ。
 私は悠々と歩いて、一つの個室を使った。
 出てきた時には、水浸しになったシーナだけがそのまま床に座り込んでいた。
 また汚くなっちゃって。
 私は水道で手を洗うと、シーナを振り返った。
 ポタポタと滴を落としながら、シーナが笑った。
 
 別に、放って置いても良かったんだけど。
 私は、まったく無意識にシーナを呼んでいた。
「来なよ」
 犬が尻尾を振るように、嬉しそうに飛んで来た。
 シーナの顔と髪を洗ってやって、服も汚れたところだけ水洗いした。
 慣れてるんだよね。
 妹がまだ弱かったころ、しょっちゅう吐き戻してたから。
 私の手で受け止めることくらい、なんてことないし。
 汚れたら洗えばいいのよ。
 持っていたタオルで拭ってから、私はシーナを保健室に連れて行った。 
 保健の先生はいなかったけど、どこに何があるか知ってたから勝手に使わせてもらうことにした。
 予備の制服に着替えさせ、椅子に座らせた。
 濡れたままの髪を櫛で梳いているうちに、どうにも我慢ができなくなって私はハサミを取った。
 キラリと刃先を光らせる。
「動くなよ」
 シーナはコクコクとうなづいた。
 シーナの真っ黒で、ザンバラの髪にハサミをいれた。
 
 バラッ…。
 
 塊になって髪がこぼれていく。
 実は、髪とかいじるのが好きだったりする。
 長く伸ばしてる人見ると、編みたい!纏めたい!ってずっと思ってて。
 無精してるのが堪えられないのよ!
 思う存分ハサミを奮って、満足いく仕上がりになった。
 保健室のドライヤーで乾かしてセットし直して、ついでに眉毛カットと産毛処理もして、 唇に薬用カラーリップも塗ってみた。
 
(ああ…やっぱり!!)
 
 私の勘は間違いじゃない!
 どっから見ても美少女がそこにいた。
 シーナは不思議そうに鏡を見て「綺麗」と笑った。
 
 それがあんただよ。
 なんでみんな放っておくんだ?
 どこに目をつけてるんだよ。
 わけのわからない衝動に、私はシーナにいくつもの決まりごとを強要した。
 
・風呂は毎日入ること
・顔も毎日洗うこと
・髪を梳かすこと
・いつも手を綺麗にすること
・服も洗濯すること
 
 信じられないけど、そんな日常のことが、シーナにはわからなかったんだ。
 けれど、そんな習慣がないシーナはすぐに実行に移すことができない。
 私は毎日シーナを追いかけて、学校の水道で洗ってやった。
 面白がって逃げるシーナと私の追いかけっこは、かなりみんなを驚かせたみたいだ。
 一部では、私がシーナを捕まえて虐めてるように映っていたらしい。
 それでもいいや。
 なんて言われてもいいや。
 誤解されるのは慣れてるもの。
 もっともっと完璧にしたくて、休み時間にシーナの爪にマニキュアを塗った。
 キラキラ輝く星空を爪に作ってやったら、シーナは土いじりをパタリとやめた。
 大事そうに指を抱えて「綺麗」と笑うシーナの顔をずっと見ていたかった。
 
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