「日本」と「ジャパーナヤディー

シンハラ語質問箱 Sinhala QA71
2008-Mar-03 2015-May-12 2018-Dec-21



 「増補改定・シンハラ語の話し方」に、場所を示す単語の使い方が日本語とシンハラ語で同じように記載されています。「で」と「ディー」なのですが、その部分を詳しく知りたいのです。



「日本」と「ジャパーナヤディー

 「増補改定・シンハラ語の話し方」の「副詞句の作り方」の例文に「日本」が「ジャパーナイェーディ」の訳として掲載されています。テキストでは文の中の別の語句の説明をしましたので、ここでは「日本で」と「ジャパーナイェーディ」のつながりを解いていきます。以下はシンハラ語新聞の記事の一節です。

 ලබන 18වෙනිදා ජපානයේදී පැවැත්වෙන සාම සාකච්ජාවලට
 labana  18-venidhaa  japaanayee-dhii  pavathvena   saama  saakachjaavalata 
  来る   18日、    日本      始まる     和平   会議に

 日本はジャパーナヤ。「で」は「ディ」。だから、「日本」は「ジャパーナイェ・ディ」となって、助詞の「で」とニパータの「ディ」が音も意味もうまく重なってしまう。日本語とシンハラ語には同じような要素がいくつかあるのですが、文を作るときにその"同類項"の要素が最も効果的に発揮されます。
 でも、旧来の文法で捕らえると、ここで言う同類項が見えなくて日本語とシンハラ語の比較は厄介なものになります。格の問題が潜んでいるからです。
 私たちは日本語を話すとき格を意識しないし、学校文法でも習ってこなかった。でも、シンハラ語の場合、どうしても格を意識しておかないと文が理解できない。
 例文の「ジャパーナイェ・ディー」はジャパーナイェーとディー(ニパータ)とに分けられます。ディーは場所を表すニパータ、日本語の助詞にあたるのですが、これで処格を作ります。この処格を表す文法にシンハラ語では特別な用法が待ち受けているのです。

処格ආධාර විභක්තිය の文法規則


  シンハラ語(文語)には九つの格があって、そのひとつに処格があります。シンハラ人もそんなこと日常は意識しませんが、シンハラ語の受験対策用学校文法はそう教えるのです。処格は名詞の語末一音節を-ehi/-hiの形に変えることで表せます。

දරුව ඇඳෙහි නිදයි
 
FONT size="3">daruvaa  andehi nidayi

 赤ちゃんがベッド寝ている
    シンハラ例文/  සිංහල භාෂා ව්‍යාකරණය 2004/p.242


 上の文のアンデ(ベッド)という名詞はアンダ(主格)の処格です。anda + ehi→andehiという転化が起こり、この語末のa→ehiという母音変化が処格名詞の形とされます。
 名詞語尾を-ehiにして処格をつくるのは「ある」「いる」という状態を表現するときです。「ある」「いる」という存在以外の動的な状態を表すには「処格+ディー」の形をとります。処格名詞にわざわざ「ディー」というニパータを加える表現ですが、これは「(場所)~で」というときに用いる助詞「で」が対応します。
 でも、日本語の助詞は用法が広範囲で、意味する範疇は曖昧模糊としていることが多いので、定規で当てたように助詞の意味をきっちり覚えてしまうと、次のような例文には面食らうことになります。

අතර මගැ දී මිත්‍රකු හම් වී
athara magedii mithraku ham vii
分かれ 道 友達に 会って
   出典 同上p.242


 「分かれ道で」の「道で」はマガmaga(主格)→マガェmagae(処格)とした上で場所を示すニパータ(助詞)のディーdhiiを加えた「マガディー」が対応します。これはいいのですが、「友達に」の部分は「に=ディー」ではない。「友達」を表すමිත්‍රක mithrakaは主格の形、これを与格の「友達に」とするには මිත්‍රකු mithrakuと語尾変化します。
 これ、どうする? って、まあ、そう覚えるしかない。

名詞の語形変化と言うけれど

 名詞は語形変化する。名詞の語形変化、言い換えてシンハラ語の名詞の格変化はアーリア語族の言語に共通する文法ルールです。また、言い換えれば、これはシンハラ語のアーリア語ファミリーとしての由緒の証明なのです。でも、実は、シンハラ語の名詞語形変化はその大部分が「名詞+ニパータ」の組み合わせで成り立っていて、名詞の語形変化って、少々高尚な文語的約束事なのです。シンハラ語では文語と口語の乖離ははなはだしい。
 場所・時間(期間)を表す方法ですが、シンハラ語では「処格+ディー(ニパータ)」という単語の組み合わせを作ります。格文法に慣れない私たちには面妖な単語変化とその組み合わせと映りがちですが、上に見たようにその実は日本語の場所を表す言い方とほとんど変わりがありません。
 この「処格+ディー(ニパータ)」の言い回しはシンハラ語の処格の特別な用法なのですが、日本語の「で」と較べるとき、その特殊が少しも特殊でなくなるのも、言い換えればユニバーサル・グラマーになってしまうのも、これまたおかしなことです。

 シンハラ語のニパータは「変化しない単語」のこと。語形変化しないことば、非変化語の寄せ集めです。
 だから、と言うわけではないのですが、シンハラ語文語文法ではニパータが疎かにされる。文法上は疎かにされてしまいがちですが、このニパータは文をつくる能力に長けていて、構文の大切な要素です。ここには日本語の助詞に当る単語群が含まれています。日本語を母語としているシンハラ語話者の皆さん、努々、ぞんざいな扱いなどされませんよう。

参考→「で」と「ディ」の微妙な関係
     シンハラ語の品詞ニパータ
     シンハラ語の格
     アーリア語族
 
   シンハラ語の名詞と動詞