眠る人
わたしの家に眠るひとがいるよ。たまに起きて煙草を吸うよ。縁側で日向ぼっこしているよ。ときどきエサをやるよ。
わたしの家に庭があるよ。庭には小さな池があって、眠るひとは水の底にいることもあるよ。枯葉の沈んだ水はだんだん汚れてきて、わたしがお水を取りかえるよ。眠るひとをバケツにいれて、わたしはお池のおそうじ。
庭にはアジサイとブルーベリーとツツジとサツキとサルスベリだよ。ときどき外から入った種が知らない花を咲かせるよ。図鑑で調べても知らない花。
このあいだ眠るひとの歯が抜けたよ。糸切り歯のあたりが二本抜けた。だからやわらかいものしか食べれないよ。うどんばかりたべている。煙草を吸うのにもうまくいかない。
眠るひとは野原のなかで寝ていたよ。わたしが虫取りをしていて見つけてきたよ。ハルシオンの下で赤ん坊のように寝ていた。きれいな顔で眠っていたよ。
眠るひとはときどき夢を見ているよ。まぶたが少し動くのでわかる。耳のあたりの色が変わるのでわかる。猫や鳥が鳴くのでわかるよ。
眠るひとはお酒を飲むこともあるよ。コップいっぱいのお酒をほうと飲むよ。ほうほうほうと踊るよ。ほうほうほう!
ある日眠るひとはいなくなったよ。わたしが家に帰ったらもういなかった。それからわたしは眠るひとのことを忘れたよ。
わたしはときどきうたうよ。晴れた日は空をみるよ。空ばかり見ていると、わたしはまだ生まれていないんだと思う。わたしはわらうよ。どうしてかわからないけれどわらってしまうんだ。どこまでも続く空がある。
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