鬼ヶ岳から節刀ヶ岳  西湖湖畔近くから雪頭岳と鬼ヶ岳(奧)

鬼ヶ岳(おにがだけ)に直接登る登山口は富士五湖のひとつ西湖湖畔近くにある。そこを出発して林道を抜け山道に入り、徐々に細く薄くなってくる植林帯の中の道を一時間近く歩いていた。最後の植林の木立を抜けたところでヤブっぽくなった斜面を数メートル登り、向こう側に下ろうというところで足下を見て驚いた。踏み跡がものの見事に消えていたのである。頭上数メートルには大岩が覆い被さってきており、どう考えても登る場所ではない。下るにしても急なヤブの斜面があるだけだ。道を間違えたのである。いったいどこで間違えたのだろう。
ともあれ、そうとわかったら引き返すしかない。正しい道に続くはずの分岐点を注意深く探しながらゆっくり戻る。実際には登っているさいちゅうに何度も「これはただの作業道で実は道を外しているのではないか」という思いが脳裏をよぎったのだが、地域別ガイドに載っている地図のルートの通り小沢の左岸を上がっていくような道を通っていたし、古いとはいえ赤ペンキマークや青いビニールテープなどが頻繁に現れて、「こちらでいいんだ」と思っていたのである。
だが、結局のところ最初から間違えていたのだった。林道が終わって山道に変わり、ほんのしばらくで出てくる涸沢を直角に横切るのが正しい道なのだが、その沢筋に出る前にやや左に寄った踏み跡を通ったため、本来なら正面に見えるはずの広い山道が見えず、しかも沢の上流には思わせぶりな青ペンキマークがでかでかと樹の幹の真ん中に塗ってあったりして、沢の下流側にある道標がこれにだまされて視界に入らず、そのまま涸沢を上流へ辿り、右方向に分岐していく作業道へと進んでしまったのである。
冷静に振り返れば、樹の幹や岩に付けられていたペンキマークは廃道になってしまったかつての登山道を示す名残のようだ。だとすればあのマークは、さんざん利用しておいて打ち捨てられた「道」が仕返しをしようと消さずにおいた罠のようにも思えてくるのだった。


正しい道は、先ほどまで不安にかられながら歩いた道とはうってかわってよく踏まれた広い道だった。このルートがガイドブックに紹介されていないのが不思議なくらいよい道だ。最初は展望はないが、山腹をめぐるように付けられた道筋は右手が広い谷間で、その上に向かい側の尾根が紅葉に染まっているのが望めて明るい感じだ。
鬼ヶ岳への登りにて
鬼ヶ岳への登りにて
しばらくすると草原の斜面に出る。日差しが暑いくらいだ。右手頭上に眺めのよさそうなピークがある。おそらく鬼ヶ岳の手前の雪頭岳だろう(じっさいにはそのさらに上だった)。展望が開け、本栖湖方面の山が見え始める。近くの高い山は天子山塊だろうか。ロスした時間を取り戻すべく急いで登っているため疲労が激しい。さすがにいったん小休止を入れた。
草原に出てから山頂は近いかと思わせられたものの、葉の落ちた灌木帯に入ってからのジグザグ登りが長い。だが梢越しに眺める背後の富士山の全体像や、足下の西湖、河口湖から山中湖まで見渡せる展望が雄大で、そう苦にはならない。再び草付きの斜面に出て、改めて夾雑物なしの広大な空間を眺める。それほど高いところにいるわけでもないのでかなり得した気分だ。しかも南アルプス連峰の端から端まで一望できる。赤石岳や悪沢岳の量感溢れる姿が大きく、塩見岳がやや貧弱にさえ見える。これほど眺めのいい場所で男性が四人ばかり気持ちよさそうに昼寝していた。実にうらやましい。
ここから一投足で雪頭岳。残念ながら南アルプス側のみ木々が邪魔して見えないが、近いところでは鬼ヶ岳や十二ガ岳、その向こうの御坂山塊や道志の山々、それに広い富士の裾野や河口湖が望めるので不満はない。それにここはいつも人声の絶えない御坂主稜線上の山に比べて静かだ。本日最初にたどり着いたピークの好展望に気をよくしてザックを下ろし、お茶をいれる準備を始めた。


鬼ガ岳はすぐ隣のピークなので15分ほどで着く。二ヶ月前に来たときは周囲に雲が垂れ込めてくるような天気だったが、今回は雲一つ無いよい天気だ。甲府側もよく見える。盆地を越えて見えるのは最近歩いた甲斐駒やそのときしじゅう眺め続けた鳳凰三山。韮崎あたりの盆地の狭まりを挟んでこれらの山に対峙するのは、裾野の広がりが美しい八ヶ岳だ。その手前には茅ヶ岳がこちらも負けじと裾野を伸ばしている。好展望は木々が葉を落としているおかげである。御坂山塊は冬がよい。
鬼ガ岳山頂より甲府盆地を越えて八ヶ岳(奧)・茅ヶ岳
鬼ガ岳山頂より甲府盆地を越えて八ヶ岳(奧)・茅ヶ岳
昼寝組とは別な四人の若い男性がテントを張ろうかとしている金山を過ぎる。小広く平坦なところで、このあたりで幕営するならここだな、と十二ヶ岳を登りに来たときに考えたものだが、他の人も同じ思いのようだ。先を越されてちょっと悔しい気持ちを抱えながら節刀ヶ岳(せっとうがだけ/せっちょうがだけ)へ。金山から御坂主稜をたどる縦走路と節刀岳山頂への分岐へは10分、ここから5分で富士山側の木々が切り開かれているピークだ。着いてみればあっけないものである。
富士山の手前には、ここからは見えない西湖の上に十二ガ岳から金山、鬼ヶ岳へと続く稜線が伸びる。十二ヶ岳の形がおもしろい。五湖側から見慣れた険しく尖った形でなく、どことなく角張った不格好な姿で富士山の前衛を勤めている。時刻はもう午後3時。即刻下山にかかるべき時刻だが、出直してきて、加えて道にまで迷ってたどり着いた山を数分で立ち去るのも忍びなく、せめてお茶くらい、と湯を沸かし出すのだった。
節刀ヶ岳山頂
節刀ヶ岳山頂 午後三時
節刀ヶ岳から分岐点に戻り縦走路を進む。下山地点予定の大石峠までの道は小さなコブを三つか四つ超えるものの、全体に平坦で歩みもはかどる。だが夕方近くなって稜線を吹き越す風が強まり、冬枯れの枝を揺らしては心細くなるような音を立て続ける。大石峠は草原に覆われた穏やかなところで、この峠を下り始めるまでは空に残光があったが、何度も繰り返されるジグザグの山道を下っているうちにそれも弱まり、途中の水場を越えて植林帯に入るころには足下もおぼつかなくなって、とうとうヘッドランプを出して歩くことになった。地図に記されている林道に出たものの道路照明がないためヘッドランプをはずせず、大石ペンション村に着いたときは夜空に星々がまたたく頃合いだった。


そこからバスに乗って河口湖に出た。五重衝突事故があったとかで、湖岸沿いの道路は大渋滞だった。河口湖大橋のたもとで下ろしてもらい、大橋をわたって富士急河口湖駅まで歩いた。
1999/11/13

回想の目次に戻る ホームページに戻る


Author:i.inoue
All Rights Reserved by i.inoue