カリフォルニア・リサーチ・センター特別報告書 2006年3月
カリフォルニアのグリーン・ケミストリー
化学物質政策と革新におけるリーダシップのための枠組み

(エグゼクティブ・サマリーの紹介)
主著者:ミカエル P. ウィルソン、協力:ダニエル A. チア、ブライアン C. エーレルズ

情報源:Green Chemistry in California:
A Framework for Leadership in Chemicals Policy and Innovation
California Policy Research Center
Michael P. Wilson with Daniel A. Chia and Bryan C. Ehlers
http://www.chemicalspolicy.org/downloads/CAGreenChemistryReport.pdf

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2006年3月16日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/eu/usa/cal/CAL_Report_Green_Summary.html

(訳注):本報告書はカリフォルニア上院環境品質委員会及び環境安全と有害物質に関する下院委員会の委託を受けて、カリフォルニア大学バークレー校、労働環境健康センター(COEH)の研究者らにより取りまとめられたものである。世界の”グリーン・ケミストリー”の動きに対応した州の枠組みを確立することを提案する報告書であり、そこでは、毒性が少なく、生体蓄積せず、環境中でもっと容易に分解する化学物質の設計と使用に産業が投資する意欲を持つような政策を提案している。

参考:カリフォルニアは新たな産業:グリーン・ケミストリーのパイオニアになるであろう
ウィルソン報告書『カリフォルニアのグリーン・ケミストリー』の紹介
 (当研究会訳)
内容
エグゼクティブ・サマリー (Executive Summary)
1. 背景
1.1 方法論
1.2 範囲
1.3 報告書概要
1.4 用語の定義
2. 導入
2.1 カリフォルニアのグリーン・ケミストリー技術革新
2.2 化学物質:主要産業
2.3 欠落を埋める:カリフォルニアにおける化学物質政策の課題
3. データ、安全、及び技術の欠落の連邦政府起源
3.1 概要
3.2 有害物質管理法
3.3 連邦汚染管理関連法
3.4 カリフォルニア汚染管理関連法
3.5 現状の規制法からの教訓
4. カリフォルニアにおける化学物質の問題
4.1 公衆と環境の健康
4.2 ビジネスと産業
4.3 政府
5. データの欠落、安全の欠落、そして技術の欠落を正すための取組
5.1 欧州連合 5.2 アメリカとアメリカのビジネス
5.3 アメリカの非政府組織
6. 事例研究:マサチューセッツ州有害物質使用削減法1989年(TURA)
6.1 背景
6.2 TURA で得たもの
6.3 TURA の限界
6.4 TURA とカリフォルニア化学物質政策
7. 勧告
 目標 1: データの欠落を埋める
 目標 2: 安全の欠落を埋める
 目標 3: 技術の欠落を埋める
 事務的処理
8. 結論
参照
付属

エグゼクティブ・サマリー (Executive Summary)
 2050年までにカリフォルニア州の人口は現在の3,600万人から約50%増加して5,500万人になると予測されている。この人口増加は、社会的、経済的、そして環境的問題をもたらすが、問題の程度はカリフォルニア州が決定する現在及び今後の政策に大きく依存する。持続可能な将来に向けて舵取りをするにあたり、政策決定者らは産業の発展が環境品質と人の健康を完全に統合するような政策を導く必要がある。実際問題として、カリフォルニアが社会、環境及び経済状況を改善することによって特徴付けられる将来を創造するつもりなら、産業の発展は今日この州が直面している公衆と環境の健康を悪化させるのではなく、それらを解決する必要がある。カリフォルニがこの方向に動くために、政策決定者らは公衆と環境の健康に関連する研究を支援して政策決定を革新する必要がある。

 この報告書は、カリフォルニアを持続可能な将来に導くために、現代的で包括的な化学物質政策が本質的に重要であるということを示すことにある。化学物質に関連する問題はすでにカリフォルニアで公衆と環境の健康、ビジネス、産業、及び政府に影響を与えている。今のままでは今後数年で問題が広まり深まることになる。これらの問題を正すには、この分野における現在の立法への取り組みに見られる個別の化学物質禁止やその他断片的なアプローチ以上のものが求められる。むしろ、積年の連邦政府化学物質政策の弱点を正し、グリーン・ケミストリ−、すなわち、”生物学的及び生態学的システムに対し、もっと安全な化学物質の設計、製造、及び使用”における新しい建設的な能力の基礎を構築する包括的なアプローチが必要である。化学物質政策へのこのアプローチは、改善された健康と環境の品質をともなってカリフォルニアにおける経済発展に寄与するが、そのためにはカリフォルニアの政策決定者のリーダーシップに対する長期的な責任が求められる。

 我々は、カリフォルニア州のビジネスと欧州連合(EU)が先導する取組−それはグリーン・ケミストリーを含むよりクリーンな技術への産業界の関心をすでに駆り立てている−ついて述べる。もしカリフォルニアに革新と科学的、技術的、及び財政的資源のための比類ない能力があるならば、現代的で包括的な化学物質政策の開発に対し先見性ある対応をとることによって、カリフォルニアをグリーン・ケミストリーにおける世界のリーダーになり得るであろう。この報告書は、それを実現するために、カリフォルニアは化学物質情報、規制監視、及びグリーン・ケミストリーに関する研究、開発、技術援助、及び教育のための支援を大幅に改善する化学物質政策を採用する必要があることを描き出す。

方法

 我々はこの報告書を作成するにあたり、4つの研究手法を用いた。文献の検証、主要な情報提供者とのインタビュー、化学物質政策会議への参加、及びピアレビューである。過去2年間にわたり、主著者(ミカエル P. ウィルソン)は、大学・研究所の化学物質政策専門家、科学的団体、政府機関、化学物質製造者、化学物質の川下ユーザー、欧州連合内の機関、中小企業、環境団体、及び労働団体と討議を行った。さらに、2003年4月から2006年2月までの間に、主著者は化学物質政策に全体、あるいはその一部が関連する35の会議に参加し、それらのうち17の会議でこの報告書の主要な概念を発表した。この報告書はこのプロセスを通じて得られたフィードバックを反映している。

主要な調査結果

■化学物質の生産規模は計り知れず、今後も世界中で拡大し続ける

 毎日アメリカでは420億ポンド(1,900万トン)の化学物質が製造又は輸入され、その90%以上が再生可能ではない原料である石油を用いて製造されている。これを容積に換算するとガソリン・タンクローリー車 623,000台(8,000ガロン又は30キロリットル/台)の量に相当し、これらのローリー車を全て数珠繋ぎにすればサンフランシスコからワシントンDCにまでいたり折り返す台数である。1年間では地球の赤道上を86周する台数である。これらの化学物質は無数のプロセスと製品のために使用され、そのライフサイクルのある時点で、それらの多くは職場で、家庭で、そして空気、水、食物、そして廃棄物を通じて人に接触する。最終的には、それらのほとんど全ては、ひとつの又は他の形で有限の地球の生態系に入り込む。

 世界の化学物質生産は、予見できる将来において25年毎に2倍になると予測されている。これから2033年までの間に、アメリカでは毎月600の新しい有害廃棄物処分場が出現し、現在の77,000ケ所の処分場に加えてクリーンアップが必要になると米EPAは予測している。処分場の浄化のために約2,500億ドル(約28兆円)の費用がかかるとされている。化学物質生産がこの規模で、このペースで行われるなら、その有毒性と生態毒性は公衆にとって重大なことがらとなる。

■社会に有用な多くの化学物質はまた人間生物学と生態学的プロセスにとって有害である

 人間の生涯を通じて、特に胎児と子どもの生物学的に感受性の高い発達期間中に起こる化学物質暴露による生物学的影響に関する科学的懸念が増大している。環境中に放出される数百の化学物質はヒトの体内組織に蓄積している。米EPAは1987年に実施したアメリカ人の全国調査でそのような化学物質を700種類見出した。これらの化学物質の多くは胎児や幼児の発達中の組織に母親の血液を通じてあるいは母乳を通じて入り込む。動物実験で化学物質のあるものは非常に低用量で内分泌システムなどのシステムと相互作用し、あるいはかく乱することを示している。子どもたちの中で化学物質暴露は、鉛中毒症例の100%、ぜんそく症例の10%〜35%、ある種のがんの2%〜10%、そして神経行動的疾患の5%〜20%に寄与していると推定されている。

 職業的疾病は、カリフォルニアで死者のための多くの弔いの鐘を鳴らし続けている。毎月、推定1,900人のカリフォルニア人が職場の化学物質暴露のために本来は予防できた重大な慢性疾患として診断されており、他の540人のカリフォルニア人は職場の化学物質暴露に関連する慢性疾患の結果死亡している。米労働安全衛生局(OSHA)は、アメリカで年間100万ポンド(約450トン)以上製造される又は輸入される化学物質2,943種類のうち、わずか193種類、又は約7%にしか職場での暴露制限基準を設定していない。移民、少数民族、及び低所得層の労働者と居住者は特に有害化学物質の暴露のリスクに曝されている。

■連邦政府化学物質規制には広範囲にわたる欠陥がある

 連邦政府の全ての環境関連制定法の中で、1976年の有害物質管理法(TSCA)が、化学物質が市場に出される前及び後にそれらを規制することを可能にするよう意図された唯一の法律である。しかし、国立科学アカデミーの調査(1984)、米会計検査院の調査(1994)、議会技術評価委員会の調査(1995)、エンバイロンメンタル・ディフェンスの調査(1997)、米EPAの調査(1998)、前EPA高官の調査(2002)、及び米会計検査院の調査(2005)は全て、有害物質管理法(TSCA)が公衆、産業、又は政府が市場に出ている化学物質の有害性を評価する上で、あるいは最も懸念ある化学物質を管理する上で、有効な手段となっていないと結論付けている。
  • TSCA 目録はアメリカでの上市のために登録されている81,600種類の化学物質をリストしているが、そのうち8,282 種は年間10,000ポンド(約4.5トン)以上製造又は輸入されている。

  • TSCA は化学物質製造者に対してこれらの化学物質−又は毎年市場に新たに投入される約2,000種の化学物質−の健康及び環境への安全性に関する情報を生成及び開示することを求めていない。その結果、市場に出回っている化学物質の有毒性と生態毒性に関する情報が大幅に欠如している。

  • TSCA はEPAに法的及び手続き上の責任を負わせており、そのことがEPAの活動能力を制限している。EPAは1994年に化学物質の分子構造又は市場に出ている量に基づき、約16,000種の化学物質に何らかの懸念があると報告しているにもかかわらず、1979年以来、EPAはその公式な規制権限を用いてわずか5種類の化学物質又は化学物質族を規制したに過ぎない。

  • TSCA はグリーン・ケミストリーを含むクリーンな化学物質技術を研究するために連邦政府の支援を橋渡しする手段を提供していない。
 これらの弱点のいくつかを正すための化学産業界の一部の自主的な取組は積極的ではあるが、TSCA の構造的な弱点を埋め合わせていない。化学物質に関連する他の連邦法は本質的に”出口処理”、すなわち、化学物質が市場に投入される前には検証しない法律である。5つの主要な法律を合わせてもわずか1,134種の化学物質と汚染物質にしか適用されていない。TSCA 及び他の連邦法の弱点は、3つの基本的な問題をアメリカにもたらしている。すなわち、データの欠落、安全の欠落、そして技術の欠落である。

■TSCA の弱点はカリフォルニアに有害な影響を与えている

 化学物質データの欠落、安全の欠落、そして技術の欠落はカリフォルニアの公衆と環境の健康、産業、ビジネス、及び政府に広範な問題をもたらしている。

データの欠落:
 ほとんどの化学物質に対する有毒性と生態毒性に関する包括的で標準化された情報なしには、たとえ大きな会社であっても彼らのサプライ・チェーンにおける有害な化学物質を特定することは非常に難しい。消費者、労働者、及び中小企業者もまた、安全な化学物質製品を特定する適切な情報がない。化学物質情報の欠如は、製造者責任と労働者補償システムの抑止機能を弱める。

安全の欠落:
 政府機関は体系的に化学物質の危険性を特定し優先付けるために必要な情報も、既知の危険性を効率的に緩和するための法的ツールも持っていない。

技術の欠落:
 市場及び規制上の駆動力の欠如が、アメリカの化学物質製造者及び事業家が新たなグリーン・ケミストリー技術に投資するモチベーションを消沈させる。事実上、グリーン・ケミストリーの研究開発に対する政府の投資はない。

 一方、化学物質に関連する公衆と環境の健康問題の証拠は増え続けている。毎年、カリフォルニア州議会は化学物質に関する公衆の懸念に関連する多くの法案を審議しており、このままではそのような法案の数はさらに増え続けるように見える。TSCA によって生じた化学物質のデータ、安全、及び技術の欠落を正すためにはカリフォルニアの化学物質政策への現代的で包括的なアプローチが必要であろう。

■欧州連合及びカリフォルニアの指導的ビジネスにおける開発がグリーン・ケミストリーを含むクリーンな技術への関心を駆動する

 同様な問題に直面して、欧州連合はグリーン・ケミストリーを含むクリーンな技術を推進するやり方で、世界的に変化をもたらす全面的に刷新した化学物質政策を推進している。
  • 電気電子機器における特定有害物質使用制限指令(RoHS指令)は、EUで販売される電気電子機器に鉛、カドミウム、水銀、ある種の難燃剤、及びその他の有害物質を使用することを禁止する。

  • 廃電気電子機器指令(WEEE 指令)は電子機器メーカーに彼らの製品の寿命が終わったら引き取ることを求めている。

  • 提案されている REACH 規制案(化学物質の登録、評価、認可)は、化学物質製造者に広く使用されているほとんどの化学物質を登録することを求め。約1,400種の非常に高い懸念のある化学物質を制限とする。
 クリーンな技術は、世界中で先進国でも開発途上国でも産業活動の中でますます重要な役割を果たすことは明らかになっている。EU政府のクリーン技術への投資を動機付ける政策は、短期間ではいくつかのEUの製造者らには困難をもたらすかもしれないが、長期的にはこの分野におけるEUの競争力の優位性をもたらすことが期待されている。

 アメリカでは政府のリーダーシップが欠如しており、大きなアメリカのビジネスの多くが、それぞれのサプライ・チェーンにおける有害化学物質を特定し、それらの化学物質を自分たちのビジネスから排除するための戦略を実施するために個別に働いている。この取組の最先端にいるカリフォルニアのビジネスには、Kaiser Permanente, Catholic Healthcare West, Intel, Hewlett-Packard, IBM, Bentley Prince Street, Apple などの企業がある。これらの発展によりアメリカのビジネスでは、もっと安全でもっと品質の良い化学物質に関する情報を得たいとする必要性が高まる。しかし、これらの取組はデータの欠落、安全の欠落、そして技術の欠落によって制限される。これらの欠落を埋めるための化学物質政策における有効なリーダーシップが現在、アメリカで求められている。

■カリフォルニアは、緊急な公衆と環境の健康問題に目を向け、グリーン・ケミストリー革新における世界のリーダーとして自己を位置づける現代的で包括的な化学物質政策を必要としている。

 これらの展開はカリフォルニアがグリーン・ケミストリーの科学と技術におけるリーダーとして自己を位置づけるための機会を開いた。そのために、カリフォルニアは、アメリカの化学物質市場において既存の化学物質にこだわり化学物質製造者による新たなグリーン・ケミストリーへの投資意欲をそぐ結果となる、データの欠落、安全の欠落、及び技術の欠落、を正す必要がある。産業による既存化学物質技術への大きな”沈下した”投資は、グリーン・ケミストリーを含むクリーン技術に基づいた産業システムへの移行を難しくする。しかしこの移行は、もしカリフォルニアがEUでの展開に積極に対応しようとするなら必ず行わなければならず、カリフォルニアにおいて公衆と環境の健康、ビジネス、産業、及び政府に影響を与えている化学物質問題の本質に目を向けなくてはならない。

 我々は、カリフォルニアをこの方向に動かす化学物質政策の3つの目標を提案する。

データの欠落を埋める:
 化学物質の製造者は化学物質の有毒性、生態毒性、用途、及びその他の主要なデータに関する情報を生成し、配布し、伝達することを確実にすること

安全の欠落を埋めること:
 化学物質の危険性を特定し、優先付け、緩和するための政府のツールを強化すること

技術の欠落を埋めること:
 グリーン・ケミストリー科学と技術に関する研究、開発、技術援助、事業活動、及び教育を支援すること

 これらの目標を達成するために多くの政策メカニズムを採用することが可能なので、最初の第一歩として、様々なメカニズムを調査し、この報告書の調査結果に基づいた包括的な政策のための法案を開発するための化学物質政策タスクフォースを議会が設立することを我々は勧告する。我々はこのタスクフォースに対し2007年の議会で法案を提案できるよう任務を課すことを勧告する。



化学物質問題市民研究会
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