屏風岩から見上げる鶴ヶ鳥屋山鶴ヶ鳥屋山

かつて三ツ峠山近くの天下茶屋から本社ヶ丸に至り、さらに進んで鶴ヶ鳥屋山に至る稜線から笹子駅に下ったことがあった。このとき山の上から眺めた鶴ヶ鳥屋山は多少目立つ程度のコブに過ぎず、気にはなったがそれほど惹かれるものでもなかった。その後、百蔵山に再訪し、花咲山に登るなどしてこの山の東面を眺めるうちに整った三角錐の美しい山容と知り、印象は変わっていった。そして高川山西麓の屏風岩から間近に仰ぎ見て、これは登らねばと思い定めた。


山頂を踏んで初狩駅側に下りるものとして、登りは笹子駅からではなく、地図上に波線表示はあるがガイドはない宝鉱山側からとした。尾根筋を行く道で、踏み跡さえ残っていればひとのいない静かなルートが楽しめることを期待しての選択だ。
宝鉱山へは富士急都留市駅からタクシーを奮発して出る。残念ながらバスは午前中だと朝8時台の1本しかなく、今朝は起床に気合いを入れきれなかった。停留所から本社川沿いに鉱山跡地に向かう林道を上がり、3度目に川を渡るところ、そこには大きな砂防堰堤があって鉄分が多いのか赤茶けた水が落ちている。目の前には尾根の末端が急斜面を見せており、日の差さない植林帯に覆われている。このあたりが地図上で読みとれる取り付きだ。
しかし緊張していたのかそもそも目印がなかったのか、登山口はみつからなかった。林道を少し上がると小さな涸れ沢で植林が切れている。この沢に沿って上がりだし、砂礫に覆われた一枚岩が現れたところで右手にある植林のなかを掻き上がり、ようやく雑木林に縁取られた尾根筋に出た。
ここを左手に行くのが主稜線への道だが、どこからここに続いているのか気になったので戻り気味に右手に行くと、いくらもしないうちに岬の突端のようなところに出た。踏み跡は植林帯のなかに急激に落ち込んでいる。やはりこの暗いなかをたどってくる道があったらしい。三ツ峠山を仰ぎ、宝鉱山跡に向かう林道が見下ろせる。地図を見て現地点を推定すると、どうもわずかに120メートルほどを登っただけのようだ。林道を離れてからすでに一時間が経過していた。
宝鉱山上の支尾根から本社ヶ丸
宝鉱山上の支尾根から本社ヶ丸
そこからは左手に本社ヶ丸、右手に鶴ヶ鳥屋山本峰を眺めつつの尾根歩きだ。予想通り尾根筋は踏み跡が明瞭で迷うようなところはなかった。平坦に近い部分と急傾斜なところと交互にあり、道幅は場所によっては2メートルにもなれば岩場の踏み幅だけにもなる。冬場のせいかヤブはまったく気にならない。
この支尾根の興味は静けさと展望にあるが、とくに個性的なのはいわば産業遺跡としての宝鉱山設備がそこここに見られることだろう。左手には深い谷間が覗かれ、絶壁に近く落ち込むところもあるのだが、その下がかつて銅鉱山、その後硫化鉄鋼鉱山として日本有数の産出量を誇ったヤマなのだった。
その名残は谷底だけでなく尾根筋にも及んでいる。何の意味があるのかトロッコの軌道に使われるようなレールらしきものが1メートルほどずつ切られてそこここに林立している一角があるかと思えば、寄り合わされたケーブルが錆びて千切れたまま放置されているのを何度もまたぎ越しもする。巨大な滑車が取り付けられた木造のヤグラが倒壊し朽ちるにまかされているのを三度も目にする。主稜線にも同じようなヤグラが一基あるので全部で四基、すべて鉱山から笹子まで引かれていた索道用のものらしい。


尾根筋を忠実にたどっていた踏み跡は主稜線近くになってコブの左を巻き、ここで左手から来る踏み跡を合わせる。尾根筋を反対側に乗り越すようにして次のコブらしきの右を行くと、主稜線に合した。そこに四基目のヤグラがあり、冬枯れの周囲の木々の眺めに解け合っている。崩れ落ちた木枠に取り付けられた滑車に触れてみると重々しく回って止まる。植林帯のなかを無理矢理登って支尾根に出てからここまでで、一時間半ほどを要していた。
宝鉱山索道の滑車
宝鉱山索道の滑車
すでに時計は一時を回っている。そのせいか予想に反して主稜線もひとけが感じられない。ここまでたどってきた南側斜面に比べて、日の差さない北側斜面は暗く、斑模様に融け残りの雪が残っている。ときおり冷たい空気も上がってきて立ち止まっていると足下から冷えてくる。目指す鶴ヶ鳥屋山の山頂は丸くこんもりとしていて、麓からの鋭角的な面影はない。険を落とした相貌は、踏み固められた足下の山道とあわせて、どことなく安心感を与えてくれるのだった。
ヤグラをあとに平坦路を進んだのち、いったん100メートルほど下って登り返したところは山頂のひとつ手前のコブだった。振り返ると素晴らしい展望だ。歩いてきた稜線の先に高まる本社ヶ丸が大きく、その右手には笹子の背後に高まる山々が屏風をなし、そのさらに向こうには白峰三山八ヶ岳が白く霞む。合間には鳳凰三山甲斐駒ヶ岳茅ヶ岳も遠望できる。山頂はすぐ先だがここを休憩適地と決め、ザックを下ろし、湯を沸かした。だいぶ長居をして周囲を眺め回していたが、さて出発、という段に至って初めて、三ツ峠山の肩から富士山が顔を出しているのに気づいた。
白峰三山と鳳凰三山を遠望する
白峰三山と鳳凰三山
そこからすぐに着く山頂は雑木林に囲まれた小広い空間で、木の枝から周囲を透かし見ることはできるものの広々とした眺めを堪能したあとでは迫力に欠けた。葉が茂れば見通しはほとんどないだろう。しかし木々の幹の合間にも明るく日の回る空間は親しみのあるもので、印象にはやや乏しいものの味気ないものではない。かつて著名な山の先輩が鶴ヶ鳥屋山は労多くして得るものの少ない旨を書かれたらしいが、空気の澄んだ季節であればそう捨てたものではないだろう。とくに本日のように静かな山であれば。


山頂からは予定通り初狩駅方面を目指して下りだしたが、急な上にところどころ融雪が凍って滑りやすく、気楽に歩けるものではなかった。ミニアイゼンを装着したが、雪面を見ると先行者の6本爪アイゼンの跡も見られた。コースタイムを大幅に超過して「恩六二九石標」のある下山路の分岐点にたどり着いたが、左に分かれる踏み跡は北側斜面を行くもので敬遠し、右手の南側斜面に続くものを選んだ。雪のない道を半時ほどで開けた沢筋に出た。下流上空に目をやると、道志の今倉山が美しい姿で浮かんでいた。
2004/2/8

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