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あれは高校2年の夏。暑かった夏。 なにもかもが暑かった。 シーナがいた夏。 私はナッツ。 けれど、家族以外には大体【ナッツさん】と呼ばれていたっけ。 2年になって、私は初めてコウイチとシーナと同じクラスになった。 それまで噂では知ってたし、顔も見知ってる程度だったけど。 有名人だったのよ、二人とも。 コウイチは、こんな田舎じゃ考えられないくらい綺麗な顔立ちをしていて、 黙って立ってたらそりゃあカッコイイ男で、人気があって、アイドルのように毎日人に囲まれてた。 シーナは…、あ、シーナって椎名って姓だったのね。それは後から知ったんだけど…。 シーナは変わっていたわ。 そうね、たとえば道で、猫が車に轢かれてそのまま潰れていたら、素手で持ち上げて移動させたり。 蝉の死骸を集めてみたり。授業中、空に虹を見つけると教室を飛び出して走って追いかけようとしたり。 行動が、かなり人と違っていた。 だからイジメにもあうんだろうけど、汚水を頭から被せられても、平気で笑ってたっけ。 シーナはいつも汚い格好をしていた。 髪も自分でハサミで切るものだからザンバラだし。 でも、みんな気付いてなかったよね? シーナは、すごく可愛い子だったんだ。 あの日、私は最近勢力を伸ばしてきた隣り町のチームとやりあってきた帰りだった。 リーダーとのタイマン勝負で、ちょっと手こずったけど勝った。 泣いて土下座させた後、気分良く帰ろうとしていたけど、 服とかに血が付いちゃってこのままじゃ親に説教くらうのもわかってたから、彼氏の家に向かったんだ。 服、着替えて帰ろうかと思って。 そしたらヤツ、いないでやんの。 私に断りもなく、どこ行ったんだっつーの。 ぼうっと道端に座り込んで、妹に着替えを持ってこさせるか、親が寝る時間まで待つか考えていた。 そしたらなんだか眠くなってきちゃって、私はそのまま意識を飛ばしてしまった。 そんなに時間は経ってなかったと思うけど、私は、温かい何かを感じて目を覚ました。 体中が酷く痛んだけど、そんなことどうでもいい。 私の目の前に…というか隣りに、もたれかかるようにシーナがいた。 (……何、これ?) 一応私も、それなりに有名なつもりなのよね。 この辺一帯は、全部あたしが取り仕切っていて……、誰も私に逆らうヤツなんていないくらいに 恐がられていて…。 負けたことなんかないもの。 私は強いもの。 だけど、この瞬間、私は初めて負けたと思った。 私に寄り掛かって眠ってるシーナ。 初めて至近距離で見たその顔は、汚れてはいたけれど綺麗だった。 シーナはゆっくりと目を覚ました。 「あ、生きてる」 それがシーナの第一声。 「はあ?テメエ頭おかしーんじゃねーの?」 シーナはにこっと笑った。 「うん。シーナ、生きてて嬉しいの」 コイツは、私が動かないから脇にどけようとしていたらしい。 でも力尽きて一緒に倒れたってか。 シーナはガリガリに痩せていたから、毎日体を鍛えている私を、動かすことなんて出来なかったんだろう。 シーナには、猫も私も一緒なんだ。 もしかしたら、蝉の抜け殻とも同じなのかもしれない。 可笑しかった。 私はなんだか笑いたくなって、大きな声で笑った。 こんなに笑ったのはいつ以来だろう。 家族以外のみんなが、私を恐れてる。 こんなつもりじゃなかったのに。 私は、大切なもの守りたかっただけなのに。 チームの頭になりたかったわけじゃない。 気がついたら、降りられない神輿の上にいた。 ねえシーナ、あんたは私が恐くないの? 私の様子をにこにこ笑って見ているシーナ。 私は、笑いながら泣きそうになったけど、我慢した。 泣いたら負けだと思ってた。 最初から負けていたのに……。 私は翌日から、なんとなく遠ざかっていた隣り街のダンススクールに復帰した。 体の弱い妹のために親が通わせていたんだけど、私も一緒の方が安心だろうって、 かなり小さい時から通わされていた。 最近は、やる気もなくってさぼってばかりだったんだけどね。 スクールの先生は、少し驚いた顔をして、私の肩をバンっと叩いた。 「ずいぶん久しぶりじゃないのさ。体なまってるんじゃない?ストレッチから始めましょう」 馴々しさ全開で、私の腕をとる。 まあ、長い付き合いだからね……って容赦なさすぎ! 痛いっつーの!そんなに曲がらないよ!背骨が折れる〜〜。 いかに鈍っていたか、思い知らされたわ、体で。 体を動かすと気分が晴れていく。 モヤモヤしていたものが消えていく。 そんな私を、妹は無言で見ていた。 普段から無口な子だけれど、何を考えているか丸わかりよ。 だって双子だもんね。 ダンスのおかげで、今は健康体だけれど。 妹には昔から苦労させられたわ。 トロイあの子を守るために、男の子とも喧嘩の毎日。 それがしっかり染み付いちゃった私を、どうしてくれるのよ。 なんてね。 恨んでないわ。 嬉しいもの。 あんたが元気になってくれたのが、すごく嬉しいもの。 私に張り合うように踊り出した妹。 (…………上手いじゃん) さぼってばかりの私より、ずっとしなやかな手足! うぅ……恨んじゃいないけど悔しい!! 私の方が上手かったのに!! 教室に火花が散った。 もうサボるもんか。 喧嘩よりテリトリーより、こっちの方が大事だ。 私は、意地を張るのに疲れていた。 それを気付かせてくれたのは、シーナだ。 (生きてて嬉しいの) うん。私は生きてるんだ。 だからって、シーナと仲良くなったとは思って欲しくない! 同じクラスだけれど、相変わらずシーナはいつも一人でいた。 私も今までの生活をいきなり変えることができなくて、人気のない校舎裏でサボったりしてた。 チャイムが鳴って、休み時間になったのを知った。 こんな物陰に来るのは、私みたいにサボり組か、もしくは……アレだね。 2、3人の女子が、一人の男を取り囲んでいた。 ふふ…面白いものが見られそう。 「あの…お手紙読んでいただけましたか?」 「読まなきゃここに来てないやん」 ……ん?なんか間の抜けた男だなあ…。 「それで、つ、付き合って欲しいんですけど」 「3人で?別に何人でもいいけど」 「はあ?」 どうも話が噛み合ってないぞ。 そのところ気付いてないだろう、そこの男! 「いえ…あのぉ……。私だけ彼女にして欲しいんですけど」 あきらめないね、アナタも。 「彼女…今だと何番目になるかな。ちょっと数えるから」 「恋人いないって言ったじゃないですか!」 とうとうキレたわ。 どうする男!? 「特別な彼女はいないよ。みんな好きだし。一人だけ特別なんてできないよ。で、どうする?」 や、やめときなよ。こんなヤツ。 「今だと何番くらいで……」 告白してる彼女の友達は、すでに呆れて帰ろうとしてる。 「んーと、…15番目かな」 「それでいいです!よろしくお願いします!」 いいのかよっ! 「はい、よろしく。でなんて名前だっけ?」 「1年D組早見さえです!得意は料理!クッキー作ってきていいですか?」 「甘くしてね」 「はい」 彼女は飛び上がらんばかりに嬉しそうで、呆れ果てた友達二人とウキウキと帰って行った。 ……呆れて口が閉じらんなかった。 私は木陰から顔を覗かせて、最低男の顔を見てやった。 そこにいたのは…。 「コウイチ…?」 思わず声に出しちまった。 あんただったのか…。 なんか納得。でも…。 「ずいぶん遊んでんだ」 私は陰から出てきて、コウイチを斜めに見上げた。 「まーね。キミも彼女候補?」 「間に合ってるわよ。私は、私のことだけを大切にしてくれる男じゃなきゃ興味がないわ。あんたって何様?」 「………コウ様とか?」 「はあ?」 なんだこの男は。 私を見ても動じないどころか、ボケをかますとは! 「テメエ…」 思わず胸倉を掴みそうになった私の手を、コウイチはヒョイと掴み両手で包んだ。 「知ってるなら教えてくれないか?」 「な、何をだよ」 「人の愛し方」 「…………」 不覚だ。 私の一生の不覚だ。 この私が、真っ赤になってしまっただなんて。 照れてどうする! 「あっ。愛の営みの仕方じゃないからな。それは知ってる」 誤解するような言い方するなぁあああ! しかも至近距離で。 真っ向から目を合わせられて言われたら、誤解するだろうが。 それがコイツの手なんだろうか。 「みんな好きなんだよね。だから…特別ってなんだ?」 「自分の胸に訊け!最初に浮かんだ人間のことだろ!」 私も何を答えているのやら。 「だから、誰も浮かばないのさ」 その時のコウイチの人形のような顔を、私は忘れられない。 感情のないその顔は、シーナとまったく反対で、死んでいるように見えたんだ。 NEXT |
