被団協新聞

非核水夫の海上通信【2020年】

このコラムは、川崎哲氏(ピースボート地球大学)によるもので、
「被団協」新聞に2004年6月から掲載されています☆☆

2020年12月 被団協新聞12月号

米国の核攻撃 同盟国日本の役割

 1月に誕生するバイデン新政権の下で米国の核政策はどう変わるだろうか。バイデン氏はオバマ政権の副大統領としてその核軍縮政策を支えた。とくに核兵器の役割を減らし先制不使用を宣言することを提唱していた。だがこれに強く反対したのが日本だった。日本を含む同盟国が反対しているということが、米政府内で先制不使用を採用しない理由にされたのである。バイデン氏は今回の選挙戦中も先制不使用支持の立場を表明している。
 新政権で、核の基本政策である「核態勢の見直し」が行なわれるだろう。同盟国と協議が行なわれる。そのとき日本は少なくとも先制不使用を支持すべだ。それすらできなければ、オバマ政権時代に続き日本はまた核軍縮の足かせになってしまう。広島、長崎のような惨劇をくり返さないために先制使用は望まない。当然のことだ。

2020年11月 被団協新聞11月号

条約への支持 NATO諸国に動き

 核兵器禁止条約に対して北大西洋条約機構(NATO)諸国や日、韓、豪など米国と同盟関係を結ぶ国はいずれも未署名のままだ。だが最近、NATOで新しい動きが出てきた。
 9月、2人の元NATO事務総長や潘基文元国連事務総長など米国の核の傘下国22カ国から56人の元首脳・元外相らが核兵器禁止条約への支持と加入を求める書簡を公開した。
 10月には、ベルギーで誕生した新連立政権が、「核兵器禁止条約によって多国間の核軍縮をさらに加速させられるような方法を模索したい」とする政策を発表した。条約への加入を直接意味するものではないが、核兵器禁止条約に前向きに言及するのはNATO加盟国としては初めてだ。
 核保有国との同盟国でも禁止条約に入ることはできる。日本の国会でも議論すべきだ。

2020年10月 被団協新聞10月号

敵基地攻撃 先制攻撃に道開く

 敵基地攻撃能力の保有に政府・与党が前のめりだ。
 ミサイルの脅威に対し現在の迎撃システムが十分でないので、ミサイルが飛来する前に相手領内で叩こうというものだ。専守防衛の範囲内だとして「攻撃」とは言わず「ミサイル阻止」と称している。
 だが事実上の先制攻撃に道を開くものであり、憲法違反の疑いが濃厚である。
 冷戦時代に米ソはABM条約を結び、互いにミサイル迎撃を禁ずることで均衡を図った。だが今世紀に入り米国はこれを離脱しミサイル迎撃網を構築。日本は米国と共同で開発、配備した。ロシアや中国はこれを脅威と捉え、軍拡に走った。迎撃だけでなく攻撃もするとなれば、当然相手は反応する。
 危険な軍拡競争のスパイラルである。

2020年9月 被団協新聞9月号

普遍的課題 人種差別と核廃絶

 5月に米国で黒人男性が白人警官に殺された事件をきっかけにブラック・ライブズ・マターという反人種差別の運動が世界に広がっている。核廃絶運動においても、反差別や人権とのつながりを意識した議論が頻繁に聞かれるようになった。
 論点は多様だ。そもそも原爆がドイツでなく日本に落とされた背景には人種差別があったという主張。また、核実験など核開発が植民地や先住民族の土地で行なわれてきたという「核の植民地主義」への批判。米国では、朝鮮戦争に際し核兵器が使用されてはならないと大きな声を上げたのはアフリカ系市民だったとの報告がある。
 核兵器禁止条約は核被害者の権利に着目した人権条約でもある。核廃絶を広島・長崎だけでなく普遍的課題として世界に広める好機だ。一方、運動やNGOの中での人権と多様性保障という課題も忘れてはならない。

2020年8月 被団協新聞8月号

被爆75年 日本の立場が問われる

 採択3周年にあたる7月7日、ボツワナが核兵器禁止条約に批准した。批准国は40カ国となり、あと10カ国で条約は発効する。発効当初の50カ国に入っていたいと考える国は批准を急ぐだろう。50カ国批准の年内達成は十分に可能である。
 発効後一年以内に締約国会議が開かれる。準備は既に始まっている。議題としては、条約への加入促進、禁止条項の解釈、核廃棄の期限と検証、核保有国が加入する手続きなどが想定される。それらが定まることで、核保有国へ「このようにして核を放棄しなさい」というメッセージとなる。保有国は反発し、核保有の正当性を主張するだろう。
 このとき日本はどうするのか。保有国と一緒に核の正当性を語るのか。それとも、少なくとも将来に禁止条約に加わると約束するのか。被爆75年の今年、日本の立場が大きく問われる。

2020年7月 被団協新聞7月号

核爆発実験 米政府が再開を検討

 5月、米政府が核実験再開を検討したとの報道が出た。正確には核爆発を伴う実験のことだ。1996年にあらゆる核爆発実験を禁ずる包括的核実験禁止条約(CTBT)ができると、クリントン大統領は署名した。そして核爆発を伴わない未臨界実験を通じて核兵器の維持を行なってきた。だがブッシュ政権下で議会はCTBTの批准を否決。米国は核爆発実験のオプションを手放すべきでないという主張は当時より根強い。
 トランプ政権は、ロシアや中国がCTBTに違反して小規模な核爆発実験を行なっている可能性があると批判している。
 これまでトランプ政権は、INF条約でもイラン合意でも、相手の違反を主張し自ら脱退を宣言するという行動を繰り返してきた。今度はCTBT「署名撤回」が懸念される。そのような事態になれば、国際法に基づく核軍縮自体が危機に瀕する。

2020年6月 被団協新聞6月号

条約の発展 規範が上書きされる

 NPT(核不拡散条約)が発効して50年。条約の規定じたいは変わらないが、その後に生まれた条約がNPTをも発展させてきた。
 例えば96年、CTBT(包括的核実験禁止条約)があらゆる核爆発を禁止した。これによりNPT第5条に定められていた「平和的核爆発」という考え方は事実上無効になった。
 これまでの条約より厳しい条約ができれば規範が上書きされる。
 核兵器禁止条約についても同様だ。禁止条約は核兵器の使用・威嚇やその援助、他国の核の国内配備など、NPTにはなかった行為も禁止している。これまで欧州5カ国が米国の核を配備する行為はNPTに違反しないと解釈されてきたが、禁止条約ができた今、その解釈はいつまでもつか。核軍縮・不拡散の両面で、規範をたえず発展させていくことが、核廃絶を達成するためには不可欠である。

2020年5月 被団協新聞5月号

公的資金 核兵器 VS 医療

 新型コロナウイルスによって世界中で医療崩壊が起きている。医療への公的資金を削ってきたのは日本も例外ではない。ICANでは、米英仏が核兵器に使っている資金と医療のニーズと比較した。
 フランスは2019年から25年にかけて核軍備に約4・4兆円の予算を充てた。これで10万人分の集中治療室ベッド、1万人分の人工呼吸器、看護師2万人と医師1万人分の給与を賄える。イギリスが核戦力の運用と構築に昨年費やしたのは9千600億円。これはベッド10万台、人工呼吸器3万台、看護師5万人と医師4万人分の給与に相当。米国は昨年核兵器に約3・9兆円を投入した。これは30万台のベッドと人工呼吸器3・5万台、看護師15万人と医師7・5万人分の給与に当たる。
 国民の命を守ることが政府の使命なら、お金の優先順位が見直されねばならない。

2020年4月 被団協新聞4月号

コロナ危機 お金と資源を人間に

 グテーレス国連事務総長はコロナウイルス拡大を「国連75年の中でかつてない危機」として世界に連帯を呼びかけた。専門家は、最終的には人類が集団免疫をもつしかないとしつつ、それに至るペースを抑えなければ医療が崩壊すると警告する。
 そもそも基礎的な医療体制がその国や地域に十分にあるのか。医療の格差が命の格差を生む。高齢者や基礎疾患を抱えた人たちが特に脆弱だというが、日本の高齢者ケアの現場は極度の人手不足だ。緊急対応に目を奪われて、これら医療・福祉の抜本的な拡充を忘れてはならない。
 感染症や自然災害など今日の世界的脅威は、国家単位では対処不能だ。国家がいくら武器を持ったとて太刀打ちできない。核兵器開発や軍拡競争をしている余裕はもうない。お金と資源を人間に振り向けない限り、我々の生存はない。

2020年3月 被団協新聞3月号

使いやすい 核軍拡への危険な動き

 米国防総省は2月、潜水艦発射弾道ミサイルに「小型」の核弾頭を配備したと発表した。これはトランプ政権の2018年の核戦略を実行に移したものだ。ロシアの戦術核に対し迅速に使用できる核兵器をもつことが抑止力を強化するというもの。潜水艦が標的に近づけば15分で打撃を加えられ、爆撃機のように敵の防空網をかいくぐる必要もないと米科学者連盟の専門家は解説する。
 小型といっても、その威力は約5キロトンで広島の原爆の3分の1である。使用されれば壊滅的な影響がある。問題なのは「使いやすい」という概念だ。使いやすければやすいほど相互に均衡がとれて使われなくなるというのが核抑止論者の議論だ。しかし常識に照らしてどうか。使いやすくすれば偶発的な発射も含め核のリスクは高まり、さらに軍拡競争にも道を開く。きわめて危険な動きだ。

2020年2月 被団協新聞2月号

中東の緊張 非核地帯へ進め

 米国によるイラン司令官の殺害を機に、中東の緊張が高まっている。米の暗殺行為は国際法上正当化できる根拠が乏しい。これに対する報復の中でイランがウクライナ機を誤って撃墜し176人が犠牲になる惨事が起きた。エスカレートを止めることが急務だ。
 02年に明るみに出たイランの核開発疑惑に対して、国際的な制裁と交渉の末、15年に核合意が結ばれた。イランはこれを遵守し制裁は解除された。ところが米トランプ政権は18年に合意を離脱し制裁を再開。これに対してイランは合意履行を停止した。今まず必要なのは核合意を立て直すことだ。
 その先の目標はイスラエルも巻き込んだ中東の非核地帯化だ。これはNPTにおける長年の約束の一つで、昨秋ようやくそのための国際会議が開かれた。来る再検討会議でも議題となる。このプロセスを応援したい。

2020年1月 被団協新聞1月号

平和教育 真に平和を学ぶとは

 12月に台湾でピースボートやICANについて「平和教育」というテーマで講演してくれと招かれた。
 だが台湾では平和教育という言葉自体がないのだという。講演会には高校生から専門家まで幅広く数百人が集まってくれたが、聴衆からは「平和教育というのはどんなカリキュラムなのですか」という質問が出た。
 日本では戦争や原爆の体験談を聞かせることが漠然と平和教育と称される。
 しかし自国の被害体験を聞くだけでは真に平和を学ぶことにならない。かといって国際関係史を学ぶことイコール平和学ではない。
 私なりに「平和を脅かす状況下で苦しむ人の声に耳を傾け、共感し、そこから変革の道を探ること」だと答えてみたものの、自分でもすっきりとはしない。
 独りよがりでない、世界に生かせる平和教育の形を探りたい。