赤岳山頂より横岳、硫黄岳、天狗岳(双子峰)八ヶ岳

木曽御岳に登った8月、勢いをつけて八ヶ岳を登りに行った。

8月も下旬になると天気も不安定になりだす。空は明るいとはいえ雨がやや降るなか、昼前に小海線小海駅から出たバスは稲子湯の前に着く。本沢温泉への林道を歩き出すとすぐに雨は止み、蒸し暑くなって雨具を脱ぐ。雨上がりのきれいな空気の香りを嗅ぎながら林道を歩いていくと、道は山道となり高度を稼ぐようになる。ところどころに軌道跡が見られるが、これは森林伐採用に使用されたのだろうか、それとも硫黄岳あたりででも採取された硫黄を運び出したものだろうか。



ジグザグの道は樹林帯の中で直射日光は当たらないものの風も通らずかなり暑く、顔を汗がつたう。沢筋で顔を洗うたびに爽快な感じがする。しらびそ小屋に到着し、「アイスコーヒーあります」の張り紙に惹かれて一休みすることに決める。天候のせいかやや神秘的に見えるしらびそ池の向こうにガレの走る稲子岳の岩壁が眺められる。水がよいためかコーヒーがおいしい。

それから平坦で気持ちのよいカラマツらしき林の中の道を歩き、林道に出てしばらくすると本日の宿である本沢温泉に着く。わりと混んでいたが部屋の人数割り当てがあるので押し込められた感じはしない。まずは通年営業のものとしては日本最高所にあるという露天風呂に入りにいく。宿から少し歩き、登山道から沢に向けてちょっと下ったところに湯船があって白い湯が溢れている。

まだ明るいので入れ替わり立ち替わり入浴客が来るので順番待ちして入ることになる。それでもたまたま入浴客が途切れて周囲が落ち着いたときなどは、さすがに世俗を離れた感じがしてくるものだ。湯が樋から湯船に注ぎ込む音を聞きながら目前の沢沿いに突き上げる壮絶な硫黄岳火口壁を見上げていれば、どうしてもそういう気分になる。こういうところでは会話も控えめにして静かに湯に浸かり、雰囲気を味わうのがいいと思う。

内湯も暗めの浴場の雰囲気と木造の浴槽が感じよく、夜のたまたま入浴客が少ない時間帯のせいもあってか、落ち着いて入ることができた。



明けた朝、再び露天風呂に浸かったのち、硫黄岳を目指す。登り着いた広く平坦な山頂からは南方に赤岳・中岳・阿弥陀岳が並んでいるのが見えるのだが、ガスが稜線を流れていてどれか一つの山頂は見えるものの皆が同時に登場するということがない。砂礫の足下にコマクサの群落を眺め、横岳の鎖場を過ぎて、赤岳天望荘で昼食とする。本沢温泉で作ってもらった弁当を食べ始めるとかなりの雨が降り始め、食べ終わる前に止んだ。いいタイミングだ。雨上がりのガスが周囲を漂う中、ガレた斜面を一登りで主峰の赤岳山頂に到着した。すると待ってましたとばかり、今まで曇っていた周囲が小半時ばかり晴れて、遠近の山や麓の清里方面がはっきりと見える。清里では何かイベントが行われているのか、バンドの演奏かテープかはわからないが何かの音楽がここまで聞こえてくる。

ここでちょうどお昼である。今日の泊まりは赤岳頂上小屋だが、さすがにまだ時間があるので向かい側にそびえる阿弥陀岳に脚を延ばしてみる。ところが着いてみるとまた曇りになってしまい、周囲は何も見えず、残念。加えて戻った赤岳山頂直下で小屋を目前にして雨が激しく降り出す。3時に山小屋にはいる。今日は満員、と言われていたが、日が落ちてから「天気が悪いせいで予定の三分の二程度しか登ってこない」と告げられる。少しでも空いている方が泊まり客は嬉しいので全員一安心。皆ゆったり寝ることができた。



三日目の朝は曇っていた。昨夜聞いた天気予報では昼頃から雨模様になると告げていたので、「とにかく降らないうちに行けるところまで行く」という方針のもと、権現岳・編笠岳への縦走路へ踏み出す。歩き出してすぐのキレットの下りは滑りやすいガラガラの岩屑斜面でけっこう疲れる。そのうえ雲で視界の利かない権現岳への長いルートでさらに消耗したので、権現岳山頂直前の源氏梯子の登りでは三分の二ほど登ったあたりであまりの段数の多さに疲れて、もう登るのをやめて赤岳まで戻ろうかとまで思ったくらいだった。何せ段数が61段もあるのが岩壁に垂直にかかっているので、上の方から落ちたらひとたまりもない。細い鉄の桟はガスで湿って滑るし冷たいしで、横岳の鎖場を通過している方がよほど安心していられる。最後の一段に手をかけたときは心底ほっとした。慎重に稜線の登山道にはい上がり、そのすぐ下にある権現小屋で一息着く。

外では小雨程度の雨が降り出している中、雲に隠れては現れる編笠岳をめざして重い腰を上げる。ようやく着いた広い山頂は昨日の阿弥陀岳と同じく雲の中で期待した下界の眺めは得られない。小淵沢方面へ下りだすと雨足が強くなり、防水の利いていない軽登山靴の中はしばらくすると水たまり状態になってしまう。雨音が響く樹林帯の中でときおり休憩し、靴を脱いでは靴下を絞るというのを繰り返す。さすがに駅まで歩き通す気力はなく、観音平グリーンロッジまで下りたところでタクシーを呼んで小淵沢駅に出る。雨の上がったプラットフォームから編笠岳の山頂が見えたのは嬉しい半面、ちょっと悔しかった。 

1994/08/19-21

回想の目次に戻る ホームページに戻る


Author:i.inoue
All Rights Reserved by i.inoue