1858年1月２日、午前1時、ヒュースケンはモリエールの喜劇「女学者たち」Les Femmes Savantesをベッドで読んでいた。第四幕第三場に差し掛かった時、家が揺れた。椅子の上の有明行灯が転がりそうになった。燈心が濡れ炎が途切れて闇になった。ヒュースケンはすぐに思い浮かべた。1855年の安政江戸大地震、「えびすのうわさ」は江戸の六分の一が破壊され一万人が犠牲となったと報じ、ヒュースケンはその数字を日誌に記している。

　この地震も、か！　ヒュースケンは身構えた。いや、25秒で揺れが収まった。

　ヒュースケンはオランダ系アメリカ人。アムステルダムで家業を損ねて単身、ニューヨークへ渡った二十代後半の若者。1857年12月7日に幕府将軍家定との謁見を済ませたハリスに通訳兼秘書として同席した。外交はズブの素人なのにアメリカ側代表はハリス一人だったのでハリスの秘書として日本側交渉者と折衝を持った。

　 　夜半の地震の際ヒュースケンが読んでいた「女学者」は第四幕第三場、トリソッタンがフィラマントに地球の危機を告げる場面だった。

　 …硝子のようにシリアスな尖りを光らせるモリエールの喜劇。
　ヒュースケン暗殺以来、日本では滅法盛んなヒュースケン研究だが、「女学者」のトリソッタンに触れる研究書はない。単にヒュースケンの私的な好みだから何を読もうが関係ないじゃん、そうか。
　でもKhasyaBook miniはここをヒュースケンにまつわる出来事の、英仏の蒸気船がアジアをかき回した時代の、日本幕末の混沌時代にイムタのテロを導く怪しい臭いと感じた。

　英仏連合軍エルギン卿指揮の下、略奪、破壊をするバトラー大尉に宛てこの手紙を送った。
　え？これってヒュースケンが日記に記した「西洋人がアジアへ西洋の悪徳を持ち込む」ということ？　ユーゴは亡命中のガーンジー島でこう英仏の悪徳を糾弾したけど、それってヒュースケンの言葉と同じ？
　英仏連合軍が清国で略奪の限りを尽くしたことは出島のオランダを通じて日本でも知れ渡っていた。今頃になって日本政府系の研究機関から英仏はそんな野蛮はしてないよ、あれって円明園の自作自演！なんて声も聞かれるが、あの頃は英仏の野蛮が知れ渡っていたから、新興国アメリカのハリスは野蛮な英仏から日本を守るのはわが国だと言って通商条約の締結を迫った。　

　ハリスは行方不明となったヒュースケンに怒り、米本国に彼の解任を訴えた。その間の動向はよくわからない。しかし、二人は和解し1861年1月1日、ヒュースケンは日誌を再開して公務を続けていることをアピールしている。二年半前はオランダ代表ドンケル・クルチウス公使が日誌に登場したが、日誌再開後はプロシアのオイレンベルク公使が現れる。ヒュースケンは仕事ぶりをプロシアから絶賛される。だが、日誌は再開してわずか7日後、1月8日で途切れる。そして1月15日、薩摩藩士イムタらにヒュースケン(ヒュースケン)は殺害される。イムタらのテロは日米英、数多の研究書に詳しい。だが、…

　…ハリスが療養の上海から下田へ戻ったときから1年半の間、ヒュースケンの所在が見えない。
　ヒュースケン、何処へ？　 　

　

　006
ヒュースケン、夜半に「女学者」を読む

KhasyaBook mini アーカイブ/ヒュースケン

　●ヒュースケンの予見
　1856年1月28日、蒸気船聖ジャシント号は米国を出港、欧州を経て………

　●タウンゼント・ハリス、コロンボでハルワを食す
　ハリスの1856年1月1日1日の日誌にこうある………

　●ヒュースケンが、ゴールで記したこと
　ヘンリー・ヒュースケンは日本へ向かう途中、セイロンのゴールで………