被団協新聞

非核水夫の海上通信【2019年】

このコラムは、川崎哲氏(ピースボート地球大学)によるもので、
「被団協」新聞に2004年6月から掲載されています☆☆

2019年12月 被団協新聞12月号

日本決議 過去の合意はどこへ?

 今年の国連総会第一委員会で日本が提出した決議案は、米ロに核削減を求めず、核兵器の非人道性について「深い憂慮」の表現を削除するなど後退が甚だしいものだった。だが最大の問題は、過去のNPT会議での核軍縮合意への言及をほとんどなくしたことだ。かわりに「未来志向の対話」を掲げ、核軍縮と安全保障の関係を議論しようという。
 核軍縮が諸国の安全保障に資するという議論なら結構だ。しかし往々にしてこれは、安全保障環境が悪いから核軍縮はできないという言い訳に使われる。米国が提唱する「核軍縮の環境作り」にもそのような含意がある。
 核軍縮はNPTが定める法的義務であり、環境が整ってからやればよいというものではない。
 来年の再検討会議を前に核兵器国に義務履行を求めるべきところ、逆にそれから逃れる助け船を出すかのような決議だ。

2019年11月 被団協新聞11月号

コンゴと広島 無関心こそ破壊的だ

 2018年にノーベル平和賞を受賞したコンゴの婦人科医デニ・ムクウェゲ氏が10月に広島を初訪問した。
 コンゴでは20年以上にわたる紛争で600万人もの犠牲者が出ている。携帯電話用のレアメタルなど鉱物資源をめぐる争いがその根幹にある。紛争の中では性暴力が組織的に行なわれており、その実態は凄惨だ。ムクウェゲ医師はこれまでに5万人以上の被害者を診てきた。
 広島で被爆者と面会し資料館を回った医師は、このような人道にもとる兵器を人々は「なぜまだ作り続けるのか」とくり返し問うた。講演会では「無関心こそ破壊的である」と述べ、それがコンゴと広島をつなぐ共通の課題だと訴えた。また、広島原爆に使われたウランがコンゴ産だったことを指摘し、コンゴで紛争が続くことは大量破壊兵器の原料が無制御のままとなることであり世界への脅威だと警告した。

2019年10月 被団協新聞10月号

プランA 米ロ核戦争の予測動画

 プリンストン大学のグループが米ロ間で起こりうる核戦争のシミュレーションを発表した。「プランA」という動画だ。米ロの核の配備、標的、威力の分析に基づいている。
 想定では、欧州の戦争でロシアが核の警告発射を行ない、これに在独米軍基地からの反撃があることで核戦争が始まる。最初はロシアとNATOが数百発ずつの核兵器を航空機等で撃ち合い、続いて互いの戦力拠点を潜水艦発射ミサイル等で攻撃し合う。さらにエスカレートすると、互いのもっとも人口の多い経済の中心の各30都市を1都市あたり5〜10発の核兵器で攻撃する。
 このような核戦争の拡大が数時間内に起き、合計9150万人が死傷、うち3410万人が死亡するとの予測だ。
 研究グループは、米ロが核軍縮協定から離脱し新型核開発に乗り出している今だからこそこの予測を発表したとしている。

2019年9月 被団協新聞9月号

人材育成 核軍縮の仕事の力

 8月、広島県とICANが共同で「核兵器と安全保障を学ぶ広島―ICANアカデミー」を開催した。核軍縮の人材育成プログラムである。15人の定員に対し80人以上が応募。5核兵器国と欧州、日韓豪などから熱心な若者が参加した。
 広島・長崎を世界に伝えるというプログラムは多々あるが、一歩進んで核軍縮の仕事の力をつける場は多くない。このアカデミーはそうした実践力を重視した。広島では被爆者のお話を聞くことはもちろん、市民グループ、メディア、学校等における実践に学んだ。被爆地は実践的知見の宝庫でもある。さらに平和記念式典に来た各国の大使とも議論する場を設け、多様な国々の見方に触れ、対話のためのスキルを磨いた。
 初回としてはまずまずの成功だ。世界的な軍縮教育のプラットホームとして定着するよう育てていきたい。

2019年8月 被団協新聞8月号

輸出規制 ホワイト国とは?

 韓国に対する半導体材料等の輸出規制が深刻な問題になっている。元徴用工問題に対する日本の事実上の報復だ。植民地支配下での被害者が権利を求めているのであって、国家間の請求権は放棄されても個人の請求権がなくなるわけではない。日本は被害者の声に誠実に向き合うべきだ。
 日本政府の理屈は、大量破壊兵器等の拡散防止の輸出管理の一環だというものだ。国際諸協定に基づき、一定のスペックや要件を満たす物資は輸出規制の対象となる。だが主要な国際協定に参加している27カ国は「ホワイト国」として対象外となってきた。日本政府は韓国をホワイト国から外すという。韓国を外すなら他の26カ国と比べて何が問題なのかを説明すべきである。2国間の政治問題を国際協定の運用に恣意的に反映することは、国際的な不拡散体制の信頼性をも損なう。

2019年7月 被団協新聞7月号

核軍拡の危機 国際NGOが提言

 「核戦争に勝者はいない。ゆえに核戦争を戦ってはならない」。冷戦末期に米ソはこの認識の下で中距離核戦力(INF)全廃に合意し、長距離戦略核は削減するというSTARTプロセスを始めた。
 冷戦終結から約30年が経った今、こうした核軍縮の土台が崩れようとしている。米国は、ロシアがINF条約に違反しているとして条約の破棄を通告。ロシアもこれに応じ、同条約は8月2日に失効する見通しだ。21年が期限の新STARTも、延長や更新の見通しは立っていない。このままいけば1970年代以来初めて、世界の核二大国が保有核の法的な上限規制に縛られない状態が登場する。核軍拡競争の再来は現実的な危機である。
 国際NGOは共同で、米ロのSTART延長早期合意、いかなる国も中距離ミサイルを配備しないとの約束等を提言している。

2019年6月 被団協新聞6月号

核軍縮 「環境作り」のグループ

 NPT準備委で米国は核軍縮の「環境作り(CEND)」に取り組むグループを立ち上げると発表した。核兵器国が核兵器禁止条約を頑なに拒否するなか、核軍縮を少なくとも議論する姿勢を示したことは評価できる。
 だが懸念も多い。まず「環境が整わなければ軍縮できない」という言い訳に使われないか。核軍縮は核兵器国がNPTの下で負っている、環境いかんに拘わらず履行すべき法的義務だ。米政府主催のサイドイベントでは、これまでの義務や約束を反故にするものであってはならないとの注文が相次いだ。またNPTの外にグループを作ることがNPT形骸化につながるおそれもある。
 元来、核兵器の非人道性の認識を広め核兵器禁止条約の締約国を増やすことは、まさに核軍縮を促す環境作りになる。グループ参加国にはその点も忘れないでもらいたい。

2019年5月 被団協新聞5月号

オランダ 禁止条約で国内議論

 核兵器禁止条約への加入を表明した国は、米同盟国ではまだない。そんな中でも、オランダは積極的な国内議論を行なっている。昨年議会が政府に対し同条約への加入に関する検討を求め、これに政府が回答した。
 それによれば、オランダが同条約に加入するために国内法を何ら変更する必要はない。しかし、NATO加盟国である以上は核抑止政策から脱することはできず、ゆえに同条約には入れないというのだ。条約に入れないのは法的理由ではなく政治的理由からだということになる。したがって、将来政策が変われば加入はありうるともいえる。
 オランダはNATO国で唯一禁止条約交渉に参加した国だ。その背景には、市民活動と議会の連携がある。それに比べて日本では国会が静かすぎる。市民が国会を刺激し、同様の議論をさせていかなければならない。

2019年4月 被団協新聞4月号

ベトナム 核軍縮の行方は?

 米朝会談に合わせてハノイを訪れた。朝鮮半島非核化へのICANの提言を関係政府やメディアに伝えるためだ。両国旗が街中に並び国を挙げて会談を歓迎していた。
 社会主義国ベトナムは北朝鮮と長い友好関係を持つ。昨年のシンガポール同様、米朝ともに良好な関係で治安もよいことが開催地に選ばれた理由だろう。
 現地市民団体のリーダーが「ベトナムには朝鮮の人たちに伝えられる経験がある」と誇らしく語っていたのが印象的だ。50年代の朝鮮戦争も60〜70年代のベトナム戦争も、米ソ対立を背景に国が分断されての戦争だった。今日のベトナムは、かつての敵国と関係を密にし経済発展に邁進している。この会談の誘致じたい、そうした戦略の一環だ。2回にわたる会談で、東南アジアの独自外交力は世界に強く示された。核軍縮はどこへ行く?

2019年3月 被団協新聞3月号

核軍縮義務 米ロの法的義務は?

 米国がINF(中距離核戦力)全廃条約離脱を宣言し、同条約は8月に失効する見通しだ。米国の動機はロシアの条約違反や中国の核戦力だと言われる。だが自ら条約を破棄したことで、ロシアの違反を主張できなくなった。中国を巻き込んだ新条約をとの声もあるが、中国への誘因はなく実現見通しはない。
 冷戦後の米ロ核軍縮の二本柱は、戦略核を減らすSTARTと、中距離核全廃のINF条約だった。21年に期限切れを迎えるSTARTが更新されなければ、冷戦後初めて、米ロが核軍縮の具体的な法的義務を負わない状態となる。
 NPT第6条の核軍縮義務はどうなるのか。米国は昨年来、核軍縮の「条件創出」を提唱し始めた。いわば、安全保障面での条件が整わなければ軍縮できないという言い訳だ。核軍縮そのものが雲散霧消の勢いだ。

2019年2月 被団協新聞2月号

禁止条約 各国議会の動き

 核兵器禁止条約をめぐり各国の議会が活発に動いている。NATO加盟国であるイタリア、ノルウェー、アイスランド、オランダでは禁止条約加入の条件や影響を議論することが議会決議で決まった。
 そのうちノルウェーでは政府が条約加入に否定的な報告を出したが、NGOが反論を提示し議論は続いている。
 NATOではないが近い立場のスウェーデンやスイスでも同様の動きがある。スイスでは政府が条約加入に否定的な立場をまとめたが、議会は上下院ともに条約に加入せよとの決議を上げた。
 オーストラリアでは野党・労働党が政権をとったら禁止条約に加入する方針を決定。ICANの働きかけの成果だ。スペインでは新政党ポデモスが条約署名を含む政策合意を政府と結んだ。核の傘下の国々の動きである。比べて日本の国会のなんと静かなことか。

2019年1月 被団協新聞1月号

核兵器と性 軍縮過程への女性の参加を

 核兵器とジェンダー(性)というテーマへの国際的関心が高まっている。近年のNPT会議ではアイルランドが積極的に発言し文書を出している。論点は主に二つだ。
 一つは核兵器が女性に偏った被害を与えること。放射線の影響は女性とくに少女に大きく現れることが科学的に報告されている。差別やトラウマなどで女性に特有のものがあることは被爆者の経験からもいえる。こうした観点は核兵器禁止条約の前文にも記された。他の軍縮条約でも「ジェンダーに基づく暴力」に注目が集まり、昨年のノーベル平和賞は性暴力と戦う人々に授与された。
 もう一つは軍縮過程への女性の参加拡大の必要性だ。軍事・安全保障の議論の場は男性支配が顕著で、なかでも日本は極端だ。政府、非政府を問わず女性の参加拡大に系統的に取り組むことが待ったなしの課題である。