三ツ峠山 旧御坂峠付近から三ツ峠山

三ツ峠山は予想以上にいい山だった。季節を変え、ルートを変えてまた行きたいものだと思う。


この山についてよく言われる形容に「関東のクライマーを育てた岩場」というのがある。山頂直下に屏風岩という岩場があり、土日ともなるとヘルメットをかぶったクライマーで活況を呈してきたという。
また、これは山頂で泊まった小屋(三ツ峠山荘)の主人から聞いた話だが、終戦直後の"スポーツするとしたら山に行くしかない"時期、首都圏近郊には近代登山としての宿泊山行ができる山が大菩薩と雲取、それとこの三ツ峠しかなかったという。そのため土日には3,000人がこの山に上がってきたそうだ。草原になっている山頂部にみな寝転がって、ひなたぼっこをしては帰っていったという。
そのせいか、15年前に入手して今でも山行計画時に活用しているガイドブックには、山頂小屋が通年営業で3軒、季節営業小屋で1軒、計4軒もあると記述されている。かたやクライマー、かたやハイカーと、いかにたくさんの人が集まっていたかが想像できる。
だが時代の流れはおそろしく早い。クライミングの世界はフリー化の道をたどり、アクセスの便利さも手伝ってか人気のエリアは伊豆城ヶ崎や奥秩父小川山になっていき、三ツ峠の岩場は昔言われていたような活気をなくしてしまっているように思える。さらに、山歩きがブームになってはいるものの日帰り客が増加しているらしい。できるだけ近道をして手っ取り早く山頂に着くという昨今のハイカー気質(プラス極端なまでの清潔志向)のせいだろうか。山登りが便利になると山に泊まる人が減るという話は越後の八海山の小屋でも聞いた。
こうして現在三ツ峠山で実質的に営業している小屋は往時の半分の2軒だけになってしまっている。週末営業する1軒があるが、経営主体は先の2軒の片方なのでいわば離れ扱いにすぎないようだ。
開運山直下:屏風岩のゲレンデ
開運山直下:屏風岩のゲレンデ
しかしそれでもこの山が人気のある場所であることに変わりはない。夏や秋には午前中の早い時刻に河口湖駅から出る三ツ峠登山口行きのバスはいつも満員のようだ(見た限りでは、同じような格好をした中高年女性の団体が多い)。冬は冬で、私の泊まった小屋には2月末だというのに前日の土曜は70人が泊まりに来たとか。富士山の眺めがよいのでアマチュアカメラマンも大判カメラを担いで上がってくる。


この山は戦後直後に山歩きがブームになった時期、中央本線沿線の扇山、軽井沢南方の八風山と並んで一人前のハイカーの登竜門的な扱いを受けてきたらしい。この二山はわりと早い時期に歩いたものだが、この三ツ峠山だけはなかなか登りに行こうという気が起きなかった。できれば小屋に泊まってゆっくりしたいが人ごみだらけの山は気が引ける。春から秋にかけての時期で月曜日に休めるときは三ツ峠は顧みず、どこか別な山に行ってしまう、という調子だった。
だがたまたま晩冬の日曜月曜に休むことが可能になり、「この時期に山で一泊するのならここだ」ということをようやく思い出した。こうして長年暖めてきた三ツ峠山行がようやく日の目を見たのだった。
人気の山なのでルートは豊富だ。三ツ峠山荘で聞いた話も加えて説明すると;

(1)富士急行三ツ峠駅から表登山道をたどる。こちらを登りにとった。駅から歩いていく集落の中には福寿草をたくさん咲かせている家があった。長い舗装道歩きが終わって山道にかかると仏教史跡が多い(おおもとは修験道の山らしい)。冬でも南面なので雪が少ない。"馬返し"というところから"八十八大師"までがやや急な登り。振り返れば道志の杓子山・鹿留山と御正体山の眺めがよい。山頂直下で岩場のゲレンデ直下を巻いていく唯一のルート。午後4時をまわっていたのでクライマーの姿は見えなかった。

(2)太宰治で有名な天下茶屋側の三ツ峠登山口から登る。もっとも短時間行程だが林道歩きに終始する。お手軽なのでいちばん人が多いルートのはずだが、一番つまらないルートのはずでもある。冬は北面なので雪だらけ。こちらを下ったが、軽アイゼンをつければ楽。

(3)富士急行都留市駅からバスで宝鉱山に出て、そこから裏登山道をたどる。自然林が多く、新緑と紅葉が美しいらしい。

(4)中央本線笹子駅から清八峠を越えて山頂に達する。笹子から山道にかかるまでの林道が暗い雰囲気だそうだ。

他に、天上山ロープウェイからのルート、河口郵便局から母の白滝を経由するルートなどがある。

最高点の開運山山頂を踏まないまま木無山にある小屋に入ったのは午後5時前だった。月曜日となった翌朝7時に小屋を出て、冷気が顔の肌を刺す広い三ツ峠山頂部を散策した。三つあるピーク(開運山・御巣鷹山・木無山)の合間は草原になっており、10センチほどの雪に覆われている。どうしても目に付く小屋はともかく、人臭さが隠されているようでいい雰囲気だった。最初に行く時期としてはよかったかもしれない。
開運山と御巣鷹山の鞍部にて
開運山と御巣鷹山の鞍部にて
開運山の頂からは南西に富士山が優美な裾野を広げているのがパノラマで望める。その右隣の御坂山塊の中にひときわ黒岳が大きい。今日はこれから天下茶屋までいったん下って登り返し、御坂山経由でこの山を目指す。奧に見える同じく御坂山塊の十二ヶ岳・鬼ヶ岳節刀ヶ岳よりはもちろん近いものの、「しかし遠そうだなぁ」と独り言を言ってみるのだった。
2000/2/27-28

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