1856年1月28日、蒸気船聖ジャシント号は米国を出港、欧州を経て喜望峰を回った。ヒュースケンが乗船している。かれは24歳。米国総領事ハリスの通訳として江戸へ向かう途中だった。
　彼は世界を、アジアをどう見ていたか。ケープタウンで日誌にこう記している---「征服と侵略の時代はこの世紀で終わりにするんだ」
　19世紀末、若きオランダ人ヒュースケンは富の獲得に沸く産業革命の時代を苦々しく評した。

日本国江戸にて
　1857年12月7日、米国総領事ハリスは江戸城内の三の宿舎から駕籠に揺られ廓を越え謁見の間へ向かった。
　秘書兼通訳のヒュースケンを従え将軍家定に謁見し、大統領ピアスの親書を渡し家定から返書を得た。
　両国通商の儀式を終えたその夜、ヒュースケンは日記に記した---「日本よ。西欧化はあなたにとって本当に進歩なのか。文明開化は子供に笑顔を与えるか。あなたたちは美しい日本を守り続けていけるのか」

　日本は佐幕と討幕の間で揺れている。江戸も京もテロに揺れた。だが、ヒュースケン暗殺はテロリスト武士の野望を逆に打ち砕く。葬儀後、米国を除いた英仏蘭列国は江戸を引き上げ江戸湾に待機する各国の戦艦は江戸砲撃を準備した。暗殺を機に西欧四か国は戦艦による江戸砲撃をちらつかせ日本政府に通商を迫り、戦艦の砲撃を恐れた幕府は早期の通商を決定する。万延元年のヒュースケンの死は日本開国、通商拡大を早めた。彼が危惧した文明開化という悪徳の招来をも。

　参考