曇天に青空のチャンスはあるか?
アメリカの化学物質政策の改革の予測

ダリル・ディッツ、国際環境法センター 2006年5月

情報源:Cloudy Skies, Chance of Sun
A Forecast for U.S. Reform of Chemicals Policy
Daryl Ditz, Center for International Environmental Law
http://assets.panda.org/downloads/ciel_cloudy_skies_050906.pdf
Center for International Environmental Law
http://www.ciel.org/

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2006年5月20日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/eu/usa/ciel/ciel_060509_Cloudy_Skies.html

 化学物質の製造者、輸入業者及び使用者に対する広範囲に及ぶ新たな規制、REACH がヨーロッパで準備されているように、同じような改革がアメリカでも必要ではないかとの問いを一部のアメリカ人たちが提起している。政治的な天気は、環境法の制定、特に化学物質規制の野心的で包括的な改正を鼓舞するような状況ではない。しかし、空気は変わってきている。州政府や地方政府は有害物質をなくす法律を制定している。環境健康の保護を主張する新たな指導者たちが出現してきている。アメリカのビジネスは彼らが製造し使用し市場に出す物質を見直している。アメリカの化学物質政策の改革のプロセスはすでに始まっている。


 アメリカにおける化学物質に関する連邦政府の政策は長らく改革の必要を求められているが、その実現は簡単ではない。政治的な天候と2006年の中間選挙の不透明さもあり、現在は、環境への取組が議会を通過するチャンスはほとんどない。それでもなお、多くのアメリカ人は有害な化学物質をなくすために新たなアプローチが必要であると考えている。

 この報告書は、最近のアメリカの展開を調査し、化学物質を規制するための国の枠組みの中の主要は変化についての見通しを評価したものである。それは連邦法の積年の問題を概観し、改革のための政治的な障害のいくつかについて述べ、国際的な力、州の法律、そしてビジネスの指導力の影響により、状況がどのように変化してきているかを説明する。

 複雑で変わりやすいアメリカ政府の環境政策を描き出すために、この報告書では毎日の天気予報の言葉を借りる。化学物質を管理するための現代的で効果的なシステムを創造する積極的なステップは”晴れ”で記される。改革を妨害する働きは”曇り”又は”冷え込み”で記される。

 もちろん、これらはアメリカの化学物質政策のパターンと傾向を説明するためのシンボルに過ぎない。天気の比ゆ(メタファー)は、ひとつの方法だけでは失敗する。アメリカの法を変えるためには多大な労力が必要であるが、天気を変えるよりは楽である。そこでこの論文では、アメリカの政策改革の将来の方向に影響を与えるように見える社会的及び政治的要素のいくつかを特定する。

 ほとんどの産業化学物質を規制するためのアメリカの法的枠組みは30年間、改正されていない。アメリカにおける深い政治的な溝は、現時点で連邦政府の化学物質法の大胆な改革に好都合というわけではない。しかし、州及び地方政府レベルにおける取組は増加しており、一部のビジネス指導者らは、アメリカ国内の圧力及び世界的な外力に基づく公衆の要求に対応し始めている。

冷え込み (Chilly Climate)

 アメリカの化学物質政策の積極的な変化の可能性を認めるためには、改革を困難にしている既存の連邦法と政治的環境の本質的な問題のいくつかを理解することが、まず重要である。

有害物質規正法(TSCA)の問題

”ほとんどのアメリカ人は、自分たちの政府が、市場で用いられてる化学物質の安全性を確認していると信じている。しかし、残念ながらこれは真実ではない。”
フランク・ローテンバーグ
上院議員ニュージャージー州選出
 欧州連合における REACH 提案の出現以前は、”化学物質政策”という言葉は、アメリカではほとんど聞かれなかった。アメリカの化学物質政策を分析すれば、矛盾した基準と大きく口を開けた穴のある連邦規制の混乱した寄せ集めであることが分る。産業化学物質を規制する主要な法律である有害物質規正法(TSCA)は、1976年に制定され、本質的には変更が加えられていない。大気汚染や水汚染に関する連邦法とは違い、TSCA は危険な化学物質をそれらが製造される前に審査することが意図されていた。アメリカにおいて今日、市場にある95%以上(数量及び製造量)の化学物質は1979年の時点で”既存”であり、したがって、”新規”化学物質に適用される最低限の審査も免れている。

 実際に、TSCA は環境保護庁(EPA)を目も歯もない無力なものとしている。この法は安全データを生成する意欲をくじくもの−例えば情報開示をしない場合の罰則はあるが、情報を収集しない場合の罰則がない−を内包している。この連邦法の下では、EPA は、”不合理なリスク”を及ぼすことを立証した後にはじめて既存の化学物質を制限する措置をとることができる。それでも、課すことができる措置は意図される結果を達成するために最も煩雑でないものでなくてはならない[1]。農薬、医薬品、及びいくつかの消費者製品に関する他のアメリカの法律も TSCA と同じような問題を一部持っているが、それでも健康を守るという点でこれほど非効果的ではない。

 2005年、議会の調査機関である政府会計検査院(GAO)は、EPA が既存の物質のオリジナル目録にある62,000種の化学物質のうち、わずか200種以下の化学物質にしか TSCA の下で求められるテスト実施の権限を行使していないことを明らかにした[2]訳注1。さらに悪いことには、化学物質を禁止する TSCA の権限は、わずか5物質についてのみ実施され、それも1990年以降は禁止された化学物質はひとつもない。確実な制限の代わりに、いくつかのリスクの高そうな化学物質(PBDEsやPFOAなど)については、EPA は産業側との協定及び産業側からの自主的な約束に頼っている訳注2

訳注1:米会計検査院(GOA)報告書 2005年6月(概要)(当研究会訳)
    米会計検査院(GOA)報告書 2005年6月(本文紹介)(当研究会訳)
訳注2:EPA プレスリリース 2006年1月25日 EPA、PFOA の排出削減をメーカーに求める(当研究会訳)


政治的意志の欠如

 TSCA の欠陥は認識されていたにもかかわらず、議会は30年間、この法を制定し直すことも徹底的に修正することもしなかった。このことの理由の一部は、どのような環境法の改革に対しても広範な政治的抵抗があるからである。議会は現在、多数派の共和党と少数派の民主党の二極に大きく分かれている[3]。近年は超党派の合意はまれである。

 わずかな例外を除いて、連邦政府の化学物質政策は、この数年、公衆を魅了することが比較的少なかった。化学産業界は法律に手が加えられないことに満足していた。専門家の一部と環境団体は、基本データの欠如と EPA が化学物質を禁止できないことを含む明らかな問題点を指摘していた。しかし、最近まで、このことに対し議会で具体的な提案の形で行動が起こされることはなかった。

 長い間の TSCA の手詰まりに対する動きも現れ始めた。特定の化学物質についての懸念により、公衆は体系的な不具合と根本的な原因を見るようになった。国の政策的矛盾が政策的解決を求めることを妨げている間に、いくつかの州と地方の政府が課題に向けて飛躍している。国際的な環境法がヨーロッパ及び世界で進展するにつれて、アメリカでの改革の勢いが高まってくるであろう[4]


1 "Preventing Pollution? U.S. Toxic Chemicals and Pesticides Policies and Sustainable Development," Lynn Goldman, Environmental Law Reporter, 32 ELR 11018, 2002.

2 "Chemical Regulation: Options Exist to Improve EPA's Ability to Assess Health Risks and Manage Its Chemical Review Program," U.S. Government Accountability Offi ce, GAO 05-458, Washington, DC, June 2005.

3 In reality the partisan balance in Congress is relatively close; Republicans hold 55 percent of the seats in the (upper) Senate and 51 percent in the (lower) House of Representatives.

4 "New Power for 'Old Europe'," Mark Schapiro, The Nation, December 27, 2004.


曇り (Cloudy Skies)

 有害物質のアメリカの規制についての現在進行中の3つの政策論争が、連邦政府の新たなひとつの化学物質政策を構築することの難しさを示している。

知る権利の侵食 (TRI)

 有害物質排出目録(TRI)−アメリカの旗艦である汚染物質排出移動登録−は貴重な情報の源であり、アメリカの環境擁護者らの自慢のひとつでもあった。インドのボパールでの産業災害の後、1996年に議会によって確立されたTRI 報告制度は、26,000の産業設備、発電所、及びその他の排出源からの約650種の化学物質をカバーするまでに拡大した。インターネットからアクセスできる TRI データベースは、地方の当局者、消防士、コミュニティ、その他多くの人々のための強力なリソースである。産業界は内部の進捗を測定するツールとして日常的に TRI を頼りにしており、それを公衆に報告している。

 この TRI の成功にもかかわらず、EPA はデータの量と質を体系的に削減することになるであろう変更を提案している。EPA は報告を弱めるために対象物質の閾値を500ポンドから5,000ポンド(220kgから2.2トン)に上げることを望んでいる。EPA はまた、会社がこの簡略したフォームを残留性・生体蓄積性・有毒性物質(PBTs)にも適用することを許し、公衆の知る権利を損なおうとしている。EPA はまた、議会に対し、データを2年ごとに収集するつもりであることを伝え、1年のスコアーカードとして価値あるデータを弱めようとしている[5]訳注3

訳注3:EPA 企業の有毒物質排出報告規則(TRI)の緩和を提案(当研究会訳)

州のラベル表示法を阻止 (Prop 65)

 議会は現在、食品ラベル表示要求を実施する州の権限を制限する法案を討議中である。この連邦法の主な目標は、カリフォルニア州の 1986 年安全飲料水および有害物質施行法(Safe Drinking Water and Toxic Enforcement Act of 1986 )であり、プロポジション 65(Prop 65) という名前で有名である(訳注4)。この有名な法律は、州が、がん、出生異常、又はその他の生殖系影響を引き起こすことが知られている化学物質のリストを保持し、潜在的な暴露について市民に警告することを求めている。過去20年の間に、カリフォルニアのリストは概略750種の化学物質にまでなった。そのようなラベルの汚名を避けるために、多くの製造者と小売業者はプロポジション 65 対象物質使用をやめる選択をした。

訳注4: カリフォルニア州 OEHHA のプロポジション 65のページ

 上院で現在、係争中のこの法案はカリフォルニア及び他の州が自身でラベル表示要求を管理することを妨げることになるであろう。この法案の影響は、Prop 65 をはるかに越え、ミルク、魚介類、レストラン、等に関する200以上の州の健康・安全 関連法を後退させるか無効にする[6]。多くの州知事と司法長官は積極的にこの法案に反対している。

POPs 条約の批准不履行

”アラスカでは、がんは我々人間だけでなく、我々の糧である在来の食物として捕獲する動物の中にも見出される。”
シャウナ・ラルソン
有毒物質に反対するアラスカ・コミュニティー行動と先住民族環境ネットワーク [7]
 2000年、大統領ジョージ W. ブッシュはホワイトハウスのセレモニーで POPs に関するストックホルム条約を賞賛し、この世界的な有毒物質の条約に署名するために代表を派遣した。今日、アメリカはこの画期的な条約のオブザーバーにとどまっているが、それは議会の立法及びと上院の勧告と承認を待っているからである。アメリカが批准するためには(連邦政府の農薬関連法とともに) TSCA の修正が必要である。これらの変更は、アメリカがこの国際条約に加えられる POPs 化学物質に関し、”opts in ”する場合には、EPA に”新たな”POPsを規制する権限を与える必要がある。

 手続きの初期には、アメリカの環境家らは産業側代表者とともに証言し、範囲の変更に同意した。全てのアメリカの利害関係者らは POPs の批准は TSCA の全面的な改革を待つべきではないということに同意している。しかしその後何年たっても、多くの問題が POPs 法案の成立を阻んできた。措置を促進するための EPA の権限がひとつの重要な問題である。TSCA に存在する”不合理なリスク”基準が EPA の将来の POPs の規制を可能とするということを前提にすることは、単純には信頼できない。もうひとつの重要な問題は州と地方政府が連邦政府の POPs 義務よりも厳格な POPs 要求を持つこ権利に関することである[8]訳注5

訳注5:米上院委員会 POPs条約等の批准を可能にする法案を承認/民主党、環境グループはこの法案ではPOPs管理はできないと反対(当研究会紹介)

5 Dismantling the Public's Right To Know: Th e Environment Protection Agency's Systematic Weakening of the Toxics Release Inventory, OMB Watch, December 2005.

6 "Shredding the Food Safety Net: A Partial Review of 200 State Food Safety and Labeling Laws Congress is Poised to Effectively Kill with H.R. 4167," A Report from the Center for Science in the Public Interest and the Natural Resources Defense Council,Washington, DC. March, 2006.

7 Shawna Larson, Alaska Communities Against Toxics and Indigenous Environmental Network, Stockholm Convention 2nd Conference of the Parties, Geneva, May 1-5, 2006.

8 U.S. Ratification of the Stockholm Convention: Analysis of Pending POPs Legislation, Center for International Environmental Law, Washington, DC. Update: March 13, 2006.

時々晴れScattered Sunshine)

 これらの後ろ向きな提案にもかかわらず、アメリカの化学物質政策における積極的な変更は避けることができない。化学物質の危険性に関する科学的な証拠と公衆の知見の増大が、州政府と地方政府が行動を起こすことに拍車をかけている。議会では、政治的指導者らが、汚染物質となる前のよりよい化学物質管理を含んだ環境健康のための強力な唱導者として出現している。ビジネスの世界では、多くのアメリカの会社がより安全な代替を求める市場の動向に積極的に対応している。

州の化学物質法

 産業化学物質に関する連邦政府の断固とした措置が欠如しているので、州政府と地方政府は公衆の健康を守るために彼らの権限を行使せざるを得なくなっている。TSCA の下では、すでに連邦法によって制限されていない化学物質は自由に規制することができる。TSCA は非常に非効率的なので、実際にこのことは州が産業化学物質に制限を加えるためのフリーハンドを持っていることを意味する。例えば、2005年5月現在、少なくとも6つの州がある臭素化難燃剤を制限する法を制定し、いくつかの他の州も同様な法案や水銀を含む有製品、又は残留性汚染物質に関する法案を検討中である[9]

 これらの取組の範囲は個々の物質から化学物質のグループに拡大している。例えば、2006年2月のメーン州知事指令は、PBTs(残留性・生体蓄積性・有毒性物質)、神経毒性物質、及び生態監視を通じて発見されたその他の化学物質に対するより安全な代替を特定し推進するためのタスク・フォースを確立した[10]訳注6。さらに、サンフランシスコからボストンまで自治体政府は、調達先決定における環境配慮基準、より安全な代替を提案した会社の賞賛などを導入している(訳注7)。

訳注6:メーン州知事 グリーン調達指令に署名/より安全な代替品の開発と使用を推進、植物プラスチックも(当研究会訳)
訳注7:予防原則の適用事例: サンフランシスコ 環境的に望ましい購入(EP)プログラム−有害性のより低い購入 (当研究会訳)

 カリフォルニア州の活動は、州の1兆4,000億ドル(約150兆円)の経済と環境分野におけるリーダシップの名声のために、特に関連がある。2005年、化学物質と健康に関する35の法案がカリフォルニア州議会に導入された。州議会議員の要請でカリフォルニア大学は2006年3月報告書、『カリフォルニアのグリーン・ケミストリー化学物質政策と革新におけるリーダシップのための枠組み』を発表した[11](訳注8。この魅力的な報告書は、連邦法の持つ問題の適切な分析を行い、州レベルの包括的な化学物質政策−EU の REACH と類似性を持つ政策−を示した。

訳注8:カリフォルニアのグリーン・ケミストリー化学物質政策と革新におけるリーダシップのための枠組み(当研究会訳)
    カリフォルニアは新たな産業:グリーン・ケミストリーのパイオニアになるであろう(当研究会訳)

 これら州ベースの化学物質への取組のある部分は、本来、連邦政府レベルで牽引しなくてはならいもうひとつの緊急の環境問題である気候変動に対する州の行動と似ている。州の化学物質関連法を、データ欠如の問題、不適切な権限、及び TSCA に対する歪んだ動機に対する本質的な解決のための最終ゴールであるとみなす人はいない。

 しかし、これらの州は、政策アイディアの形成、メッセージ、及び最終的に国の化学物質政策の躍進のために必要な戦略の組み立てのための極めて重要な実験室として機能している。歴史的には、多くのアメリカの政策の進歩は、安全、環境、及び市民の権利等の法律を含んで、最初は主導的な州の中から起きている。

9 U.S. States and the Global POPs Treaty: Parallel Progress in the Fight Against Toxic Pollution, Karen Perry Stillerman, Center for International Environmental Law, Washington, DC, May, 2005. Also, “Enacted and Introduced PBDE Legislation 2005,” National Caucus of Environmental Legislators, Bethesda, MD. May 26, 2005.

10 Governor John E. Baldacci, Maine, Executive Order 12 FY 06/07, An Order Promoting Safer Chemicals in Consumer Products and Services, February 22, 2006.

11 Green Chemistry in California: A Framework for Leadership in Chemicals Policy and Innovation, Michael Wilson, with Daniel Chia and Bryan Ehlers, California Policy Research Center, University of California, March 2006. http://www.ucop.edu/greenchemistryrpt.pdf

議会の多数派

 共和党多数派のビジネス寄り優先事項と矛盾する提案を検討することすら乗り気でない議会は、多くの環境派議員らの発言を妨げた。しかし、多くの米上院及び下院の議員、特に民主党の多くの議員は、より厳しい基準を支持するために公衆の知る権利と州及び地方政府の法的権限を激しく主張した。アメリカの POPs に関するストックホルム条約の批准を勝ち取るための取組の中で、カリフォルニア選出の女性議員ソリスは、TSCA の壊れた機械を新たな POPs 化学物質に適用するための積極的な代替案を提案した。

 2005年7月、”子ども・、労働者・消費者−安全化学物質法”がアメリカ上院で提案された。”子ども−安全化学物質法”とも呼ばれるこの法案は、上院議員ローテンバーグ(化学工業の多いニュージャージー州選出のベテラン政治家)及び上院議員ジェファーズ(元共和党で現在、独立系、バーモント州選出)によって起草されたものである[12]訳注9

訳注9:米子ども安全化学物質法案:子ども、労働者、及び消費者の有害物質への曝露を低減するための有害物質規制法(TSCA)を修正する法案(当研究会訳)

 この提案はまた、EU の REACH と類似している。すなわち、化学物質製造者は基本安全データを供給する義務を負う;数千に及ぶ既存及び新規の化学物質は段階的プロセスで評価される;特定の基準に当てはまる化学物質は限定的な例外はあるが廃止される−などである。この法案のある部分は REACH の上を行く。この法案は、義務的な生態監視、”グリーン・ケミストリー”に対する資金供給強化、ある条件下でより安全な代替の義務などが含まれる。

 議会における嘆かわしい状況を反映して、子ども−安全化学物質法は、今後、委員会から多くのヒアリングを受けなくてはならず、予備投票にもかけられなくてはならない。もし上院、又は下院で民主党が多数を得るようになれば、新たな議会はこの法案を2007年には制定するであろう。その間、この法案はアメリカの政策改革についての将来の対話のためのベンチマークを提供する。

ビジネスのリーダーシップ

 世界市場におけるアメリカの会社にとって、消費者の期待及び国際的基準の変化は、かけ離れたワシントンの政治よりも関連性がある。このことは、化粧品中及び電子機器中の有害物質を制限するヨーロッパの既存の指令によって影響を受けた産業分野にとって明白である。例えば、デルやHPのようなアメリカのコンピュータ・メーカーにとって、ある製品を作るのに制限された物質を使用した製品と使用しない製品の両方を作るということは意味がない。

 化粧品会社の場合はもう少し話が複雑になる。それは彼らは製品を目標とする市場ごとに調剤するからである。環境、健康、消費者、その他の団体の連合による意欲的な”安全な化粧品キャンペーン”は、アメリカにおける製品市場にもヨーロッパの化粧品基準を適用するよう会社に圧力をかけた。レブロンやプロクター・ギャンブルのようないくつかのアメリカの多国籍企業は二重基準をやめるよう求める圧力に抵抗している。しかし、これはアバロン・ナチュラル・プロダクト、バーツ・ビー、その他のように早期に採用した会社は競争的優位性を作り出した[13]

”我々は予防的アプローチを取ってきた。すなわち、ある物質が環境又は公衆の健康を損なうかもしれないという信頼できる証拠があれば、我々はそれをより安全なもので代替するよう努力する。”
リン・ガルスケ
環境スチュワードシップ部長
カイザー・パーマネンテ社 [14]
 ヨーロッパにおけるように、このような化学物質政策の採用に最も前向きに見えるアメリカの会社は、化学物質製造会社ではなくて川下ユーザーである。カイザー・パーマネンテはこのような会社のひとつの興味深い例であるが、同社は280億ドル(約3兆円)の健康医療組織であり、30の医療センターと400以上のオフィスのネットワークを通じて820万人の会員に医療を提供している。同社は、医療器具から建設資材まで何でも、医療関連品市場を変革しようとその購買力を意識的に利用している(訳注10)。

訳注10:アメリカで主要企業が ”有毒プラスチック” 塩ビを廃止 (当研究会訳)

 アメリカの会社の中には、既存の市場に影響を与える、又は彼らが依存している物質をなくそうとする新しい法律について非常に不安を持っている。多くの会社は消費者、コミュニティー、労働者、そして投資家の期待が変化していることを認識している。本質的に危険な物質への依存を削減することに成功したビジネスは、将来起きるかもしれない法的責任を事前に取り除き、長期にわたる競争力を強化している。

12 "Child, Worker, and Consumer-Safe Chemicals Act of 2005," S. 1391, 109th Cong., 2005. (Also introduced in the U.S. House of Representatives as H.R. 4308.)

13 "300 Cosmetics and Body Care Companies Pledge to Make Safer Products," Th e Campaign for Safe Cosmetics, Press Release, March 28, 2006. http://www.safecosmetics.org

14 Environmental Stewardship at Kaiser Permanente: A Precautionary Approach from a Preventive Health Care Organization, Lynn Garske, California Chemicals Policy Symposium, Oakland, CA, March 16, 2005


長期的な展望 (Long Term Outlook)

 天気とは異なり、アメリカの化学物質政策は自然の結果ではなく、それは人々の手の中にある。アメリカの連邦法がいかに進化するかは最終的には議会と行政における政治的決定にかかっている。

 化学物質政策改革のための最も強い推進力のある部分はアメリカ国外に由来する。世界の市場の変化は改革のための追い風である。アイディアと経験もまた、国境の向こうからやってくる。EU の REACH の議論で聞きなれた概念であるデータのないものは市場に出さない、PBTsのためのより安全な代替、予防、等が、アメリカにおいて州の提案、メディアの記事、投資家の決議、キャンペーン活動家の言葉の中に現れるのもひとつの道筋である。

 強力で効果的な REACH の採用が、アメリカにおける基本的な改革に向けての前進を促進させるであろう。

 環境活動のこのグローバル化の良い例は、原則と枠組からなる”安全な化学物質のためルイビル憲章”である[15]訳注11。これは国際的な取組に立脚し、アメリカの労働者とコミュニティの熱望を統合するものである。これは、NGOs のネットーワーク、健康被害者の団体、労働者に活気を与え、ヨハネスブルグの持続可能な開発に関する世界首脳会議で確認されたタイムラインに即して、2020年までに有害物質のない将来を目指して働きかけている。

訳注11:ルイビル憲章:より安全な化学物質のために/革新を通じて安全で健康な環境を作るための枠組み(2004年5月)(当研究会訳)

 環境健康唱道者、企業の戦略家、そして先見の明のある政治家にとっても同様に、将来に続く道は地図には示されていない。しかし、アメリカ政府が、時代錯誤な化学物質政策を改めるよう、自国の市民からそして国際的な進展から、ますます圧力を受けるようになることは明らかである。州の法案の数とその範囲ががますます増大することは確かである。アメリカのビジネスは二重基準を捨てざるを得なくなるであろう。
 2006年11月のアメリカ選挙は議会に新しい議員を迎えて新たな時代の到来を告げるであろう。そして2009年の初めには新しい大統領と行政が執務を開始するであろう。これらのことを考慮すると、アメリカの化学物質政策の改革の長期予報は今までよりは良くなりそうである。

 化学物質に対するより安全で分別のあるアプローチから利益を得る立場にある多くの人々による足並みのそろった取組があれば、この楽天的な予報は実現するであろう。


15 Th e Louisville Charter for Safer Chemicals, 2005.
 http://www.louisvillecharter.org

訳注12:参考資料
欧米の事前審査制度の概要(経済産業省資料)

 この報告書は、2006年5月11日にハンガリー、ブダペストで開催された ChemCon 2006 で発表された、”アメリカの化学物質政策改革の予測(A Forecast for U.S. Reform of Chemicals Policy)に手を加えたものである。
 著者は、この報告書の作成に当たり、”WWF Detox キャンペーン”の支援を受けたことを感謝します。

Contact
Center for International Environmental Law (CIEL)
1367 Connecticut Avenue, NW, Suite #300
Washington, DC 20036 USA
Tel +1 (202) 785-8700
Fax +1(202) 785-8701
CIEL (Geneva)
15 rue des Savoises
1205 Geneva, Switzerland
Tel +41 22 789 0500
Fax +41 22 789 0739


化学物質問題市民研究会
トップページに戻る