KhasyaReport 008-heusken-burubon

KhasyaReport　Khasyabooks mini 2023-08

ブルボン小劇場のヒュースケン３

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ブルボン小劇場のヒュースケン
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KhasyaBook mini
ブルボン小劇場のヒュースケン３
茶碗を鑑定するヒュースケン　khasyaReport
　Tap me

第1幕　浅草橋の酒場　第１場　治兵衛、カン

　森谷治兵衛は浅草橋たもとで錦絵の地本屋錦森堂を開いている。錦絵は店先に吊してあでやかさを競い商いするものだが治兵衛は遊郭吉原のロードマップを國信に書かせて刷り上がりを袋に入れて売った。アイデアに長けた気の廻る商才だ。

　治兵衛　江戸の歌舞伎画はご法度、江戸文化を捨てよ、西洋文明の本を売れ。ご一新だ。まあ、時代はそんなんだけどね。でもなあ、後々言われるほどそんなに目まぐるしく世の中が変わったわけじゃねぇ。文明開化を進めろだなんて言われなくても天保三年₁₈₃₃から仏郎王歌ナポレオン本「那波列翁一代記」をさばいてる。頼山陽の漢詩ナポレオン一代記「仏郎王歌」は、まあ、実に売れた。ご一新成就に力を与えたのは、大きな声じゃあ言えねえがナポレオンよ。薩摩藩には裏木戸からこっそり入ってまとまった冊数を収めた。西郷はナポレオンの革命に熱気を覚えた。

　しくじっちゃあ立ち上がって革命の戦いに挑んだナポレオンに西郷は喝采したんだ。西郷だけじゃねえ、大槻盤渓はナポレオンを褒めたたえて漢詩12編「仏郎王詩」を詠んだ。盤渓の漢詩は奥州列藩同盟を鼓舞したものさ。
　ナポレオ本ンは刷れば売れる。こういうご時勢にナポレオン本を刷らずソウゴロウに力を入れるなんて錦森堂も愚かな版元だぜ、まあ、オレはそう囁かれてるがそんなもんでもねぇ。中村座の芝居が当たって錦絵が売れている。エゲレス、フランスの商人が芝居絵を買いあさってる。フランス向けになよなよした絵にしてくれの、エゲレス向けに硬く描けってな具合に注文が入る。あちらじゃ日本ブームで歌舞伎画は高値で売れる。
　治兵衛が徳利を傾けながらカンに言う。
　カン殿はSakura藩の内実をようくご存じなのだからよろしく願いますよ。これまでのどんなソウゴロウ本よりえぐいのをさ。
カン　私は事実しか書かない。

治兵衛　それはよく知ってますよ、カン殿。先生のヨシチロウ行状記を読めばよくわかる。　あの感じでぐいぐいと読者を引き込んでください。小団次の演じるソウゴロウの幽霊は藩主の枕元にせりあがる。観客は両手で顔を覆い目を瞑った怖いもの見たさで指の間を開けそっと怨念に怒るソウゴロウを見やる。過酷な税で百姓を絞り上げる藩主への恨み。復讐の怨念。ソウゴロウの幽霊が江戸庶民には気持ち悪く心地よい。それは徳川250年を通じてたまりにたまった庶民の義憤だ。二本差しが首切りの恐怖を町人農民に突き付けて財を搾り取る国への抗議だ。

　酒の冷めかけた治兵衛、こんなことを言う。
治兵衛　いくさを鼓舞するナポレオン本だけどね、分かんねえことがあるんだよ。何とかフレイルってんだが、この何とかフレイルでマルセイユの百姓たちは立ち上がり鍬犂を抱えてパリへ進軍するんだ。何とかフレイル、何とかフレイル。カンさん、なんだか知らねえか。

　私は純漢文が専門です。それはフランス語ですか。漢語辞典ではお目にかかったことがない。　ま、なんでもいいか。こういう微細なところは省いていいから、原稿早く仕上げてくださいね。草稿出来たら絵師に回して刷師に即刻刷らせますから。「絵入佐倉宗五郎実記」。これがカンさんの和文著書第一作の題。カンさん、お願いしますよ。

第1幕　浅草橋の酒場　第２場　カン　ヨシチロウ　久助　ヌイ

　ああ草場氏の飲み屋からパリ・ブルボン小劇場へ。小テーブルを置いてカンたちがナポレオンとソウゴロウの話を続けている。

第2幕
カン　ヨシチロウさんが参られた。いやいや、お待ちしておりました。
ヨシチロウ　何やら聞き覚えのある声が壁の向こうからするので、覗いたらここへ。ここは一体？
カン　パリのブルボン小劇場です。
ヨシチロウ　パリというとあの仏郎王ナポレオンが革命を起こされた…江戸からパリへは近いのですか。あっという間にパリに来てしまったのか。
カン　地球は狭い。久助さんのおかげで私たちは今、時間と空間を戻ったり先へ行ったりできます。ナポレオンの時代へも行けます。
ヨシチロウ　仙台藩養賢堂の大槻盤渓学長の漢詩で英雄ナポレオンのことを知りました。歴山王アレキサンダーを抜く大豪傑、ナポレオンの棺がシャンゼリゼを凱旋門へ向かう時、輝く軍服の英雄の姿が思い起こされる。盤渓はそう詠いました。今、私がいるのがパリであったとは！

カン　ヨシチロウさん、パリにお越しいただいたのは以前お聞きした金貸しWの悪だくみのことをお話しいただきたいからです。私はあの話を聞いて何が何でも文字に起こさなくてはならぬと心に決めた。ヨシチロウさんが農民の訴えを聞き入れなければソウゴロウの悲劇と同じことが起こっただろうに。そうです、あの話。金貸しWと白州で渡り合って取られた田畑を取り戻し、巻き上げられた金まで取り返した。あの話です。
ヨシチロウ　沼木と平清水の農民が私かに田地を山形藩ご用向きの金貸しに質入して、結果、田地をだまし取られそうになった。カンさんにはもうお話して、あなたは私のノンフィクションとしてお書きになっている。
カン　ええ。「田畝を分毫も差^タガはず是非得失を詳らかにする」と争点を明確にして裁判を起こしたのがヨシチロウさんでした。農民の自由と隔てない平等を獲得する。そこにはあなたの信念がある。

ヨシチロウ　そういうものか。信念と言われて驚いた。カン君はそういうところに鋭いからな。
カンそれをこのパリで、どうしても久助さんや森山さんにも知って頂きたくて、それでヨシチロウさんをお呼びしました。
久助　自由と平等と？
M　そんな言葉は日本語にありませんが。オランダ通辞として言いますが、まだ日本語に訳されていない。
久助　英語のlivertyもimpartialityもまだ、日本語にはなっていないけど、まあ、カンさんの話を聞きましょう。
カン　大槻盤渓のいる養賢堂へ我藩の若い学生が訪ねて行き、薩長を倒し徳川をお守りせよという激を頂き戻ってきました。薩長に附くか、徳川を守りきるか、藩はもちろん佐幕にありましたが盤渓の檄文は強かった。世乱識忠臣。世は乱れてこそ忠義の臣下を知る。我藩主文明公は徳川下の開国通商を進め、藩校に学ぶ若者は帝を助け鎖国を守れという。

ヨシチロウ　若者とは広田アキラ君のことか。柏倉陣屋へ用向きあって行くと偽り、実は大槻さんに会うため密かに仙台藩を訪ねた。私はもう体がぼろぼろで陣屋をお払い箱になって江戸へ戻されたから広田君とは陣屋でお会いできなかった。お会いしていれば大槻さんが漢詩でほめたたえるナポレオンのフランス革命のことをとくと語っただろうに。あの漢詩で広田君のような若い学生は血をたぎらせた。しかし、…
　カン　広田君には自由も平等もない。
ヨシチロウ　そこなんだ。徳川ご政道を守れという大槻さんの激に捕らわれたのです。奥州越列藩同盟にSakura藩も加わり徳川を守れ、薩長と戦えと大槻さんは言われる。
カン　広田君は大槻さんの言をそのままに受け入れるが、戦えばわが藩は会津と同じ末路に向かうでしょう。私はまた別の思いを持っている。自由、平等、隠徳。その三つが百姓を育て藩を作り徳川を守る。

ヨシチロウ　ふふふ。大声で触れ回ることではないのですが。
カン　革命の本旨は自由にあれ、平等を標榜せよ、陰徳を重んぜよ、この三つです。ヨシチロウさんが陣屋で大切にされてきたことですよね。薩長新政府だ徳川護持だと言う前に農民を守れずして何が始まるかと。
ヨシチロウ　これは論ではない。陰徳は勇ましいものでもないし。天明以降、コメの不作が隔年で廻ってくる。年貢を取れば手元に残る米は食うにも足りない。そのままでは田圃が質流れしてしまい百姓を続けることが出来ません。だから、…
カン　だから…？
　ヨシチロウ　陰徳という福祉が必要なのです。なのに、金貸しの質地証文はそれはひどいものでした。質入れを証する村の名主の名がない。柏倉陣屋藩士の名もない。これでは質入証文としてお役所に差し出しても通りはしない。それに質入期間は五カ年、利子が反当り永楽銭四十五文とは。

なんともひどいものです。五年後には田畑を巻き上げようという魂胆が透けて見えます。
カン　大阪ではあまりの酷税に堪忍袋の緒を切った大塩平八郎が反乱を起こした。
ヨシチロウ　あのとき、手配人相書きが私の陣屋へも回ってきました。百姓を思えばこその平八郎の蜂起だった。それは詰まるところ徳川政府への蜂起となったが、その発心は私の思いと同じだ。自由であれ。平等を重んじよ。陰徳を施せ。国の宝の農民を救うために。
カン　中村座で小団次が惣五郎を演じてたいそうな人気を博してロングランを続けた。年貢に不満を言う農民は張り付け打ち首。あの惣五郎一族の首を刎ねた二百年前の出来事がまた、日本中に起こりそうな気配です。米は取れず、地震が繰り返し起こり、民の暮らしが揺れて崩れそうです。惣五郎の酷税を止めよという直訴。その挙句に斬首。あの暗黒の時代がまたやって来る。

　町衆はそう感じ取っている。名古屋でも大阪でも惣五郎の歌舞伎台本が新たに書き直されて、幕府がその動きを止めようと二本差しをチラつかせ脅しても黙阿弥が台本を書き小団次が演じる。それを国芳が浮世絵にして刷ればもう誰も止められない。大槻盤渓が漢詩に歌った仏郎王ナポレオン革命の時代が日本にやってくる。
　ヨシチロウ　カン君の論はいつも勇ましいが、君の英雄待望論も、ここ、パリで聞いているとそれほど過激じゃないね。江戸の風土とは違うのだな、パリは。
久助　ところでこのブルボン小劇場はナポレオンが倒したルイ王のベルサイユ宮殿にあります。二百年前に解体されたのですけれど。
ヨシチロウ　ほう?
カン　私たちが今いる劇場はもうないってこと？
久助　そうです。でも、このまま続けましょう。ここは地震のときに私が読んでいたモリエール戯曲の夢の中。
　

ヨシチロウ　ほう、ほう。
カン　こちらでも江戸で評判のソウゴロウがSakuraの亡霊と大きく伝えられていまして小団次の演じた惣五郎が国芳の筆に乗って化けて出るからパリやロンドンでは惣五郎はマルチルだと言われるようになって。
ヨシチロウ　マルチル？
カン　福沢諭吉もソウゴロウをマルチルドムと評しています。命を投げ出して農民を救う「殉教者」です。我藩の西村茂樹も福沢さんの指摘を支持しています。城代ヌイ殿も同様のご意見でした。
久助　できればヌイさんもご一緒できるといいのですが。
カン　ヌイ殿はたぐいまれに記憶力がいい。二百年前のことなど詳細に思い出せるお方だ。ぜひお呼びしましょう。
ヨシチロウ　ヌイ君は肴町で質屋を始めたんじゃなかったか。暇だと思うからおよびしよう。

【ヌイ殿重久、登場】
ヌイ　おいおい、質屋の仕事は案外忙しい。そう簡単に話を進めて私を呼ばないでくれよ。急に私を引っ張り込んで、まったく。私はハリスとヒュースケンが難題を持ちかけるたびに寿命を削っている文明公の二の舞にはなりたくない。おや、そこに居るのはヒュースケン君、いや、久助さんか。
久助　ヌイ殿とは文明公のお屋敷でお会いしました。お久しぶりです。
ヌイ　通商条約の宣旨を受けられず調印が進まない。文明公城代としてお詫びします。申し訳ない。なにぶん、…
久助　ヌイ殿が条約勅許を求める文明公を支えるためにミヤコへ行かれたのは肥後守イワセさんから聞いていました。
ヌイ　大体、治外法権は怪しからん、関税自主権がどうしたなんぞと通商条約に文句たらたらの腹黒い連中が騒ぐことがけしからん。

　惣五郎虐殺を国是とする日本国法でフランス人やイギリス人が裁かれるなどまっぴら御免と彼らが日本国法を忌諱するのは道理だ。関税などはそもそも日本側担当者が何もわかっていない。ハリス公使が帰国の際、自ら関税を支払うと言い出さなければまるで輸出は勝手、密輸でもなんでも許されるほどのざる法だ。身を正せ。カネに惑うな。自由を貫け。平等を追え。そう言いたい。
久助　ヌイさん、見事だ。
M　まこともって正義を貫くお方だ。
カン　ヨシチロウ実録そのままだ。今読んでも自由、平等、福祉の精神に満ち満ちてハレバレする。惣五郎家族を打ち首にした連中に読ませたい。
久助　カンさん、姦詐を暴く代官所白州の場という歌舞伎狂言をお書きになりませんか、カン殿。江戸中村座で封切じゃなくてこのプチ・ブルボン小劇場で幕を開けて。欧州はジャポニズム全盛ですから客でいっぱいになる。

カン　実にその通り。しかし、打ち首、幽霊、恨み、悪役人どもの奈落行という＃ワードが惣五郎物語には詰まっていてエキセントリックな興味を引く。与七郎代官殿にはそういう見せ場がない。実に見事に事件を処置されたので金貸しWを含めて罪に復した者はいない。窮地から救われはしても窮地に追い込まれた者は誰もいない。金貸しさえもうたらふく儲けた後だし。
久助　モリエール劇よりも平坦か。
カン　いや、笑いは取れます。あれ以来、陣屋には金貸しWからの付け届けがやたらに届くようになった。雁皮紙やら海苔やらの高級品ばかりが届くようになった。
ヌイ　ふふふ。
ヨシチロウ　まったく、もう。
カン　何やかやを盛ってモリエールぐらいには膨らませる。最後は大団円の大喜劇だ。

参考
Japanese Gimin : Peasant Martyrs in Popular Memory
/ Ann Wathall 1986　https://www.jstor.org/stable/1864377

Remembering Sogoro Visualizing Tokugawa Japan
"archatype of the peasant martyr" preview → https://books.google.co.jp/books/about/Peasant_
Uprisings_in_Japan.html?id=mXiwI_oZfyoC&redir_esc=y
/ Ann Walthall

佐倉義民伝　著者編輯人不詳鶴声社明治19年7月
https://dl.ndl.go.jp/pid/881059/1/1

与七郎之行状　続簡　柏倉門伝村誌渋谷愚翁著
　柏倉門伝青年団大正15年　https://dl.ndl.go.jp/pid/921350/1/1

　006
ブルボン小劇場のヒュースケン
KhasyaBook mini アーカイブ/ヒュースケン
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　1856年1月28日、蒸気船聖ジャシント号は米国を出港、欧州を経て………
　●タウンゼント・ハリス、コロンボでハルワを食す
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　ヘンリー・ヒュースケンは日本へ向かう途中、セイロンのゴールで………

　2023-Dic-26

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