ユカタン・マーケット〜Uman
 
ユカタン・マーケット
〜 Uman
 

   朝になるとカメラが復活していた。これならひと安心と胸を撫でおろし、ホテルの窓から外を見て一枚シャッターを切る。木々の緑に覆われた中に建物が点在していて、遺跡だけでなくメリダの街自体も森に沈んでいることがよくわかる。
 昨日とは打って変わって、突き抜けるほど青い空から強い陽射しが降り注いでいる。眩し過ぎて、バスの中でもカーテンを閉めずにはいられない。走ること小一時間、小さな田舎町に入ったところで早めの休憩となる。バスを降りて周囲を見回すが、人通りが少なく、これと言ってめぼしい建物も見当たらない。時折、自転車の前部に座席を付けた足漕ぎタクシーが通り過ぎるくらいで、いかにものんびりとした時間が流れている。生暖かいせいもあって、何もしないでいると自然に眠くなってくる。
 それでも何かないかと路地を回り込んでみると、体育館のようなコンクリート造りの建物が見つかった。開口部が広く天井も高い。薄いピンクに塗られた壁と相まって、南国らしい開放的な雰囲気を漂わせている。学生食堂のテーブルのような台がいくつも規則正しく並べられていて、歯磨きやタワシといった生活雑貨が山のように積まれている。
「市場だね。みんなここで買い物するのかな」
 閑散とした路上とは裏腹に、まだ朝の10時過ぎだというのに随分と賑わっている。長い髪を三つ編みにした恰幅の良いおばさんたちが、あれやこれやと品物を手にとっては熱心に見比べている。浅黒い肌と角ばった頬骨。いかにも先住民といった風貌だ。
 隣の建物との間の通路はアーケードになっていて、こちらは野菜や果物など、生鮮食品の市場になっている。カメラに気づいたおじさんが、小ぶりのミカンを山の形に積み始めた。見るからに危なっかしいと思っていたら、案の定、途中で山が崩れ、ミカンが地面に転がり落ちてしまった。しかし、おじさんはニコニコしながらまた積み直す。そんなことを何度か繰り返しながら、最後は結構な高さにまで積み上がった。チチェンイツァのカスティージョみたいだねと言うと、嬉しそうに笑った。
 生鮮コーナーで最も目につくのは、何と言っても唐辛子だ。量が多いだけでなく、こんなものもあるのかと驚くほど種類が豊富で、さすが原産地は違うと唸らされる。大きいものはピーマンというよりかぼちゃに近く、小さいものはヒマワリの種とさほど変わらない。形も丸いものから細長いものまで様々にあり、トマトやキュウリ、ニンジンの亜種だと言われても納得しそうだ。試しにひと齧りしてみたいと思ったが、そんな僕の気持ちを見透かすように背中から声がかかった。
「小さいものほど辛いらしいですよ」
 宅配ピザに付いてきたハラペーニョの注意書きが脳裏に浮かぶ。確かこんな文句だった。
「激烈な辛さなので、お子様には食べさせないでください」
 そうだ、ここは本場なのだ。日本人には想像もつかないほど辛い種類もあると聞く。どれがそれなのか、素人には見ただけではわからない。当たったら終わりだ。しばらくは味覚が麻痺してしまうだろう。まさにロシアンルーレット。いかに興味があろうとも、君子危うきに近寄らずが正しい態度と思われる。
 奥の建物は食肉市場だった。その場でさばいて売るらしく、皮を剥いだ状態の鳥が何羽も吊り下げられている。両手に鉈を持ったおじさんと一緒に豚の頭がこちらを見ていて、模型かと思って近づいてみたら、首から切断された本物だった。いったい誰が買うんだろう。
 

   
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驚異のメキシコ
 

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