るーとらの秘密基地
blog「日のすきま」  
松吉
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いぬきがヒルイヒルイと哭いています

   夏。

 網戸の外で声がする。
 「いぬきがヒルイヒルイと哭いています」
 「むこうの風から」
 「いぬきがヒルイヒルイと哭いています」

 月の光を浴びた銀色の女だった。
 直ぐの目で「いぬきが」と云う。

 私は身体に砂がつまって乾いてしょうがない。
 風景が時々割れるのは量子が不良しているからなんだろう。
 あちらにもこちらにも黒い旗がはためく。
 いつ誰が私に世界を被せた。

 入れよ。
 私が言うと女は声をする。
 「この家にヒトやおはします。なびけこの山。この夜を」
 月も語れ。
 奥底に香しいものがあった。入れよ。
 入ってくれよ。

 けれど女は去る。私は鉛の酒を飲む。
 日々は空っぽの封筒だから。


 秋。

 稼ぎ仕事から帰ると、野の花が活けてある。
 傷んだテーブルに紅葉の布が掛けてある。
 私がその上で静かにものを喰えば、
 テレビでは女が丘を降りている。
 女が降りる丘はいいな。
 旗ははためく。

 壁際に立つと薄布をまとい女は踊るのだった。
 私は不具を忘れ、女のしぐさに癒されていることに気付く。
 美は次元の向こうを内包して美になる。
 けれどそのことをなぜに私は傷んだのか。 

 女は声をする。
 「ぬしが我をいだいてもせんなかあるまいに」
 「わたしはいぬきの子を孕みました」
 「ヒルイヒルイとなくのです」

 遠くをヒトが歩く音がする。
 それがどうして世界の中なのか。
 重力はふしあわせだ。
 みんな空に突き刺さればいい。


 冬。

 ストーブの前に立って何をするのか忘れている。
 日毎に部屋は見知らぬ死んだものになっている。
 川原の石が凍てつき、闇は岸辺から張り、銀河を封じ込める。
 私は気が付いてストーブに火をつける。

 女から電話がある。
 「何のご用事か。ぬしは蛍か」 言葉は氷のようだ。
 「まだ飛ぶ蛍は毒があろう。ねむごろに魂を怠るな」
 「まだ啼く蝉はあはれよの。おのが狂うたも知らぬよな」

 私は申し訳ないと言っている。

 いぬきがヒルイヒルイと哭いている。

 なぜ無限は連続ではないのか。
 一瞬の永遠を入れておく小部屋が見つからない。 

 いぬきがヒルイヒルイと哭いている。

 世界は曲がらなければならない。
 すべての距離を曲がらなければならない。

 むこうの風から声がするので、もうこの話はやめる。