瑞牆山 富士見平からの登山道より山頂部 

自分にとっては、山行予定が没になった回数ではこの瑞牆山(みずがきやま)が群を抜いている。麓の黒森鉱泉まで行って泊まったものの翌日は大雨でそのまま帰ってしまったり、奥秩父を金峰山から東に縦走するついでに登ろうと思っていたら寝坊してその日の宿に入るのが精一杯だったり、日帰りで行こうと計画したらまた雨になったりと枚挙に暇がない。最初に登ろうと思って山麓まで行ったのが10年以上前だから、計画だけでもずいぶんな回数になっているはずである。
なかなか行かなかったのには他にも理由がある。人気の山の常で山がうるさいこと。これは先に触れた金峰山からの縦走のときに目のあたりにした。路肩駐車でひしめきあう瑞牆山荘前からの数珠繋ぎの登山者は富士見平の分かれ道でほとんどみな瑞牆山に行き、金峰山をめざす人は数えるほどになってしまうのである。それに一般ルートとしてはこの富士見平からの往復となり、横断登山をしようとすれば黒森側に出ることになるが、ここの交通の便がひじょうに悪く、長ったらしい車道歩きを強いられる。こういうわけで、計画はするものの、なかなか本気で行こうとはしない山になりさがっていたのだった。


最初は幕営で北八ツに行こうと思っていた土日、予報を見てみると天気が悪そうだ。でも山には行きたい。それもテントで。2週間前に北八ツでテント泊をして以来、小屋のざわめきではなく鳥の声で目覚めるテント泊が楽しくなっていたのだった。ならば時間のかからない山で、麓に温泉があって帰りに一風呂浴びれるところに行こう、というわけで何度目になるかわからない瑞牆山行きを立案したのである。
土曜の昼に韮崎駅前を出たバスは通路を前に進むのも困難なほど満員だった。増富温泉に向かう観光客と帰宅途中の高校生が大半だ。登山者はわたし以外は5人パーティ一組しかいない。話を聞いていると、若い人も多いこのパーティは夏休みに小学生を引率して瑞牆山に来るための下見山行なのだった。とすると学校の先生たちというところか。アルミフレームの背負子の人もいる。バックパッキング世代かな。
富士見平からの登山道より瑞牆山
富士見平からの登山道より
増富温泉でバスを乗り換え、舗装された林道の途中の瑞牆山荘前に着く。すでに午後3時近くのせいかあたりに駐車してある車は10台ほどしかない。空には一面の雲が広がっているが、雨が降ってきそうな感じではなく、コースタイム一時間弱の富士見平まではもつだろう。樹林のなかを登っていくと小さな稜線に出て、そこから木立を透かして瑞牆山が望める。明日は雨だそうだからじっくり眺めておく。金峰山から見ると小川山のおまけにしか思えない山だが、正面から相対すると格好のよい山であることは認めなくてはならない。
くすんだ色の富士見平山荘が立つ富士見平にはソロ用のテントが一つだけ張ってあった。山荘に幕営料を払って林間のテント場で設営にかかるが、ここはおそろしく虫が多い。ブヨのようなやつで、顔のまわりにわんわんとたかってくる。払っても払っても寄ってくる。たまらず設営を途中で放り出して山荘前の開けた場所に逃げたが、あとから登ってきてくつろいでいる5人パーティーはまるで無事で、わたしばかりどこに行っても虫にまとわりつかれている。北八ツでさんざんブヨに刺されたおかげで昆虫誘発成分でも出す体質になっているのだろうか、それとも放熱量がひとより高いのだろうか。理由などどうでもいい、心のなかで悲鳴をあげあがら大急ぎでテントを立て、まだ明るいし涼しいのに籠城を決め込む。
夜半、雨と風が断続的に襲ってくる。山中なのにここでは安定的に通信できる携帯電話のインターネットで天気予報を見ると、山梨県中西部地方は明日午前中まで降水確率が高いままだ。雨具を着けて登ることになりそうだ....


予定通り鳥のさえずりで目が覚める。雨はやんでいた。おそるおそる外を見ると、雲は広がっているものの甲府盆地方面の空はかなり明かるい。予報を確認すると、降水確率は20%程度に下がっている。よーしこれは調子がいいぞ。とにかく食事だ。
6時頃にテント場を出発し、苔と針葉樹の奥秩父らしい山道をたどる。この時間ではさすがに人はいない。すっかり晴れた青い空の下、左手上方に朝日を受けた瑞牆山頂部が見えてくる。途中の沢で顔を洗ってさっぱりし、徐々に斜度の上がってくる登山道を進む。花崗岩のザレた斜面にかかるころになると、背後に金峰山と彼方の富士山が見える。今日は眺めがよさそうだ。
大ヤスリ岩を見下ろす
大ヤスリ岩を見下ろす 
岩だらけの歩きにくい急坂を上っていくと、左手に顕著な岩峰が明るい日差しを受けて立っている。岩の柱と言ってもいいそれが大ヤスリ岩だった。これを眼下にするようになると道がややゆるやかになり、ヤブの向こうに横に広がる岩場が見えた。
山頂から望む金峰山
山頂から望む金峰山 
頂上からの眺めは予想以上の素晴らしさだ。まずは正面にどんと座っている金峰山が目に入る。その左手には国師岳に連なる稜線、その右、雲海の甲府盆地の彼方には富士山、その手前に御坂山塊、さらに右に和櫛のような天子山塊、さらに南アルプス連峰、もちろん白峰三山鳳凰三山仙丈甲斐駒は明瞭にわかる。あれは中央アルプス、あれは御岳だ。八ヶ岳連峰の裾野が山梨側から佐久側にかけて広がっているのがよくわかる。浅間山が逆光に光っている....。そして優美な小川山、不遇の山だが忘れてはいけない。その隣に金峰山の稜線。ぐるっと山なので座っていられない。荷を背負ったまま岩場をあちこち行ったり来たりしては山の名前を挙げ連ねる。南アルプスの前には茅ヶ岳や曲岳、浅間山の前には佐久の天狗山や男山、ここからでも御坂山塊の黒岳と 王岳と釈迦ヶ岳がわかる....
八ヶ岳を展望する
八ヶ岳を展望する
こうして誰もいない朝の瑞牆山で一時間も山座同定に浸っていたのだった。しまいには山頂岩板の上にひっくりかえり、この眺めをもたらした空を眺めた。湿度はやはりあるのだろう、やや白みがかっていたが、それでも青い色しか目に入らなかった。
2000/7/16

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