るーとらの秘密基地
blog「日のすきま」  
松吉
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手紙

 部屋に帰ると珍しくポストに封書があった。
 差出人の表記はない。ワープロで書いてある。

 # いつもあなたを見ています。

 それだけだ。男か女かも判らない。好意なのか嫌がらせなのかも判らない。
 私は無言電話やこの手の匿名のメッセージは意に介さないたちなので、むしろ面白がった。ふふん。まるで下手な宗教の警句みたいじゃないか。「神はいつも…」てか。


 それから三日ほどしてまたポストに封書があった。

 # 大切なお話があります。今夜、駅前のドトールで待っています。必ず来て下さい。

 今度は切手も消印もないので、直接ポストに入れたらしかった。勧誘セールスにしても強引すぎる。駅前のドトールは最近よく利用するようになっていた。家にいると飲んでしまうことが多いので、たまった新聞なんか抱えながら、そこで時間を潰していたのだ。今夜もそのつもりでいた。さすがに少し気味が悪い。だが、行かないのも癪なので、いつもの時間に出かけた。

 普段通りホットコーヒー(L)を注文して、二階に上がる。席は八割方埋まっていて、七割は若い女だ。相変わらずかしましい。出来るだけ目立つ席に座り、新聞を広げる。隣の席では白髪の男が、広告の裏紙を束ねたノートで高等数学を解いている。まわりの喧噪に隠れるようにして集中している。時折こういう味のある大人に出会えるので外に出ることは愉しい。何かに熱中して、気が付いたら白髪のお爺さん、そんな人生に憧れる。離れた席でサンドをかじりながらファッション雑誌に目を通していたolの携帯が鳴った。何か痴話喧嘩のようなことを話している。こちらの席の女子高生たちは「プリクラ」のシールを見せ合っている。どうやらそのシールを「援助交際」の道具に使っているらしい。「わたしの友達にこんな子がいるけど、どお?」てなわけだ。なんとも魅力がない。よくまあオヤジ達はこんな娘っ子を「援助」する気になるものだ。私は小便に立った。

 席に帰るとテーブルにメッセージがある。

 # 来てくれましたね。確認できてうれしかった。私は先に帰ります。ずっとあなたを見ています。あなたは私に気付きましたか?

 私はまわりを見渡した。隣の白髪の男がいない。あの男だったのか。
 私は奇妙な哀しい気持になった。あの老人はどこでどう壊れてしまったのだろう。なぜこんなコンタクトしか取れないのだろう。帰りの夜道は寒く息が凍り、暗澹とした気持になった。私はあの老人に魅力さえ感じていたのだ…。

 だがその老人ではなかった。
 部屋に戻るとfaxが入っていた。

 # あなたは私のメッセージに驚き、すぐに帰ってしまいましたね。実は私はあなたの後ろの席でずっと見ていました。「ずっとあなたを見ています」と書いたでしょう。私はあなたの出たすぐ後追いかけましたよ。いま坂道の下のコンビニからこのfaxを送っています。もうすぐ私もそちらへ伺います。

 私ははっきりと恐怖を感じた。いくらなんでもこれは異常だ。第一なにが目的なのかさっぱり分からない。匿名でいたずらするのなら分かる。その心性を憐れむことも出来る。だがこの相手はこれから私に直接会いに来ると言う。相手は私の居場所を知っている。私は全身で身構えた。


 鍵が回り、ドアが開かれた。
 入ってきたのはあの老人だった。

 「あなたはここで何をしているのですか」

 驚いた表情で老人は言った。その言葉は悲しげだが深く、ひとのこころを癒す落ちつきとぬくもりがあった。

 しばらく老人は私の目を静かに見ていた。それから微笑み、こう言った。
 「手紙をくれたのはお嬢さんですか。あんまり、独り身の老人をからかっちゃいけませんよ。」

 私はどうしていいかわからず泣いた。
 「はやくお家へかえりなさい」とその人は言った。

 私は泣きながら走った。制服の胸が苦しかった。